[KATARIBE 30991] [HA06N] 小説『散鱗深流……1』

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Date: Fri, 4 May 2007 12:50:03 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30991] [HA06N] 小説『散鱗深流……1』
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2007年05月04日:12時50分03秒
Sub:[HA06N]小説『散鱗深流……1』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とりあえず書いてみます。

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小説『散鱗深流……1』
======================
登場人物
--------
 軽部片帆(かるべ・かたほ):
  :毒舌かつ唯我独尊的性格の大学生。重度のシスコン。
 相羽真帆(あいば・まほ)
  :片帆の姉。妹の考え方に非常に影響のある存在。


本文
----

 そんなことがそもそも可能なのかと後から呆れたように言われた。
 何故そんなことが起こってしまったのかと、責められるようにも言われた。

 人の心というのは、そういうことをも実現してしまうのだろうとしか、自分
には言えない。

            **

 腹の立つ友人というものは厳然として存在する。それを相手が自覚してるか
どうかは、また全然違う問題なのだが。

「…………なんかこう、生き方が下手な奴って、傍で見てると」 
「殴りたくなる?」 
「うんっ」
 頷くと、姉は頭を抱えた。 
「………………どうしてそうも、バイオレンスになったかなあ」 
「……だって」 
 目の前には一升瓶。
「そりゃあたしだって世の中そうそううまくまわってるわけじゃないと思うけ
ど、生き方が下手なくらいで、あちこちでぽろぽろ利用されるって、すげー見
てて腹が立つ」 

「……利用されるのは、厭?」 
「利用する奴の気が……卑しくて、厭」 
「卑しいって、一言で言えるのかなあ」 
 穏やかな姉の声は、ある意味とても尤もなのだけど。

「そりゃあ利用するほうは理屈があると思うよ。利用する気は無いとか好意は
あったとか言うよ。でも結局」 
 でも結局。
「…………結局は踏みつけてる。そういうのがほんっと厭」 

 利用されても別にたいしたことじゃないから、で終わらせる。
 そのことがひどく……腹が立つのだけれど。

「…………友達が利用された?」 
「自業自得だろうけど」

 自業自得。というより時に望んでその立場に立つ。
 ならば怒る必要はない、と、言われれば全くそのとおり。
 
「……ねーさんはどうして、そういうの平気なの?」 
「へ?」 
「人に利用されるって奴」
 一升瓶を横手に、姉はとても困った顔になる。
「この場合、相羽さんのことは言わないよ。でも結構前からそうだったじゃな
いか」

 姉は、本当に辛いことは口にしない。
 口にする時にはもう、自分の中で何とか乗り越えた時。だから本当はあたし
は誰も必要もなかったらどうしよう、と、ぽつりと呟いた声を未だに覚えてい
る。その姉がどうして今、と、思わないではないけれども……それはちょっと
今はこちらにおいといて。
 
「んーーー」 
 考え込む時の癖なのか、こめかみを指でこすりながら姉は言葉を紡ぐ。 
「あのさ、利用って言うけど、あたし本当に連中に……なんてかな、甘えられ
たことはあっても利用はされてないと思うよ?」 
 これを堂々と言っちゃうあたりがこの人だと思う。
「……んじゃ、あの人。透子さん」 
 言った途端、姉がぎょっと目を見開くのが分かった。
「…………なんであんたが知ってんの」
 知ってますともさ。
 
「あれだよね。ねーさんの高校の後輩で、すげーねーさんになついてて、その
癖ねーさんの男の友達につぎつぎ粉かけてたんだよね」 

 一度か二度、その人には会ったことがある。
 色白のほっそりとした綺麗な人だった。

「…………ええとね、あんたね、あの頃何歳よ」 
「その、高校の頃は知らないよ流石に」
 その頃あたしは、まだ2歳か3歳だった筈なんだから。
「だけど同じことを、ねーさんが留学から帰ってきて仕事始めたらやってたっ
て言うじゃないか」 
 その頃、やはり親しかった友達が……そう、あの頃はまだ姉さんにも親しく
連絡をする相手が居たのだ……うちに来てかんかんに怒ってたことは、流石に
あたしももう覚えている。
「懐かしいって言いながらうちに来て、ねーさんの仕事場にくっついてきて、
やっぱり姉さんの友達にメール送ったついでに顔写真まで送ったんだよね」
「だから、なんでそんなこと覚えてますか当時十歳児」 
「残念でした、11歳です」
 そういう問題じゃないでしょう、と、姉さんが小さく呟いた。
「ああいうのって、利用じゃないの?」

