[KATARIBE 31201] [HA06N] 七夕の日に二人

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Date: Mon, 9 Jul 2007 23:49:03 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31201] [HA06N] 七夕の日に二人
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2007年07月09日:23時49分03秒
Sub:[HA06N] 七夕の日に二人:
From:Toyolina


[HA06N] 七夕の日に二人
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登場人物
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 蒼雅紫
 品咲渚

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「ねえ、紫……明日、明日夕方からって、あいてる?」

 両手を腰の後ろで握って、渚がどこか、上目遣い気味に訊ねる。

「え? はい、空いてますよ」

 紫が即答。もちろん、空いているであろうことは、渚は予測していた。
 ただ、空いている、という応えを、聞きたかっただけ。
 なぜなら、デートのお誘いの作法って、こういうものだと思っているから。

 すぅ。
 息を吸って。

「じゃ、じゃあ……あ、明日の夕方……」

 ここで、再び深呼吸。
 もう、この十秒だかそれくらいの間に、ずいぶんと寿命がすり減った気がする。

「で、デート……しよう?」

 さらに上目遣いに。
 ふんわりとしたサイドに隠れているが、耳まで真っ赤になっているのを自覚
している。デート、と聞いて。一方の紫は。
 もう、青空と向日葵を背景に従えるほどの、満面の笑みを見せた。

「はいっ、喜んで」

 この笑顔で。渚の心臓がまた一度、強く打つ。

「うん、あのね、なんかね、今年から、かすみ川で、毎週露店とかでるみたいなん。
それが、明日から始まるから、紫と一緒に……いきたいなーって思って。あ、
それでね。いっぺん、待ち合わせとかしてみたいなーって……思って」

 少し早口で、大きな身振り手振り。紫は、にこにこしながら、何度も頷いている。

「わぁ……楽しそうですね、あ、浴衣とか着ていって」

 このとき、二人の脳内の光景は、ほぼシンクロしていた。
 浴衣を着た紫と、渚。紫は髪をアップにしていて、うなじの白さが際だっている。
一方の渚は、和風のリボンで髪をまとめていたりして。
 手を振って、こちらに小走りで駆け寄ってくる紫。渚は、少し早く待ち合わせの
駅前に着ていて、少しそわそわしていて。

「うん、浴衣きてく、うちも。紫に着付け教えてもらったから、早速」
「はい、楽しみです……うふふ」
「じゃあ、六時半くらいに、吹利駅前の噴水のとこで……ええかな?」
「はいっ、六時半ですね!」

 思えば、二人でどこかに出かけるのに、待ち合わせたことなんて、数えるほど
しかない。いつも、どちらかの家から出発していたからだ。

 当たり前のことなんやけど……なんか……始まりって感じで新鮮。

 この誘い方をしてよかった。
 渚はもう嬉しくて、午後の講義なんか全然頭に入らなかった。


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 からころと、下駄の足音が軽く、二つ。

「わあ……」

 まだ七時をまわったあたりで、空はうっすらと明るい。これからすっと沈んで
いき、宵闇がだんだんと周囲を覆うのだろう。
 そんな中、露店の明かり、星の明かり、月の明かり、日の明かりが混ざり合っ
て、紫と渚をあちこちから照らしていた。
 手をつないで、ゆっくりと歩く。季節も、気温も全然違うけれど、渚は、
クリスマスに二人で行った、ルミナリエを少し思い出した。
 周囲が暖かくて、紫がうれしそうで、どこか夢の中にいるようで、そこまでは
同じだと思った。
 ただ一つ違うといえば。あのとき、渚の中では、紫とこんな風に出かけられる、
最後の機会だと思っていた。今は違う。
 今、渚の隣で、うれしそうにしている紫は……これからずっと、ずっと、
一緒にいる、そう誓い合った、大切なひと。
 やっと手に入れた、大切な、失いたくない、最愛のひと。

「あ、ほら、渚さま、あちらに金魚すくいがありますよ!」
「え、あ、ほんとや。かわいー。よし、いっちょ挑戦しよっかな」
「がんばってください!」
「うん、がんばる。みててね、うちのかっこええところ」
「はいっ」

 幸い、気温が高いし、ここのところ雨がなかったせいもあって、渚はしゃがみ
こむのにあまり気を遣わずにすんだ。
 真剣な表情で、水面をにらむ。隣では、小学校低学年くらいの男の子が、三匹
ほど連続ですくいあげていた。少し離れたところでは、高校生くらいの彼氏が、
どうにか一匹すくいあげて、彼女の前で面目を保っていた。

