[KATARIBE 31222] [HA06N] 小説『写真を出来れば何枚も』

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Date: Wed, 25 Jul 2007 00:03:18 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31222] [HA06N] 小説『写真を出来れば何枚も』
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2007年07月25日:00時03分18秒
Sub:[HA06N]小説『写真を出来れば何枚も』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
なんか長々、つづいてるよーな続いてないよーな、な話です。
色々ご迷惑おかけしたので、今回は先輩ちょっといい目見てます。
…………多分(あやふや)

**************
小説『写真を出来れば何枚も』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
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 くだらない嫉妬ってあると思う。
 そしてその下らない嫉妬で、人にとても迷惑をかけることもある。
 
 そして自分がやったことが、そのとおり、迷惑この上ないことだなと判る。
 ……胃が、痛い。

        **

 仕事は終わらせたから、と、相羽さんは言った。
 それは確かだと思うけれども。
「……でも、予定、明日までじゃなかったっけ?」
「明日の午前で終わる仕事だったしね」
 それでも、半日(まあ、睡眠時間は別としても)は仕事を早く片付けて戻っ
てきたことになる。
 つまり。

「……あの、ちゃんと寝た?」 
 戻ってきてしばらく。互いにようやく落ち着いて、ようやく尋ねることが出
来たのだけど。
「ん、それなりに」
 答えてくる声の端々が、やっぱりどこか疲れていて。 
「…………それなりにって……」 

 ひどいことを言った。
 他の人に甘えるな、とか、勝手なやっかみで勝手なことを言って、無理矢理
約束させてしまった。
 仕事の邪魔をこれだけしておいて……っ

「…………ごめんなさいっ」 
「謝ることじゃないでしょ」 
 正座して、手をつく。ほんとにどれだけ怒られてもおかしくないのに、相羽
さんはそれでも苦笑交じりに言うだけで。
「……でも、だって」 
 一人で寝るのが、不得手な人だ。
「…………本宮さんを枕にとかした?」 
 しててくれてたほうがよほどましだと、思ったのに。 
「ううん、雑魚寝」 
「…………」 
「他所の応援とかもいたしね」 
 場所が無かったし、と、言葉を加えてはくれたけど。
「…………やっぱり……尚吾さん、眠れない時……本宮さんとかに甘えても、
いいと思う」 
「ほら、だって」
 顔を上げるにあげられないままのあたしの頭に、ぽふ、と、大きな手が乗っ
かった。
「約束したでしょ」
「…………」
 それはそうだけど。約束させたのもあたしだから、言い訳のしようもないの
だけれど。
「……心配かけて、お仕事の邪魔したしっ」 
 そこでそのまま、こちらが悪い、と思ったのに。
「だって、一緒に寝られないのやだもん」 
 顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。

 酷いことを言ったと自覚する。
 とてもとてもひどいことを、あたしは要求したのだ、と。

「…………あのあの、もう、平気だから!」 
「だめ」
 ふいっと伸びた手が、頬を軽くつつく。つくつくと、本当に優しく。
「だけどっ」
「ん?」
 そりゃ、確かにやっかんだのは事実。あたしが言い出したことなのも事実。
 だけど。
「…………眠れないほうが、心配です」 
 そのためならどんどん甘えていいです。構わないです。あたし全く気にしな
いです。一人で寝ろとかいいません……と。
 言おうとして、やっぱり一瞬だけ言葉がつかえる。
 つかえる自分が、情けなくて涙が出そうになった時に。

