[KATARIBE 31193] [HA06N] 小説『死神の、ちょっと疲れる一日』

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Date: Mon, 2 Jul 2007 00:22:10 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31193] [HA06N] 小説『死神の、ちょっと疲れる一日』
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2007年07月02日:00時22分09秒
Sub:[HA06N]小説『死神の、ちょっと疲れる一日』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
正確に言うと、こちらのほーが、我侭話よりも先だと思います。
(ちゃっと自体がこっちが先なんで)

てなわけで。死神さんご苦労話、第一弾。
************
小説『死神の、ちょっと疲れる一日』
=================================
登場人物
--------
 死神(しにがみ)
     :今回一番苦労した人。やー肩凝った。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 さて、質問です。
 
 貴方は、今、何故か、ぼんやりと薄暗いところに居ます。
 そして、貴方の目の前には、黒いマントを無造作に羽織った、どこかぐてっ
とした印象の女の子が、片胡坐をかいて座っています。
 肩には、立てかけるようにした長い柄。その先には禍々しい形の鎌の刃。
 彼女はちょんちょん、と自分の鼻の横を指で何度か掻くと、その指をひょい、
と貴方のほうに伸ばしました。
「あ、あんた死んだから」
 薄い唇がかったるげに、そういう言葉を紡ぎました。

 さて質問。
 貴方なら何と答えますか?

           **

「やだ、真帆のとこに帰る」 

 自分は所謂死神という奴である。
 そんな大したことはしていない。死をもたらすのではなく、ちゃんと『はい
これ誰々、死ぬから用意していってきて』と言われてその通りその相手のとこ
ろに行く奴である。
 従って、最初のお役目は、『あんたちゃんと死んだんだよ』と納得させるこ
とである場合が多い。大概の場合「え、嘘だ……え、どうして」とうろたえた
り、泣いたりするもの、だが。
 だが。

「真帆のとこに帰るったら帰る」
 ……30過ぎの、一見イイオトコが子供じゃあるまいしにぐずるんじゃないっ
ての。
「やだもへったくれも、あんた死んだの。ぐずぐず言わないの」 
「やだ、真帆がいるとこじゃなきゃやだ」 
「真帆」
 無論、最低ではあるが、相手の情報は伝えられる。家族は誰か、敵は誰か、
本人も知りたがる、何で死んだのか(もしくは殺されたのか)みたいな情報。
 従って、この場合もすぐ判る。真帆。つまりこいつの奥さんの名前。
「……ええと奥さん殺していいの?」 
 本当はそんなこと許可されていないけど、ちょっと脅したほうが良いと判断。
手の中で鎌を一度揺らすと、大きな刃は禍々しいような光を放った。
「だめ」 
 ほんにえらっそうな相手だな。

 でも実際、こうやって自分の立場を理解しないケースは多い。気持ちはわか
らんではない。こちらだって鬼じゃあ無いから(といって、鬼がそんなに残酷
かと言われれば、人間のほうが余程残酷であるという意見もあるわけだが)、
ちゃんと相手が納得するようにする。

「…………ええと、あいばしょうご。だよね?」 
「そう」
「本日、死亡確定」
 懐から書付を取り出して、もう一度見直す。確かにそう書いてある。
「時刻は……午後の3時」
「それ嘘」
 ……なんだその間髪入れない否定形は。

 とん、と、鎌の柄で床(と言っておく)を叩いてみる。
 この男の、その時間の風景が蘇る。
 刑事であるこの男は、犯人を追いかけて、手を伸ばしたのだ。

 傍らをほぼ並んで走る相棒の足音。
 犯人の手を掴んで、重みをかける。それだけでテキの動きは遅くなる。それ
に反応するように相棒がぐるりと前に回る。見事な連携。
 そして。
『ち、畜生っ!!』
 半ば身を投げ出すように、つっかかってきた男。その動きがもしも、男の意
図したものどおりだったら、反対にこいつは死んでなぞいなかったろう。
 よろよろとした足元。意図しない方向からの衝撃。

 そして、どん、と、鈍い音。

「やっぱりそーじゃん」
「嘘」
 どんと胡坐をかいて、もう全身で『絶対動かない』と示している男は、正に
一言で返してきた。
「うそったって、ちゃんとここに書いてあるの」 
「真帆のとこに帰る」
 言い切って、ふんっと顔を背ける。
 ……駄々っ子か貴様は。

「……まー、なに?」
 とりあえず愛妻家ってのは理解したから、そこから少しいじくることにする。
「奥さん?あれじゃないかな、あんたが死んだらさー、保険とかおりて、一人でのんびりでけるんじゃない?

