[KATARIBE 30980] [HA21N] ハントサークル 5

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Date: Tue, 1 May 2007 11:43:47 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30980] [HA21N] ハントサークル 5
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2007年05月01日:11時43分47秒
Sub:[HA21N] ハントサークル 5:
From:Toyolina


[HA21N] ハントサークル 5
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登場人物
--------
 大沢那琴
 アヤラ・ハルマ・アルフォティス
 淡蒲萄

 部長
 巧太郎
 真緒


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「……あ」

 その声は、確実に二人の襲撃者に衝撃を与えていた。
 鋸の刃は、それてアスファルトに食い込み、その主は不意を突かれて跳ね上
がりそうになっている。

「!? え、おまえ何? ってか、部長、てめえ、ちゃんと見張ってたのか!?」

 巧太郎が少年を見ながら、部長に怒鳴る。当の部長も、ビデオを回しながら、
少年の登場に驚いているようだった。
 三人が三人とも、明らかに虚を突かれて隙を見せている。
 少年はそれを逃さず、一足飛びで間合いを詰め、手にした木刀を振りかぶる。
 ちらり、と視界の隅の少女の位置を確認する。大丈夫、この飛び込みなら、
最悪でも少女と鋸女の間に割り込める。

「っ」

 鋸女こと、Hunting Circleの真緒が、咄嗟に鋸を振りかざす。少年の木刀は、
それなりに堅い。鋸程度の軽い刃なら、十分受けられる。木刀で受け、同時に
蹴りを顔面に入れる、つもりだった。
 しかし。
 鋸は受けられても、軌道を変えずにそのまま振り切られ、木刀は一瞬で半ば
折れるように切り飛ばされた。

「なッ」

 少年は真緒の肩口を蹴って、間合いを取り直す。手には小太刀ほどの長さに
なってしまった木刀。体が泳いだところを蹴られて、真緒は後方に倒れる。

「た……た……たす……け」

 血まみれの手を少年にのばす少女。ずるずるとはいずって、少しずつ、少し
ずつ真緒から離れ、少年に近づく。
 少年は、再び少女の位置を確認して、真緒と巧太郎、どちらも反応出来る位
置を取る。
 気取られぬように息を吐いて、吸う。
 来る。
 わずかに少年が身構えるのと、二人が走り出すのはほぼ同時だった。

「待……くそッ」

 一瞬追いかけようとして、思いとどまって振り返る。少女のケガは、明らか
に重傷だったし、なにより彼は、少女を救うために飛び込んできたのだから。

「……う……」
「大丈夫か、キミ!」

 助け起こそうとして、動かして良いものか迷う少年。その間にも、少女の傷
は、少しずつ治り、再生していく。
 少女の意識が少しはっきりし始め、同時に、目の焦点が合い初めてきていた。
 そこには、安心と怯えが同居しているように思えた。
 巧太郎に、同じような接し方で暴力を振るわれたからなのだが、それを少年
は知るよしもなく。ハンカチをポケットから出して、顔についた血を拭った。

「不死人? 怪我は平気?」
「……はい……あの……あなたは……」

 怯えながら、どうにか応える少女。彼女も外観相応なのか、それとも善意に
囲まれて育っていたのか──人にある悪意を、明確に知らされてしまったのだ。
 少年は、ただ少女を安心させようとして、普段やるように、暖かくほほえむ。

「大丈夫、キミに危害を加えるつもりはないよ」
「……う」

 大丈夫。
 そう言ったあたりで、少女の目から涙がこぼれた。

「うわあぁぁぁぁん」
「怖かったね、もう安心だから」

 すがりついて、泣き出す少女の背中を撫でながら、少年はもう一度声をかけた。

----

 落ち着いてきた少女が、ぽつり、と口を開いた。

「アヤラ……アヤラ・ハルマ・アルフォティス。ハルマの血族の娘、です」
「俺は、大沢那琴。血族……ってことは、不死人、吸血鬼、でいいのかな」

 少女は小さく頷いて、俯いた。
 日没まではまだあるな、ナコトは西の空を見やって、少女を連れて日陰に移
動した。少女の傷は、もう治ってはいたが、ショックでしばらくは動けそうに
ない。

「さっき、知り合いの吸血鬼に連絡したから、その人を待とう。日が落ちたら、
その人と一緒に送っていくよ。すぐ来てくれるって言ってたから」
「うっ、ぐすっ……ふえぇ」

 十分ほどして。長く伸び始めた電柱の影から、セーラー服を着た高校生の女
の子が文字通り顔を出した。ナコトと目が合うと、溶け出すように影から現れ
た。ナコトの視線に気づいて、吸血鬼の少女、アヤラもその方向を見た。

「あなたは……淡蒲萄さま!?」

 以前会ったのは、もう何年も前のことだったが、お互い全くといっていいほ
ど変わっていない。
 アヤラの表情に、ようやく安堵の色が戻ってきた。お互いの父親が、同好の
士ということで親しい付き合いをしていた。その関係もあって、アヤラは淡蒲
萄を姉のように慕っていたのだ。淡蒲萄にしても、自らの妹達と同様に接して
いる。

「淡蒲萄さま……」
「久しぶり、アヤラ。覚えててくれたんだ、大丈夫?」
「淡蒲萄さまっ」

 淡蒲萄にとびついて抱きつくアヤラ。

「こ、こわかっ……ふえぇぇん」
「うん、もう大丈夫、このお兄ちゃんもいい人だから」
「はい……助けてもらえなったら……私……」
「うん、こわかったね。でも、ホント無事でよかった。アヤラまで居なくなっ
たら……」