「あ、そうだ」
「……え?」
 ぽん、と、手を一つ打って、尚吾さんが言う。その声が明るくて、思わずあ
たしは顔を上げた。
「じゃあ、じゃあさ」
 見上げた顔は、ほんとうに嬉しそうで、明るくて……だから、え、どうして
と思う間もなく。
「真帆の写真とらせて」 
 携帯を右手にしっかり握って、すごく嬉しそうに言ってくれるのは良いんだ
けど。
「……へ?」 
「甘える代わりに、さ」
 いやそこで、どうしてそうやって携帯を握ってわくわくしてるのかなあ。
「ね?」
「…………って、え、うん、いいけど……」 
 写真。そういえば時々、記念のように皆で撮ることはあったけど。
「写真って何……何で?」 
「会えないときはさ、写真眺めるから」 
 ………………はい?
「だめ?」 
「だ、だ、めとは言わない、けど」 
「じゃあ、まずアオザイとメイドとチャイナとあ、浴衣も!」
「…………」
 そーくるとは思いませんでした、ええ。
「……尚吾さん」
 インターネットを見ていると、かなり以前から、非常に単純かつ効果的な絵
文字というものに行き当たる。中でも秀逸だと思うのは『orz』である。英字
3文字で、見事なまでにがっくりとつんのめった人を表している、と思ったも
のだけれども。
「あ、もちろん普段の写真も五六枚欲しい」 
 ……まさか自分がそういう……何ていうか、正に『orz』、という気分になる
とは思いませんでした、ええ。
「……そんなに写真持ってどーするんです一体……」 
 いや、見るのは判ってますけど、と言葉を加える前に。
「眺める」 
「……そういうことじゃなくって、ですねえ」 
 きょとん、として相羽さんがこちらを見る。
「写真なんて、一枚あれば充分じゃないですかー」 
 というか、写真なんて、一度撮ってなかったかなあ……それに何でまたそん
なアオザイだのチャイナだのって、と思った、んだけど。
「だって、色んな表情とか雰囲気とか一枚じゃ全然たんないよ」 
 きっぱり。
 何でそう力強く言ってくれるかなあ。 
「写真がなくても、あたし尚吾さんなら、幾らでも思い出せるけど」 
「俺だって思い出せるけどさ、やっぱり欲しい」 
「…………」 
 そりゃそうだけど……と思ってたら、ふっと相羽さんがこちらに視線を合わ
せた。じっとあたしの目を見る。
「思い出せるけどさ……それだけじゃ、やっぱり足りない」 
 一瞬無条件に、はい、と、言いかけて、慌てて目を逸らした。
「……で、でもその、なんでまた……アオザイとかなんですか?」 
「可愛いから」
「…………」
 なんかこう……自分が落ち込んでたのがどっか行くくらい、がっくりとなっ
た、のだけど。
 けど。
 ……あ、まずい。
「しょ、尚吾さん!」
「ん?」
「水着は駄目だからっ!」
 絶対そういわないと、なし崩しに写真撮られる恐れが、と思って……でも、
口に出してしまってから、あ、そういうのってもしかして自意識過剰だったか、
とも思ったんだけど。

 ……そこでちぇって、わざわざ顔に出さないで下さい、ほんとに。

「……それと、もう一つ」
「ん?」
「他の人に見せないって約束して?」
「絶対見せない」 
 きっぱりと言い切る。それには嘘は、全く無い。
「……じゃ、いいです」 
  というか……これで駄目って言えた義理じゃない。
「うん」
 なんかもう……ものすごく嬉しそうな顔で、相羽さんが笑う。
 思わず釣られて……苦笑してしまって。
 苦笑してしまった自分に、また苦笑した。

         **

「お茶入りましたー」
 メイド服に白いエプロンを着込んで、紅茶を入れる。お盆に紅茶のカップと
砂糖壷にミルクピッチャー、ついでに買ってきたケーキを乗せて。
「どうぞ」
「ん、ありがと」 
 答える尚吾さんは黒のチャイナ服を着ている。あわせて丸い硝子の黒眼鏡を
かけていると、何だか物語の骨董屋の主人(曰くあり)みたいに見えてくる。
 お盆からカップとケーキを、隣のテーブルに並べる。袖の部分がたっぷりし
ているから、何だか下手するとケーキに袖のカフスがくっつきそうで……だか
らまずはそろっとケーキを置いて(もしかしてこういう注意深い行動を促すた
めに、この手のメイド服って微妙にフリルが多いのかな、とか思ってしまった)
……で?
「…………え?」 
 何か妙にじーっと……丸眼鏡ごしにこちらを見ているから、何かと思ったら。
「ん、可愛いなぁってさ」 
 ……紅茶を先に、下ろしておいて良かった。