」 
 意地悪のようだが、意地悪なだけではない。相手の妄念をほどき、この地上
から解き放つ。その為には多少なりときつい言葉も必要なのだ。
 が。
「だめ、あいつは俺がいないと生きていけないから」 
「……へ?」
 ……そこでそういう断言をするかな。
「あいつが死ぬのは嫌だ、俺は行かない」 
 なんつーんですかね。こー、うん、大概女性にモテそうな顔に、ある意味精
悍な表情を浮かべて……言う台詞が微妙におこちゃまというか何と言うか。
「それ思い込みとかいわね?」 
「全然」 
 うわ、なんか超自信って顔するし。
「…………どっからその自信が来るんだ」 
「あいつなしで俺生きていけないし、あいつも俺なしで生きていけない」
「……ほんっとに?」 
「うん」 
 こりゃあ厄介だ。

 ぎゃあっとしがみつくなら、まだ今までに例がある。しがみついた手を解く
ように、やっぱりゆっくりほぐせば良い。
 でも、こうも……何ていうかな、確信持っていられると、こちらも少々困る。
ちゃんと、そこらを証明してやらないとあかんからである。
 手元の蝙蝠(所謂使い魔とか言われるヤツである)をつつく。ひょん、と浮
き上がったのに命じる。
(例の書類、ちょっと持ってきて)
 このままじゃあ、こちらの書付なんぞ見せたところで、こいつ信用しないと
見た。もちっとこう……なんつか格式のありそげなのを見せないと。
 ちょん、と、頷いて飛んでいった蝙蝠をおいといて。
「……奥さんが浮気とかしてるって、ちっとも思ってないんだねー」 
 ぎろっとこちらを見る目を、見返して。
「それっくらい、奥さんに尽くしてるんだ?」 

 いや実際色々見ているとこちらも心がすさむというもので。
 旦那が亡くなった時にはおうおう泣いてた(そして真剣に)奥さんに、実は
間男がちゃーんと居たり、それでいて本人その相手に「悲しいわ」とか泣いて
いたり。
 死因はなんじゃいなと見てみたら、婚約者と結婚の日取りを決めたその日に、
彼女(勿論婚約者とは別人)が泊まりに来て、寝物語に「別れよう、結婚決まっ
たから」と切り出して、そのまま刺されてた、とか。
 いやいやほんとにこう……男女の仲なんてものは、見れば見るほど厭になる。
 だから、こいつがどう言おうと、奥さんの意見はまた別だろう、と、それく
らいはちゃんと頭が動くものである。
 が。

「いや、むしろ尽くされてるなあ」 
「…………尽くされてる??」 
「もったいないくらいできた嫁だよ」 
 うんうん、と、嬉しそうに頷く。こう……微塵もそういうのを疑ってないの
が、一目でよく分かる。

「…………いやさ。そんな良く出来た嫁さんが、浮気しないってどうして確信
でけるわけ?」 
 こっちはごく普通に言った積りなんだが。
「浮気?」 
 はぁ?と、露骨に語尾が上がる声で、言い返してくるし。 
「うん」 
「それ不可能だから」 
 ……はい??
「…………ふ、ふかのう?」 
「うん」 
 なんかこう……ちょっと凄いモンを見ている気分になったぞ。
「不可能つったってさあ……何、奥さんそんなに魅力とかなくて、男にもてな
い奴?」 
「いや、すごい可愛い」 
「…………はい??」 

 いやダンナダンナ。
 すごい可愛くて、魅力のある奥さん(ダンナ申告)がいて、今のところこの
ダンナに尽くしまくっている、と。
 そこまではいい。
 でも、そういう相手なら、普通……旦那が死んだら、他に相手がめっかるっ
てもんじゃないのか?
 と、思うのに。

