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Date: Tue, 21 Aug 2007 00:06:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31278] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の一』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200708201506.AAA91574@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31278
Web: http://kataribe.com/HA/21/N/
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2007年08月21日:00時06分20秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜嵐の夜に・其の一』:
From:いー・あーる
てなわけで、いー・あーるです。
ログから起こしている割に、ログの部分、ようやっとちょーーーっと入っただけです。
長い長い。
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小説『蛟〜嵐の夜に・其の一』
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登場人物
--------
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
:鬼海の家在住。四大に護られる血筋の持ち主。
平塚英一(ひらつか・えいいち)
:鬼海の家在住。花澄の兄。異能以上に常識面で鬼海の家に寄与(恐らく)。
平塚火夜(ひらつか・かや)
:火に護られる血筋の一人。英一の妻。
軽部片帆(かるべ・かたほ)
:壊れてしまった者。竜に心を移す異能が顕現。
薬袋光郎(みない・みつろう)
:薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
本文
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たとえばほんわりと柔らかな桃色の光を見て、胃の腑が凍るほどの憎しみや
殺意を想起する種族があってもおかしくはないと思う。同時に、目に突き刺さ
るような鋭い白色光で、相手への好意を示す種族があったとしても。
そういう、皮膚感覚から異なる相手と意思を疎通する場合、恐らくどこかで
自分達の持つ枠をぶち壊す必要があるし、ある意味では人生の初期の時点から、
そのように自分達の枠組みを作成してゆく必要があるんじゃないかと思う。
皮膚感覚での嫌悪と、しかし相手の伝えてくるものとの違いを、納得し翻訳
し、相手に通じる(しかし相手にとっても恐らくは誤解を含んでいるだろう)
『言語』にして返す。
翻訳、のより高度な方法。
**
風台風、と、テレビのニュースは告げる。
雨はたいしたことは無かろう……とはいうものの、風で加速された雨は針の
ように尖り、そのまま降り続いている。雨量は確かに多くないが、何せ風が強
い。折り畳み傘など一瞬で折れ曲がるだろうし、普通の傘を挿している人も、
時折裏返しになり、また持ってゆかれそうになって、踏ん張っているのが見え
る。
その横を、傘も何も無しに、女が一人歩いている。
びっしょり濡れた服が体にくっついているせいもあって、その細さが良く分
かる。骨格自体はしっかりとしているが、腕や足からがっくりと肉が落ちてい
るように見える。
短い髪はやはりしとどに濡れそぼり、けれども暴風は容赦なくその髪の毛を
舞い上げる。
濡れないようにしようとか、そういう気遣いをしない分歩くのは楽かもしれ
ない。それにしても時折吹き付ける風にゆらりとバランスを崩しながら、けれ
ども女は歩を緩めない。
行き違う人が、ちょっと驚いたように眺めては、ちょっと驚いたように……
否、おびえたように眼を逸らし、行き過ぎる。
女はそれでも歩く。
どこか虚ろな顔のまま、ずっと。
暫く歩いて路地から空き地、そしてそこからちょっと空間が広がるところで、
女はためらう様子も無く、そのまま空き地に入った。膝の辺りまで伸びた細い
雑草が、べたべたと足にくっついてゆく。それにも構う様子も見せず、ただ、
するすると歩いてゆく。時折柵やら有刺鉄線やらがあるのをそのまんま乗り越
え踏み越えしながら、やはり、どんどんと。
「……」
がし、と、厭な音と一緒に、女の左手の甲から血が流れた。どうやら有刺鉄
線に、妙な具合に引っかかったようである。
けれどもやはり彼女は、一度だけ手の甲を舐めて………そのまま足を緩めな
い。歩いて歩いて、行き着いた先には黒く濡れそぼった木の柵がある。触った
ら崩れそうにみすぼらしいそれを、彼女はひょい、と、乗り越えた。
**
地水火風と意思を通じ合う、と、言葉で言うのは簡単だが、実際の意識内で
のプロセスは非常にややこしいものである。何といっても相手は(文字通りの
意味で)人間ではない。非常に卑近なこととしても、例えば何を面白いと思う
か、何を良しとするか、実は互いに分かったものではないという部分がある。
だからこそ。
『何故、なんですかね』
どこか妖精じみた、中性っぽい顔立ちの少年が花澄に尋ねたことがある。
『何で僕らにはこんなに沢山の制限があって、それで何とか家を構成して、そ
れでこうやって……この力を伝えているのに』
『何で貴方のうちは、こんなにやすやすと伝えて……それなのに家系で伝わる
んですかね』
鬼海の家。地水火風の四大元素なる面々に何故か好かれ、護られる家系。確
かに結婚だの何だのは、似たような家の面々と、ということが多いけれども、
それは別に決まりでも何でも無い。ただ、このように妙な力を持っているとな
ると、理解者はやはり同じような家の者に偏りやすいというだけのことである。
実際、花澄の父は、全くこのような異能には縁が無い。ただ、花澄と英一がそ
れぞれ奇妙な異能を持つと知った時にも、大してうろたえたようには見えなかっ