「…………あのー、尚吾さん、それで」 
 ティーカップごしに、相羽さんはちょっと目をまたたかせて、うん、の代わ
りにする。
「写真、撮った、よね?」 
「うん」 
「……そしたら、着替えていい?」 
「……いいよ」 
 えー、といいそうになった口元が、ひょっと元に戻る。思い返してくれてほ
んとに良かった。
 まあ、いいか、と、小さく呟いて、相羽さんはケーキをぱくりと食べる。そ
の様子がどこかしらやっぱり悠揚迫らぬ、という感じで。
「シノズワリの御主人みたいだね、尚吾さん」 
「誰、それ」 
「いや、誰じゃなくて……あ、言い方が悪かったかな。シノズワリ……東洋趣
味に凝ってる御主人、みたいだなって」 
「怪しい売人みたいっしょ」
 自分の言葉を補強するみたいに、ポケットから扇子を取り出してことさらに
ぱたぱたと扇いでみせる。まるで悪戯っ子みたいな顔をして。
「怪しい売人の格好して、潜入捜査してる探偵みたい」 
「そだね」
 くつくつ笑いながら言うと、尚吾さんはふわり、と手を伸ばした。何度も頭
を撫でる、手。 
「着替えておいで」


「…………あの、で」 
 アオザイにチャイナ、そして浴衣にメイド服。
 とりあえず着替えて、相羽さんのところに行ってみる。
「……どんな写真?」
 
 携帯での写真って、どのくらい撮れるものか、携帯を持っていないあたしに
はさっぱり判らない。それにしても相当……かなり目一杯撮ったんじゃないか、
と思う、んだけど。
「見る?」 
「……ちょびっと」 
 撮られてる時は、実はあんまり『こういう写真を撮ってるんだな』とは思わ
なかった。変な言い方なんだけど、でも相羽さんはあまり構えて写真を撮って
なかったから。
 ――お茶入れて。
 ――あ、ちび達にも。
 ――別にこちら気にしなくていいから……洗濯?うん、やってやって。
 どんな写真を撮ってたのか、ちょっとだけ気になる。
「いいよ」
 ひょい、と、小さな画面を開いて、相羽さんはこちらに向ける。下のボタン
を素早く押して。
「ほら」

 それは、本当になんてことのない写真だったと思う。
 ベタ達と雨竜。わーっと群がられて一緒にお菓子を食べてたり。
 お茶を入れに台所に戻るところだったり。
 洗濯物を畳んでたり。

 確かに何枚かは「はい、こちら向いて」と言われて撮ったものだったし、そ
れについてはあたしもああ、と思ったんだけど。
「……こんな時撮ってたの?」
「うん」 
 なんか本当に、普通の時のことを普通に写真に撮ってたんだなあ。
 それならそんなに、写真とか要らないんじゃないかな、とか思って言いそう
になった、その寸前で。

「家でこうしてる真帆見てるとさ、和むから」 
「…………」 

 何だか……何だかやりきれないような、辛いような、そんな気がして。
 思わず手を伸ばして、相羽さんの頭を撫でた。
 少し癖のある髪の毛は、見たところよりもしっかりとした手ごたえがある。
 もうとっくに手に馴染んだ筈のその手応えが、かえってかなしかった。
 
「この夏……大きな事件とか、無いといいよね」 
「そうだね」 
 言いながら、相羽さんは小さく笑う。
 無理だと判ってる。相羽さんもあたしも。そもそも夏休みはいつだってこの
人は忙しい。それに加えて今年は参議院選挙がある。
 洗濯物を畳んで、お茶を入れて。
 しょっちゅうやってること、なのに。

「……写真なんて撮らなくてもいいのに」 
 ちょっと首を傾げて、相羽さんがこちらを見る。
「相羽さんがそういうなら、ちゃんといつでも着替えるのに」 
「そう、だけどね」
 やっぱりちょっとだけ笑って、相羽さんはまたあたしの頭を撫でた。
 そのままするり、と手を下ろして、携帯をあたしの手から取り戻す。

「ありがと」
「…………ううん」

 この程度のことしか、あたしには出来ないから。
 せめて。

「……お茶、お代わりいる?」
「あーうん、今度は緑茶がいいな」
「あ、はい」
 笑ってカップを受け取り、台所に戻る。


 その程度。その程度のことだけど。

時系列
------
 2007年6月

解説
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 怨霊化の話の直後。先輩が立ち直ってます。
***************
 てなもんです。
 でも、ほんと、写真何枚くらい撮ったんだこのひとわ(汗)

 であであ。
  


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