[KATARIBE 31044] [OM4N] 小説『若き尼の天狗を酔い潰したる話』

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Date: Mon, 28 May 2007 00:22:50 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31044] [OM4N] 小説『若き尼の天狗を酔い潰したる話』
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2007年05月28日:00時22分50秒
Sub:[OM4N]小説『若き尼の天狗を酔い潰したる話』:
From:いー・あーる


てなわけで、これで天狗の酒話最後ですが。
いつものようにまだふきらんのチェック入ってないので、確定しておりません。
宜しくです>ふきらん

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小説『若き尼の天狗を酔い潰したる話』
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登場人物
--------
 賀茂保重(かも・やすしげ)
   :陰陽寮の頭。
 妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
 お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
 天狗
   :例に漏れず酒好き。保重の酒飲み仲間。

本編
----

 こっくりと、酒を含み。
 こっくりと、飲み干してゆく。

 早く早くと呑まねばなりませんの、と尋ねると、いやそんなことはない、た
ださっさと呑んだほうが酔わないのではないか、と、高い鼻の横を撫でながら
天狗は言う。
「旨いささを、そう一時に飲み乾すは勿体無いので」
 そう言うと、天狗の目が丸くなった。


 干しては注ぎ、干しては注ぎ。
 だんだんと周りの天狗達が黙り込んで二人を見るようになる。天狗の赤い顔
は酒のせいか反対に青褪めて見える。それに比べて妙延尼のほうは、その表情
も顔色も微塵も変化を見せぬ。
「宜しいか」
 注ぐ係の天狗達も、段々とその手つきが恐る恐るになっている。

「それにしても」
「……何ぞ」
 声を発する前に、一度、こほ、と、咳払いをして天狗が応じる。恐らくは舌
が回らなければどうしよう、との心配があったのだろう、と、妙延尼は考える。
「何故に、酒を奪いなされた?」
「ああそれか」
 ふん、と、天狗は鼻を鳴らし、半分以上残った杯をがっしりと片手に握った。
「祭であると言うではないか」
「ええ」
「五穀豊穣を願うと言うではないか」
「そう、聞きますね」
「それを何故に、都の有象無象が祝う」
「……と、申されましても」
「そりゃあ都にも、田畑を耕す者はおろうが、何故手に鍬を持ったことも無く
ひもじいと思うたこともない者が酒を集めて呑むというか」
「……私も、手に鍬は持ったことがございませんが……」
 お兼はよく庵の裏手に、大根などを植えているけれども、と、言う間もなく。
「そういうことを言うておるのではない」
 むう、と天狗はむくれる。
「五穀豊穣を祝うのだろう。酒の一荷も連中に振舞って、さてそれでと言うな
ら話は判る」
「そういう者はおりませぬか」
「そういう者からは取らぬ」
 それに、と、言いかけて、天狗は手の中の杯をくいと干した。
「五穀豊穣と言いながら、儂等には何も回ってこぬ」
 ああそれか、と、妙延尼は頷きながら、手の中の杯を干す。
「あやかしにささを渡そうと思う者は……確かに陰陽寮にも余り……」
「であろう?」
 故に取った、と、言い切り、天狗は杯を持ち上げようとして。
「……無いではないか」
「いえ、もう、酒が」
「ええい、醸した酒があろう!持って来い!」
 はい、と、答えると、白と黒の天狗はすっとんで行ってしまった。
「醸した、と申されますと?」
「樹には実が成る。それを或る樹のうろに入れると、暫しの後に酒になる。そ
れを長く長く今……おお、持って来たか」
 へえ、と、頷くと、白と黒の天狗は、心配そうに二人を見た。
「……宜しいのですか」
「宜しかろうよ」
「いやしかし、こちらは……」
 はて、と、妙延尼は首を傾げる。
「私が呑むのは、いけないのでございましょうか」
「いや、そんなことはないが……」

