[KATARIBE 30994] [HA06N] 小説『部活動見学』

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Date: Fri, 4 May 2007 23:37:59 +0900
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修正とかありましたらよろしくお願いします>いー・あーるさん、久志さん。

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小説『部活動見学』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  創作部員で部室によくいる。

 蒼雅棗(そうが・なつめ):http://kataribe.com/HA/06/C/0692/
  創作部員じゃなくて、創作部に見学に来た。

 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  創作部員じゃないけど部室によくいる。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。


本編
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 色々と活動の中心だった三年生は既に卒業し、新しい年度になってからの創
作部はひっそりと静まりかえっていることが多くなっていた。
 もっとも静かなだけで人がいないというわけではないのだが、昨年度が賑や
かだっただけに余計にひっそりと感じられる。
「……」
 新年度も始まり一週間ほど過ぎたある日、夕樹は創作部の部室で一人、机の
上に置かれた紙をじっと見つめていた。
「今年度の予算案を出せと言われてもなあ……」
 溜め息をついて、頭に手をやる。
「部長すら決まってないし……」
 他のほとんどの文化部は学園祭の終わりに代替わりしていた。創作部の前部
長である御厨正樹からは「好きにしたらいいよ」と言われていたが、進んで部
長になる者がいなかっただけであった。
「……めんどい」
 夕樹は椅子の背にもたれかけて、天井を仰いだ。
 そこにコンコンとドアをノックする音がした。
「……はいはい?」
 姿勢を元に戻し、夕樹は返事をする。
 ガラガラと戸が開いた。
「失礼いたします」
 部屋に入ってきたのは母親くらいの年代の和服の女性。初めて見る状況に、
夕樹は一瞬、唖然とした表情を浮かべた。
「は…… えーと…… 何か御用でしょうか?」
 気を取り直してその女性に尋ねる。
「あの、こちら……創作部でまちがいありませんか?」
 女性は手にした紙に一度目を落としてから、夕樹に向かって言った。 
「あ、はい。そうです」
「あの、今年の新入生の蒼雅棗と申します。こちらの部活を見学に来ました」
 そして、彼女は「よろしくお願いします」とにこやかに微笑んでお辞儀をし
た。


