[KATARIBE 31125] [OM04N] 小説『織りの手の弐』

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Date: Thu, 21 Jun 2007 00:29:27 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31125] [OM04N] 小説『織りの手の弐』
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2007年06月21日:00時29分27秒
Sub:[OM04N]小説『織りの手の弐』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
長く休んでた話、続けます……が。
なんか絶対どっかみすがありそう(えう)

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小説『織りの手の弐』
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登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
  秦時貞(はた・ときさだ)
   :鬼に懐疑的な陰陽師。厄介事の最後の行き場。


本文 
---- 

 下卑た男、と、目に映った。

「ほう、そちらが妙延尼殿」
 同じような言葉ならば、何度も庵で聞いたことがあるが、この男から出ると
それがひどくいやらしいものに聞こえる。言葉の強弱の故か、その目つきのせ
いか。
 年は、思っていたよりも若い。屋敷にこの男の父御が居ても不思議は無い筈
なのだが。
(はやくに亡くなられた、らしいのです)
 ここに至る道々、時貞から聞いたことを、妙延尼は思い出す。帝にも一度は
重んじられたこの男の父親は、そこで一つの罪を成し……そして結局、息子に
は、さしたる地位を残せずに身罷った、と。
 それでも。
「それで、あの布を仕上げて頂けますか」
 充分に裕福なこの男は、ひどく愛想のよい……と、恐らくは自分では思って
いる顔で問うてくる。いや、本当に愛想は良いのだろうけど。
「……それは、なんとも」
「しかし……おお」
 ぽん、と手を打った男は実ににこやかに言葉を継ぐ。
「礼は充分にいたしますぞ」
「そういう問題ではございません。まず、機を見せて頂きませんことには」
「それは無論。しかし妙延尼殿が来て下さるならば、もう何も困ることなど」
「そのようにはお考え下さいますな」
 む、と、男は口を閉じた。
「何でも、得体の知れぬ何かが、私のことを名指しで呼ばれたとか。無論その
声が正しいこともありえましょうが……さて間違えていないとは、誰も申せま
せぬことでしょう」
 むう、と、男は不機嫌な顔になった。まあ、確かに不満だろうなあ、でもそ
のようにしか言えないもの……と、妙延尼が考えたところで。
「……礼は、充分に致しますぞ」
「はい?」
「そのように仰らなくとも、お礼は如何様にも致しますと申しております」
「…………いえ、その」
「そのように駆け引きの真似事をなさらずとも、私は騙すなぞと酷いことは致
しませぬよ。……おお、こちらからお礼をどうこう申し上げずとも、無論のこ
と妙延尼殿が」
 どうやったらこうも、人の言うことを曲解できるのだろう、と、妙延尼が数
瞬反応に困った、矢先に。
「……無礼者!」
 びしっと……そう、やたらに鋭い、しかしてやたらに太い矢を、背中の真中
に射込むような声がした。
「何と!」
「ひいさまの言葉をきちんとお聞き下さいましな」
 言葉自体は無礼でも何でもないのだが、告げる言葉の響きが不必要なほどに
鋭い。時貞が小さく溜息をつくのを、妙延尼は目の端で捉えた。
「金や何かでどうかなるとお思いになるなら、どうぞ機に金でも銀でもお積み
になると宜しい……ああ」
 妙延尼の横に控える小柄で一見地味な女房は、ぽん、と手を打った。
「そのほうがようございますなあ。ひいさまにお頼みになる必要もございます
まいよ」
「……この生意気な!」
「其方様の御言葉を、そのまま返しただけにございますが」
 身分や何かは関係ない。その細い腕が秘める力が、この娘を……それとは悟
らせぬままに……侮りがたいものとしている。その迫力に、男はうっと言葉を
途切らせた。
「元々……私はこのようなあやかしに、詳しいとは申せませぬ。どこの誰が言
うたか判りませぬが、しかし私には何の知恵もありませぬ」
 まだ睨み据えるお兼を片手で軽く制しながら、しかし妙延尼のほうも内心深
く頷いていた。
 肝心の機を見る前に、解決せよとの言質を取ろうとする。
 つまりそれだけ……この男に、後ろめたいことがある、のだ。
「お見せ下さいましな。その機を」
 男はしぶしぶと、頷いた。


 離れの、締め切った部屋に並んだ機と、そこにかけられた織りかけの布。
 それを見た途端、妙延尼は、多くの職人がこの布を途中で断ち切ることを惜
しんだ意味を悟った。
「……これはまた、見事なこと」
 色合いはとても地味だ。少し灰がかった蒼の色の濃淡、そして淡い月光を思
わせる白っぽい糸。それらが一見とても地味な、しかし恐ろしく手の込んだ文
様を描いている。
「なんとまあ……惜しいこと」
 これを織り描いた女性。どういう理由か知らないが、これほどの手を止めた
には、それだけの理由があったろうし、故にこの機が誰の手にも負えないのだ
ろう、と、一目で判る……それほどの作なのである。
「やはりそうお思いになられますか」
 後ろから、男の声がする。
「やんごとなき方に捧げるには良き布、と思っておりますが……どうでしょう」
 その言葉に、妙延尼は思わず拳を握る。