 白と黒の天狗は、困ったような顔になる。


「何のことでございます」
 ここまで飲み比べが進むと、当然酒はこちらにも回ってこなくなる。
 多少手持ち無沙汰そうな顔のお兼が尋ねるのに、保重は小さく唸った。
「天狗の隠し酒を持ち出そうとしておるのだろうな」
「それは何ぞ、妙なものでございますかっ」
 それならば、と、お兼が気色ばむ。
「そういうものではない。大層旨い酒だぞ。しかし」
「しかし?」
「普通、人の口に入るものではない、からなあ」

 天狗の醸した酒が、人にどのように作用するか。
 大概そういう酒を飲む者は、それまでにも天狗と付き合えるだけの術などを
行えるようになっている。その上で酒を飲んでも、それは確かに何の問題もな
かろうが。
「あやかしが見えるようになったり、あやかしの声が聞こえるようになったり」
 せぬとは言えぬ、と、言いかけた言葉は、なあんだ、と、興を冷ましたよう
なお兼の声で止められた。
「では、ひいさまには問題ありません」
 ……言われてみればその通りかもしれない、と、保重は納得した。


「大事なかろうよ」
 恐らくは同じ結論に達したのだろう。かすかに舌のもつれる口調で、天狗が
笑った。
「そうでございますか」
「ここまで呑む尼が、唯の尼であるものか」
 それはちょっと、と、妙延尼が眉根を寄せるのを見て、天狗は笑ったが、
「ほれ、呑め。天狗の酒ぞ」
 白と黒の天狗が、やはり心配顔のままに、くう、と、杯に七分目まで注ぐ。
 ふわり、と、甘い香がする。
「これは……また旨そうな」
「そうだろう」
 からからと笑った天狗は、くい、と、杯を傾けた。そのまま一気に干すかと
見えたが、その手がふいと止まり、慌てて口から杯を離すと、こふ、と、一度
むせた。
「呑んで……みよ」
「はい」
 さてどんな酒であろう、と、妙延尼は口に含む。
(おや)
 香りの割に甘みは少ない。しかしこの酒は……
(少しく強いが……これは旨い)

 ……それがここまでで一斗とは言わぬが軽く五升を飲み干した奴の言うこと
か、と、呆れられるような感想ではある。

 くい、と、杯を傾ける。気をつけてこくりこくりと飲む。
 確かに一気に呑むには勿体無い。

「……旨い酒、ですなあ」
 やや後、半分ほど空けて、にっこりと笑った尼の顔を、周囲の天狗達は怖い
ものを見るように見やっている。
「おお、旨い、ぞ。これは儂等が作る酒ゆえ……」
 これまで文末が多少もつれるだけだった天狗の言葉が、全体にもつれだして
いる。
「旨い、のだ」
「ほんに」
「人には滅多に、見せぬ酒ぞ。よう、味おうてのめ……」

 言いながらまた杯を口に運び、今度はくいっと干し……かけたところで。

 ばったりと。
 絵に描いたように見事にばったりと。
 天狗は、そこに倒れた。

「……ひぁあ」
「いかんいかん」
 黒と白の天狗がくるくると回る。周囲の烏天狗達も、慌てて近寄る。
「ああ、お待ちくださいましな。私がこれを飲み干さねば、どちらが勝つか判
らぬではありませんか」
「あ、いや」
「少し、お待ちを……あ、申し訳ない、少しそのささを足しては頂けませぬか」
「え」
「きちんと勝たねば……ねえ」
「……う、うむ」
 恐る恐る、というように、天狗が酒を注ぎ足す。飲み干す前と同じくらいの
量に復したところで、流石に天狗も手を止めた。
「では」
 穏やかな声をかけてから、おっとりとした尼は、やはりおっとりとした手つ
きで杯を持ち上げ、そのままくい、と、飲み干した。
 ふう、と、息を吐いて、杯を置く。
「最後に、ほんに旨い酒を頂きまして」
 その表情に、微塵の乱れも無い。