 その時、いつものように創作部の部室へやって来た聡は部屋の中から話し声
がしているのに気が付いて、ドアの前で足を止めた。
「えーと…… ちょっと待ってください」
 珍しく夕樹の声が慌てている。
「はい?」
 相手の女性の声の調子に聡は微妙に聞き覚えがあって、戸の陰から少し中を
覗いた。
 見えるのは後ろ姿だが、和服で何となく年上のような感じで。しかも、聡の
目を通して見える感情の色は去年卒業していった蒼雅先輩とほとんど同じで。
「新入生?」
 相変わらず混乱したままの夕樹が彼女に尋ねる。
「はい、一年生です」
 その答えに困惑の色はますます濃くなる。とりあえず、聡は後ろで考え込ん
でいても仕方ないと思い、そっと部室へ入っていった。
「えーと、あの、失礼します」
「あ、はい、すみません」
 棗は後ろから入ってきた聡にお辞儀をすると、横に一歩動いて道をあけた。
聡はそこを通って夕樹の斜め後ろの窓際にある椅子に腰かける。
「えーと……」
「ええと、どうされました?」
 棗が首を傾げる。
「蒼雅さんっておっしゃられましたけど、去年卒業された蒼雅先輩とは何かご
関係があるんですか?」
「!」
 その言葉に聡は少しだけ目を見開いた。そして、ああ、と一人頷く。親子と
いう関係であれば、先ほどの印象の一致も納得できる。
「はい、蒼雅紫の母です」
 さらりと答えた棗に、夕樹は「ああ、なるほど」と納得し、そのまま話を続
けようとしたところで動きを止めた。
「へ?」
 確か、先ほど彼女は一年生だと言ったはずである。しかし、それでいて去年
卒業した先輩の母であるとも言った。
「私、家の事情で学校に通えなかったんです。でも、今からでも、と、こちら
を受験したんです」
 さすがにあちらこちらで聞かれたことがあるらしく、棗は慣れた様子で夕樹
に説明した。
「……はあ」
「ああ、そうなんですか」
 夕樹と聡は半ば呆気にとられた様子で頷いた。
「はい、それで……今は部活動の見学をしようと思いましてこちらに」
 棗は部室を見回した。
「創作部、ですよね?」
「創作部、なんですが……」
 夕樹はそう答えると、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あいにく今は人がいなくて」
「ええと、部長さんですか?」
「はい、実質そうです」
 棗の質問に否定しようと夕樹が口を開くよりも早く聡が答えた。彼女は代わ
りに答えた聡の方を見た。 夕樹はその横で眉をひそめる。
「あ、僕は部員じゃなくて、よくこちらに遊びにくるだけです」
 聡はニコニコと笑みを浮かべている。
「まあ、そうなのですか。ええと、おじゃまじゃなければ…… 見学してもよ
ろしいですか?」
 夕樹が頷いて、近くにある椅子を彼女に差し出した。彼女はそれに座ると、
夕樹と聡の方を見た。
 何か見学するようなことしてたかなあ、と思いながらも聡は先ほどまで座っ
ていた椅子にあらためて腰かけると、鞄の中から何冊もの本を取り出して机の
上に置いた。
 その拍子に聡のポケットの中からケイトがぴょこんと飛び出した。辺りを見
回してから、棗の方へ近寄っていく。初めて見る人だが何やら懐かしい感じが
していたからだ。
 棗は近づいてくるケイトに気が付くと、持ち上げて膝の上に乗せた。そし
て、ケイトの両手を握って左右に振ったり、手を打ち合わせたりして遊んでい
る。
 一通り、鞄の中から本を出し終えた聡は、ここでようやくケイトがいないこ
とに気が付き辺りを見回した。
 棗と遊んでいるケイトを見つけると慌ててその元へと駆け寄っていき、後ろ
からつまみ上げた。宙ぶらりんにされてジタバタしているケイトに、そのまま
顔を近づける。
「知らない人んとこに出てったらダメって言ったよねっ?!」
 怒られてしょぼんとしているケイトをポケットに入れる。そして、棗に頭を
下げた。
「……見学、どうぞ」
「はい」
 聡は自分の席に戻ると、本を広げた。
 少し離れたところで夕樹はノートを広げて何か書いている。
 棗は彼が何を書いているのか気になったが、さすがにこの位置からは見るこ
とができないでいた。
 そのまま、静かに時間は流れる。
 ページを繰る音。
 ノートの上を鉛筆が走る音。
 少し開いた窓の向こうからは運動部のかけ声が微かに聞こえてくる。


 しばらくして、夕樹が「あ」と声を上げた。
 聡はその声に顔を上げると、夕樹の方を見た。彼の顔が横を向いている。聡
がその視線の先を辿ると、棗がうつらうつら船を漕いでいた。
 夕樹は苦笑を浮かべた。
「見学できるような活動じゃないよねえ」
 棗を起こさないように小声で話す。
「でも、これが普通なんだから、見てもらうしかないんじゃないかな」
「そう言われると……」
 そして、再び棗の方をチラリと見やる。
「まあいいか」
「あとはさ」
 聡が言う。
「去年出した本とかを見てもらうとか」
 そう言ってニッと笑う。
「……やはり、それを出すか」
「他に見せるものある?」
 聡のその言葉に夕樹は辺りを見回した。
「他は見せても説明に困るものばかりだし……」
「……そうだね」
 聡はケイトを見て、困ったような表情を浮かべながら頷いた。
「あ、あと、紫先輩の習字とか?」
「ああ、それもあるね」
 夕樹は壁に目をやった。そこには堂々と力強く書かれた書が飾ってある。昨
年度、紫が書いたものである。
「とりあえず……ちょっと出してくるね」
 聡は立ち上がると、部室のロッカーの戸を開けた。その中に体を半分ほど入
れて、裏部室から夕樹の歌集を一冊取り出す。
「はい」
 それを夕樹に手渡した。
「……僕に渡してどうするのさ」
「やっぱり作者が渡さないと」
 そして、じゃ、と言って聡は再び自分の椅子に戻り、本の山に取りかかっ
た。
 夕樹は手渡された本に目をやり、それから棗に目をやった。彼女はまだ寝息
を立てている。
「まあ、起きてからでいいか」