 
 彼女の顔を思い出す。
 綺麗な人だと思った。そして姉のことが好きなんだろうなと思った。

 ……それでもその好きな人を利用して、それがごく自然な人なのだとも思っ
た。

 
「…………んーーと」 
 困ったように姉はまず冷酒の入ったグラスを手に取った。それをころころと
手の中で転がして、ふと持ち上げる。
「なんてか、なあ……そういうのって、彼女の……習性なんだと思う」 
 ぽつんぽつん、と、珠を繋ぐように言葉を繋ぐ。
「正直ねえ……2度目の時は、かなり考えた、あたしも」
「考えた?」
「うん。利用されてるだけかなって……ってそこまで意外そうな顔しないでよ」
「え、だって」
 ちょっと吃驚した。 
「だってほら。八木あたりから言われたもの。あれお前知ってて放置してるの
かって」
 八木さんというのも、姉さんの弟分で。結構何かあると電話をしては、愚痴
をこぼしていたものだと思う。あんまり人のこと言えないんじゃないかと思う
けど、流石に彼でも腹に据えかねた……それくらい露骨だったのだろうと思う。 
「そんでもね。最初の最初、会った時に彼女があたしのことを好きになってく
れたのは、嘘じゃないと思う」 
 姉は、それでもどこか軽やかにそう言う。
「そこだけは揺るがさない」 
「…………」 
「でもほら、流石にちゃんと、彼女とは縁切ったでしょ?」 
「…………一度目で懲りずに二度目がある分、ねーさん相当間抜けだよっ!」 
 あはは、と、姉は笑った。
「……でも、ねえ」 
 笑いはゆっくりと言葉の中に混ざり、そして言葉は柔らかく流れてゆく。
 あたしにはどうやっても、無理なそのしなやかさと優しさを保ったまま。
「たとえばね、彼女が粉をかけたついでにあたしの悪口を相手に吹き込んだと
したら、それはそれであたしも相当悲しかったと思うけど、でもそういうこと
はされてないんだよね」
「それが何?」
「だから、彼女はあたしを利用はしたかもしれないけど、あたしに故意に、悪
意を向けたわけじゃない」
 ぐ、と、言い返そうとした言葉がまとめて喉にひっかかる。
 ああ、こうやってこの人も、軽やかに飛び越えていってしまう。

 あたしの怒りも何もかも、この人は軽やかに。

 このひとは
 このひとも

「なんとなくね。透子はやっぱりそれでも、あたしのことは好きだったのかなっ
て思うよ」 
「そういう勝手な好きってあり?!」 
 ついつい、噛み付くようになった言葉に、姉はちょっと首を傾げる。
「好きなんて、そもそもが勝手な感情じゃない?」 
 
 利用されたくないです。
 莫迦にされたくないです。
 都合のいい人だから、ちょっと甘えようかってそういうことをして欲しくな
いです。
 ……なのに。

「ねーさんの、莫迦っ!!」 
 うわっ、と、耳を押さえて姉がつっぷす。隣の部屋から、すとん、と、なに
やら落っこちる小さな音がしたのは、これは多分雨竜かあの魚達が、どっかか
ら落ちたのかもしれない。
 どこか頭の隅で、そんなことだけはきっちりと考える。

「そういう理由はどうでもいい。あたしはそうやって、利用されてそれを好意
と思ってる人って」 
 あたしはそんなことを許さない。なのにこの人達はいとも簡単に許してしま
う。
 だから。
 あたしもまた勝手であると分かるのだけど、だけど。
「……ほんっと腹が立つっ!」 
 握り拳をテーブルに叩きつける。結構分厚いテーブルは、どん、と音こそ立
てたものの、あまりおおっぴらには跳ねなかった。
 困ったようにこちらを見ていた姉が、ふっと目元を和らげた。
「…………片帆は」 
「なに」
「いい子ね」 
 ふんわりと手が伸びて、あたしの袖をちょっと掴む。
 一瞬……怒りが困惑で捻じ曲がる前に。
「あんたは、自分の為に怒らない」 
 優しい目が、あたしの我侭すら肯定してここにある。

