[KATARIBE 31334] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の五』

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Date: Sun, 9 Sep 2007 00:41:26 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31334] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の五』
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2007年09月09日:00時41分26秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜嵐の夜に・其の五』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とにかく書く。頑張る。
……というわけで続きです。

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小説『蛟〜嵐の夜に・其の五』
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登場人物
--------
  薬袋光郎(みない・みつろう)
   :薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
  今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
  片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
  平塚英一(ひらつか・えいいち)
   :鬼海の家在住。花澄の兄。異能以上に常識面で鬼海の家に寄与(恐らく)。

本文
----

 ひょろりと細長い、というのが、その娘を見た片桐の第一印象である。
 というか、恐らく大抵の人がそう思ったに相違ない。元々食が細いから、と
いうより、何か極端に食について問題があったから痩せた、というような、ど
こか身体の骨組みが露になるような痩せ方。何よりもそのうつろな目。
「片帆おねえちゃん!」
 タカの高い声で、彼女が誰かは、瞬時に判る。タカから何度か、彼女につい
ての話は聞いている。その照合は一瞬にして終わる。
 しかし。

 そこまで痩せていて、それでもなお華奢という印象は無い。骨ばった手をす
らりと伸ばし、風に逆らう様は、それでも……そう、尚この期に及んで全面的
に降伏することもなく、逆らい続ける意思を連想させた。


 叫んだ声と同時に、ある意味無茶な話だが、片桐の手を掴んだまま、タカは
走り出している。おい、と、片桐が声をかけるまえに、しかしタカはどん、と、
目に見えない何かにぶつかって急停止した。
「……いたあいっ」
「いわんこっちゃない」
「タカ」
 苦笑して見やる英一を他所に、片桐はタカを助け起こした。鼻の頭を抑えな
がら、タカはよいしょ、と立ち上がった。
「……うん、だいじょぶ、おじちゃん」
 立ち上がって……そして改めてタカは片桐の手を握る。甘えている、と、言
えばそのとおりなのだろうが、それよりもまるで、命綱に掴まるように、ぎゅ
うっと片桐の手を握り締めている。ある意味では哀れとも、そしてその緊張の
強さともとれた。


「…………いやしかし……これは」
 呟くような声だったが、ここまで殆ど黙ったままだった相手、それもある意
味何もかも承知したように見えた人物の声である。思わず振り返った片桐の視
線の先で、光郎はその目を大きく見開いていた。
「平塚さん、あのお嬢さんは何者です」
 片桐の視線を辿るように、タカもまた光郎のほうを見やる。そのような視線
に全く頓着なく、光郎は英一に問うた。
 あっけにとられた顔を、光郎はしていた。
「軽部片帆さん、だったかな」
 その反応を、恐らくは英一はかなりの確率で予測していたのだろう。表情も
声も、何変わることのないものである。
「花澄の友人の妹さんで……まあ多少変った子、というか……そうだったとい
うことなんですが」
「冗談じゃない」 
 憮然として言い切る光郎の視線の先で、片帆はやはり、くるくると動いてい
る。その娘と光郎の間を、タカの視線は頼りなげにさ迷っている。

「……みやま」
 その様を見て取った光郎は、一つ頷いた。そして小さく呟く。毎度タカの言
葉のみを聞き、それだけに従うと見えたこの静かな鴉は、何故か光郎の言葉に
反応して、こくん、と、首を傾げた。
「!」
 途端にタカは目を見開いた。
「……いったい」
 手を繋いでいる片桐の呟きも聞こえているのかいないのか、タカはただ真っ
直ぐに視線を据えた。

 片帆の手元から生まれる、何とも奇妙な流れのパターン。厖大な雨と風の中、
しかしその流れのパターンは他に混ざることなく、真っ直ぐに蛟のほうへと流
れてゆく。片帆のくるくると変わる動きは、実際には周囲のランダムな流れを
加工し、ひどく規則的な流れを作っているのがタカの目にははっきりと見える。