「えいっ」

 じゃぼっ

 水面から1センチくらいのところを泳いでいた、黒いのをねらったようだ。
 しかし、勢いが強すぎて、黒いのはさっと泳ぎ去ってしまう。

「渚さま、その調子ですっ」
「う、うん、がんばる」

 しかしあえなく。
 二度目の挑戦で、紙は破れてしまった。水の中でうっかり動かしてしまった
せいなのだが。

「う……」
「渚さま、今度は私が」

 にっこりと笑って、紫がしゃがみこむ。
 すう、と視線が鋭さを帯び、ぴん、と何かが張り詰める。

(紫が真剣になった……)

 普段はふわふわしている彼女だが、かなりの武術の使い手なのだ。なかなか
想像できないことではあるが。
 おそらく、紫は一手をもって、金魚をすくいあげるだろう。
 勢い余って水に頭からつっこんだりしない限りは。

 少し袖をめくった紫の腕が、直接水面を貫く。素手で。
 小さな水しぶきがあがり、すこし尾びれが立派な金魚が、はねあがった。
 続いて、紫の左手がすっと差し出され、その手にあるお椀が、落下し始めた
金魚を受け止める。

「ふぅ」
「わ……すごい……」
「とれました、渚さまっ」

 先ほどの鋭さと張り詰めた雰囲気はどこへやら。
 ふわふわほわほわとした笑顔に戻って、笑いかける。

「はい、渚さまに差し上げます」
「え……ええの? 紫がとったのに……わあ……」
「はい、可愛がってくださいね」
「うん、大事にする……明日水槽買ってくる」

 なにより。
 紫が、自分のためにとってくれた、紫が自分にくれたということ。
 その事実が、この金魚を宝物に変える。
 たとえそれが反則だったとしても、今、このテキ屋のおじさんが、無効だと
言い張ってきたとしても。いや、実際に反則だし、おじさんはそう言いかけて
いるのだけど。

「くっ……いいよいいよ、持って帰んな!!」
「え、ええんですか、やった、紫、ありがとう……」

 実際、テキ屋のおじさんは、文句を言って金魚を戻させようと考えていた。
 しかし。
 渚があまりにうれしそうにしていたためか、紫の笑顔が大変まぶしかった
せいか、それとも、二人の雰囲気に癒されてしまったせいか。どうにも毒気を
抜かれて、吐き捨てるのがせいぜいだった。

 渚は何度も、目の高さに袋を掲げて、金魚をみる。

「綺麗ですね、赤くて、ひらひらしてて……」
「うん……そやね、なんていうか、優雅……」
「渚さまは赤がお似合いですから、渚さまみたいです」
「え、じゃ、じゃあ、紫とうち、二人のええとこどり?」
「そうですね……渚さまと、私の、子供みたいな感じでしょうか」

 雄なのか雌なのかもわからないし、何より金魚だけど。
 そう言う紫の感性を、渚は大変気に入っている。

「せっかくですから、お名前をつけてあげませんか?」
「え、この子に? そやなー、うーん……」

 真っ先に浮かんできたのが、ゆかり、という三文字だった。つまりどうしても、
ゆかり、の中から最低一文字は使わないと気が済まないらしい。無意識がそう
主張していた。

「ゆ……ゆ……か……ううん、ゆ……」
「渚さまの、一文字をとって……み……み……」

 似たようなことは、紫も考えていたらしい。

「ゆ、み」
「ゆみちゃん……かわいいですね……」

 金魚を見つめる紫。

「じゃ、ゆみにしよ?」
「はい。ねえ、ゆみちゃん?」

 袋の中で、すいすいと。赤い尾ひれを揺らしながら泳ぐ、金魚のゆみ。
 どこかふてぶてしい顔つきで、よく観察すると、あまりお似合いの名前では
ない。

「大きくなってほしいですね」
「うん……そやね」

 二人して、金魚を仲良く見つめて。また手を取って歩き出す。
 綿菓子だって食べてないし、射的があったらそれもやりたい。
 まだまだ、今日のお祭りは始まったばかり。


----


 少し歩いて、ベンチで並んで休憩して。それを何度か繰り返した。
 護岸のあちこちに、笹が飾られていて、色とりどりの短冊がつるされている。
 露店に夢中で、つい見落としてしまっていたようだ。

