[KATARIBE 31262] [HA06N] 小説『タイトル当て』

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Date: Thu, 16 Aug 2007 23:44:18 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31262] [HA06N] 小説『タイトル当て』
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聡君をお借りしました。訂正などよろしくお願いします>いー・あーるさん

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小説『タイトル当て』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 夏休み真っ最中。
 夕樹と聡は裏部室で受験勉強に励んでいた。
 裏部室の中はひんやりと静かな時間が流れている。
 サラサラとノートの上を走るシャープペンの音。ページを繰る音。時折、吹
いてくる風が揺らす風鈴の音。
 ふと、夕樹がシャープペンを置いて顔を上げた。
「……山道を登りながらどう考えたんだっけ?」
「へ?」
 斜向かいに座っていた聡が夕樹の方を見た。きょとんとした表情を浮かべて
いる。
 まあ、急にそんなことを言われたら誰だってそういう表情を浮かべるだろ
う。ましてや、いま二人が開いているのは数学の問題集である。
 二人の邪魔にならないように机の隅の方で遊んでいたケイトも動きを止めて
夕樹を見ている。
「いや、夏目漱石の草枕」
 夕樹は言った。
「ああ」
 そう言って聡は視線の斜め上に向けた。
「ええと…… 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮
屈だ」
 夕樹が後を続ける。
「とかくに人の世は住みにくい、か」
 そう、と聡は頷いた。
「そうだったそうだった。何かリズムがいいからそのまま後が続けられそうな
気がするけどね」
「へえ、高瀬君、覚えてるの?」
「まさか」と夕樹は首を振った。
「で、何で草枕?」
 聡が尋ねる。
「いや、まあ、何となくなんだけど……」
 夕樹は一度、手元の問題集に目をやってから大きく伸びをした。
「何か頭がぼーとしてきたからそんなことを考えたのかもしれない」
「かもね。ちょっと休憩しよう」
 聡もシャープペンを置くと、椅子の背もたれに体をもたれさせて伸びをし
た。
「リズムが良いと言えば中島敦のもいいよね」
「中島敦……、ああ山月記の」
 体を戻して聡が言う。
 夕樹は頷いた。
「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南
尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔
しとしなかった」
 一息で言い切る。
 おー、と聡は小さく驚きの声を上げ、拍手をした。真似してケイトもポフポ
フと拍手(?)をする。
「よく覚えてるねえ」
「何かリズムがいいとつい覚えたくなるんだよね」
「他に何か覚えてないかな……」
 聡の言葉に二人が黙る。
「これはどうだ」
 先に顔を上げたのは聡だった。
「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた」
「えーっと…… 何だっけ」
 夕樹が頭を抱える。
「聞いたことはあるんだよ」
 必死で思い出そうとしている姿を見て聡は少し意地悪そうな笑みを浮かべ
た。
「梶井基次郎なんだよね?」
 聡は頷く。
「そう。そこまで分かってるんだったら、当てずっぽうでも当たるんじゃない
かな」
「ん? 檸檬?」
「正解」
「ふーん…… 相変わらず基次郎は暗いなあ」
 夕樹のその言葉に聡は苦笑を浮かべる。
「じゃあ、次はそちらから」
 うん、と夕樹は頷く。
「私はその人を常に先生と呼んでいた」
「夏目漱石のこころ」
 聡は即答する。
「正解…… さすがに簡単だったか」
 夕樹が眉をひそめた。
「メジャーだし」
 聡が笑う。
「じゃあ、これならどうだ」
 夕樹が続けて問題を出す。
「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です」
「なんだっけ…… 小学校の時に見たような気がする」
「宮沢賢治」
「うん。それは何となく分かる。『青い幻燈』なんてすごくらしいし」
 聡は腕組みをして首を捻る。しばらくして、あぁ、と顔を上げた。
「やまなし」
「そう。私の幻燈はこれでおしまいであります」
 二人が黙り、裏部室は静かになる。
「でもさあ」
 聡が口を開く。
「いくら覚えてても、さすがに受験には役に立たないよねえ……」
「……それを言われると辛い」
 夕樹は力なく笑うと溜め息をついた。

時系列と舞台
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2007年8月。裏部室にて。

解説
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受験勉強中の二人。

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