[KATARIBE 31072] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-8)

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Date: Sat, 9 Jun 2007 00:05:17 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31072] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-8)
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2007年06月09日:00時05分10秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-8):
From:ごんべ


 ごんべです。

 何ヶ月ぶりでしょうね。こんなんでいいのか自分。でもやっぱり書く。
 一番悩んだであろうシーンです。


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小説『霞の晴れるとき』
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http://hiki.kataribe.jp/HA06/?KasumiNoHareruToki


審判の刻
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 しかし珊瑚には、陽の言葉を聞く余裕はなかった。

  "足長" の両腕の燐光が消え、唐突に戻った彼の全重量がのしかかるように
珊瑚の両肩を押す。
 よろめいた珊瑚が後ろへ足を着いた拍子に、術者を守る例外処理が働き、影
術の闇は忽然とその場からかき消えた。
 パシッ、と最後の余韻にはじかれた "足長" の靴が、川原の草の上に落ちる。

「重力遮断……? いえ、今のは何……!?」
「細かい原理はドクターに問うが良い」

  "足長" は、手の力さえも万力のようにがっちりと、珊瑚の両肩を掴んで放
さない。

「お前達がいない間に、完成した装置だ。そして機能し、運用でき、今、成功
を導いた。その結果が全てだ」
「……っ」
「警告はしたぞ。まだ拒むか」

 無言で睨み返す珊瑚。

「――やむを得ぬ」

 肩を掴んだ手にさらに力がこもったと感じた刹那、珊瑚の右太腿に鈍い衝撃
が走った。様々な組織が破壊された機能不全アラートが神経系を伝って電脳に
押し寄せ、珊瑚は思わずそれらの伝達を遮断する。視線を落とすと、不自然な
ほど近い位置に膝頭が迫っている。右大腿部の人工骨格を破壊され、体重を支
えきれずに珊瑚は右肩から地面に倒れ伏した。

「……!」

 間髪を入れず、 "足長" の左足が珊瑚の右上腕部に踏み下ろされる。その様
子を眺めながら、珊瑚はもはや右腕の機能も停止させた。右腕の内骨格をへし
折られ、力を失った右手が、とさり、とあらぬ方に向きつつ地面に倒れて動か
なくなった。

「手荒なことになったが、これで我々の目的は達した。ドクターの元へ連れて
いく。そこで直してもらえ」

  "足長" の宣告を聴くともなく聞きながら、珊瑚は改めて、その言葉が意味
するところを自覚した。

 逃れ続けた相手が。
 ――己の、無二の創り主であることを。

 一旦足を離し、改めて珊瑚に手を差し伸べようとした28号は、しかし屈みか
けた上体をとっさに起こし、身を引いた。
 ふぉんっ、と響いた風切り音が、28号がいた位置の空気を鋭く切り裂く。
 珊瑚を飛び越え、遙か遠方から飛来した陽が28号に代わって珊瑚の傍らに着
地し、両者の間を遮った。

「……二度も同じ割り込みを受けるとは」
「貴様ッ! 珊瑚を!」

 陽の双眼が鋭く28号を射る。一方の28号も、退く気配はもとより無い。

「27号はどうした」
「俺がここにいる理由を考えろ」
「……成程」
「……陽……」
「珊瑚、退がれるか」
「…………」
「させん」

 迫る "足長" 、受ける陽。
 両者が激突し、いなし、しのぎを削り、受け流す。

『珊瑚、こいつは任せろ。安全な位置まで下がれ!』

 両者互角、しかし得物の分だけ牽制の面で陽が有利か。
 陽は "足長" を珊瑚から引き離そうとする。 "足長" にもその意図は伝わっ
ているが、思うように妨害できない。
 次第に二人は、陽の意図通りその場から距離を取り始めた。

 しかし。

 陽の思惑に反して、珊瑚はその場から一寸も動かなかった。

「…………」

 ――こういうことになったのは、何故?

 馬鹿げた命題の、馬鹿げた結果が、珊瑚にはどうしても得心できなかった。

 何故自分は、ドクター・クレイのもとを出奔することになったのか。
 ――いや。

 ――何故、自分は真実に気付けなかった?

 それに気付ける情報を、自分は得られなかっただろうか?
 ……そんなことはない。

 それに気付ける能力を、自分は持たなかっただろうか?
 ……そんなことはない。

 自分は、できたはず。……そう思えばこそ、尚更今の結果が信じられない。

 足りなかったのは、視点?
 可能性を検討する、柔軟さ?
 しかしそれらは、日々を生き延び目前の問題を解決しようとするときには、
余裕を無くし硬直する。
 そして――いつしか、最初の前提に安穏として。

 そうだ。
 そして、それを肯定し続けようとした。
 それは何故か。

 そも、自分が今この「逃避行」にあったのは、何故か。
 自分の行動を決定するために積み上げてきた判断とは何か。

 いや、――最初の判断から、自分は実際はおかしかったのではないのか?

 最初に事態を把握したときのことは、確かに事故であり過失かも知れない。
 しかしその後は。
 それらは周りから見て「当然の」判断だったのか?

 それは、「学天則3号」本来の姿なのか?

