[KATARIBE 31228] [HA06N] 小説『小さな訪問者』

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Date: Tue, 31 Jul 2007 23:57:36 +0900
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小説『小さな訪問者』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

本編
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 蝉の鳴き声が絶え間なく響いていた。
 日光は針のように鋭く地面を突き刺している。
 外は遠くが揺らめいて見えそうなほど暑い。
 夕樹は裏部室の窓を開け、真ん中に置いてある机の上に数学の問題集を広げ
ていた。
 窓の枠にかけてある風鈴が風に揺られてチリンと涼しげな音を立てた。
 風はそのまま部屋の中に入り、問題集のページを一枚捲る。夕樹は溜め息を
ついて、捲られたページを戻した。
 しばらくそこに書かれてある問題を見つめていたが、すぐに問題集から顔を
上げた。
 部室の中は外と比べると格段に涼しい。
 この部屋は実世界と微妙に切り離されているせいか、外の熱気も中までは届
かないようである。そのため、ここは格好の勉強場所となっていた。
 学校の中で勉強するのに一番適している場所はおそらく図書室だろう。普段
から静かで、エアコンのおかげで夏は涼しく冬は暖かい。
 だが、平日なら数えるほどしかいない利用者も、夏休みとなれば受験が迫っ
ている三年生で満員というほどではないが、七割ほどは席が埋められてしまっ
ていた。
 夕樹も一応受験生なのでそこにいてもおかしくないのだが、人が多いところ
は苦手なのと、そもそもエアコンに弱いということがあって図書室はほとんど
利用していない。
「ちょっと休憩……」
 誰に言うとでもなく呟いて、夕樹は椅子の背にもたれて大きくのびをした。
そして、息を吐きながら体を元に戻し、視線を右斜め前に向けた。
 そこには一枚の紙が置いてある。
 文化祭の予算の申請書である。とりあえず、渡されて持っては来たものの創
作部として何をするかはまだ決まっていない。
 個人としては去年は歌集を出した。今年も出せるものなら出したいが、如何
せん、受験というものが控えている。まだ緊迫感は感じてないが、あまり遊ん
でいるのも……とか考えると、去年のように気軽に「出そう」とは言えない。
「それ以前に、そもそもするかどうかすら決まってないんだよね」
 夕樹は立ち上がると紙を持って、外へ出た。クルリと身体を反転させてドア
に対面すると、先ほど出たばかりのドアを再び開けた。
 ドアの向こうは本当の創作部の部室。誰もいないそこは窓が閉められ、む
わっとした空気が夕樹の鼻をくすぐった。
 中に入り、ホワイトボードの真ん中に裏部室から持ってきた予算の申請書を
貼る。その横にマーカーで「求む!良い案」と書いた。
「さて、どうなるかな」
 夕樹は呟いた。
 少しの間、ホワイトボードの前に立っていたが、裏部室と違ってここは普通
に暑い。夕樹は早々に退散することにした。
 部室を出て、先ほどと同じ手順を繰り返す。
 開いたドアの向こうは裏部室の光景があった、のだが……
「あれ?」
 夕樹は首を傾げた。視線の先には窓の枠に腰かけて足をぶらぶらさせている
子供がいる。
「あ、こんにちは」
 子供は入ってきた夕樹に頭を下げた。
「こんにちは」
 反射的に夕樹も頭を下げる。
「……あれ?」
 そして、もう一度先ほどと同じ言葉を繰り返した。
 この裏部室は外とは切り離されていて、外からこの部屋は見えないはずだっ
た。見えるとすれば、それは先ほど夕樹がいた表の部室である。
 さらに、中から外に出ることはできるが、出て振り返ってもそこにあるのは
表の部室の窓である。外から裏部室の中に入ることはできるはずもない。
「どうしたの?」
 不思議そうな表情を浮かべている夕樹に子供が尋ねた。
「ああ、いや…… 君はこの窓から入ってきたの?」
 夕樹の問いに子供は頷いた。彼はぐるりと辺りを見回すと夕樹に顔を向け
た。
「ねえ、ここって詩歌創作部の部室なんでしょ?」
 夕樹は一瞬答えに困った。確かにここはかつては詩歌創作部の部室であっ
た。しかし、今は「詩歌」の部分が取れた「創作部」の部室である。とはい
え、この裏部室はどちらかというと詩歌創作部に近い。
 そもそも、そんな違いをこんな子供に言ったところで理解してくれるとは思
えない。
 夕樹が頷くと、子供は「ここかぁ!」と嬉しそうに微笑んだ。
「でもさ、何でここのことを知っているの?」
 キョロキョロと部屋を見回している子供に夕樹は尋ねた。
「神羅に教えてもらったんだ」
「から? 誰それ?」
 夕樹の問いに子供は「えっと……」と眉をひそめて困ったような表情を浮か
べる。
「お父さん、みたいな人? かな」
「へえ」
 とりあえず納得する。この子との関係はともかくとして、その神羅という人
はここの卒業生なのだろう。
「で、その人はこの部屋のことなんて言ってたの?」
「えーと……」
 子供はその内容を思い出そうと、視線を宙にさまよわせる。すぐには出てき
そうにない様子だったので、夕樹は自分の椅子に座って待つことにした。
 子供は眉をひそめたり、口を尖らせたりしていたが、やがてチラリと夕樹の
方を見ると、「えへへ」と照れたような笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「忘れた」
 面白い話が聞けるかと思っていた夕樹はその言葉に少しだけ肩を落とした。
 それを見て慌てた子供が何か言おうと口を開いたとき、外の方から「おー
い」と声が聞こえてきた。
 子供はそちらの方を向くと、「あ、爺ちゃんだ」と言った。それから、再び
夕樹の方を向いた。
「ごめんなさい。神羅からちゃんと聞いておくから、また来てもいい?」
 夕樹は頷いた。
「いいよ。ここが開いているときだったらいつでも」
「良かった」
 そう言って子供はにこっと笑った。
「じゃあ、また来るね」
 彼は体を反転させると、外に飛び降りて駆けていった。
 部屋の中は再び夕樹一人だけになる。問題集に目を落としたがすぐに顔を上
げて、
「結局、何がなんだかよく分からないままのような気が……」
と、溜め息混じりに呟いた。

時系列と舞台
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2007年7月末。裏部室にて。

解説
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裏部室に夕樹の知らない話があるかもしれないし、ないかもしれない。

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