[KATARIBE 31119] [BZ01N]正村と用心棒

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Date: Wed, 20 Jun 2007 21:09:39 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31119] [BZ01N]正村と用心棒
To: 語り部 <kataribe-ml@trpg.net>
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液体窒素です。
いつも通り読んでもらえれば幸い。


登場人物
・水夜御風:用心棒
・八郎丸静:98代目正村

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ギィ…

「邪魔をする。誰かいるか?」

某日の夜、台風が来れば吹き飛びそうな掘っ立て小屋のような建物の扉を開ける女性がいた。
黒髪をポニーテールに結っており、切れ長の目と相まってその雰囲気は「侍」のように思える。

「…誰もいないのか?」

返事がないので留守なのかと思い、出て行こうとしたそのとき、

「あ、ああすいません、すいませんっ」

バタバタとした慌しい音と共に、奥の扉が開き、一人の男性が出できた。
健康状態は大丈夫だろうか? と思わず心配したくなるほどの痩せており、この建物同様、風が吹けば飛ばされてしまいそうである。

「す、すいません。人が来るとは思っていなかったので、奥の部屋で寝ていまして…」 

「なら鍵ぐらいは閉めておいたほうがいいと思うが?」
「その鍵が壊れていまして… それに勝手に入られたとして、盗まれるものなんてありませんからね…」

確かに、用途が不明な物体があたりに散乱しており、売って金になりそうなものはなさそうである。

「そ、それで、御用は何でしょうか…? ご注文、ですか…?」
「いや、久しぶりに近くを通ったので、当代の正村に会ってみようかと思ってな。 いるか?」
「…ああ、それでしたら当代の正村は僕、八郎丸静です」
「貴方が…?」

正直、目の前にいるこの男性は住み込みでバイトをしている人物かと思っていたので、女性は少なからず驚いたようである。

「そうか、それは失礼した」
「い、いえ、そのように見えないというのは分かっていますので…」

ハハハ、と静は力のない曖昧な笑みを浮かべた。

「と、ところで、久しぶりと仰っていましたけど、誰かうちに知り合いでも…?」
「ああ、10年程前になるが96代目正村の八郎丸岬殿に助けられたときがあってな」
「岬… ああ、祖父のお知り合いでしたか…」
「祖父? というと貴方は岬殿の孫か」
「は、はい。ただ祖父は9年前に亡くなりましたが…」
「……そうか」

女性は表情の変化こそ乏しかったものの、その目は悲しげに伏せられたように見えた。 


「祖父が亡くなったとき、僕は別のところにいたので、よく知らない…んですよね… き、聞いた話だと名作と呼ばれる物は出来上がらなかったとか…」
「……静殿、これを見てくれないか?」

静の話を聞いた女性はおもむろに右手を横に伸ばした。
すると伸ばした右手の甲に刻まれた印が淡く光り、手の先の空間が横に割れる。
割れた空間からは一振りの日本刀が現れ、それは音もなく彼女の手に収まった。

「わ、うわわっ」
「何、別に戦闘を始めるわけではない」

彼女は苦笑すると、右手の刀を静に差し出した。
差し出された刀を見て何か思うところがあったのか、静はそれを受け取ると静かに拵えを眺めた。

「…抜いても?」
「構わない」

すっ、とほとんど音をたてずに鞘を払う静。
現れた刀身は部屋の電球の明かりを受けて金属特有の光沢を放っていた。

「…これは、この波紋は正村特有の… 刀身は二尺四寸、いや五寸程か。反りは少なめ…」 


静はぶつぶつと独り言を言いながら、刀身を眺めている。その姿に普段の気弱なイメージはなかった。
しばらくその状態が続いたが、最後にうん、とうなずいた静は刀を鞘に戻し、女性に渡した。

「茎はいいのか?」
「…ええ、見なくてもわかります。その刀は正真正銘正村です。僕が保障します。そして、その刀を打ったのは…」
「ああ、貴方の祖父・96代目正村・八郎丸岬だ」

静の言葉に女性は続けて言った。

「…名作がないなんて嘘じゃないか。その刀は歴代の作品の中でも5本の指に入りますよ。名前とかありますか…?」

いつになく饒舌な調子で静が尋ねてくる。

「ああ。名前は『想縁花散』。私の縁具で、愛称はソウカ。貴方の言うとおり刀身は二尺五寸だ」
「…想縁花散」
「これは10年前にいろいろ助けてもらったときに譲り受けた物でな。渡すときに『こいつは俺の最初で最後の最高傑作だ。嬢ちゃん、大事にしてやってくれ。そうすりゃあこいつも力を貸してくれるはずだ』と言っていたのを覚えているよ」

懐かしそうに女性は言った。

「それじゃあこれは…」
「彼の遺作になるな」

彼は何か考えるそぶりを見せると

「……僕も、久しぶりに打ってみるかな…」

そんな彼の様子を見た女性は部屋の壁にかかっている年代物の様な時計を見て

「…どうやら長居をしすぎてしまったらしい。こんな夜中にすまんな」
「い、いえ、こちらこそいい物を見せていただきありがとうございました。おかげでよく知らなかった祖父のことを知ることができました…」
「それは寄った甲斐があったな」

そいうと女性は入り口の扉を開けた。
とそのとき、思い出したように彼女は小さい紙を静に渡した。どうやら名刺のようである。

「もし何か困ったことがあったら連絡をくれ。なるべく安い値段で手を打とう」

名刺には『用心棒・水夜御風』という名前と連絡先の電話番号が書いてあった。

「…用心棒?」
「ああ。やっていることは掃除屋みたいなものなんだが、どうも私は“掃除屋”という響きが好きではなくてね。何かあったらよろしく頼む」

そう言うと彼女は暗い小道へ姿を消した。
名刺を持ったまま彼女の消えたほうをぼんやり眺めていた静は

「…そ、そうだ。一応玄関に「閉店」の看板と、扉に鍵かけないと… ああ、鍵の購入費… それなりの物がどこかで安く売ってないかな… じゃ、じゃないと経費がまたかさむ… そしたら副職でバイトとかしないと、ほんとに危ないかも… うぅ、胃が…」

と、切実なことを考えはじめ、いつも通り胃の辺りをさするのであった。


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時系列
・叶がカッターの刃を注文する2〜3日前ぐらい。

解説
・御風さん、初登場。 


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