[KATARIBE 31287] [OM04N] 小説『織りの手の参』

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Date: Mon, 27 Aug 2007 23:58:23 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31287] [OM04N] 小説『織りの手の参』
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2007年08月27日:23時58分23秒
Sub:[OM04N]小説『織りの手の参』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
いっき、いっき、です。
……もーみなおしとかなっしんぐです。とんでもねーです。

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小説『織りの手の参』
===================
登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
  秦時貞(はた・ときさだ)
   :鬼に懐疑的な陰陽師。厄介事の最後の行き場。


本文 
---- 

 淡くかそけき声と姿。
 あわあわと、影に溶けるような輪郭。
 
 その横に、これは黒々とした影のように、すすきの姿が並ぶ。小柄な姿は、
まるでそのやさしげなあやかしに、仕えるようにも見えた。

「一体どのようなことがあったのでしょう?」
 尋ねる妙延尼のほうを、娘はその半透明の目で見た。
「お聞き、頂けますか」
「無論のこと」

           **

 そして結局その話は、妙延尼達(説明した後は時貞も含めて)ある程度覚悟
していた内容に酷似していたと言える。
 娘の両親は、この屋敷の男に多くの借金をしていたのである。返せる筈の金
を、しかし返す段になると男は受け取り渋った。
(今すぐでなくても良いのじゃ)
(今年の秋を越してからでも構わぬではないか)
 渋るうちに秋が来……しかしその前に、台風が来た。
 収穫は、見積もりよりも少なく……従って返せた筈の金が返せなくなった。

「見越していたのかと……呪うていたのかと思いました」
 そんなことは無い、と、妙延尼は思い、また娘も思う。ただ、そういうこと
があったらいいなあ、と、男が望んでいたことは確かだろうし……そして秋の、
この野分の時分を通れば、その望みが叶いやすくなることは男も知っていたろ
うと思われる。
 とにかく娘は、奴婢として屋敷に引き取られた。
「それでも私は、一つだけほっとしておりました」
 悲しげな顔をして、娘は呟く。部屋に差し込む、これも淡い陽光に透ける手
を差し伸べながら彼女は言葉を続けた。
「織りの手を、あの男も知っておりました。私の織りました布を見て、この手
を欲しい、だから屋敷に来ても必ず機を与え、布を織らせよう、と。だから私
は」

 悲しげな顔を伏せた娘の代わりに、すすきが小さな身体を震わすようにして
話を続ける。
「わしもな、みたのじゃ。きれいなきれいな音をたてる機を、うごかしている
のをみたのじゃ」
 楽しげな音であった、とすすきは言う。時に複雑に途切れることなく、時に
柔らかく響く音。
「たのしうてたのしうて、織っておるお方とおもうておったじゃ」
「それは……そのとおりであったのでしょう?」
「はい」
 この三人(といっても、人と言い切れるのは妙延尼のみであったが)の後ろ
に、お兼と時貞が控えている。お兼の低い声が絶え間なく聞こえるのは、どう
やら三人の会話を時貞に伝えているものらしい。
「最初にこの布を織れと言うたのは、あの男でございます。頼まれた時は嬉う
ございました。人の織ったことの無い布、やんごとなき方々に献上したき布を
織れ、と言われたのですから」
 ほんとうに嬉しかった、と娘は言う。考えに考えて図案を整え、縦糸を張り、
そして横糸を打ち込む。最初の一段は、手が震える思いだった、とも。
「たのしゅうございました……ほんとうにたのしゅうございました」
 細い細い声が、そのように呟いた。

 そして織り続けて、一週間。
 その夜。
「あの、おとこは」
 細く震える声がそれだけ言い、絶句した。
 
 酷い話である、と、妙延尼も思う。
 しかしながら……これはとても酷い話であると思うが、そのような覚悟をこ
の娘が一切せずに、屋敷に来たとも思えない。
 一度売られた者である。最初に口約束でどのように言おうと、売られた側に
選択肢は無い。ましてこうやって、あやかしと成った今ですら、その美貌は見
てとれるのである。生きている時、この美しい娘を……口約束でどのように言
おうと……あの男がそのままに放つわけがない。そう考えると、この娘が命を
断ったのは少々不思議な気もする。
 それを、一番露骨かつ身も蓋も無い言葉で述べたのは、無論のことお兼であ
る。