「……は」
 棗が目を覚まし、辺りを見回した。
「ああ、すみません。寝てました」
「……ん?」
 聡が顔を上げる。
「あ、起きられましたか」
「見てて面白いような活動じゃないですからねえ」
「確かに」
 夕樹の言葉に聡が苦笑する。
「ご覧の通り、この部は創作活動と呼べるものなら何でもやっているので何す
るかは個人の自由なんですよね」
 夕樹が棗に向かってこの部の説明をする。一応、自分がしなきゃいけないと
いう自覚はあるようだ。
「創作すること全般、と、紫ちゃんからききましたので」
 棗が微笑む。
「でも、部活のことを話すときとても楽しそうでしたから」
「ああ、そうなんですか。蒼雅先輩もあそこの習字とか色々されてましたし」
 答える夕樹の後ろで、聡は複雑な表情を浮かべていた。どうやら、紫が部活
動で色々と作っていたことを思い出しているらしい。
「部長さんは、どのようなものをお作りになってるんですか?」
 棗の言葉に夕樹は戸惑った。
「部長って僕か……」
 彼女の視線は明らかに夕樹の方に向いている。そして、聡は大きく頷いて夕
樹に目配せをしている。
「僕は短歌とか俳句ですけど」
 照れながら答えると、棗は「まあ、素敵ですね」と手を叩いた。
「それで、これが去年の文化祭で作った歌集です。よろしければどうぞご覧に
なってください」
 夕樹が棗に歌集を手渡すと。彼女はその冊子の表紙をじっと見つめた。
「まあ…… ずいぶん立派な作りなんですね」
「装丁はこちらの関口君が頑張って作ってくれまして」
「内容負けしないような装丁をって思ったんで」
 にこにこと笑顔を浮かべて話す聡のポケットからケイトが顔を出して、なぜ
か得意げな態度を示している。
「では、読ませていただきますね」
 嬉しそうな表情を浮かべてページを繰る棗。その様子を見て夕樹は恥ずかし
げな表情を浮かべた。それを笑顔のまま聡は見ている。
「また、詩歌の創作をなさるんですか?」
 歌集から顔を上げて棗が尋ねた。
 今度も夕樹が答えるよりも先に聡が大きく頷いた。
「多分、そうなるんじゃないかと思います……」
 夕樹が答える。
「なんだか素敵ですね。すごく本格的で」
 その言葉に聡は更に頷く。
「ま、まあ、文化祭には創作部としては歌集以外にも展示とかします」
「……あ、そうなんだ」
 夕樹の言葉に聡は今初めて聞いたような表情を浮かべた。
「一応、一人一作品は原則のはずなんだけど」
 夕樹が彼に向かって説明する。
「紫ちゃんは編み物を作ったと聞いてますねえ」
 そう言った棗に反応して、その作られた編み物であるケイトがぶんぶんと手
を振り回した。
「こら」
 聡は小声でケイトを叱る。
「とりあえず、地味な部ですよね」
 顔を上げた聡は苦笑した。
「去年は派手でしたけど」
 同じように夕樹も苦笑を浮かべる。
「でも、ちゃんと活動なさっているじゃないですか」
 部室を見回しながら棗が言った。
「ええ。活動はしているんですけどアピール力が欠けているというのがちょっ
と問題でして」
 それに反抗するかのように、再び聡のポケットからケイトが体を乗り出し
た。
「うふふ、がんばってますね」
 ぶんぶんと動いているケイトを見て、棗が微笑む。
「……いえ」
 ケイトを押さえながら聡は言った。
 それでは、と棗は立ち上がる。
「今日は参考になりました」
 夕樹と聡に向かって頭を下げる。
「どうも、お疲れ様でした」
「すいません。何のお構いもできませんで」
「いいええ、楽しかったですよ」
 出ていく間際に再び頭を下げると、棗は部室を出て行った。
 ドアが閉まり、外の足音がだんだんと小さくなっていく。
 数秒してから、夕樹が大きな溜め息をついて机に突っ伏した。
「……つ、つかれた……」
「へ?」
 聡が首を傾げる。そして、少し意地悪げな表情を浮かべた。
「まあ、部長さんだし、仕方ないよね」
「なんかいつの間にか部長にされているし……」
 突っ伏したまま夕樹が言う。
「だって他にいないじゃないか」
「中内さんとかいるじゃないか……」
「一番ここに居るじゃないか」
 夕樹はもう一度溜め息をついた。
「……仕方ないか」
 観念したような響きのその言葉を聞いて、聡はにこりと微笑んだ。

時系列と舞台
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2007年4月。創作部にて。

解説
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果たして、これを新勧と呼べるのか。

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