[KATARIBE 31312] [ON04N] 小説『甕に酒精が憑きたる話』

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Date: Mon, 3 Sep 2007 23:55:59 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31312] [ON04N] 小説『甕に酒精が憑きたる話』
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2007年09月03日:23時55分59秒
Sub:[ON04N]小説『甕に酒精が憑きたる話』:
From:久志


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小説『甕に酒精が憑きたる話』
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登場人物
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 妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
 お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
 酒精:物の怪のなりそこない。
   :酒のある場所に現れ、いつの間にか酒を少しづつ飲んでいく。

本編
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 きろり、と。
 たぷんと酒の詰まった甕を睨む目。

 手にした甕の蓋をそっと戻して。お兼は眉根を寄せた。

「やはり、おかしい」

 顔を上げて、蓋をした甕を眺めながら腕組みをしつつ小さく首を振った。
 主である妙延尼と乳母の娘お兼、女二人だけの屋敷。土間に置かれた甕には
毎晩酒を飲む妙延尼の為に常に切らさず酒を保管していた。
 だが。つい二日ほど前からお兼は異変を感じていた。

「ひいさま、ご覧になってくださいまし」
 お兼の指差した先、甕の水面の位置。
「何ぞありましたか?」
 するり、と、土間へと足を下ろして妙延尼が甕のほうへと歩む。己の身の丈
の半ばを越そうという大きな甕の蓋をお兼は両手で掴んでよいしょと甕に立て
掛けるように降ろす。そして不思議そうな顔で眺める妙延尼に手招きをした。

 天狗と酒比べをして勝つ胃の腑の謎はともかくとして、妙延尼は相当に酒を
呑む。従って毎日消費する旨い酒を安く手に入れるのは、お兼の重大な任務
(お兼曰く。流石に妙延尼は言わない)の一つである。よってその管理にも、
彼女は非常に気を使っているのだが。
 先日、飲んだ酒の量はきっちり覚えている。そして、どれだけ甕に残ってい
るのかも。
 しかし。

「夕べ見たときよりもすこおし減っております、ほんの僅かでも見紛うはずは
ありません」
 甕の内側の線を指差し目を細める。
「おや」
 しげしげと甕を覗いて、口元に手を当てて小首をかしげる妙延尼。
「ひいさまじゃありませんのね?」
 疑っているわけではなく、確認の問い。
「ええ」
「……なればよろしゅうございます」
 こっくりと大きく頷いて
 再び視線を甕に戻して、すぅっと目を細めて腕組みをする。この庵に住まう
のは自分と妙延尼の二人。覚えもないのに目減りしている酒。
「どこぞの悪戯ものの仕業でしょうかねえ」
 惜しいけれども、仕方がありません、と、苦笑する妙延尼の横で、お兼はし
ばし眉を寄せて甕の酒を睨んでいた。

 その夜、日も暮れた庵にて。
 長い夏の日もとっぷりと暮れ、流石に灯りを点してまで刺繍できず、妙延尼
は少し前に休んでいる。

 しん、と。外の闇が染み込みそうなほどに、庵は静かだった。

 ……と。

 人気のない土間の片隅で、もぞりと小さな影が揺らめいた。
 小さな影はさわさわと這うように土の上を移動し、酒甕にぺたりと張り付く
とそのまま滑るように甕をよじ登っていく。
 子供が抱き上げても、腕の中に入りそうなほどの大きさの身体に、如何にも
その甕は大きかったが、無論この何かは気にしたふうも無い。慣れた手つきで
まるまるした身体から少々不釣合いにも見える小さな手を伸ばして蓋に触れる。
 微かに擦れる音を立てて蓋をずらし、頭を中へ潜り込ませようと身を屈めた。

(来たか)

 同時に、土間に茣蓙を敷いて横になっていたお兼の目がぱちりと開いた。
片手には妙延尼の織った布がくるくると巻きつけてある。それを庇うようにす
らり、と身を起こす。充分に静かな動きの筈だったが、弾みで土間の片隅の火
吹き竹が倒れ、かたん、と、音を立てた。

