[KATARIBE 31024] [OM04N] 小説『夜更けの訪問者』

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Date: Thu, 17 May 2007 00:11:14 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31024] [OM04N] 小説『夜更けの訪問者』
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小説『夜更けの訪問者』
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登場人物
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 妙延尼(みょうえんに):http://kataribe.com/OM/04/C/0007/
  綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 

 お兼(おかね) :
  妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 

 賀茂保重(かも・やすしげ):
  陰陽寮の頭。

 天狗:例に漏れず酒好き。保重の酒飲み仲間。

本編
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 細長い三日月が西の山に沈もうとしていた。夜はとっぷりと更け、物音もほ
とんどしない。時折、梟の鳴き声が聞こえてくるくらいである。
 都から少し離れたところにある妙延尼の庵も例外ではなく、ひっそりと夜の
闇に沈んでいる。
 その静寂を破るように、ドスン、という物音がした。しばらくして、庵の中
から光が漏れた。
「そこへなおれーーーっ」
 お兼が深夜の侵入者に向かって、近くにあったざるを思い切り投げた。
「がふっ」
 避けようとする前にそのざるは顔面に当たり、保重は大きくのけぞった。そ
の拍子に足下がふらつき、尻餅をつく。
「う、うちのひいさまの枕頭によばうとは一体何事っ!?」
 その彼の前でお兼が仁王立ちになっていた。後に保重が語ったところによる
と、さながら不動明王のごとき形相であったということである。
「いやっ、あのっ、そんなつもりは……」
 保重は尻餅をついたまま後ろに下がった。
「ちょっと道を間違えただけでっ」
「ちょっと道を間違えて……何でまた庵の中、ひいさまの閨にやってきます
かっ」
 そんな説明で怒りが収まるはずもないお兼は、今度は土間にあった石臼を片
手で頭の上に持ち上げた。それを見た保重はさらに後ろに下がる。
「……これ、お兼。保重様にも何か理由がおありなのだから、それをちゃんと
置いて……」
 鼻息荒く構えているお兼の横で妙延尼が声をかけた。
「それに、石臼なんぞ投げたら、ここの床が潰れます」
 その助け船にすがるように保重は何度も頷いている。
「なんの、保重様がそこの土間にお座りになって下されば!」
 そう言ってお兼は保重の方へ一歩踏み出した。
「……だからおやめなさいと。多分、保重様はお酔いになった挙句縮地に失敗
なさったのでしょうし」
 溜息混じりの妙延尼の言葉はまことに的を射ており、保重は面目ないといっ
た表情で縮こまった。
「それにもう、夜這いをなさるような御年でも」
「……そういう御年だからこそーっ」
 妙延尼は笑っているが、お兼はまだ怒りが収まっていないようで、きっと保
重を睨んだ。
 保重は肩をすくめる。
「……以後気をつけます」
 陰陽寮の頭とは思えない神妙な態度である。
「ほら、お兼。そこらで勘弁してさしあげなさい」
「……わかりました」
 まだしぶっている表情ではあるが、お兼は振り上げていた石臼を降ろした。
「今度からは酔っぱらってもちゃんと縮地できるように気をつけます」
「保重様、ちょっとそれは問題が違うのではないかと」
 反省する箇所が微妙にずれている保重に妙延尼は苦笑した。
「そこまでお酔いになる前に、どなたかと一緒に行かれるとかせねば、やはり
危のうございますよ」
「御年も御年ですしねっ」
 そっぽを向いたお兼が言う。
「返す言葉もございません……」
 威厳のかけらもなくしょげかえっている保重を見て、妙延尼は溜息をつい
た。
「それにしても…… 陰陽寮の方々は探しにはおいでになりませんのでしょう
か?」
 そう言って妙延尼が庵の戸の方に顔を向けたと同時に、戸が遠慮がちに叩か
れた。
「どちらさまでしょうか」
 戸の前まで行ったお兼が不機嫌そうな声で尋ねる。
「陰陽寮の者です。うちの頭が届いてると思うんですが」
 その言葉に妙延尼は「良かった」と安堵の表情を浮かべた。
「はい、おいでになりますよ」
 そして、お兼に戸を開けさせる。
 お邪魔します、と頭を下げて入ってきたのは時貞であった。
「……はい、届け先を大いに間違えたお頭なら、いらっしゃっておりますので
ね」
 お兼の言葉に時貞は苦笑いを浮かべ、そして、妙延尼の方に向き直ると頭を
下げた。
「こんな夜更けにとんだご無礼を……」
「いえ、たいしたことはございませんでしたから」
 何か言いかけようとしたお兼を制し、妙延尼が微妙を浮かべて言った。
「それにしても、よく保重様がこちらにいるとお分かりになりましたね?」
「ああ、それは占いで」
 時貞の答えに妙延尼はなるほど、と一つ頷く。
「でも、このような夜にお一人で、外を酔うてお歩きになるのは……」
 心配そうに妙延尼は首を傾げた。
「しかし、いかんせん、このようにふらりとお出かけになるので……」
 そう言って時貞は縮こまっている保重を見やった。
 保重は何か言い返そうと首を持ち上げたが、お兼が厳しい表情で睨んでいる
のに気がついて、再び首をすくめる。
 時貞はその様子を見て、大きく溜め息をついた。
「……まあ、夜更けに長居するのは申し訳ない。お詫びはまた日を改めて伺う
として、今日のところはこれにて……」
 時貞の言葉に保重は何度も頷く。
 時貞は保重を立ち上がらせようとしたが、さすがに酔いがすっかり醒めてし
まったらしく彼は自力で立ち上がった。
「本当に申し訳ありませんでした」
 戸を出たところで時貞が振り返り、大きく頭を下げる。
「はい、お気をつけて」
「もう、来ないようになさって下さいましねっ」
 見送る妙延尼の横でお兼が憮然とした表情で腕組みをしている。
「……はい」
 どちらが偉いのか分からなくなるような光景が展開し、時貞は胃が痛くなる
のを感じた。
「では失礼します」
 二人は頭を下げ、妙延尼の庵を後にした。


