[KATARIBE 31135] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-9)

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Date: Sat, 23 Jun 2007 02:15:02 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31135] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-9)
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2007年06月23日:02時15分01秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』(2-9):
From:ごんべ


 ごんべです。

 ついに雄人さん満を持して登場。
 るなさんへ。一度見てもらってますが、手直しがさらに必要なら遠慮無く
直しや要望をつっこんで下さいねー


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小説『霞の晴れるとき』
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http://hiki.kataribe.jp/HA06/?KasumiNoHareruToki


貴方は私を
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「……よし、OK」

 たん、と Enterキーをはじき、雄人は黙々とログを映し始めたPCの前から離
れて、思う存分背伸びをした。
 ようやくここしばらくの苦行から解放される、と言ったところである。

「7時のオブジェクトでmake始めたから、バイナリができたらデバッグしてお
いて。チェックリストはおととい桜木が共有に上げたやつね」
「はい、わかりましたー」
「ちょっと外で食べてくるわ。後はよろしく」
「おつかれさまっす」

 廊下に出て、休憩スペースで一息つく。
 さてどこで食べようか、などと考えているところへ、懐からやわらかい音色
が響いてきた。
 携帯電話を取り出してみると、やはり。

『着: 霞原珊瑚』

 珊瑚からの映像電話の着信であった。

「……もしもし?」

 起動すると一瞬、数秘術のシンボルが画面に浮かび、その図象が画面に融け
るように広がってどこかの風景を映し出す。
 この回線は、携帯電話キャリアの電波を使っていない。数秘術の呪式によっ
て魔術チャンネルを開き情報を飛ばす方式の、雄人が作成したアプリケーショ
ンである。

「……?」

 映像は暗く、いるはずの人物もよく見えない。
 背景に光の点が時折横切る。
 あるいは、広く薄暗い屋外だろうか。

「珊瑚ちゃん……?」
『…………桐生さん』

 雄人は安堵した。いつもの珊瑚の声が聞こえたからである。
 画面が動き、薄闇の中に珊瑚の顔の輪郭を白く浮かび上がらせる。表情が動
いて、いつも見慣れた珊瑚の笑顔を画面の向こうに形作った。

『すみません、お忙しいときに』
「いや、僕も丁度一息ついたところでさ。珊瑚ちゃんこそ、画面に映らないか
らどこに行っちゃったか心配したよ?」
『ごめんなさい』

 面白おかしく問いかける雄人の言葉に応えて照れ隠しのような笑い声が聞こ
え、……しかしすぐに言葉が途切れる。

 ふわり、と淡い光がかすかに画面の向こうに満ち、一瞬だけ珊瑚の表情が見
て取れた。髪が頬にかかったまま、思い詰めたような表情をしている。
 ――雄人は、怪訝に思って声をかけた。

「どうかしたの?」
『……桐生さんに、……謝らなければと思って』
「何を」

 突然の言葉に驚く雄人だが。

『ご迷惑では、ありませんでしたか……?』
「うん?」
『いつもお時間を取っていただいて、いろいろ教えていただくのが……私が無
理ばかり言ってるんじゃないか、って』
「なんだ、そんなことか」

 ゆっくりと、淡い光が現れては消える。ああ、と雄人は理解した。おそらく、
アプリの動作キー代わりとして渡した指輪が魔力を帯びて光っているのだろう。

『でもやっぱり……本当なら、桐生さんは私のことで気を煩わせる必要なんて
無いんですから』
「気にしない。それに、珊瑚ちゃんは僕の術のことも知ってるし、珊瑚ちゃん
自身が僕のことをいろいろ気にかけてくれるだろ? 他人みたいに思わなくて
いいんだよ」
『え、そんな……そうですか?』

 雄人はにっこりと優しく微笑んだ。
 画面の向こうで、心配そうに言葉を綴っていた珊瑚の表情が、少しほぐれる。

 達大の関係で知り合った、普段なら出会いもしない間柄だが、珊瑚は雄人に
良く懐いており、自然と雄人も好意的に接するようになっている。紆余曲折も
多少あったが、年の離れた妹のように思っていた。

 しかし、珊瑚の様子がわかってくるに従い雄人は、何かおかしい、と感じ始
めた。背後に走る車のライトと思しき光が、画面に向かって上下に走る。珊瑚
の姿勢が不自然ではないか? もちろん、姿勢だけではなく――

「ところで珊瑚ちゃん……今、どこにいるんだい?」
『…………雄人さん』
「ん?」

 潤んだような珊瑚の双の瞳が、粗い画面を通してもわかるほどに、真っ直ぐ
に雄人を見つめた。

『また、会っていただけますか?』
「……もちろん。いつ来てくれても、声をかけてくれてもいいんだよ?」
『……嬉しい』

 微笑みながら目を伏せる珊瑚。

(ああ、いつもの可愛い珊瑚ちゃんだ)

 そう雄人が思い直した、その直後。

 ふと珊瑚が視線を上げ、二人の目が合う。
 その表情は……

『……さようなら』

 ぷつり、と回線が切れた。

「え……?」

 不審に思い、回線を開き直そうとする雄人。――しかし、応答は無い。

 雄人の心に不安が広がる。
 何より、切る間際の珊瑚の表情が、頭から離れなかった。

 まるで……儚く消えてしまいそうな。

 彼女は何を言いたかったのか――

 ――彼女は、何のために、自分に電話をかけたのか?

 胸騒ぎを覚えた雄人は、すぐに携帯電話の画面をアプリケーションメニュー
に切り替え、周囲に人目がないことを確かめるとその一つを起動した。
 携帯電話の画面が一瞬だけ強い光を帯び、そこから、余人には見えぬ雄人の
使い魔が黒猫の姿で現れた。

「珊瑚ちゃんを覚えているか?」

 黒猫は迷い無く頷いた。

「彼女が心配だ。すぐにあの子の居場所を探し出し、案内しろ。行け!」

 再び頷くと黒猫は、ガラス窓を自在にすり抜け、瞬く間に戸外へ姿を消した。

 雄人自身も、適当な理由を付けて同僚に帰宅を告げ、上着を掴むと冷え込み
始めた夜空の下に駆け出していった。


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 次はついに第2章終了、の予定。
 ではでは。

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ごんべ
gombe at gombe.org


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