 ぐぅ……と、小さく天狗がうめいた。
 うめいたが起きる気配はない。
 ここまで呑んだ酒量は全く互角。対する妙延尼の声も表情も変わらぬ。ただ
少しだけ目元がほんのり赤らんでいるかどうか、である。
 これには……流石の保重も戦慄を覚えたという。

「保重様、これは私の勝ちで宜しゅうございますよね?」
 にっこりと、妙延尼が微笑んで声をかける。言葉も無いままこくこくと保重
が頷く。
「この場合、証文か何かは必要でございましょうか……如何に、御眷属の方々」 
 りん、と、声が、周囲で慌てふためいていた天狗達にかけられる。
 一斉に、その頭が縦に振られた。
「それは……ようございました」 
 ほんわりと笑った顔のまま、妙延尼はすっと一本指を立てる。
「それでは、悪さはここまでということで……ようございますな?」 
 念を押す口調に、天狗達はやはり一斉に首を縦に振った。
 にっこりと、妙延尼は微笑む。
 そして。

 そのままくらり、と、妙延尼は倒れた。

「ひいさまっ」 
 小柄な体が保重の隣から、矢のように飛び出す。そのまま妙延尼の頭を膝の
上に乗せる。
「さすがに無事というわけにはいかなかったか……」 
「……そこで高みの見物をなさらないで下さいまし!」 
 びし、と、声が飛んで、思わず保重は首をすくめた。
「はいはい……っと」 
 心地よさげに眠り込んだ妙延尼をお兼から受け取る。
「では、先に庵に送ればいいかな」
「御願い致します……って、下手なことはなさりませんように!」
「下手なこと?」
 これは保重ではない。頭の天狗の世話をわたわたとしていた白と黒の天狗の
声である。
「とするともしかして」
「夜這いをかけた相」
 保重は、たたんと数歩、縮地の歩を踏んだ。

          **

 で。
 天狗達が本当に恐れをなしたというのは……実はこの日のことではない。

「あ、保重様」
 流石に昨日の今日である。さぞや二日酔いで苦しんでいるのではないか、と、
庵を覗きにきた保重は絶句した。
「あちらの天狗殿、今日は流石に倒れておいでかと思いまして」
 お兼がむっつりしながら火にかけた鍋の中身をかき回している。それに目を
やりながら妙延尼はにこりと笑った。
「父がよく、酒を飲みすぎた翌日にこれを食べておりましたの。ですので」
「……あー」
「保重様、宜しければ昨日のように、あちらに連れて行って頂ければと思うの
ですが……」

 にっこりと。
 ……ある意味恐ろしい笑顔であった……と、後に保重は言った。

 そして。
「お粥お持ちしました」
 持って来られた天狗のほうも、相当恐れおののいたようである。
「お兼の漬けた梅と一緒に召し上がると、さっぱり致しますよ?」
「アンタは平気なのか……」 
 手ぬぐいをぬらして、頭に載せていた天狗が、よろよろと返事をするのに。
「良いささは、酔いが残らぬものですなあ」 
 梅干をざっと砕いて、そこに白湯を注いだ湯呑みを、妙延尼は差し出す。
「さ。まずはこれを」 
「あ、ああ……」 
「どうぞ……あ、皆様も宜しければ召し上がれ」
 にっこりと笑った尼の言葉に、並み居る天狗達がざっと引いた。

 後に。
 天狗達の間では、あの尼は人間ではないという噂が広まったという。
 
 あやかしと人が、呑気に過ごしていた頃の話である。


解説
----
 というわけで、あやかし草紙的に。
 妙延尼に、酒豪:15、 ザル:3をつけようかと(笑)。
 最初、白湯じゃなくてお茶にしてたんですが、お茶って平安時代に伝わって
はいるものの、かなり貴重品で手に入らなかったらしいので。
***********************************

 てなもんです。
 であであ。 
 
 


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