「どんだけ可愛いかというとね」
 そりゃもうウキウキとした口調で、やっこさんが言う。その後にこれは延々
続きそうだな、と、こちらも覚悟はしたんだけど。

 やれいつもご飯が美味しくて、それも好きなものを作ってくれて、ずっと帰
るのを待っててくれて以下云々。
 おやつは毎日色々買ってきてくれててそれにお茶がまた美味いんだ、熱い時
には冷たいお茶、でもそればっかりじゃなくてお菓子に合うのを以下云々。
 浴衣を着せたら自分が幾ら言っても高いのは要らないといったけど、でも安
いのでも首筋の後れ毛がふわりと伸びていて以下云々。
 いや浴衣だけじゃないんだ、アオザイも着せたらそれが可愛くて、それにチャ
イナもよく似合ってて、いやメイド服も以下云々。
 旅行に行った時には一緒に露天風呂に入って、それが照れて可愛くて、ご飯
を一緒に食べてもそれがまた以下云々。

 ……20分。
 一時の切れ目なしに惚気るって。
 こいつほんとに並じゃねえ。

「それでね……ああ、こないだ……」 
「あー」
 なんかもう、片耳休みというか、こちらからあっちに聞き流し状態のところ
に、はたはた、と、音が聞こえた。
 ああ、ようやく帰ってきてくれたかっ。
「もう真っ赤になって」
「あーーーーちょっとまってっ!」 
「ん?」 
 えい、と手を突き出して声を止める。
「で、何?」
 声をかけると、きゅいんきゅいん、と、高い音を蝙蝠は出した。

 曰く。
 そんな大切な書類、そう簡単に渡すかぼけえ(意訳)
 ただ、ちゃんと情報やるから、説得くらい自分でせえや(意訳)

「えーとお」
 それでも確かに、情報量は増している。
「ええと、あいばしょうご。漢字を述べよ」 
 へ、と声をあげる。だから説明する。
「あいば、は、相談の、相、に、場所の、場だよね?」 
「相談の相に羽であいば」 
「……………」 
 なんですと?
「しょうご、は省庁の省、で……」
「尚吾はなおにわれ」 
 って、こーとーわ。

「…………だーーーーー間違いかよっ!!」 
 ぼかっ。
 手を振り回した先に、蝙蝠が居たのは……これは蝙蝠の不運である。
「きゅぅいいいーーんっ」
 いや泣くな。自分が悪かったから。
「ほらみろ」 
「……」
 いや、そうなんだけどさ。
 こいつに超えらそげに言われると、こちらの間違いかしれないが、なんかむっ
とする。
「じゃあ、帰る」
「あーあー、もどんな」 

 溜息をつく。と一緒になんか気力が全部出て行った気分がする。
 20分だぞ20分。惚気をそらもうたんとこと聞かされてみい。

 そして、そうなると……なんかこちらも良く見える。
 奴さんの右手を、護る様に引き止めるように、包む、もの。

「ああ道理でねえ……あんたの右手」 
「ん?」 
「そっちを見てお帰り」 
 少し不思議そうに手を見る。そのままその姿はぼんやりと消えてゆく……

「で」
 完全に戻ったところで、こちらもおみこしをあげる。
「とすると……相場の省吾さんは一体どこじゃいな」

           **

 だんだんと、目の前の黒いマントの女がぼやける。
 だんだんと、右の手の感触が強くなる。
 誰かがしっかりと握っているような……

 ゆらゆらと、どこか頼りない感覚が、そこで、何かしら重みのあるものにしっ
かりと固定されるような感覚。
 そして……目が、覚める。

「……せ……ぱい……先輩!」 

 目に入るのは、白い、無機質な天井。綺麗に塗られて、妙に遠近感の無い。

「……あ」 
「…………っ」
 息を呑む音。そしてきゅっと握られる右の手。

「……真帆」 
 その手をぎゅ、と握り返す。一瞬、その手がこわばるように動きを止めて。
「……莫迦っ!!」 

 ゆっくりと顔を動かして、真帆を見る。
 涙でぐしゃぐしゃの顔が、尚更に歪んだ。

「……真帆」
 口を数回ぱくぱくとさせて、何とかその名前を押し出す。
「と、取り押さえる時に、突然倒れて……そのまんま動かなくなってっ!」 
「……本当に……この……ひとはっ」 
 涙ぐんだ男の声。耳は簡単に聞き分ける。これは史久の声。
「まるまる一日、意識ないし、起きないしっ!!」 

