[KATARIBE 30992] [HA06N] 小説『散鱗深流…… 2 』

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Date: Fri, 4 May 2007 16:13:39 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30992] [HA06N] 小説『散鱗深流…… 2 』
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2007年05月04日:16時13分39秒
Sub:[HA06N]小説『散鱗深流……2』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少しだけ、幕引きの方法が分かってきた気がします。

 ほんの少し。
 蟲師の光流とかそういう風景ごと。

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小説『散鱗深流……2』
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登場人物
--------
 軽部片帆(かるべ・かたほ):
  :毒舌かつ唯我独尊的性格の大学生。重度のシスコン。
 相羽真帆(あいば・まほ)
  :片帆の姉。妹の考え方に非常に影響のある存在。
 

本文
----

 かくあらまほしと願うことまでも否定されては立ち行かぬが。
 かくあらまほし、しかしてそうならずと怒ることは……

 どこまで下劣か。

             **

 打ち明け話の一部を聞いた。
 何でそうも下手を打つかと本当に腹が立った。
 怒りながらしかし、どこか自分の中で醒めた目で見ている何かがある。この
友人はそうやって単純にあちこちで傷つき、それでもそんなもんだと笑って済
ますだろうことを。

 その生き方はあたしのそれとは全く異なる。
 しかしその生き方に対し……否定はせずとも怒る理由はあたしには無い。

 怒りが卑劣の先にあるなら、自分はどうすればいいのかわからない。
 その全て、どれだけ自分が卑劣であろうが、相手はそんなものかとのんのん
と過ぎこすだろうことも見えて。

 わけが、わからなくなった。


「どしました?」
 目を上げると、花屋の若い(いや、実際はもうちょっと年齢は行ってるのだ
ろうけど)店長がこちらを下から掬い上げるように見上げていた。 
「……なんでもないです」 
 細い体の中で、腹部が隠しようもない柔らかな曲線を描いている。その姿が
ひどく綺麗に見えて……尚更哀しかった。
「…………その……芍薬だっけ、一本下さい」 
「芍薬? ええ、どうぞ」

 細い手がひょいと芍薬の、丸い蕾を選び取り、フィルムでくるむ。こちらに
手渡す仕草がやはりとても綺麗で。
 
「……ありがとうございます」 
「いえいえ、それだけで?」
「ええ」
 基本、花を買う習慣は無い。一度百合の花を貰い、部屋に置いといた挙句、
その夜戻って部屋に匂いが満ちているおかげで「うわ、あたし家間違えたっけ」
とあわてたことがある。
「じゃ、また……」 

 さらさらと、心配そうにこちらを見る目はやはり、見かけを裏切るほど優し
くて同時にふわりと受け止めるようで。
 それだけに余計に……何も言うまいと思った。


 部屋に戻って、そのまま布団を敷いて酒を飲んで寝た。
 辛くて辛くて、けれどもそもそも辛いと思うことが間違えているというか、
どれほど辛いと思っても、相手には鼻で笑う程度の重さすらないことが分かっ
ていて、しかしそう思わない自分は許せなくて。

(なんで芍薬)

 花瓶なんてうちにはない。口の広い空き瓶に水を入れて芍薬を差し、何とな
くぼうっと見ている。と。

 ふっと。
(ああそうか)

 記憶というのは、何歳からあるのだろうと思う。
 姉は、2歳半離れた兄の生まれた日のことを一瞬だけ覚えているという。誰
も姉に話したことの無い母の着ていた白地に水色のさくらんぼの生地の寝巻き
の柄を、姉はしっかりと覚えているという。
 そう考えると、あたしの記憶も、荒唐無稽ではないとは思う。


 恐らく母親は、あたしがぐうぐう寝ているからその間、と、買い物に行って
いたのだと思う。実際あたしは寝つきのいい子供で、一度眠ったら2時間くら
いぴくりとも起きないのは普通だったらしい。
 しかし、その日はえらく珍しいケースに当てはまったのだろう。

「………………うぇ?」 
 絨毯の色は、濃いオレンジ色。大掃除の時になると姉がごしごしとその絨毯
をこすっていたのを思い出す。
 かぶっていた夏がけをはぎとって、起き上がる。
(ままがいない)
 眠る時に横でとんとんと肩を叩いてくれた母親は居なかった。