 誰ぞに捧げる為の布。
 そんなことを思って、この人は織っていたのではないのに。

「ひいさまは、しばらく調べたいとお思いです」
 ぴしん、と、尖ったお兼の声に、妙延尼は微かに息を吐いた。
「あやかしが居るかどうか、まず調べねばなりませぬ。その後、もしあやかし
が居るならば、そのあやかしの言葉を聴かねばなりませぬ」
「聞くというて!」
 むっとしたように男が言う。
「あやかしなど嘘をどれだけ吐くか判ったものではない」
 ぎっと、お兼が睨みつけるのが、それこそ音が耳元で響くようにもはっきり
とわかった。
 だから。
「それは人も同じでございましょう」
 ことさらにっこりと、妙延尼は言う。
「あやかしが嘘をつかぬなどと、そのようなことは思うておりませぬ。嘘か真
か、お前様の言葉と同様、計りつつ見通す所存でございます」
「私が嘘を言うと?!」
「あやかしが嘘を言うかどうかも、それと同じぐらいには疑問でございます」
 まだなにやら言いかけた男の言葉を、妙延尼はひょい、と、顔を背けること
で断ち切った。背けてそのまま、機を眺める。
 後ろで、舌打ちの音と、そしてそれに続いてどたどたと遠ざかる足音がした。

「……ひいさま」
 抑えた声で、お兼が呟くように言う。
「何だかあの男でこの話、とくると、起こったことがきっちりと判るようで、
そのことがとても厭でございますよ」
「……私もそれは同じです」
 頷いて、時貞を見やる。恐らくは、交渉をこちらに一任しているらしい男は、
それでも二人の意見には賛成らしく、こっくりと頷いた。
「よほど後ろめたいことでもあるのだろうよ」
「……ああまったく」
 厭だ厭だ、と、お兼が呟いた。
「一体なんだって、こういうことにひいさまを巻き込みますかね」
「巻き込んだのは、この度は陰陽寮ではないぞ」
「そうは仰いますが」
「わしだもの」

 かさかさと乾いた、枯葉のような声に、三人はびくりと目を上げた。

「わしがよんだのだもの」
「……何者ですかっ」
 すっとお兼が目を細める。視線の先にのこのこと、小さな子供のような影が
現れた。
 と同時に、声をあげたのは妙延尼のほうだった。
「……すすき!」
「すすきじゃ」
 かさかさとした声が、それでもどこかしら嬉しげな色を含んだ。
「しろくわたわたになったあと、ぜんぶ風に吹き飛ばされたすすきじゃ」
「憶えておりますとも……頭巾は?」
「いつもいっしょじゃ」
 あ、と、小さな声はお兼のもの。あーあーと続けて呟き、頭を押さえ込んだ
お兼とは別に、時貞のほうはいぶかしげな顔のまま、こちらを見るばかりであ
る。
「時貞様は、何も見えませんのね?」
「……ということは、そこになにか居るのですね」
「見えないのに、陰陽寮の者か?」
 きょとん、としてすすきが問い、お兼がふん、と鼻を鳴らす。ここでお兼が
口を開くと延々長くなりそうだったので、慌てて妙延尼は質問を続けた。
「で、すすき。何で私を呼んだのです?」
「それよそれよ」
 どこかしらひとなつこい声が、ふっとそこで怒りを露にした。
「ひどいのじゃ。あわれだったのじゃ」
 言いながら、その、子供の影のようなあやかしは手をひらひらと動かす。決
して実体がないわけでも、顔の造作などが無いわけでもないのに、彼等に見え
る(とりあえず時貞除く)のは、丁度逆光の元、真っ黒に塗りこめられたよう
なそのモノの輪郭だけである。
「きいてはらがにえたぞ。たすけてやりたいとおもうたぞ」
 やはり小さな子供のように何度も言い募るすすきの後ろに、ぼんやりと白い
ものが浮き上がった。
 半ば透き通ったそれは、まだ若い、整った顔の女子の姿をとっていた。

「だから、私を?」
「妙延尼様なら、たすけてあげられるのじゃ」
 そう、言われても……と言いかけた、彼女の言葉を遮るように。
「どうぞ、お助け下さいまし」

 細い、竹笛のような声が聞こえた。


解説
----
 さて妙延尼をよびいしは……と言いたいところですが。
 正体は『背護りの衣』を参照のこと。

*********************************

 てなもんで。
 であであ。
 



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