[KATARIBE 31311] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の四』

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Date: Mon, 3 Sep 2007 22:41:14 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31311] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の四』
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2007年09月03日:22時41分13秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜嵐の夜に・其の四』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少しも終わりません。
なんとかーとか思うんですが、もう開き直ってがっつり書き込むのもいいかなと。

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小説『蛟〜嵐の夜に・其の四』
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登場人物
--------
  薬袋光郎(みない・みつろう)
   :薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
  今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
  片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
  平塚英一(ひらつか・えいいち)
   :鬼海の家在住。花澄の兄。異能以上に常識面で鬼海の家に寄与(恐らく)。

本文
----

 同日、『はいむ』。
 重厚な扉の中の静かな店は、あまり目立たないがその沈黙と店主の雰囲気か
ら、常に静かに酒が呑める場所として細々とではあるが常連がついている。た
だ、流石に台風の接近しつつあるこの夜に、この店に来ている客は居なかった。
 扉を閉めれば、この店は外部の喧騒を見事に防ぐ。ざあざあと強い風に乗っ
た雨の音も、この中までは達しない。
 店の中、珍しくカウンターから出て、光郎はテーブルに座り、何やら書き物
をしている。考え込みながら手を動かし、何度か止まってはさっと線を引いて
文字を消す。その繰り返しの途中に、電話が鳴った。

「もしもし、『はいむ』ですが……」
 言いかけた言葉がふっと途切れた。
『申し訳ありません、平塚と申します』
 当代の鬼海の家の当主は、その『鬼海』の姓を持たない。いや、鬼海の姓を
持つ青年は居るのだが、現在は他県にて学業に励んで……『多分居るんじゃな
いかな、そうだといいな』というのは、その当主の発言ではある。もともと鬼
海の家はさほどまでに家系を重視しない。その発現した能力の多寡によって、
当主は決まる傾向にあり……そしてその姓の如何によらず、彼等は『鬼海の当
主』と呼ばれることになる。
 閑話休題。
 電話の先の声の主には、光郎も心当たりがある。その当主の兄の声は、恐ら
く急いでいる今でも、どこかしらゆったりとしている。
「何か……蛟に起こりましたか」
『ええ、恐らく』
 そして暫し。相手の説明を黙って聞いていた光郎は、ふうと息を吐いた。
「……判りました。すぐ、行きます。……タカもですね?」 
『ええ、御願いします。場所は』 
「よく……判ってますよ」
 苦笑しつつ、では、と、言い置いて受話器を置く。そのまま座っていた席か
ら立ち上がり、ポケットから携帯を取り出した。
「……あの家は、電話がないか……仕方ない」 
 するり、と、画面を呼び出し、或る番号を指定する。
 じきに相手のほうを呼び出している気配。そして。
「もしもし」
『はい』
 低い、少々どすの利いた声に、光郎は少し微笑った。
「ああ、よかった……片桐さん申し訳ない、そちらにタカはいるかな」
 相手は刑事、それも異能者や異形を相手とする、零課の刑事である。従って
結構自宅に居る時間帯は不定になる。一度で掴まったのは運がいい。
『光郎さん……はい、タカなら今一緒に』 
 電話の向こうから、ほえほえ、と、声が聞こえてくる。恐らく隣で、一緒に
お菓子でも食べていたのだろう。
「良かった。今から迎えに行きます。タカを必要としているので」
 自分でもひどく乾いた、情報の片鱗しか伝えていないと自覚できる言葉に、
けれども片桐は別段何か言うわけでもなかった。ただ、頷くような気配と、そ
れに続いての、遠い声。

(タカ、光郎さんがお前に用らしいぞ)
(ほえ……はいっ)
 