 よいしょ、と、膝で這って、まず母親を探そうとしていたと思う。いや、良
く分からない、とにかくどこ、どこ、と思ってたような記憶ははる。
(ままどこ)
 よいしょ、と、立ち上がる。時に目の前の、テーブルか何かの椅子の足を掴
んで、あたしは立とうとしていたのだと思う。そして、何でかぐらりとバラン
スが崩れた感覚。そしてそのまま前につんのめって。

 がっちゃん。
 
 一緒にぴしゃんと背中が大きくぬれる感覚。何かが転がる音。
 振り返った先に、大きな蕾と何枚かの葉。
 とりかえしのつかないもの。

「うわああああああああんっ」 
 記憶を手繰るなかで、我ながらうらやましくなる。あんな風に自分が泣けた
のは一体いつ以来だろうか。
「うわぅっうわうっううっ」
 息が苦しかった。
 泣き声が止まらなかった。
 泣いて泣いて、泣いている声の向こうで、がちゃんと何かの音がした。
 そして。
「なになに、どうしたのっ」 
「うぎゃあああああっ」 
「あ、あーー……はいはい、もう大丈夫」 
 同時に、あたしの身体はふわりと浮き上がった。
「びっくりしたねえ。でも怪我しなくてよかったねえ」 
 暖かい手が、あたしの手を握り、くるりとひっくりかえす。膝や足、掌を何
度も確認する。ああ背中がぬれちゃったね、と、小さく呟いて、そして姉はに
こっと笑った。
「大丈夫。片帆は悪くない。ちょっと失敗しただけだよね」 
 必死で泣き止もうとしたけど、弾みがついていて、それを止めるにはうぎゃ、
うぎゃ、と繰り返すことになったような気がする。
「だから大丈夫、ね」 
 ふんわりとほおずりをする。背中をとんとんと叩く手は、やっぱりとても暖
かくて優しくて。
「ほらね、お花も大丈夫。こうやって……うん、こっちの瓶に入れようね」 
 あたしを抱き上げたまま、姉はきょろきょろと周りを見回した。落っこちて
いた珈琲の空き瓶……全く割れる様子もなかった……に水をしゃっと入れて、
そこに芍薬の蕾を差し入れる。 
「ほら、これ。大きな蕾だねえ。でも蕾、全然怪我してないねえ」
 割合に濃い、紫とも朱とも言える色合いの蕾は、その時のあたしにはひどく
大きなものに見えた。
「これねえ、芍薬って言うんだよ。ほら、この花も片帆も怪我してないねえ。
良かったね」
 
 ねー、と呟きながら姉はもういちどゆすりあげるようにあたしを抱っこして
くれた。
 撫でる手。
 優しい手。



 あの優しい手が今はあの男を撫でているのかと思うと、ひどく……腹のどこ
かが煮えるようにぎりぎりと引き絞られた。

 考えるだけ辛くて……ただ、布団を頭からかぶった。

(でも俺のだよ)
 あの声が憎かった。
 でも姉はその声を喜んでいるのだろうと思った。

 姉にはあの人が居るなら。
 あたしは誰の為に居るのだろうと思った。

 あれはもう2年ほども前、あの人はこの世から消えようとした。
 あたしがどれだけ願っても頼んでも、多分あの人はこの世から消えることを
やめようとはしなかったと思う。たった一人それを止めた奴と、今姉は一緒に
いる。どんな問題があるかとか、互いに問題やら何やらあるだろう、と思うこ
ともあるけれども。

 誰の為にもなるまいと思って生きている。
 誰に対しても怒らず、その人が行動を変えるなどと、思いもせず。
 
 何故あたしはこうも怒るのだろう。
 もうとうの昔に分かっているのに。姉は今とてもとても幸せなのだと。


 芍薬の蕾は揺れている。
 ひどく静かに揺れている。
 
 栄華を極めた王すらも、この花一つほどにも装っていなかった……と。
 花の持つ、この静けさを、どうやってあたしは手に入れられるのだろう。
 どれほど賢しくあっても、この花一つの静けささえ手に入れられない自分は。

(姉さんを)

 ぐあ、と、喉が鳴った。
 哀しくて苦しくてどうやっても譲れなくて。
 仕方ないから無理やり安酒をグラスに注いで、飲み干した。


 頭をフローリングの床に叩きつけて眠る。
 芍薬の蕾は、やはりゆらゆらと揺れていたように思う。


時系列
------
 2007年5月頃

解説
----
 芍薬の花と、それにまつわる思い出
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 出来るだけ、この話を進めて、こいつを21に合法的(??)につれてゆけたらと思います。
 ちょっと不明だけど。

 であであ。
 
 



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