[KATARIBE 31225] [HA06P] エピソード『女帝の幕引き』

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Date: Fri, 27 Jul 2007 17:31:24 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31225] [HA06P] エピソード『女帝の幕引き』
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2007年07月27日:17時31分24秒
Sub:[HA06P]エピソード『女帝の幕引き』:
From:久志


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エピソード『女帝の幕引き』
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登場人物
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 戸萌葛海(ともえ・かつみ):戸萌家のお嬢さん。加津子の孫。
 戸萌加津子(ともえ・かつこ):戸萌家の女帝。泣く子も黙る当主様。
 本宮忠久(もとみや・ただひさ):本宮家長男、加津子の長兄。黒の系譜
 本宮吉久(もとみや・よしひさ):本宮家次男、加津子の次兄。
 戸萌清五郎(ともえ・せいごろう):戸萌家長男、加津子の婚約者。

修繕
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 吹利県、四月の終わり。
 戸萌家の居間にて、裁縫箱を広げてメード服の裾を繕っている葛海。

 葛海     :「んー、なんだかんだで結構痛みやすいよねぇ」

 こまめに縫い目を確認しつつ、ちくちくとほつれた裾を縫い付けてく。

 葛海     :「……よし、と」 

 きゅっと糸を止めてぱちんと切る。
 軽くメード服を振って、掲げてみる。

 葛海     :「うん、上出来」

 そのまま皺を伸ばしながら縫い目を確認していると。
 縁側に座っていた祖母・加津子が葛海の姿をじっと見ているのに気づいた。

 加津子    :「…………」
 葛海     :「ん?」

 顔を上げると、普段の威厳のある雰囲気とはまるで違う、どこか遠くを眺め
るような目で自分を見つめている。

 葛海     :「おばあちゃま?」 
 加津子    :「……あ」

 声をかけられて初めてはたと気づいたように。

 葛海     :「どうしたんですか? おばあちゃま」 
 加津子    :「……いえ、ふむ……きちんとできていますね」 
 葛海     :「はいっ」 

 自慢げにメード服を見せる葛海の姿を何処かまぶしげに見ながら。

 加津子    :「…………」 

 今はもう遠い昔に思いを馳せるように、目を細めた。


メード修行
----------

 今より昔。
 戦争が終わり、日本が、吹利が、復興と経済成長の真っ只中にあった頃。
 それでも古くからある裕福層はやはりそれなりに健在であった時代。

 きゅっと、エプロンの紐を締める。背筋を伸ばして靴の踵をしっかりと踏み
しめる。膝を覆ってくるぶしまである長いスカートに白いエプロン、頭につけ
たヘッドドレスが曲がっていないかと、何度も鏡を眺めては胸を撫で下ろすこ
との繰り返しだった。

 加津子    :「ふぅ」

 鏡に映った自分の姿。着慣れぬ洋装はもともと小柄な加津子を余計に小さく
見せていた。

 加津子    :「ううん、初日からこれではいけませんわね」

 きゅっと眉を寄せて鏡の中の自分に頷いて、部屋を後にする。

 吹利でも名家に数えられる本宮本家の長女にして、筆頭分家戸萌家跡取りの
婚約者。どこに出しても恥ずかしくない娘として育てられ、守られてきた。

 姿勢を正して頭を下げる。目の前に立っているのは加津子と同じくメード姿
の中年の女性。まるで身体の一部であるかのようにメード服をかっちりと着こ
なし堂々とした威厳すらも感じる。

 女中     :「はい、よく似合っておいでです。貴方は今日よりこちら
        :で行儀見習いとしてメードとして働く……よいですね?」 
 加津子    :「はい、よろしくお願いいたします」 

 両手でスカートをつまんで会釈する。

 女中     :「よろしい、ではこれよりあなたを加津子と呼びます、
        :敬称や敬語は一切使いません。我が家のいちメードとして
        :働く者として皆と平等に扱います。よろしいですね」 
 加津子    :「わかりました」 
 女中     :「貴方には部屋つきのメードとしての仕事を与えます。
        :直属の上司は私、広田。全てのメード及び使用人達の上に
        :当たるお方は当家の執事である川本となります、メード達
        :の顔はすぐに覚えるように」 
 加津子    :「はい、よろしくお願いします」
 女中     :「よろしい。では掃除からはじめなさい、用具などの取り
        :扱いや収納場所は先輩メードの山名についてこの指示に従
        :いなさい」 
 加津子    :「はい」

