[KATARIBE 31031] [OM04N] 小説『天狗が酒を奪う話』

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Date: Mon, 21 May 2007 23:44:31 +0900
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小説『天狗が酒を奪う話』
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登場人物
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 賀茂保重(かも・やすしげ):
  陰陽寮の頭。

 天狗:例に漏れず酒好き。保重の酒飲み仲間。

本編
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「天狗が悪さを?」
 買い物から戻ってきた使いの者の話を聞いて保重は首を傾げた。
「へえ。最近、酒の値段が上がっているのはご存じでしょうか?」
「む…… ここのところ出てくる酒の量が少ないと思っていたがそのせいか」
「はい」
 使いの者が話すところに寄ると、どうやら都に運ばれてくる酒が途中の山で
何者かに奪われているのだという。初めは山賊か何かの仕業だと思われていた
が、襲われた者の話を集めていくうちにどうやら天狗の仕業らしいということ
が明らかになってきた。
「天狗か…… ということは、近いうちに上に呼ばれるかもしれぬな」
 また色々と文句を言われるのか、と思うと知らずのうちに保重の口から溜め
息が漏れた。


 次の日、陰陽寮に姿を見せた保重は門の前で大きな溜め息をついた。横に目
をやると、そこには立派な牛車が一台止まっている。従者の顔には見覚えが
あった。確か、ある参議の家の者であったような気がする。
 陰陽寮の中に入ると、一人の陰陽師が彼の元に近づき、その参議の名を告げ
た。どうやら、保重に会うためにやって来たのだという。
 保重は分かった、と答え参議の待つ部屋へと向かった。
「お待たせしました」
 保重が声を掛けると、参議は彼の方を向き片手を挙げた。
「来たか」
 参議の前に座り、保重は頭を下げた。
「わざわざ参議殿がおいでになるとは、一体何の御用でしょうか?」
 保重がそう言うと、その参議はフン、と鼻で笑った。
「酒のことだ。分かっておるのだろう?」
 普段であれば、少々はぐらかしてみるところであるが、さすがに今回は自分
の知っている者が関わっている話である。 変に話を引っ張って大事にされて
も困る。そう思った保重は素直に頭を下げた。
「天狗のせいで都に入ってくる酒の量が著しく減っている。このままでは十日
後にある祭に振る舞う酒に困ることになるのだ」
「分かっております。常ならば配下の者に任せるのですが、この度はこの保重
が出向こうと思っているところです」
「ほう。お主が、か」
 そう言って参議は目を細めた。
「ならば、祭に差し障るようなことがあればお主が責任を取るということだ
な」
「……はい」
 保重の返事に参議は大きく頷いた。
「それを聞いて安心した。では、よろしく頼むぞ」
 参議は立ち上がり、保重は頭を下げた。
 廊下を歩いていく足音が段々と小さくなり、やがて聞こえなくなったところ
で保重は頭を上げた。
「……なんというか、自分で自分の首を絞めたような気がするな」
 とはいえ、「天狗を退治しろ」などというようなことになるよりはましであ
る。
 保重は立ち上がると、大きくのびをした。
「期限は十日か…… いや、祭が十日後にあるのだから余裕を見ても七日後ま
でには収めておかねばならぬか」
 その期間が長いのか短いのか、それは分からないがとにかく天狗に会いに行
かねばなるまい、と保重は天狗のいる山を見つめて思った。


 天狗が住む山は都から離れたところにある。麓までは歩いて半日ほどで行け
るが、天狗がいる山奥までは道がないため、山に慣れた者であっても数日かか
る。
 しかし、そんなことは縮地が使える保重にとっては問題ではなかった。
 参議が陰陽寮に現れた日の夕方、保重は天狗がいるところへと姿を見せた。
「おう、保重」
 天狗は現れた保重に向かって手を挙げた。いつもの赤い顔がさらに赤くなっ
ている。辺りには樽が散乱し、酒の香りが充満していた。
 保重は眉をひそめた。
「昼間から出てくるとは珍しいな。どうじゃ、お主も飲まぬか?」
 天狗は持っていた徳利を保重にちらつかせたが、彼は首を横に振った。
「今日は飲みに来たのではない」
「……何じゃ、柄にもなく難しい顔をしておるぞ」
 保重は天狗の前に座ると、もう一度辺りを見回した。天狗の配下の烏天狗達
も酒を飲んで、酔っぱらっている。
「この酒はどうした?」
「どうした、と聞かれても分かっておるのだろう?」
 そう言う天狗はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「何故、急に奪うなどという山賊の真似事をしているのだ?」
「あんな連中と同じにするな」
「物を奪うという点では同じではないか」
「あいつらは人間だろう。儂らは人間ではないぞ」
 そういう問題ではないだろう、と保重は呆れた顔をした。
「何にせよ、このまま奪い続けるというのであれば、こちらとしても見過ごす
わけにはいかんのだ」
「ほほう。ならば戦でもするか」
 天狗は軽い口調でそう言ったが、対する保重は思い詰めた顔をしている。
「そうなったとしてもやむを得まい」
 その口調からはいつものような冗談交じりといった色は見えない。
 天狗は浮かべていた笑みを引っ込めて、手にしていた椀を床に置いた。ここ
にきて、どうやら、保重が本気になっていると気付いたようである。
 天狗はふむ、と腕組みをした。騒いでいた烏天狗達もいつの間にか、二人の
やりとりに注目している。
「……まあ、お主がそこまで言うのならやめてやっても良いが」
 組んでいた腕をほどいて、天狗は保重の顔を見た。
 それを聞いて保重は安堵の表情を浮かべる。
「だがなあ」
 天狗は顎に手をやった。
「だが?」
 保重は怪訝そうに眉をひそめる。
「たかが人間に言われてやめるというのも示しが付かん」
「では、どうするのだ」
 どうしたものかなぁ、と天狗はしばらく思案顔をしていたが、やがて何かを
思いついたのかニヤリと口もとを歪めた。
「酒比べでもするか」
「酒比べだと?」
「おう」
 保重は相変わらず渋い表情を浮かべている。
「何じゃ。不満か?」
「いや、そういうわけではない。そういうわけではないのだが……」
 そう言いながらも、保重の表情は変わっていない。
「ん、気が乗らぬのか? 別にやめてもよいのだぞ?」
 保重は慌てて顔の前で手を振った。
「まさか。力比べよりはまだ酒比べの方が勝算がある」
「まあ、どちらにせよ同じことだろうがな」
 そう言って天狗は大きく口を開けて笑った。笑い声で近くにあった木々が震
えている。声の大きさに保重は苦笑した。
「ところで」
「何じゃ?」
「別に誰が勝負しても構わないのだな?」
「おう。少なくともお主よりは強い奴ではないと勝負にならぬ事くらいは分
かっておろう」
「分かっている」
「まあ、そうそう強い奴がいるとは思えぬがな」
 そう言って天狗は笑った。
「で、勝負はいつにする?」
「そうだな……」
 天狗は空を仰いだ。
「三日後の晩はどうだ?」
「三日後…… 満月の夜か」
「おう。酒を飲み交わすには丁度良い」
「分かった」
 そう答えて保重は立ち上がった。
「何だ。飲んでいかんのか」
「上の連中が、酒をろくに飲めないと言っておるのに俺が酔っぱらっていたら
何事かと怪しまれるだろうが」
 それを聞いて天狗は笑った。
「まったく、お主も大変だのう」
 一体誰のせいだ、と保重は心の中で呟き天狗の住処を後にした。


解説
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 さすがに天狗と仲がよいということは知られたくないようで。

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