 そして小さな振動音。

『もしもし』
 そして小さな、少女の声。
「ああ、タカちゃん。今からそちらに行くんで、一緒に来てくれないかな」
『ほえ……うん、いいけど、どこに?』 
「とりあえず危険というわけじゃない。でも、片帆さんの処にね」
『え……うん、行く!』 
 元々片帆のことは、タカがよく気にかけていることを光郎も知っている。今
もぱたぱた、と、足踏みをする気配まで伝わってくる。
「じゃあ、5分でそちらにゆくが……そうだ、片桐さんは時間があるのかな」
『……えっと……わかんない、おじちゃんに代わるね』 
 恐らくすぐ近くに居たのだろう、片桐の声が聞こえたのはすぐのことだった。
『はい』
「……片桐さん、今回は何も危険はない。ただ、タカにある意味……場慣れさ
せたいというのが、先方の意向らしい」
 相手はタカを、自分の娘のように可愛がっているのである。恐らく一番気に
なっているだろうことに、一番最初に答えてから、光郎は言葉を継いだ。
「それで、できれば……貴方も来ないか?」
『時間は、あいとります……』
 即答した声が、ひそめられた。
『わかりました、付き添ってもええんですな』 
 今春に少女を引き取ってからこちら、すっかり保護者代わりに……否、今ま
での保護者以上に心をかけ、可愛がっている者の言葉に、光郎は口元をほころ
ばせた。
「無論。薬袋の家の護ってきたもの……そして私達の役割を、知っても欲しい
からね」
『……わかりました』 
 その一言で電話は切れ、光郎は携帯をポケットに納めると、するりとエプロ
ンを外した。


 服の上から大きめのレインコートを着せる。レインコートの下で跳ね上がり
そうなくらい、少女が高ぶっているのがわかる。
「ほら、まだ座っとかんかい」
「……うん」
 言われたとおり座った後も、ぴくぴくとその肩が動く。ぱちり、と、直線を
描くように切られた髪が、その度に細かく揺れる。小さな顔は白く血の気が引
いていた。
 エレベーターの動く気配。そして歩く足音。こんこん、と、叩かれる玄関。
「はいっ」
 跳ね上がるように少女は立ち上がった。そのまま玄関を開けると、少し疲れ
たような初老の男が、それでもにっこりと笑って立っていた。
「……夜分、すみません」 
 慌てて靴を履く少女と、その後ろから近づく片桐に向かって、光郎は静かに
言葉を継いだ。
「急ごう。下にタクシーを待たせているから」 
「うんっ」 
「わかった」 

           **

 寡黙な運転手のタクシーに乗り、やはり黙ったまま15分ほど。丁度細い私道
に入るところで、光郎は降車を告げた。
「ここからちょっと歩きます」
 いつの間にか雨は霧のように細かく、細い線と化していたが、それを運ぶ風
は反比例するように鋭く強くなっていた。一瞬よろよろとしたタカの手を、片
桐が掴む。すっとばされそうになるレインコートのフードを片手で押さえなが
ら、タカはとことこと歩いてゆく。黙ったまま、その隣を片桐が歩いてゆく。
坂を一つあがり、少し傾斜が緩やかになったところで。
「……お待ちしてました」 
 眼鏡をかけた、片桐よりは年上、光郎よりはかなり年下の男は、傍らの電灯
の元、少し笑っているように見えた。
「貴方が出るくらいに……水が暴れていますかな」 
「暴れないとは、限らない」
 符丁のような会話を交わしてから、男は片桐とタカのほうを見た。決してあ
せるところのない落ち着いた表情と声は、どこかしら光郎と共通するものを含
んでいた。
「そちらのお嬢さんは、タカちゃんで……こちらは」 
「片桐壮平といいます」 
 
「事情があって今タカを預かってる者です」 
 きっぱりとした口調に、男は小さく頷いた。
「はじめまして。平塚英一と申します」 
 ゆっくりと歩きながら、英一は片桐の横に並んだ。
「私達は、薬袋光郎さんと……いや、薬袋の家と、多少かかわりのある家の者
でして」
 決して背が低いわけではないが、片桐ほどは高くない。けれどもその声は、
暴風の中よく届いた。
「その関わりを、今夜のところは多少なりと見てもらおうかと思ってます」
 穏やかな口調で告げる相手の顔を、片桐は、丁度通りがかった街灯の光の下
でよく見た。
 太い枠の眼鏡をかけた顔は、本当に普通の顔である。