 遠い昔。
 まだ戸萌に嫁ぐ前の事。


追憶
----

 ふと言葉を切ったまま、目を細めて黙りこくってしまった加津子に。

 加津子    :「……」 
 葛海     :「おばあちゃま?」 
 加津子    :「……(はっ)」 

 ふと我に返ると、じっと見つめる大きな瞳。

 葛海     :「どうしたんですか? さっきから……なんだかぼんやり
        :として」 

 戸萌の女帝。
 夫を早くに亡くし、幼い子を跡取りとして育てながら戸萌を支えるべく采配
を振るい統べてきた女傑。実権を半ば本家の尚久に譲りつつもその威光は今だ
に強く、従う者も慕う者も多い。
 その強い祖母の少し似合わぬ様子に訝しげな顔になる。

 加津子    :「ああ……いえ、少し疲れているのでしょう」 
 葛海     :「え? あ、あのっ、キワさんにたのんでなにか、その、
        :薬湯とかっ」 

 慌てて使用人を呼びにいこうとする葛海を軽く手で制しつつ、苦笑する。

 加津子    :「いえ、それほど大仰に騒ぐことではありません。そうで
        :すね……少し横になります、あとの事はキワと聡子さんに
        :お任せします」 
 葛海     :「……はい」 

 ふと、いつもの厳格で強い顔に戻ると。音もなく立って居間を出て行く。

 葛海     :「……おばあちゃま」

 その後姿を見送りつつ、どこか不安を隠せない葛海だった。


夢
--

 横になって、見る風景。

 夢うつつ。
 本宮とも戸萌とも違う、どっしりした洋風の作りのお屋敷。
 かつて行儀見習いでメードとして働いた屋敷の風景。

 部屋に飾られた花瓶の水を替え、花が映えるように位置や向きを直しつつ
スカートの裾を引っ掛けぬように注意深く部屋を歩く。

 加津子    :「……ふぅ」

 部屋の中でも靴を脱がないというのはどこか落ち着かない。それに裾の長い
スカートは着物と違って注意しないとテーブルや椅子に引っかかったりぶつか
ったりしてしまうので歩くのに気を配らないといけない。
 知らぬ世界は沢山ある。たとえ書物で得た知識があろうと実際に経験せねば
見聞を広めることはできない。
 メードとして働き始めて数日、それぞれの文化の違い、働く者としての世界
の違いを目の当たりにして驚きの連続でもあった。

 加津子    :「大体、よろしいですね」

 片付いた部屋を眺めて頷きつつ。
 そこへ。

 忠久     :「おお、加津子!がんばっているかい?」 
 吉久     :「ほう、様になっているね。かわいらしいよ」

 そこに現れたのは、きっちりと洋装に身を包んだ長兄と次兄の姿。二人とも
加津子と十歳ちかく年の離れた、兄というよりも保護者に近い存在でもある。

 加津子    :「忠久兄さま……吉久兄さまっ」 

 思わずメードとしての決まりを忘れて言葉を発してしまい、慌ててぴんと背
筋を伸ばして会釈する。

 加津子    :「失礼、本宮の忠久さまと吉久さまでいらっしゃいますね。
        :ようこそいらっしゃいました」 

 必死で取繕うように背筋を伸ばす加津子の姿を楽しそうに眺める兄二人。

 忠久     :「うん、洋装も様になっているよ。ずっと心配でね、お願
        :いして様子を見に来たんだよ」 
 加津子    :「忠久にいさ……忠久さま方のご心配にはおよびません。
        :メードとしてお屋敷で働かせていただいて感謝しておりま
        :す。さ、お二方もご案内いたします」 

 つん、と。流されまいとして務めて冷静に振舞おうとする妹の姿に密かに笑
いを堪える。

 忠久     :「可愛いなあ、でもちょっと気が張りすぎかな」 
 吉久     :「あまりからかってやるなよ、でも……うん」

 少しぎこちなく案内をする加津子の姿を見て、思わず目を細める。

 加津子    :「こちらにございます、ごゆっくりなさってください」

 一礼して退出し。

 加津子    :「……兄さま達……もうっ」

 部屋を後にして、慌てて控えの部屋へと戻ろうとすると。

 女中     :「加津子、いらっしゃい」 
 加津子    :「え、は、はい」
 女中     :「お客人のお茶をお出ししてください。後からもう一人い
        :らっしゃるそうなので三人分、くれぐれもそそうのないよ
        :うに」
 加津子    :「え?」