「それは確かにそうでしょうけど、あれくらいの下劣な男でございますよ。ど
のように約束しても、それを嘘とは疑っておられなかったのですか?」
「あ、いえそれは」
 きつい言葉なのだが、娘はかえって微笑むと軽く手を振った。
「無論、つろうございました。いやじゃいやじゃと逃げました。でも……でも
それだけならば、私はこのような姿にはなりませなんだ」
「では、何故」
 思わず重なった、妙延尼とお兼の問いに……娘はかっと目を見開いた。二人
にではない、今はここに居らぬ、もっとも卑劣な男に向かって。
「あの男は、私を三日の間弄びました。……一応言うておきましょう。殴られ
なかったとは申しませぬが、耐えられぬほどではございませんでした。あざに
なるようなこともなく……ある意味私を気に入ってもおったのでしょう。それ
は確かでございます。そして、気に入っておったからこその言葉と……頭では
判っておりました」
 けれども、と、今はもうどこにも流れておらぬ血が、その口元からしぶくよ
うな声と口調で、娘は続ける。
「あの男は申しました。『なんとかわゆらしいことじゃ、もう二度とあのよう
に機を織る必要も無い。わしが可愛がってやろうぞ』と」
 ざざ、と、娘の髪が逆立つ。この優しげな……自分を踏みつけにした相手に
すら、極限まで公平であろうとするこの娘にして、押さえ切れぬほどの怒りが、
彼女の輪郭をゆらゆらと歪ませていた。
「機を織りたい、と私は申したのです。夜はどのようになさっても結構、それ
でも私は機を織りたい、と。その答えが…………っ!!」

 ざん、と、あおじろく揺らめく炎が、娘の周囲に立ち上った。

「……男が居なくなってすぐ……私は懐に隠していた糸を幾重にも縒り合わせ、
それを用いてくびれて死にました。今もそのことを悔いてはおりませぬ」
 
 
 男にしたら、それはどちらかといえば善意だったのだろう、と、妙延尼は思
う。無論いつ飽きるか判らぬ得手勝手な感情とは言え、とりあえずは可愛がり、
楽をさせてやろう、との心だったのだろう、と。
 しかしそれは、娘には絶望でしかなかったのだ。
 織りの手を持つこの娘にとっては、どのような安寧よりも、織り続けること
のほうが余程幸せであったのだ。

「言っちゃあなんですけど、あんな男に可愛がられるより、朝から晩まで機に
括りつけられて織り続けるほうがよっぽどありがたいですよね」
 お兼の身も蓋も無い……どこかあっけらかんとした言葉に、妙延尼は思わず
頭をかかえたが、しかし娘はほんのりと笑った。
「ああ……判って下さいますのね」
「おかねどのはえらいのじゃ」
 さわさわと揺れる草のような乾いた声で、すすきが頷いた。


「それで、私は何を致したら宜しいのでしょう」
 経緯は判ったが、そこは判らない。小首を傾げた妙延尼に、娘はおずおずと
口を開いた。
「あの……非常に厄介とは存じますが……」
「そのようなお気遣いは無しに」
「では……あの」
 言いづらそうに二度、三度と言葉を濁してから、娘はようやく声を放った。
「私に、身体をお貸しくださいませんか?」
「何ですって?!」
 咄嗟に叫んだのは妙延尼ではなくお兼のほうだった。何をいいやる、と、む
きになってつっかかりかけるのを片手でいなして、妙延尼は小首を傾げた。
「何の為にでございます?」
「……あの布を、最後まで織る、ために」

 ふわあ、と、娘の身体が光った。
 どこか憑かれたような……ああこの故に、この娘はこの世に留まり続けてい
るのだ、と、見た者が頷くような目だった。
「糸の運び、横糸の通し方、全て我が頭に残っております。あれを織り終えず
には、私は死ぬに死ねませぬ」
 
 決して派手な意匠ではない。むしろこれだけ手の込んだものを、よくぞここ
まで目立たせずに、と思うような色合いであり図案なのである。だからこそ、
その織りの見事さは……見る者の目には明らかなのである。

「……御願いしようにも、陰陽寮の方々は機織など一度も行ったことのない方々、
この方達にお教えしても、この織りを全うするのは難しい。かといって、私が
見えず、またその身体をお借りできるようにお頼みできないなら、身体をお借
りしても必ずや破綻が来ます。悩んで悩んで、毎日毎夜、ここで泣いておりま
したら」
「わしがいうたのじゃ。妙延尼さまなら助けてくださる、と」
 胸を張って、すすきが言う。
「……ああ……そういうことで」
 そう言われると妙延尼も納得する。無論、刺繍の腕ほどではないが、その刺
繍を行う前段階として、彼女も機織をすることがある。無論この娘ほど脳は持
ち得ないが、陰陽寮の面々(彼女が知る限りの)を考えるに、流石に自分のほ
うがなんぼかましな織りの手を持っていると言い切れる。
 そして何より、自分はこうやって、相手の言葉を聞くことが出来る……

