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Date: Fri, 4 May 2007 19:19:22 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30993] [HA21N] 小説『蛟〜因縁の章』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200705041019.TAA57965@www.mahoroba.ne.jp>
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2007年05月04日:19時19分22秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜因縁の章』:
From:いー・あーる
ども、いー・あーるです。
こちらも進めないといけないことが分かりましたので進めます。
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小説『蛟〜因縁の章』
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登場人物
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薬袋光郎(みない・みつろう)
:薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
淡蒲萄(うすえび)
:女子高生吸血鬼。光郎とは昔から親しい。
本文
----
誰かの好意を利用する、ということ。
つまり相手に何ら返すことが出来ないと骨の髄まで知りながら、尚その好意
に甘えること。
『にいさま』
遥かに昔となっても、その声の切なさは記憶に残る。
『にいさま……何故』
彼女の好意に甘え続けたと思う。
彼女の哀しみを、知りつつ知らぬ顔をしていた。
なれば。
『薬袋様……いえ、光郎兄様』
全ての因縁にそ知らぬ顔をしたまま、たった一つ彼女が頼み置いていったこ
と。それを何としても果たさねばと思う。否、それこそ薬袋の家がこの長い間
残ってきた意味でもあるのだから。
『絵の、目と逆鱗だけは別のところに預けました』
過去の出来事を読み取る能力者に対抗する為には、それらの行為を全て関連
付け辛いほどの時間を置いて行わねばならない。それですら不十分、ただ時間
を稼ぐだけかもしれない。
けれども。
『どうか……』
昔から変わらぬ凛とした目を据えて、彼女は言った。
『蛟をお守り下さいまし』
**
二つのティーカップが、カウンターの上に並んでいる。
「あの『水』という奴……どういうものなのかね」
「ん?」
カップの中身……琥珀色の綺麗な、しかし紅茶にしては少しばかり赤味の足
りない液体を少しずつ口に含みながら淡蒲萄が首を傾げる。
「あの『水』のもたらす結果……融合し境目を無くす。その性質を一つの穢れ
としてみた場合、その穢れだけを集め他と区別することは出来ないのだろうか
ね」
「…………?」
過剰に、と思うほどの防音を施された部屋の中で、かたり、と時折カップを
持ち上げ下ろす音だけが響く。カウンターの向こうで少し背の高い椅子に座っ
た男は、かなり白くなりつつある髪を手で漉いた。
「……結局は、『水』は他界とここを結ぶ……ある意味では、われわれの概念
では一面でしか捉えられないものさ」
「?……?」
「ならば……その概念を拡張し、こちらに都合の良い部分を捉えて、解釈する
ことも、ある意味では可能なんだろうと思うよ」
うーん、と、自分の言った言葉の意味を考え込んでいる少女に笑いかける。
彼女の無邪気な疑問の表情は、時に不思議なほど光郎の思考を先鋭化するもの
でもあったから。
「概念を拡張……えー」
目を白黒させている少女の顔を見やって、彼はとうとう噴き出した。
自分の言葉を……時に分からないとは言え……丁寧に考え理解しようとして
くれている、その表情が好ましかった。
「……えーっと、これはこーいうんだ、って決めつけられるってこと?」
「決めつける……と、言うとちょっときついかな。相手も納得するくらいの論
理があれば、それに従うこともあり得る、みたいな」
「……ええと……水が?」
「うん」
「口が達者だったら……」
言いかけてうーん、と、淡蒲萄は考え込む。口が達者なら『水』を言い負か
せる、というのは……確かにどこかしら牽強付会に過ぎる気もするだろう、と、
光郎も苦笑した。
「……それより、淡蒲萄、ちょっとお願いして良いだろうか」
「うん、なに?」
「これをね」
カウンターの後ろから光郎が引っ張り出したものに、淡蒲萄は少し目を見開
いた。
写真立てに入った写真である。
均質に、セピアがかったその写真には、二人の人物が写っている。一人はま
だ若い、あどけないところの残る女性。一人は20代後半くらいに見える男性。
さらさらと肩の上を流れる髪。白く整った輪郭。
写真がここまで古びた時間を微塵も感じさせないほど……その女性の顔は今
の淡蒲萄そのものである。一方男性のほうは輪郭線や目元など、確かに共通点
こそ多く残すものの、確かに『時間』を経る前の光郎のそれだった。
「これを……しばらく預かっては……もらえないかな」
少しだけ、辛そうな顔でそう言って光郎は写真を淡蒲萄に手渡す。目を丸く
したまま淡蒲萄はそれを受け取った。
「わ、なつかし。うん、いいけど、どれくらい?」
「そう、だね…………一年かそこら中には、何とかなると思うよ」
「うん、わかった、ちゃんと大事にしとく。毎日掃除したりして」
この写真を一緒に写して、もうどれだけになるだろう。
彼女と一緒の時を辿らない、と、決めて……最後に一枚だけ、この時の破片
を残す為に撮った写真。
『にいさま……何故』
勝気で凛とした千沙子が、一度だけ涙ぐんで言い募ったことがある。
『どうして』
淡蒲萄と一緒に時を過ぎることは出来ないと思った。
けれどもだからといって、千沙子と共に歩むことも出来ないと思った。
淡蒲萄と一緒に歩めないと決めたのは、自分にも背負うものがある為。それ
が無ければ自分は躊躇いもせずに彼女を選ぶと思ったから。
その心のまま、千沙子を選ぶわけにはいかなかったから。
『光郎兄様』
もう何年も呼んだことの無い呼び名で彼女が願ったこと。それを叶えるため
に、彼女を選ばなかった原因である少女にこの写真を託す。
それもまた利用なのかもしれない、と、どこかひどく苦く考えている。
どれほどに苦くても、それは真実。
笑いかける少女に笑い返して、光郎はそっとその頭を撫でた。さらさらと柔
らかな髪の毛が指にまとわりつく感覚はこの長い時間の間変わることが無い。
「…………ありがとう」
解説
----
薬袋千沙子が亡くなって数日。或る写真を淡蒲萄に託す光郎。
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推奨BGMは、やっぱりKOKIAの『愛のメロディ』
(いや、それを聞きながら書いただけですけれども)
では。
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