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Date: Wed, 30 May 2007 00:31:39 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31046] [HA06N] 小説『橘の袖』
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小説『橘の袖』
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登場人物
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高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/
高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。
本編
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放課後。いつものように裏部室で過去の日誌を読んでいた夕樹はそこに書か
れてあった俳句に目を留めた。
橘の袖六限に微睡みぬ
別に日誌に俳句が書いてあることは別段珍しいということではない。むし
ろ、ほぼ毎日のように詩や短歌、俳句が書かれていて、何も書かれていない日
の方が珍しいくらいである。
それほどたくさん書かれてある詩歌の中でこの句が気になったのにはそれな
りの理由があった。
「橘の袖、ねえ……」
夕樹は視線を宙に向けた。普段の会話にはおおよそ使われそうにない言い回
しだが、その言葉に微妙に見覚えがある。
「確か、あれは……」
日誌を机の上に置いて夕樹は立ち上がり本棚へ向かった。その本棚には詩歌
創作部らしく詩集や歌集が並べてある。勿論、現代のものばかりでなく文庫に
なっている和歌集などもある。夕樹はその中から古今和歌集を取り出した。
パラパラとめくる。
ほどなくして、探していた歌が見つかった。
さつきまつ花橘の香をかげば昔の人の袖のかぞする
夏の歌に収録されている詠み人知らずの歌。
「これ、だよね」
夕樹は呟いて、席に戻った。
橘で袖、である。日誌に書かれてある俳句は、おそらくこの歌を下地にして
いるのだろう。
この歌の大まかな意味は、五月に咲いた橘の花の香りが昔付き合っていた人
のたきしめていた香の香りを思い出させる、といったようなものである。
「ということは……」
日誌に書かれてある俳句に再び目を落とした。
古今集の歌を下地にしているならば、この「橘の袖」というのは付き合って
いた人の思い出を指している。後半の「六限に微睡みぬ」というのはそのまま
で六時間目でうつらうつらしている、という意味でいいだろう。
「六時間目に微睡んでいると、付き合っていた人を思い出した……?」
この句の意味はおおよそこのようなものになる。
そこまで考えて夕樹は首を傾げた。
「何で思い出したんだろう?」
この人がその時受けていた授業が何の科目か分かるはずもないが、付き合っ
ていた人と授業との繋がりなんてそうあるとは思えない。
そもそも微睡んでいたくらいだから、授業に集中していなかったのだろう。
では、授業に飽きたらどうするのかというと、
「外を見る……か」
そう言って夕樹は窓の外を見た。
わざわざ「橘の袖」を句に持ってきたということは、さすがに橘ではないに
しろ何か花の香がしたのだろう。
その時の作者の気持ちはどうだったのだろうか。そもそも、微睡んでいたの
だから特に何か思ったということはなかったのかもしれない。
「……橘の袖六限に微睡みぬ」
夕樹はその句を声に出して詠んだ。
部屋の中に、あるはずのない橘の香りが立ちこめる。
旧暦の五月は今の六月。本物の橘の花が咲くのはもう少し先のようである。
時系列と舞台
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2007年5月。裏部室にて。
解説
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とある一日の静かな午後の話。
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