 ぼんやりと。
 夢のように思っていたことが……かなりの現実であったことを思う。
 やはりあれは、死神だったのか、と。
 でも。

「……大丈夫」 
 小さく笑って言う。右手を握る手に、ぎゅっとまた力が篭るのが判る。 
 ああ……やっぱり帰ってこれた。

「……大丈夫、じゃないよっ!!」 
 悲鳴になりかけの声を、宥めるように、史久の声がする。
「でも……よかった、本当に」
「…………」
 小さく頷こうとしていた。
 でも、ぐ、と、唇を噛んで動きを止めた。
 泣くのを我慢しているように。

「……大丈夫だから」 
「大丈夫、じゃないよっ」 
「帰ってくるよ、お前のとこに」 
 意地でも帰る。ここに帰ってくる。
「…………っ」 
「絶対」

 ひゅぅ、と小さく真帆の喉が鳴った。そのままゆっくりと、こすれるような
細い細い泣き声が喉からこぼれでる。
 そのまま、真帆は声をあげて泣き出した。

 ゆっくりと身体を起こす。
 手を伸ばして、頭を撫でる。

「……尚吾さんまで、居なくなるかと、思ったっ……」 
「いなくならないよ」 
 熱っぽい頭を撫でる。何度も何度も。 
「絶対に」 
「…………怖かった!」 
「ごめん」 
 丸一日、と言った。
 その間怖い思いをさせたのだろう、と、思った。

「…………死なないでよ」 
「死なないよ」 
 間髪要れずに、言葉が戻る。
「死神けり倒してでもお前のとこ帰ってくるから」 
「…………っ」 

 真帆が泣いている。
 ずっと握っていたのだろう右の手を、やっぱり握り締めて。
 泣いている。
 手を伸ばして、指先で涙をぬぐう。
 ぬぐった先から、涙がぽろぽろこぼれ出た。

「……えー、すいません」 
 こほん、と、気を使ったような咳払いに、真帆がひくっと泣き声を飲み込ん
だ。繋いでいた手を、慌てて開いて離してしまう。
「……念の為、検査を……と」 
「あ」 
 そういや居たねえ、と、言う前に。
「あ、あ…………ご、ごめんなさいっ」 
 わたわたっと真帆が立ち上がる。パイプ椅子を押しやって、そのまま慌てて
ベッドから離れる。
「い、いえ、すいませんっ」 
 赤面した看護婦が、やはりわたわたと頭を下げた。

             **

(検査の結果、異常なし)
「そりゃあそうだわよ」
(だからさっさと帰れって言われてる)
「みたいだね」
(奥さんひっくひっく泣いてる)
「……あーそーですか」

 別に蝙蝠の注釈が無くても、こちらも見えるんですけど……と言いたかった
がやめた。さっき思わずぼかっとしたのは、やはりまずかったと思うから。
(反省反省)

 とことこと、奥さんが歩いている。
 あの男の隣で、まだ時折喉を鳴らすように泣きながら。
「大丈夫」 
 ぎゅ、と男が手を握る。 
「帰ろう?」 
「……うん」 
 流石に、20分の惚気は伊達じゃなかったというところか。
 にしても。

「うーわあ、相場さんとこの省吾さん、どこじゃいなーーっ」 
(どこじゃいなーっ)
「あたしの言葉を反復せんでええ!それより先にいって探せっ…」
「きゅるるるっ」

 お。
 先発隊が戻ってきたか。

 場所と情景、相手が見える。
 ああ、確かに……年齢は同じくらいだが、こりゃあ男ぶりとかはこっちのほ
うがかなり下だ。
「みーーーっけえ!」
 どうやら長いこと半死半生だったその男は、こちらを見てむしろほっとした
ようだった。早く楽にしてくれ、と、いわんばかりにこちらを見る。
「よっしゃあ!」
 一撃必殺。
 ぽうん、と、男は彼我の淵を越えて、あっさりとこちらにやってきた。

(やれやれ、やっと死んだか)

 何だか溜息交じりの声がしたのは、この際無視する。
「じゃあ、いこうか」
 ぽん、と受け止めて、踵を返す。


 しかしあの男といいあの奥さんといい……
 あー肩凝った。


時系列
------
 2007年5月末〜6月

解説
----
 というわけで、大半を死神の一人称。
 惚気まくりなしょうちゃんの風景(あれ?)

********************

 てなもんで。

 第一弾ってなんじゃ、といわれれば。
 第二弾があるんです(えっへん)<まて

 であであ。
 
 


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