[KATARIBE 31157] [HA06N] 『霞の晴れるとき』( 2-10 )

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Date: Tue, 26 Jun 2007 01:52:14 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31157] [HA06N] 『霞の晴れるとき』( 2-10 )
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2007年06月26日:01時52分13秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』(2-10):
From:ごんべ


 ごんべです。

 ようやくここまで来た……。
 第2章の最後です。


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小説『霞の晴れるとき』
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http://hiki.kataribe.jp/HA06/?KasumiNoHareruToki


誰のために
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「パパ! あそこ! 陽くんだよ!」

 霞川沿いに到着し停める場所を探していた車の中から、愛菜美は川原にいる
二つの人影を認めた。

「何をしてるんだ、彼らは」

 士郎が車を土手道へと進ませると、ぶつかっては離れる二人が何をしている
のか、夜闇の下でも遠くからもはっきりと見て取れるようになる。

「とめないと!」
「まさか……本当に“敵”が!?」
「そんなこと、どうでもいいよ!」

 直近の、しかし充分離れた土手の上に停めた士郎の車から、停止を待つのも
もどかしく、愛菜美は転がるように走り出た。

「陽くん!!」
「……っ!?」

 一瞬耳を貸しただけの陽の隙を逃さず、必殺の蹴りを打ち込む "足長" 。

「……あぁっ!?」
「――っ、愛菜美、近づくな!」
「心配無用。榎家の家族に手を出すつもりはない」

 破魔杖でわずかにいなされつつも "足長" は全く重心を崩さない。
 ここに来てフットワークに勝る "足長" との対峙は杖を持っても五分五分と
なっていた。

「もちろん、本来ならばお前にもだ。……お前次第だ。3号にもそう言った」
「……珊瑚が望まない以上、お前に同行はしない」
「理由は無い」
「お前は珊瑚を傷つけた!」
「陽くん、珊瑚ちゃんは!?」
「ここから上流だ! こいつを引き離しておくから頼む!」
「わかっ……え?」
「陽君!」

 車に戻ろうとした愛菜美の行く手を遮ったのは士郎だった。

「陽君、その人は誰だ」
「パパ!?」
「珊瑚の敵だ」

 士郎は、陽の言葉を聞いた後、しかし黙ったまま "足長" にも目で促した。

「……学天則28号と言います」
「陽君、……間違いないのかい?」
「…………ああ」

 陽も認めないわけにはいかない。愛菜美は息を呑んだ。

「……やっぱり」
「そんな……」
「ならば……なぜ二人は戦っているんだ」
「私が3号の“敵”だからです」

 陽が応えるより早く、 "足長" 自身が陽の言葉を繰り返した。

「それが4号にとっての真実とあれば、4号の納得がゆく決着が必要でしょう」
「……理解できないな。君たちは本来味方同士じゃないか」
「今は違う」
「珊瑚ちゃんは? そのこと知ってるの!?」
「珊瑚の判断だ」
「4号。自律判断を捨てるな、お前はそれほど3号に拘束されていないはずだ」
「捨てているわけじゃない」
「その態度では、指揮機を失うぞ」
「……!?」

  "足長" は士郎に向け言葉を続けた。

「3号には全ての可能性を伝えました。しかし、3号は理解していない。……
あるいは、結論を出せていない」
「わかりました。とにかく珊瑚君のところへ行こう。必要なら説得しなければ」
「う、うん……」

 愛菜美は車に乗り込もうとして、わずかに逡巡した後、陽の方に向き直った。

「陽くん、一緒に行こう!」
「だめだ、行け!」
「戦わなくてもいいじゃない! 本当は味方なんでしょ? 珊瑚ちゃんを助け
る方が大事だよ!」
「……だが、こいつは珊瑚を」
「二人とも、“敵”になるつもりなんて無いのに?」

 陽の表情が揺らぐ。 "足長" はゆっくりと愛菜美の顔を見つめた。

「珊瑚ちゃんによく考えてもらおうよ! みんな納得できる方法が見つかるか
も知れないじゃない!?」
「……だけど」

 ――その時だった。

『愛菜美』

 車の電波探知機からの信号で、士郎も気付く。
 急に舞い込んだ通信リンクの主は。

『……今まで、ありがとう』

「珊瑚ちゃん!?」
「何!?」

『陽』

 暫しの間。

『…………どうか、自由に』

「珊瑚!!」
「……3号の通信リンクか?」
「パパ、車出して、早く!」
「珊瑚!!」

 陽は一散に駆け出した。 "足長" のことすらも目に入らずに。
 士郎の車も続いて土手の道を上流へと向かう。
 そして "足長" も、彼らの後を追った。


沈む月
------

 がさがさ、と片手片足だけで苦労しつつ、珊瑚は葦の原の中を這っていく。
 破損して機能を止めた右腕右脚が重い。しかし、止まりたくはなかった。

 ――自分だけの場所へ行こう。その時、誰か人間に見られてはいけない。

(陽は、探してくれるだろうか)