「判りました。お受けいたしましょう」
 ああもう、と、後ろで起こる声を、この際は無視して妙延尼は頷いた。ぱあっ
と嬉しげに顔を輝かせた娘に、しかしすっと手を伸ばして、抑えるような仕草
をしてみせる。
「但し、幾つかこちらも条件がございます」
「……はぁ」
 途端に不安げになった娘に、妙延尼はにこっと微笑んだ。
「織り終った布を、私が頂く、というのは如何でしょう」
「あ!」
 ぱあっと娘の顔が明るくなった。
「そうして頂けますか!」
「ええ。私が頼まれたのは、この機を使えるようにしてくれ、ということだけ
ですので」
 この布をどうしろ、とは言われていない。
「それに、あやかしの影響下に長くあった布ですもの。普通の人の手元に置く
には危険である、とも思えますし……そうですわね、時貞様」
 真面目な内容なのだが、口調はどこかおどけたものである。急に話を振られ
て時貞も困ったようだが、ぼそぼそ、とお兼が説明したのに、一つ頷いた。
「それは、妙延尼殿の仰るとおりかと」
「ね」
 小首を傾げて妙延尼が笑うと、娘もまた、嬉しげに笑った。
「ああそれでほっと致しました……ほんとうに嬉しい」
「よかったぞよかったぞ」
 それまで息を呑むようにして聞いていたすすきが、ぱたぱたと手足を踏み鳴
らした。

            **

「そんな無茶なことを!」
 無論のこと、この条件は男には猛反対された。この布を献上する先は決まっ
ているの、それならば途中で構わぬ、そこで断ち切って捧げよう、だの、無茶
を言い出したのを封じたのは、やはりその布が『祟られている』との妙延尼の
言葉であり、またそれに頷いて賛意を示した時貞であったろう。
「宜しいですか。今はあやかしは、『布を織りたい』の一念で機の近くに居り、
従ってこの屋敷には手を出しておりませぬ。しかしもしその思いまでも踏みに
じるならば」
 ごくり、と、唾を飲み込む男に、妙延尼は膝をすい、と進めた。
「この屋敷の全てを、あの娘が呪うことは確か。その時、一番最初に狙われる
のが誰かということも……明らかでございましょう」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、男は何とか納得し、妙延尼が織り終るまでこ
の屋敷に滞在することをも許した。一緒にお兼と時貞も、ここに留まってよい、
と、それはかなり恩着せがましい言葉ではあったが。

「……それでは、私は織りに入りますが……お兼」
「はい」
 耳元でひそひそ、と、囁かれた内容に、お兼はいちいちと頷いたが、
「はい、判りました。ひいさまは後は何一つご心配なさらず」
 最後にそう言い切ると、すい、と、頭を下げた。

 すう、と動いて妙延尼が機の前に座る。それを見届けた後、お兼は時貞のほ
うに向かった。
「今から織り終るまで、まだ暫くはかかります。その間に私、途中でこちらを
抜けます」
「……それは」
「その間、時貞様にここを御願いして宜しいでしょうか」
「かまわぬが……何故」
「あの男が、そうそう素直にひいさまの言うことをきくとは思えませんの」
 くりくりとした目を、この時はぎっと見据えてお兼は言葉を継ぐ。
「尼とはいえこれも女……それくらい思いそうなので嫌なのですわ」
「それはありそうだな」
「で、ございましょう」

 頷いてから、お兼は、いっそう声を低めた。

「ですので……終わりそうになったら、私、御頭を呼んでこようと思います」
 え、と、思わず時貞が目を丸くする。にやあり、とお兼は笑った。
「あの方……陰陽寮の御頭なれば、この屋敷の男には一番恐ろしい相手にもな
りましょう。それくらいせねば、私も心配でおれませぬ」
 言う割に、彼女はにっこりと笑っている。時貞が思わずこの屋敷の男に同情
しかけるほど、その笑みは凄惨なものだった。
「ただでは……終わらせませぬよ」

解説
----
 あやかしと化した娘の口から語られる事情。
 そして妙延尼は、織りに入ります。
*********************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 



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