 肯定されねば立たないあたしの我侭が、ここにある。
「……いい子ね」 
「………………帰るっ!!」 
 立った瞬間、流石にちょっと足元がぐらりと揺れた。
 茶色の瓶の中の液体と気体との分離線は、思ったより下にきていた。
「あ、ちょっと待って片帆」
「……なに」
「うん。この前ね、牛肉のしぐれ煮作ったんだけど、うち、相羽さんそんなに
食べないから」
 冷蔵庫から引っ張り出したばかりで、少し白く曇ったタッパーを差し出して、
姉は首を傾げる。 
「ちょっともってってくれる?」 
「…………なんで食べないんですかあの莫迦はっ!!」 
「いや、食べるけど……うん、ちゃんと食べてるけど」 
 原因は知ってる。相羽さんという人は、魚が好きで肉や脂っこいものが苦手
で、ピザなんて食べられなくて鍋にしたら肉は食べずに野菜を食べる人で、お
でんを作っても大根ばっか食べるという……ある意味作る人の敵だよなあっ!
「でもほら、一緒にお魚並んでると、やっぱりお魚先に食べるから、それで」
「そこでなんでお魚を並べるのよねーさんは!!」 
「だって……」
「あの人は幼稚園児か!小学校低学年か!」 

 少なくとも好き嫌いの度合いは、かなりそういう傾向があると思う。

「たまには、食べるまで外で遊んじゃダメ、とかやるべきだ!!」 

 米原万里さんという人のエッセイに、食べ物の嗜好とその人の政治的な傾向
の相関関係について書いた文があったと思う。保守主義の代表のような人は和
食に一切手を出さず、ある程度中道の人は刺身や寿司は食べられなくとも天ぷ
らなどは好き。そして一番リベラルな立場の人は、それこそ好き嫌いを一切言
わずに何でも美味しく食べてたそうである。
 それとはまったく別に、あたしも言われたことがある。食べ物の好き嫌いが
ある子は人間の好き嫌いも激しいんだよ、と。
 それを考えると、相羽さんという人は……まあ、政治的にはどうか分からな
いけど、結構人付き合いとか人間の好き嫌いとか激しいんじゃないかなと思う。
 そら、ここまでそうであるってのは仕方ないのかもしれないけど、姉がそれ
を良しとして、食べたいものだけ用意するこたーないと思うっ!

「……てか……いらない?」 
「いる!」
 そういう問題じゃないっ。 
「んじゃ、帰るっ」 


 鞄にタッパーを、傾かないように突っ込んで。
 それでも歩きながら、思う。

 心配だから。腹が立つから。 
 そういう言葉で相手を揺るがそうとすることも、またあたしの甘えであり我
侭なのだ。
 腹が立つ。心配。それは嘘じゃないしそれを否定するつもりはない。
 けれども、腹が立つから、心配だから、相手は動いて欲しいと思うなら、そ
れほどの甘えは存在しない。

 がらがらと空回ることが、あたしの怒りには正しいのかもしれない。

 
              **

 どうしてそういうことが可能だったのかと、呆れたように言われた。
 そうせねば自分が砕けたからではなかろうか、と、静かな声が答えていた。

 一瞬でも長く、自分を保とうとするから。その心があるなら少しだけ安心だ、
その本能だけはまだかろうじて残っていたのだから、と。

 その静かな声が眠りなさいと言った。
 自分を保とうとする本能は、叩かれたら痛いと思う程度のこと。悩む必要は
ないから眠りなさい、と。

 そうか本能なのか、じゃあしかたない、と。
 どこかで思った記憶がある。


時系列
------
 2007年5月あたり。

解説
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 ある顛末の、始まり。

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 推奨BGMは、Kokiaの『調和』。
 であであ。

 
 



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