 甕に張り付いていたものは突然の物音に驚いてびくりと動きをとめた。

「せい!」

 間髪いれず、手にした布で甕に張り付いた影を打ち据えた。
 きゅぅと、空気の抜けるような音を立てて土間に転がった丸い影をすかさず
鷲掴みで引っつかみ、傍らに用意しておいた壷に押し込んだ。
 きゃぅ、と。
 一声鳴いたきり壷におさまったまま、その何モノかはひっそりと大人しく
なった。

「ひいさま!捕まえました!」
 成功、と、声音にすら明らかな声に、妙延尼は起き上がり、枕元の灯りに火
を入れる。ぼんやりと灯りに照らされた土間にゆっくりと下りる頃には、お兼
は得意そうに壷の中の何かを手に握り締めていた。

 壷に押し込められていたのは、つるりとした薄桃色にぷよんとした奇妙な丸
い物体。がっしとお兼に押さえつけられ、みっともないほどにくにゅんと縮こ
まっている。

「……さあ、お前。今までの盗み呑みの酒をお返し」
 ぐう、と、片手にわしづかみにした相手を顔の高さに近づけ、お兼がドスの
利いた声で言う。
 鬼も震え上がりそうな様相に、捕らわれた物の怪はきゅぅと悲鳴のような声
をあげた。
「さ、も、な、く、ば」
「みゅぅぅ」
 腹の底から響くような低い声に震え上がる。
「…………」
 押さえつけた手の下でぷるぷると震える物の怪を眺めながら、お兼は手ごた
えのなさにいささか拍子抜けした。

「さあて、どうしてくれようか……」
 にぃ、と口元に笑みを浮かべて……その実どうしようかについては何も考え
ていなかったわけで……その表情で時間を稼ぎながら、お兼は思案し……ふと
ぽん、と、空いた手で膝を打った。

「そう、陰陽寮の面々に引き渡してしまいましょうか」
 ぴくりと、押さえつけた物の怪が怯えたように震える。
「あそこに行けば、それはもう、皆が、丁寧に……お前を調べに調べつくして
くれようぞ」
 丁寧に、を強調しつつじろりとねめつける。

 その背後からのんびりとした声が響く。
「まあお兼、むやみとそうやって脅かすものではありませんよ」 
「あ、ひいさま、酒盗人の正体はこれでございますよ」
 ずい、と。開いた手でがっしりと捕まえた物の怪を見せる。一見するりと逃
げられそうな捕らえ方なのだが、そこは怪力のお兼である。物の怪にも付入る
隙がないようである。
「おや」

 きゅぅ、と。蚊の鳴くような声をあげる薄桃色の丸い奇妙な生き物?
 柔らかそうな体をぷよぷよと震わせてしょんぼりとうなだれているようにも
見える。
「……そう」
 ほんのりと、慈愛に満ちた笑みを浮かべて妙延尼は頷く。しかし、大虎の尼
の次の言葉は、流石のお兼も、ちょっと目を丸くするに足りるものだった。
「お水に漬けておけば、お酒が染み出してくるかしらねえ」
 ふるるっと、体を震わせる物の怪の姿にころころと笑う。
「まあ、そういうのも可哀想ですしねえ」
つん、と。物の怪を指でかるくつついて、そのままひょいと片手で持ち上げる。

「次に盗めば……今度こそ、お兼に引き渡しますよ?」
 そのままそろりと床に物の怪を放す。
 きゅい、と。返事ともつかない鳴き声をあげるとふよふよと体を震わせて
音もなく物の怪の姿が変化した。

「まあ」
「おや」
 目を丸くしたお兼と妙延尼の目の前で薄桃色の物の怪が姿を変え。

 その場に立っていたのは桜色の頬にぱつんと肩で揃えた髪の幼い女の子。
 きゅい、と。姿は人でも先ほどと変らない鳴き声で妙延尼に頭を下げる。

「娘御だったのですねえ」
「ひいさま、この者何を」
 おっとりと眺める妙延尼と目を細めて警戒するお兼の前で、幼女に変じた物
の怪はなにやら身振り手振りで何かを伝えようとしている。

