[KATARIBE 31172] [HA06N] 小説『我侭の表現法(下)』

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Date: Wed, 27 Jun 2007 01:39:37 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31172] [HA06N] 小説『我侭の表現法(下)』
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2007年06月27日:01時39分37秒
Sub:[HA06N]小説『我侭の表現法(下)』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
何か続きです。

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小説『我侭の表現法(下)』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 確か、甘えないって約束したように思う。
 そんな無闇に甘えない、無意識って怖いね……って。

 無意識なのはわかる。
 だけど甘えてるってことには変わりが無いと思う。

          **

「真帆」
 帰って、ベタ達や雨竜達にお菓子だけは出してやって、部屋に入って。
 暫くして、声が聞こえた。
「……真帆?」
 かち、と、扉のノブのまわる音がする。かちかち、と、鍵のせいでノブは回
りきらずにいる。
「真帆」
 とんとん、と、音がする。何度も、何度も。
 …………答えたくない、と。
 切実に思う。どうせあたしがここに居ることは、鍵が閉まってることで判る
筈なんだから。

 まほ、と、小さく呟く声がした。
 そしてそのまま、声もノックの音も途絶えた。

 気がついてないのかなと思う。
 気がついてなくても不思議じゃないとも思う。
 ごく当たり前のことだったんだろうなとも、それが今までのこの人の普通だっ
たんだろうな、とも。

 そのことが……尚更に。

(約束したよね、甘えないって)
 そう言うことは簡単だし、そう言えば……多分相羽さんはこの前言ったこと
を思い出すと思う。そりゃ無論、お皿にどんどんおかずを取ってもらって、偏
食を注意されてってのが甘えなのかどうかってのは、それは色々あるだろうけ
ど。
 でも。

(無意識って怖いね)
 甘えてるって、そのことさえ判ってないとしたら。
 どうして……それが正しいかどうかは置いといても、どうして辛いって思っ
たのか、そのことにさえ気がついて貰えないとしたら。
 
 それはあたしが言うべきことじゃない。


 こつん、こつん、と、間遠な音がする。
 握った手の、関節をぶつけるような尖った音じゃなく……もっと鈍い音。
 多分、額をこつん、とぶつけている音。
 もう……どのぐらいの間だろう。

 その音がふっと止まった。
 同時に、ひゅっと、息を呑むような音。

「真帆……」
 ぽつん、と、声がする。
「俺、甘えてた……よね」
 恐る恐る。そんな調子で。

「……自覚無いんだよね、相羽さん」
 う、と、言葉に詰まるような気配がある。
「自覚無いから、偏食とか注意されて、食べるようにってお皿に盛って貰って、
眠る時は背中借りて眠るんだよね」
「……それは」
「お仕事だから、仕方ない?」

 ひどいことを言っている、と、自分も思う。
 相羽さんは黙った。
 
「……相羽さんの仕事には、あたしはどうやっても入り込めない」
 長引きそうなのか、大変なのか、すぐ片付きそうなのか。
 書類仕事なのか、外に出てゆくのか。
 そんなことをあたしは、一つも知らない。
「それはもう覚悟してるし、そういうもんだって思ってるけど」
 訊きたいことは山ほどある。それを絶対訊かないと、決めたのは自分。 
 時折辛いけど、それは仕方ない。

 でも。

「その間……相羽さんが、本宮さんや片桐さんに甘やかされてるのって……」 
 ここからは立ち入るな、と、常に線がある。
 その向こうで、手伝える人達が居る。仕事だけじゃなく、眠ることも食べる
ことも、その人達がきちんと支えているとするなら。
「…………あたしが本当に不要な気がするよ」 
「必要なんだよ」 
 間髪入れない声。嘘じゃない、それはわかる。
 わかるけど。
「…………うん、うちではね」 

 言えば言うほど悲しくなる。
 口に出すほど辛くなる。
 
「悪かった」 
 こつん、と、また音がした。


「…………相羽さんを助けられないって……それは判ってる」 
 仕事の途中。通りがかった相羽さんに、あたしは声もかけられなかった。
 怒られるとかじゃない。邪魔と思われるからでもない。
 こつんと、弾みで蹴って飛ばしてしまう小石。その程度しか、あの時の自分
には意味がなかったと、咄嗟に思ったから。
「だから、相羽さんは、他の人に甘えるんだよね」
 仕事という壁の向こうで、やっぱりこの人は誰かに守られていて。
 それがあたしには手も届かないということ。