 明らかに、或る意図を持って、その流れは作り出されている。
 その……意図。

「あの子は……会話しているんです」 
 眉間に深く皺を刻みながら、光郎が呟くように言う。
「それもあれは、人の意識じゃない……いや、人の意識としての枠組が外れて
いる」 
 淡い街灯からの光の中、その顔ははっきりとわかるほどに青褪めていた。
「心の声は……いや、人の意識としての心の声は、今のあの人の中には無い」
 言葉の意味は、片桐には全く不明である。否、言葉自体の意味は判っても、
その意味するところが判らないのだ。
「ああやっぱり……そうなってますか」
「うん」
 それでも英一の声はどこかゆったりとして耳に届く。それに短く頷くと、光
郎はふっと肩から力を抜いた。
「蛟の心の声に周波を合わせた途端、あの子の言葉が判った」
 つまりそういうことなんだよ、と、呟くように付け加える。成程、と英一が
頷いた。

「……おねえちゃん、流れを、作ってる?」 
 その会話が耳に入っているのかいないのか、タカは半ば尋ねるように呟いた。
「うん、それに……戻ってくる流れもあるだろう?」 
「…………」 
 そういわれて初めてわかる。 
 くるくると片帆の動きは刻々変る。刻々風の向きが変り、強さが変わるたび
に、それを遮る間隔も、手をかざすように持ち上げる間も変わる。その動きに
ひきつけられた為に最初は気がつかなかった、その流れ。

 白い蛟から、戻ってくる波。
 その形は……投げつけられた波とは、ほんの少し異なっていた。

「……ここからが、今日の、タカの仕事だ」 
 すっと、光郎の手がタカの肩の上に載った。
「あの意味を、読み取ってごらん」 
「……え」 
「読み取れるように、まずタカ自身の意識の枠組を外す。一度全部忘れて、そ
してあれの意味がわかるように、組み立てなおす」 
「え」
「蛟の枠組の中で」 
「え、え、え……?」

 それは意味がわからんじゃろう、と、傍で聞いていた片桐も思ったものだが、
タカのほうはもっと切実である。わたわた、と視線を動かし、手を動かし……
そして最後に。
「わ、わ、わかんないよっ」 
 難しすぎだようっ、と、両手両足で主張する。ああ、と、光郎は苦笑した。
「……じゃあね、片桐さんを見てごらん」 
「うん……」
 おぼつかなげに頷いたタカの視線が片桐のほうに向く。 
「片桐さんは…………穴だ」 
「え?」
 疑問符を発した片桐の目前で、光郎の目が変わった。
 今まで、穏やかながらも豊かな表情をのぼせていた目が、鏡面のようにつる
りと滑らかな、そして感情を示さない……まるで良く出来た硝子の義眼のよう
に変わった。
「……え?」 
「片桐さんが見えなくても、片桐さんの穴は……見えていたよね」 
 穏やかな声は、まるで催眠術師のそれのように、淡々と意識を染め替えるよ
うに響く。
「この人は、その周りにある。見えなくても……そこにある」 
 どこか困ったように片桐を見ていたタカは、ふと目を見開いた。
「…………あな」
 そして……タカの表情もまた、変わった。

 最初に出会った時の、焦点がどこにあるのかわからない、けれどもこちらを
見ている目。一心に見ていながら、しかしその視線は虚ろな。
「…………」
 すう、と、タカの手が持ち上がった。繋いでいる手はそのまま、片方空いた
手が片桐のほうに伸ばされ、すうと腹部を指先で撫でるように動く。
「……あな」

(真っ黒な穴、これどうやってあけたのかな、不思議だな)
 最初に出会った時に、この小さな少女はそう言って首を傾げていた。ある意
味今よりも大人びた声と、大人びた表情で。
 ……否。
 今現在、少女が示している、どこか透明な無表情。まるで黝い透明な硝子の
仮面をかちりと被ったような。
 それは確かに、出会った時のタカの表情とどこか重なる。

 片桐の手をぎゅっと握っていた小さな手が、ゆっくりと開いた。
 ことさらに離すというより、ただ握っていることを忘れたように。

「……うん。わかった」

 そしてその虚ろな透明な顔のまま、タカは片帆と蛟を見やった。

「うん……わかる」
 
 冷たいような肯定の言葉が、はっきりとその口からこぼれた。


時系列
------
 2007年7月初旬。風台風の日。

解説
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 とても簡単なぱらだいむしふと。
********************************

 てなもんです。
 であであ。
  



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