 甕を指差し、手の平を下に向けて何かを下げる仕草。何かが減る、下がる。
「お酒を盗み飲んだこと?」
 問いかける妙延尼の声にこくこくと頷く。
 きゅっと寄せたまっすぐな眉、くりっと丸い目で妙延尼とお兼を見上げて、
更に何かを手繰ったり、走ったりする仕草を繰り返す。
 草を刈るような仕草、手元を動かして何かを縫うような仕草、引っ張るよう
な仕草を繰り返して、何かを訴えようとしている。
「……一体何を伝えようと?」
 眉をきゅっと寄せて、お兼は腕組みをしたまま物の怪の言わんとすることが
何か読み取ろうとする。
「草刈、縫い物……収穫……仕事?」
 妙延尼の何気ない言葉にぱっと輝かせて物の怪の娘が飛び上がって頷く。
「仕事、ですと?」
 お兼の訝しげな問いにこくこくと頷いて、物の怪の娘が胸元で両手をお椀の
形にして、甕に戻す仕草をする。
「ほう……飲み代を働いて返す、と」
 目を細めて小さく笑う妙延尼の言葉にきゅぅと、一声鳴いて幼女が頷く。
「ひいさま」
 お兼が妙延尼の顔を見て声を上げる。後に続く言葉は妙延尼には容易に予想
できた。
「よい心がけではありませんか」
 きゅぅ、と。ぺたりとその場に座り、額をつける。

「なりません!」
 びしりと打ち下ろすようなお兼の言葉にびくりと物の怪が体を震わせた。
「酒の飲み代というても、たいしたことは無かったのでしょう? 多分数日で」
「数日も居たら充分でございます!あやかしなぞがひいさまの近くに居った日
には!」
 ばしばしと畳み掛けるようなお兼の言葉に、頭を擦りつけたままびくびくと
酒精が体を振るわせる。捕まった押さえ込まれた恐怖はすっかり刻み込まれた
らしい。
「あら、お兼も、そして時貞様も望次様も、そして何より御頭もいらっしゃる
のよ? 大丈夫ですとも」
「……あやかしの見えない鈍感陰陽師に、見えるけど陰陽師じゃない方に、
ひいさまに夜這いかけるお方に!」
 ぴしゃり、と。的確かつ端的に言い放つ。
 まあそれは随分な、と。小さく笑いながら、お兼の顔を見る。
「それに何より、お兼、お前が居てくれるでしょう?」
 ぐ、と。鬼をもねじ伏せるお兼が言葉を詰まらせる。
「お前なら、この子が何をしようと、私を庇ってくれるでしょう?」
 ころころと口元を押さえて笑う妙延尼の前で、うってかわって肩を落として
お兼が妙延尼を見上げている。
「……ひーいーさーまー」
 だが絶対に勝てない相手とわかっているからこそ、少々恨みがましさを込め
た目でぢとっと見上げる。
 急に様子が変わったお兼とにこにこと笑う妙延尼の顔を交互に見上げつつ、
再びぺこりと酒精の娘が頭を下げる。
「働いて返すというても……そもそもそんなに呑んだようには見えないのだか
ら、そのまま帰って貰っても宜しいのだけど」
 ちらりと、酒精を見て。びくり、と体を震わせて恐る恐る顔を上げる酒精に
小さく微笑んでみせる。
「そうやって、働こうという気概が見事。それに甘えましょう」
 きゅい、と。酒精が一声鳴いて瞬きする。
「働くというても恐らく数日でしょうが……宜しゅうにな」
 丸い目を更に丸くしてしげしげと妙延尼を見て、きゅいっと元気よく酒精が
鳴き声を上げて再びぺこり、と頭を垂れた。

解説
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 目減りする甕の酒、その原因は……
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