「…………あたしは他の人には甘えないですよ」 
「……うん」 
「相羽さんが居ないとき、あたしは六華に甘えていいんですか」 
 正当化かどうかは判らない。でも。
 あたしは六華にも片帆にも、さびしいとは言わない。

「……ごめん」 
「ごめんって……いいんだよね?」 
 念を押すと、数秒の間があった。
「……やだ」 
 どこか子供のような声が、無性に悔しかった。
「………………知らないっ」 

 必要なんだよ、と、言われる。それが嘘とは、一度だって思わない。
 だけど。
 ……だけど。

「……悪かった」 
 こつん、と、小さな音に重ねるように、相羽さんはそう言う。
 だけど。
「………………でも、甘える、よね」 
「……甘え、か」
 言葉を選ぶように、少しの間、相羽さんは黙った。
「たぶんね……俺、すごい甘ったれなんだとおもう」

 だけど。
 ……だけど。
 
「…………あたしだって、本当は甘ったれです」 

(真帆ねえは強いやん。だから甘える必要とかないんよ)
 そんな風に言われたことが何度もある。
(一人でやっていけるし、それで不足とかしない。だからそうやって甘えない
で強く真っ直ぐやってられるんよ)
(俺は弱いから、彼女が居ないとさびしくてやってられんのよ)
 
 強いから。甘えないで済むから。
 ……誰が言えるか。

「だから、甘えないの。甘えたら……果てがないから」 
 
 執着したら手放さなくなる。
 甘えたら果てしなく甘える。
 そんな相手は一人でいいと思うから。
 
「…………尚吾さん以外には、だから甘えない、のに」 
「俺にはいくらでも甘えて欲しいよ」 
「だけど、相羽さん、他の人にも甘えるよね」 
「……」 

 我慢できるからそれは強い証拠だと言われた。
 どれだけ我慢したかなんて、誰にもわかることじゃないのに。
 
「………………いいです。多分……相羽さん甘える人だから」 
 握り締めた手が痛い。
 自分以外に甘えるなって言うのに、自分は他人に甘えて。
 それは甘えん坊だからって言われたら。
「……もう……知らないっ」 
「…………真帆」 

 どちらがひどいことを言っているんだろう、と思う。
 多分あたしのほうだろうな、とも思う。

 だけど。

(あたしの居場所を、取らないで下さい)
 本当はそこに、居場所なんて無いのかもしれないけど。


「……甘えないって、言って」 
 扉の向こうから、すぐに返事がくる。
「甘えない」 
「もし、甘えたら?」 
「真帆のいうことなんでもきく」 
 その言葉があんまりあっさりしていたから。
 本当になんでも、容易いこと、みたいに聞こえたから。
「それじゃっ……」

 ノブのボタンを押して、鍵を開く。かちゃん、と、やけに高い音がした。

「その時は、あたし、この部屋で一人で寝ますからっ」 
「……っ」
 目の前で、相羽さんの表情が変わった。
 絶対厭、と言うように、ぐっと口元を引き結んで。

「何でも聴いてくれるって言ったよね」
「うん」
「指きり」 
「うん」 

 差し出された小指に、小指を絡ませて。

「……約束」
「絶対に」
「無意識でも?」
「無意識でも甘えない」

 相羽さんは嘘を言わない。それは知っている。
 だから余計に……無茶を言っている自覚はある。
 だけど。

「……指切った」

 ふっと離した手が、そのまま伸びて背中に回される。
 ほっと溜息をつく気配。そしてふわん、と、身体が浮いた。

「……って」
「おいで」

 おいでって言われても、もうここに居るのに、と、思ったけど。
 至近距離の顔は、とてもほっとした顔をしていて。

(我侭なのに)
 怒られないことにほっとして。
 怒られないことがどこかせつなくて。

 だから、手を伸ばした。
 
「……うん」


時系列
------
 2007年6月頃

解説
----
 というかなんというか。
 多分、真帆の内心は先輩に通じてないんだろうなと思いつつ。
 通じたら先輩泣いちゃうぞとも思うような、一コマです。
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 というわけで、とてもひどいめにあっている先輩ですが。
 だいじょぶ。次で、元気になるようにするからっ!<安請け合い

 であであ。
 


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