たことは確かであるのだが。
けれども、そうやって他からの血を受け入れつつも、しかしやはり血筋を護
るかのように、四大の『護り』は家につきまとう。一つには四大のほうも『可
愛がってた子供の子は孫のようで可愛い』というのがあるとは思われる。けれ
どももう一つの理由は。
『翻訳の方法を、あたし達は学んでいるから』
『……え?』
彼等のほうが遥かに経験も豊かで、翻訳能力に優れているとはいえ、時にし
てその善意は計り難く、理解の枠からすっぽ抜ける。それをどう理解し、相手
を裏切らない方法で答えてゆけるのか。
そういうことの方法論が、鬼海の家系の中に積み重ねられている。
『じゃあ、最初の鬼海の人は大変だったかもしれませんね』
『ええ。ある意味じゃ、人の域を自ら踏み外さなければいけないのだもの』
人の意識の枠組を、一度は解体し、また組み立てなおす。
『ふうん』
どこかしら妖精じみた顔に笑みを浮かべて、少年は首を傾げた。
『つまり……人としてちょっと壊れた人がいるなら、それは案外、四大に護ら
れたりしやすいってことですかね』
『そうとは……やっぱり言えないけどね。壊れた人が四大に頼るか、話しかけ
るか、って言ったら』
『まあ、それも無いか』
壊れた……一度自分の枠を、完全に壊された人間は、或るきっかけがあれば
人外との交流を行いやすくなっている。
……と、花澄も一応頭では、そういう可能性を考えてはいたものの。
**
「…………あ」
鬼海の家は大きく、ついでに古い。一応平塚夫妻の住居付近と花澄の部屋あ
たりはそれなりにサッシを入れたりして今風になってはいるものの、隙間風は
多少なりと覚悟せねばならない。特にこんな、風台風の日は。
それにしても。
「ってちょっと待ってよ」
ご飯茶碗を洗っていた手を止め、慌てて蛇口をひねって水を止める。水の音
が消えると、ひゅるひゅると流れ込む風の音が、妙にはっきりと響いてくるの
に、火夜は思わず目をあげた。
「……だからどうしてそういうことを止めずに今まで黙ってるのっ」
虚空に文句言いつつ、花澄はぱたぱたと手を拭く。ある意味では『危ない人』
の仕草なのだが、そこらは火夜も良く心得ている。
「火夜ちゃん、ちょっとごめん、洗いもの代わってくれる?あと兄さんどこ?」
「あ、ええと、あっちの部屋で」
返事の代わりに、さっと義姉と立ち位置を交換しながら、火夜は軽く頷く。
「何かありましたか」
疑問符ですらない問いに、花澄はぷん、と、一度ふくれた。
「……まったくもう……四大ってのは、黙ってたくらむからっ」
暴言ではあるが、この程度ならば四大も笑って許す範囲である。特にそれが
花澄である場合、『それくらい暴言にもならんなあ』と笑われることもある。
流石だなあ、と、火夜が考えている間に。
「兄さん、緊急」
たたん、と、畳の縁を避けて、花澄が兄の部屋のふすまを開ける。
「どうした」
「薬袋の光郎さんに連絡とって。タカちゃんを連れて、蛟の場所に来てくれる
ようにって。坂の下あたりで待ち合わせて」
「……俺も、か?」
「うん。兄さんは盾になるから」
素直に聞くとえらい酷い言いようなのだが、この兄妹の間では全く問題とな
らない。空気を一時的に固体化し、時には暴風をも止めることの出来る英一は、
確かに『盾になる』に最適の人物ではあるのだ。
「光郎さんが一緒でも……あの人は、そういう異能無いし。タカちゃん一人じゃ
まだ無理でしょ」
「かも知れないな。で、お前は」
「影の魚借りるわ。丁度こんな天気だし、そう目立たない」
言いながら兄の部屋から出て、今度は廊下の壁際にかけてある、レインコー
トを取り上げる。それに付き合うように部屋から出たところで、英一は一つ舌
打ちをした。
「……片帆さんか」
そう、と、花澄は頷いた。
「最終の防御線を越えてからこちらに話を廻すんだもの、お目付け役の用を成
してないったら!」
ひゅっと、兄妹の傍らを風が流れて、そのまま失速する。その流れを横目で
追って……そして花澄は一つ溜息をついた。
「おおごとにはならないって言ってるけど……とりあえず行ってきます。光郎
さんのほうは」
「ああ、連絡しておく」
そのままかたかた、と、玄関から走り出してゆく花澄を見送ってから、英一
はこちらもまたちょっと溜息をついた。
「……花澄もなあ」
「え?」
台所から、不思議そうに顔を出した火夜に、英一はやれやれ、と肩をすくめ
ながら、玄関に並ぶ靴を指差した。
「こういうのを、頭隠して尻隠さずとでも言うんだろうよ」
「え……あ」
玄関には長靴が並んでいる。
大きいのが一つ。女性用の、一回り小さいのが2つ。
「……お姉さん、普通の靴でいっちゃったんだ」
不必要な手助けを四大からされたくない、傘で済むなら傘をさせばよいし、
たとえ雨に濡れたって、その程度で人間死ぬものではない。そう、常々言って
いる花澄ではあるが、時折こういうところが抜ける。
ふん、と、英一は鼻を鳴らした。
「頼らないとは言うが、あいつ、靴を濡らして困った、なんてことは、恐らく
この何年も体験していないだろうな」
「…………」
返答に困って火夜は長靴と英一を交互に見やったが、英一のほうは構わずに
廊下の端の古めかしい電話のほうに向かった。黒い受話器を手に取る。
電話をかける間。そして呼び出し音。
『はい、薬袋ですが』
「ああ、光郎さんですか。こちら平塚英一と申します」
『ああ、鬼海の方ですね』
「ええ」
『それで、どのような……タカも必要ですか?』
あっさりと言われて、英一が流石に目を丸くする。
「わかりますか」
『そちらからこんな夜に連絡があったのですから……やはり、ね』
受話器から、笑い声が聞こえる。穏やかな声は、やはり穏やかなまま言葉を
続けた。
『それで、こちらはどのように準備をしたら宜しいのでしょうね』
時系列
------
2007年7月初旬。風台風の日。
解説
----
異種間翻訳というものを或る意味では非常に得意とする鬼海の家。
そしてそこに保護されている片帆。
嵐の夜の、一晩の風景の始まり。
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てなもんです。
であであ。
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