 数日後、保重はとある山奥で酒を飲んでいた。無論一人ではない。向かいに
あぐらを掻いて座っているのは天狗である。
「それでお主、何でも夜這いをかけたとかいうではないか」
 天狗が急にその話をしてきたので、保重は眉をひそめた。
「それも、若い、えらく威勢の良い女性に」
 椀になみなみと注がれた酒を一気に飲み干して天狗は豪快に笑った。どこか
微妙にずれているが、訂正する気にもならない。
「どこから、そんな話を」
 杯から口を離し、保重は苦々しい表情を浮かべた。
「そらもうあちらこちらから」
 にやにやと笑いながら天狗が言う。
「……」
 苦々しい表情のまま保重は杯に残っていた酒を飲み干した。
「なあに保重よ。まだお前など若い若い。どんどん夜這いでもなんでもせえ」
 天狗は徳利から自分の椀に酒を注ぎながら大きな声で笑った。
 その楽天的な響きに保重はほっとした表情を浮かべた。
「……だよな。俺もまだ……」
 と、そこまで言いかけたところで背後に何かしら冷たいものを感じて、口を
閉じた。
「どうした?」
 天狗がいぶかしげな顔をする。
「いや…… まあ、天狗のお主と比べたら俺も若いかもしれんが、人で見れば
そんなに若くないからな。あまり無茶はするまい、と思ったのさ」
 その言葉に天狗は、ふん、と鼻で笑った。
「短命だとそうそう遊んでばかりもいられぬか」
 保重はニヤリと笑う。
「なに、無為に長生きするよりはましかもしれんよ」
「ふん、口だけは達者な奴だ」
 天狗は面白くないと言った表情で再び酒をあおった。

解説
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飲酒状態での縮地は危険ですのでやめましょう。

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