 学天則3号は本来、情報収集とその分析に特化した能力を与えられたはずだ。
 28号の言う通り戦闘解決力は持たないかも知れないが、戦場の最前線にあっ
て司令塔となり、より多くの情報を得てより良い判断をしてより適切に味方を
動かし、そのことで味方を勝利に導く。そのためにこそ学天則3号はある。
 その判断が、正確さ、慎重さ、迅速さ、厳正さ、それらの一つでも欠くこと
は、即ちともに行動するパートナーやチームメイトにとっての命取りとなる。
 だからこそ、その能力と判断には万全が求められる。

 そして珊瑚も、そう信じ、そう行動してきた。
 ――そのはずだった。

「……どこかで判断を……優先順位を、間違えた……?」

 厳正であろうとすること。しかし、その答は一つではない。
 前提とする条件、尊重する物事、優先すべき命題……それらが違えば、同じ
シーンでも人により決断は異なる。

 では、珊瑚は何を優先したのか。何故に、ドクターへの近道に気付く道、可
能性の検討の機会を、自ら閉ざしたのか。

 自分の創造者を敵と見なし。
 彼の放つ「追っ手」におびえ。
 反社会的な行動を取ってまで社会に潜伏し。
 そんな中でもドクター・クレイの情報を追い求め。
 限界を感じれば榎家にすがり。
 自分の向上のためと称してアルバイトや魔術にふけり。
 それでもなお「合理的でないもの」を忌避し続け。

 そんな「霞原珊瑚」は
 過度に神経質で
 常に最悪を考えて行動し
 周囲をみな潜在的に敵と見なし
 己の目的を叶えるために行動し続けてきた
 そういう存在

 今ここにあるのは、それらの積み重ねだ。

「…………っ!」

 まさか、と珊瑚は思った。
 自分は陽とともに、ドクターの元に帰ること――そのために安全で確実な道
を選ぶこと、そのためだけに、状況に甘んじつつもひたすら無私に努力してい
たのではなかったのか。

 まさか、自分は。
 ――――「自分自身」を優先していたに過ぎないのか?

 そう考えれば、全て辻褄が合う。
 榎家の日常に留まり続けていたのは何故か。
 潜伏すべき日々の中で、学習と称して出歩き続けたのは何故か。
 易を、数秘術を、影術を、あえて理解し習得しようとしたのは何故か。
 ……陽を、「自分の護衛として確保し同行させた」のは、何のためか。

 それらは、全て自分が「自分自身」のために、安全を確保しつつ能力開発と
社会観察の機会を得ようとした、その結果ではないのか?

 そして、出奔したのが当の開発者であるドクターの元であったが故に、自分
は「幸運にも」、創造者にすら干渉を受けない「自由」を手に入れた。
 意図的ではない、言うなれば無意識的なものかも知れない。しかし。
 二年以上もの間、自分は悲劇のヒロインの顔をしつつ、利己的な自由と貪欲
な享楽の日々を送り続けたとは、言えないだろうか?

「そうか、それで……私は……」

 自分の持つ能力にもかかわらず、相反する可能性を考えなかったのは、その
方が負担が少なかったからだろう。
 そういった判断をできる要素を、あえて無視してきたのだろう。そういった
判断をしなくて良いように、合理付けで上塗りし続けてきたのではないか。

 そして、指摘されてなお "足長" の言葉を否定し拒絶したのは、単なる自己
防衛反応としか言えない。
 自分を否定されることを、自分の欺瞞を暴露されることを恐れたのだ。
 無駄な自己肯定なのに。

 「学天則3号」にとっては、それは唾棄すべき怠慢と背信。
 最も合理的に考えるはずの自分という存在の中の、最も理不尽な判断。

 だがそれは――「霞原珊瑚」にとっては、他ならぬ真実。
 事実と信じていようと虚構であろうと、壊されることを恐怖するほどに拠り
所として固持し続けた、己の判断の核。

 なぜ自分は、そのような矛盾を抱えたのか。

 既に辺りからは、陽と "足長" の戦いの気配すらも消えかかっていた。
 川辺に風が起こり、冷え込んだ空気が人工の汗に濡れた珊瑚の額の髪を乾か
し吹きのけていく。

 珊瑚の視野を、月光に圧されてなお満天に輝く星々が埋め尽くした。

「…………」

 圧倒的なざわめきをもって静かに輝き続ける星空を、珊瑚はしばらく、ただ
眺めていた。
 前にこのような風景を目にしたのは、いつのことだったか。

「私は……これまで一体何を……」

 ぽつり、と珊瑚がつぶやく。

 そう。
 誰が、何と言っても。
 自分が、どう思っても。

 自分は、間違っていた。
 私はもう、どこにも逃げるところはない。逃げる意味が。

 そして――28号に言われるまでもない――自分に、間違いがあったとすれば。

 それは、陽を巻き込んだことだ。
 自分のために、彼の運命を変えてしまった。
 学天則3号としても、霞原珊瑚としても、自分はパートナーとして彼から託
された使命を裏切り、彼の道を踏み外させたのだ。

 自分だけで良かったのだ。そしてこれからも、自分だけで良い。

 だが、もう自分には、行くところも帰るところも無い。……ならば。

「…………んっ……」

 身を起こそうとかすかに身じろぎした珊瑚は、自分がまだ左の手にハンドポー
チを掴んでいることを意外に思った。開いて壊れたファスナーから手帳がのぞ
き、携帯電話がこぼれかけている。

 ふと珊瑚は、左小指の銀の指輪に気付いた。


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 次回は、監修を受けて書かないとダメかなあ、と思います。
 ので、るなさん、その時が来たらどうかよろしう。m(_ _)m

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ごんべ
gombe at gombe.org



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