 そう思った自分にふと気付き、珊瑚は苦笑した。陽はもう、霞原珊瑚に関わっ
てはいけない。自分ではない相手と、やり直すべきなのだ。

 前方から、霞川の水音が聞こえる。
 葦の間に月明かりにきらめく流れが覗いた。
 珊瑚は最後の力でにじり寄り、水辺から体重を前に――

 ガサッ

 川面へ伸ばされた珊瑚の手を取る、大きな手。

「早まるな」

 黒眼鏡に黒服の、しかし人間味豊かな渋面を浮かべた若い男が、珊瑚を押し
とどめるように見下ろしていた。

「……まえの……さん」

 見上げた珊瑚に応える代わりに、前野は珊瑚の身体を軽々と抱え上げた。
 まるで信じられないものを見るような、珊瑚。

「こんな最後で……あなたに会えるなんて」
「少々遅くなった……何とか、骨を拾うには間に合ったようだな」
「そうね……」

 目を伏せる珊瑚。

「……でも、もういいの」
「ん?」

 喉の奥で小さく笑った後、もう一度珊瑚は前野を見上げた。

「……さようなら。どうか、学天則3号をよろしく」
「何?」

 ――ガクンッ

 珊瑚の身体が、前野の腕の中で一度だけ大きく跳ねた。
 前野を見つめたまま珊瑚の視線が凍り付き、その顔から砂が崩れるように表
情が消え去っていった。

 ぱたり、と珊瑚の左手から携帯電話が離れ、草の上に落ちる。

「……くっ!?」
「旦那!」
「煌! 支えろ!」
「よっ…、何じゃこりゃ!?」

 急速に腕にかかる負荷が増大し、慌てて前野は剛腕の部下に珊瑚を預けた。

 いや。
 ……珊瑚だったもの、だろうか?

 おそらく、この重さが学天則3号本来の重量であるに違いない。
 煌は、場所を選び慎重に珊瑚の身体を河原に横たえた。

 ――その煌が、ふと、何かに気を取られた顔をした。

「あれ……何だ? お前」
「どうした」

 煌が珊瑚のすぐ傍の空中に対し、撫でるような仕草をする。
 前野が目を凝らすと、そこには魔力を帯びた黒猫の姿が浮かび上がった。

 はっ、と気付いたとき、既にその人影はすぐ近くまで来ていた。

「……前野さん?」
「桐生さんでしたか」
「…………珊瑚ちゃん!?」

 走り寄る雄人。

「彼女は……どうしたんですか、なぜ!?」
「私も全ての事態が飲み込めているわけではありません……何事があったのか
は知りませんが、川に身を投げようとした彼女を止めたつもりだったのですが」
「何だって……珊瑚ちゃんが自殺を!?」
「ええ、しかしその後……。いや、まさか……?」

 前野は言おうとした言葉を途中で切った。

「……旦那」
「うむ」
「……どうしました?」
「しっ……」

 彼の部下である豪腕メイドと精霊使いメイド、そして雄人の使い魔の黒猫が、
それぞれの主を守って並び立つ。

 警戒する彼らの前に現れたのは、廃材を杖にして身体を支えながら片足を引
きずる、一人の女性。

 ――他ならぬ、学天則27号 "手長" である。

「その少女を、こちらにお渡しいただけません?」
「場合によるが……あなたは?」
「失礼……学天則27号と申します」
「……ふむ」

 前野にとっては、あり得る可能性の一つだった。
 状況が掴めないでいる雄人を目で制し、前野は再び口を開いた。

「念のため、誰の命令かお訊きしておきましょう」
「ドクター・クレイ。……と申します」
「なるほど……それでこのような酷い有様になるとは、正直理解に苦しむが」

 前野はゆっくりと頭を振った。

「良いでしょう。その代わりと言っては何だが、同行しても構いませんか?」
「もちろん」
「それを聞いて安心しました。教えてもらえるならば、真実を知りたい人は大
勢いる」
「構いませんわ。連絡しておきましょう」
「前野さん。……僕にも行かせて下さい」
「ええ、是非。それに……」

 前野は川原の向こうを見つめて目をこらした。
 つられて雄人が見ると、向こうから川原を走ってくる二つの人影が見えた。
 それに伴走するように、1台の車も土手の上を近づいてくる。

「珊瑚!!」

 走ってきた陽は、その場の皆の姿を見て取ると次第に走りをゆるめ、やがて
前野の傍らで立ち止まった。その視線を、ある一点に釘付けにしたままで。

 車から降りた愛菜美が、悲鳴を上げる。

「な……ぜ……」

 陽が来たことも、彼の呟きも知らず、学天則3号は無表情に虚空を見つめ、
草むらに半分埋もれて横たわっていた。



(第2章終了)


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 第3章は、ドクターのラボへとシーンを換えます。


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ごんべ
gombe at gombe.org


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