 一瞬止まる。
 普通ならば客人に茶を出すのは専用のメードがいるはず。

 加津子    :(兄さま達……) 

 思い当たって歯噛みする。
 大方、加津子に持ってこさせて欲しいとでも言ったに違いない。

 加津子    :「かしこまりました、お運びいたします」 

 しかしここで引き下がっては負けだ。

 加津子    :(負けないんですからっ)

 程なく、シルバーのトレイにボットと紅茶のセットをのせてしずしずと部屋
へと入っていく。

 加津子    :「……」
 忠久     :「……(きたきた)」 
 吉久     :「……(あんな大きなトレイ、重くないのか?)」 
 加津子    :「……(大丈夫大丈夫)」 

 両手にのったトレイの重さ、気を抜くと腕が震えそうになるのを堪えつつ。

 忠久     :「加津子、重くないか?なんなら手伝おう」 
 加津子    :「平気です、お二方ごゆっくりなさってくださいっ」 

 ここで手伝われてしまっては負けだ。

 吉久     :「ほら、あぶない」 

 テーブルまでもう少しでという所で、震える足がバランスを崩して。

 加津子    :「きゃっ」 
 忠久     :「加津子!」

 その時、すいっと後ろから手が伸びて。

 清五郎    :「間一髪、かな?」 
 加津子    :「あ……」

 片手でトレイを支えて、もう片方の手で加津子の肩を支えた和服の男。

 加津子    :「せ、清五郎さま……」 

 戸萌家長男、加津子の婚約者でもある清五郎の姿だった。
 線の細い体に白い肌、すっきりとした着流しが良く似合っている。

 清五郎    :「やれやれ、無茶をしないで運べばよいものを……僕のお
        :姫さまは頑固でいらっしゃる」 
 加津子    :「そ、そんなことはっ」 

 赤面して慌ててトレイを持ち直す。

 忠久     :「ほら、加津子もこっちへおいで。可愛い洋装姿をもっと
        :見せておくれ」 
 加津子    :「わ、わたくしは遊びでこちらに奉公してるのではありま
        :せんっ! きちんとお給金をもらって働いているのですか
        :らっ、兄さまのお言葉とはいえ、公私混同は許されませんっ」 

 わたわたと体勢を直してお茶を置いて。

 吉久     :「はは、真面目なんだよね。加津子は」 
 清五郎    :「そうだね、でも後でお暇をもらったらこっちへきておく
        :れよ。ね? 約束だよ」 
 加津子    :「……し、失礼いたしましたっ」 

 ぺこりと頭を下げて。背筋を伸ばしつつ足早になりすぎぬよう、かくかくと
出口へと向かう。

 加津子    :(もう、もうっ!兄さま達もっ、清五郎さまもっひどいっ) 

 ドアの前で一礼しようと振り向くと。
 こちらをじっと見ていた清五郎と目があった。

 清五郎    :(可愛いよ、お姫さま)

 口に手を当てて、声に出さずに口の動きで言葉を伝える。

 加津子    :(もうっ)

 ふい、っと横を向いて。音を立てぬようゆっくりとドアを閉める。


問い
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 瞳を閉じて。
 懐かしい風景をゆっくりと滲ませるように。

 あれから幾年。
 既に長兄、次兄も他界し。夫は長男がまだ乳飲み子だった頃に儚くなった。

 目を開けて、縁側の向こうの庭を眺める。
 十六で戸萌に嫁いできてからずっと変わらぬ庭の風景。

 加津子    :「……清五郎さま」

 あれからもう。
 戸萌は夫に代わって自分が支えると、誓った日から。

 加津子    :「……清五郎さま、私は……よき戸萌の当主だったでしょ
        :うか?」

 問いに答える者はない。


 この数日の後、長年戸萌の女帝として君臨し続けてきた戸萌加津子が正式に
息子に当主の座を譲るとの発表をしたという。。

時系列と舞台
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 2007年4月
解説
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 戸萌家にて、孫を見つつ過去を思う加津子。一つの時代の終わり。
 http://kataribe.com/IRC/HA06-01/2007/04/20070430.html#210000
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以上。


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