 零課に持ち込まれる事件には、当然ながら加害者と被害者が居る。加害者の
ほぼ十割が異能者であり、被害者にも異能者が多い。そうやって零課にやって
くる異能者達は、どこか『変』な面々が多い。精神のバランスが崩れている者、
冷徹なほど理性的であると同時に相手の痛みを理解できない者、自分に今まで
加えられた痛みを、誰彼となく放出することを妥当くらいに思う者。
 それらの異能者と比べて、相手はあまりに普通だった。普通で変わり映えが
しない、普通のおじさんだった。
「ああそうだ、片桐さん、それとタカちゃん。僕よりも前に出ないようにして
下さい」
 それでもその口からは、現在のこの不可思議な状況をきちんと飲み込み、理
解しているが故の言葉が出てくる。 
「わかった」
 横をとことこと歩いているタカの肩を、そっと叩いて片桐が言う。その、と
ん、と叩く手に押し出されたように、ぴょこんとタカは頷いた。
「はいっ」 
 丸い目が、おっこちそうなほど見開かれて、英一のほうを見ている。頷かれ
た英一と、一歩後ろを静かについてきていた光郎が、思わず、といった風に苦
笑した。

 散歩道に似た舗装道を暫く。
 そして、目立たない脇道に逸れて、また暫く。
 本道に当たる道の、脇に並ぶ細い道を、四人は黙々と歩いてゆく。吹き付け
る風と雨の中、ふと片桐は本道のほうを見やった。
 本道は、何故か白く濁って見えた。

 風台風の名に恥じず、というと変だが、風は相変わらず多少の霧なぞ一瞬で
吹き飛ばすだろう程に強い。しかし、この道の上の白く段々と厚くなる霧は、
その風の中動かない。
 いや、良く見ればその霧は、少しずつだが吹き飛ばされている。しかし、吹
き飛ばされた霧は、またどこからか戻り、そしてその白い大きな何かに合流し
ている。吹き飛ばされてはまた戻り、吹き流されてはまた戻る。その繰り返し
の中、この白い塊は、段々とその存在を確かなものにしているようだった。

「……片桐さんは、わかりますか、この白いものの正体が」 
 すたすたと歩いていた英一が、ふと口を開いた。
「……ほぇ?」
 きょとん、と、タカが白いものから視線を英一に、そして片桐に向ける。
「おじちゃんの知ってるもの?」
「……これは?」
 反対に問い返しながら、片桐はふと気がつく。今もまだ横殴りの風と雨が吹
き付けている筈なのに、何時の間にかその風も雨も、彼らにぶつかってくるこ
とは無い。ざわざわと空気が荒れるような気配は感じ取れても、言わば一時的
な無風状態に、この四人は居るらしいのだ。

 側道から見える、白い長い、円筒形のもの。
「!」
 こちら側を向いている面には……良く見ると鱗のようなものが見える。灯の
元で、その鱗は、かえってはっきりとその輪郭を示した。

「……蛟、ですよ」 
 さらり、と、なんでもなげな口調で英一が言う。 
 雨ですよ。台風ですよ。そんな極普通の自然現象か何かのように。
「……蛟」 
「霞ヶ池の水を、留め、その害を封じる為に身を投げ出した」 
 このところ異変の原因の大きな一つに数えられる、霞ヶ池の水。その単語も
また、ひどく当たり前のもののように語られてゆく。
「我々の護ってきた……蛟です」

 ふっと、視線が重なる。
 英一の、眼鏡越しの静かな視線。光郎の、何もかも知り尽くしたような穏や
かな視線。

「気をつけて下さい。あの蛟の全身、ほぼ全て霞ヶ池の水で出来ていますから」 
 その穏やかな視線同様、穏やかな声で穏やかならぬことを告げながら、やは
り英一はゆるゆると進んでゆく。その道がだんだんと細くなり、傍らの白い塊
が、どうやら頭らしき膨らみを示したところで。

「あ!!」
 
 頭部とは言うものの、目の辺りはぼんやりとぼやけ、喉の部分も輪郭自体が
見て取れないくらいにぼやけている。けれども、細く鋭くゆらぐ長い鬣も、そ
の奇妙に長細い顔も、昔の絵に描かれた竜のそれに酷似している。

 その顔のすぐ前に立っているひょろっと細い娘と、その後ろに控えるように
立っている髪の長い女。二人の……特にその、細い娘の姿を認めた途端、タカ
はその喉一杯の声を張り上げた。

「片帆おねえちゃん!」 


時系列
------
 2007年7月初旬。風台風の日。

解説
----
 嵐の夜の、薬袋家の、そして片桐の動き。
********************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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