「渚さま、短冊、書いていきましょう」
「うん。お願い事、かなえたいもんね……あ、あっち空いてる」

 筆ペンを借りて、並んで短冊に向かう。
 渚が慣れない感触に苦戦している間に、紫は慣れた様子で、さらさらと書き
上げていた。
 こんなことなら、毛筆でも習っておくんだった。   
 それでもどうにか書き上げる。
 幾分、いやかなり。我ながら、のろけたことを書いているな、と思った。
 それでも、この短冊には、今の素直な気持ちと、願いを書いたつもりだ。

「紫、なんて書いたのー?」
「私は、こうです」
「うちは、こう」

 お互い照れ笑いながら、短冊を交換する。
 紫の短冊には、『渚さまと一緒に楽しく過ごせますように』。
 渚の短冊には、『紫とずっと一緒にいられますように』とあった。

「あ、楽しく、が抜けてた……うーん……」

 どうにか書き足せないかと思って、渚は紫の手の中の短冊をのぞき込む。
 残念なことに、そんなスペースは空いていない。

「渚さま」
「え、うん」
「一緒なら、楽しいです。ね?」

 きっぱりと言い切って、笑いかける紫。
 ここ数日で、本当に。本当に、紫は強くなった。渚はそう感じずにはいられない。

「うん。それに……また、もしかして、しんどいこととかあっても、一緒やもん。
ね?」
「……はい、辛い時は一緒にがんばりますから」

 そうだ。
 ほんのつい最近まで、紫は辛くて、本当に辛い時を過ごしていて。
 渚は、そんな紫を支えながら、一緒にいることをずっと誓った。
 そして、紫は。
 渚がいるから、がんばってこれた、これからも、ずっと一緒にいる、と応えた
のだ。
 紫を疑っているわけではない。紫が嘘をつかない、本心からそう思って、そう
言ったことはわかっているし、信じている。

 信じられないのは、むしろ自身の方。
 これまで、望んではその殆ど……紫を除いては全てを失い、または手に入れ
られずにきた自分。何度も繰り返してきた失敗のせいで、自信の拠りどころが、
まだ見つけられない。

 浮かない顔をしていたのだろうか。
 ふと気づくと、紫の顔がすぐ近くにあった。

「渚さま」
「う、うん……」
「短冊、吊しましょう。二つ、並べて。そうしたら、ほら、合わさって、ええと」
「……うん!」

 紫の言いたいことは、よくわかった。
 二人で一緒に、辛くても、楽しく過ごしていけるように。
 二人の願いなのだから、足してしまっていいということ。

 二人で並んで、手の届くぎりぎりの高さに、短冊を吊した。
 さらさらと、風に揺れる。
 少し、その風に吹かれてみたい。そう思って、二人は少し護岸を下って、乾
いているのを確かめて、腰を下ろす。

「紫……」
「はい」
「ごめんね、なんかうち、最近すごい弱気で……」
「渚さま……」

 街の明かりや、夜空が綺麗。
 そんなことを言おうと思っていたのに。
 口をついて出たのは、独白だった。

「紫が一緒にいてくれる……そう思ったら、ほんと、がんばれそうって思うの。
そやけど……なんでかな、なんかすごい不安……嬉しいのに、紫が隣におって、
ほんとに楽しいのに……」
「渚さま……私は……ずっと一緒です、どこにも行きません……それに」
「うん……」

 思わず渚を抱きしめる紫。腕も、肩も、普段の姿からは想像も出来ないほど、
か弱くて、折れそうな印象を受けた。

「疲れたら、もし、お疲れでしたら、ですが……休んでいただいて、いいんです」
「紫……」
「その、上手く言えませんが……その……私には……頼ってくださっても、
甘えてくださっても、いいんです」

 抱きしめる手が、少し震えていた。

「ずっと、ずっと一緒なんですから……ね、渚さま」
「……うん、……そっか、うち……独りやないねんな……独りやなくて……
二人で、一緒って……ちょっとわかった気がするよ」
「はい……っ」

 紫が、少し抱擁をゆるめると、渚は自然と、その手を取っていた。
 どちらからともなく、指を絡めて、見つめ合って。
 ゆっくりと、ゆっくりと唇を重ねる。

 二人の顔が少し離れると、吹き下ろしの山風の名残が、うなじをくすぐって
いく。
 露店は相変わらず賑わっていたが、少しずつ、人が少なくなってきていた。

「……そろそろ、帰ろっか。紫」
「……はいっ」

 もう一度、手を握り直して、二人は歩き出した。


時系列と舞台
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 2007年七夕

解説
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 あついあついあつくてしぬぜぇー
 
 みぎーさんが、戸惑って悩んでます。
  

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
Toyolina




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