 懐で嗚咽している、アヤラを抱きしめて、淡蒲萄は言い直した。

「あたしが守ってあげる、だから、もう安心して。大丈夫だから、ね」
「は、はい……」
「ナコトくん、ありがとう、ホントに」
「い、いや俺はほら、当たり前のことを、しただけだから……」

 アヤラを抱きしめたまま、見上げる淡蒲萄はとても嬉しそうで、ナコトは改
めて照れくささを感じた。

----

 アヤラを屋敷に送り届け、夕食をご馳走になって二人は並んで帰途について
いた。ナコトは、見送りの際のアヤラと淡蒲萄のやりとりを思い出す。

「……淡蒲萄お姉さまも、気をつけてください……私、全然何もできなくて……」
「うん、ありがとう、気をつけるね。んで、見かけたらやっつけておく」
「はい……麗しき夜の姫、貴方に忌まわしき狩人の手が及ばぬよう、お祈りい
たします」

 スカートをちょいとつまんでお辞儀するアヤラ。
 どこかむずがゆそうに、照れくさそうにしている淡蒲萄が印象的だった。以
前会った、淡蒲萄の妹たちは、端的に言えば、アヤラほど育ちの良い印象がな
かったからだ。逆に、無遠慮に淡蒲萄に対して接していて、淡蒲萄もそれに慣
れ親しんでいるように思えた。

「ハルマさんのところって、なんだろう、由緒正しい感じだったね」
「うん、初めてお会いしたときからあんな感じ。でも、ウチみたいに伝統とか
全然ない方が珍しいんだと思う」
「……確かに、普通な感じだったね」

 淡蒲萄が、妹達の喪失を、どれくらい消化出来ているのか図りかねる。だか
ら、ナコトは印象についてだけ簡潔に触れた。
 淡蒲萄の立場が、以前とはかなり違ってしまっているのは、ナコトも深く関
わっているから知ってはいる。先ほどまで会っていた、アヤラの父親、ハルマ
の血族の長とのやり取りを見て、それを再認識せざるを得なかった。つい最近
までは、一族の長子とは言え、当主である父親の庇護の元、特に責任もなく、
自由に過ごしていたのだ。

「……気をつけてね、淡蒲萄さん」

 どこか古めかしさすら感じた、ハルマの屋敷での一時。大きなテーブルや、
銀の燭台、銀の食器。それは、吸血鬼にとっては、普通のことなのかもしれな
い。滅ぼされない限り、永遠に存在し続ける吸血鬼。文字通り、止まっている
存在なのだから。
 隣を歩く愛しい人も、もう何十年もそのままで過ごしている筈だ。話してい
るとまったく意識することはないが。
 もしかしたら、変化に追従し辛いのではないか、そう思い当たる。環境の変
化、状況の変化に、実は対応しきれていないのではないか。ナコトはそう考え
た。

「大丈夫。こういうのは得意なんだから」
「うん、淡蒲萄さんが強いのはよく知ってるけど。相手も油断できるものじゃ
ない。見てよ、この木刀」

 淡蒲萄は、アヤラを襲った賊三人のことを言っているのだと思ったらしく、
いつもと変わらない口調と笑顔で応える。
 小太刀程度の長さになってしまった木刀を差し出す。
 折られた断面は、折れたというには断面がなめらかで、その一方で縁がささ
くれだっていた。
 淡蒲萄の変化のなさが、今のナコトにはとても不安なものに思えた。自信も
行動も相変わらずなのに、最近はそれに結果が伴っていない、平たく言えば、
調子を崩しているのも知っている。良く見られる位置にいるだけに、ナコトは
淡蒲萄の無自覚を不安視する。

「相手の獲物は、ただの鋸だった。それを、構えも何もなしに叩きつけただけ
で、ぽっきり折られた」
「すごい馬鹿力。でも大丈夫。今までも平気だったし、大体あたしに触れた人
なんて居ないんだからさ」

 淡蒲萄の理屈は確かにその通りで、実際彼女に攻撃を当てることが、人間に
とっては大変困難だということは理解している。しかし、しかし。
 ナコトは首を振って続けた。

「それに、一瞬しか見えなかったけど、三人ともペットボトルに入った水を持っ
てた。動きが素人くさかっただけに、淡蒲萄さん、分不相応の力を持ってしまっ
た素人の集団っていうのは、怖いよ。何をしでかすか想像がつかない」

 淡蒲萄が少しむきになってきているのを感じ取って、ナコトは"水"について
言及する。水については、淡蒲萄も慎重な姿勢を見せている。彼女自身、水に
関わったことに由来する喪失を経験しているからだ。一度、冷静になってもら
う必要があると思った。

「……だったら尚更、さっさとやっつけちゃわないと。なんかする前に。大体、
今すごく頭来てんだから」
「腹が立つのは分かる。俺も、どうにかしなくちゃいけないって思う。でも、
だからこそ、その分冷静にならないといけない」
「……冷静だよ、これでも。ナコトくん、あたしのこと信用してない」

 立ち止まって、ナコトを軽く上目遣いで睨む。不満があるときに、彼女はよ
くこの仕草を見せた。

「そんな、俺はただ、淡蒲萄さんのことが心配で……」
「大丈夫、ホントに。そんな人間三人くらい、全然平気。一人でもちゃんと出
来るもん」
「……そうか。でも、危なそうだったら、言ってくれよ。俺だって戦えるんだ
から」

 冷静だと言う、淡蒲萄の言葉を信じることにした。自分が、彼女を信じられ
なくてどうするのだ、と思ったからだ。彼女は、彼女なりに状況を受け止め、
対処しようとしている。ならば、今までそうしてきたように、彼女の側で支え、
共に戦って、生き残ればいい。
 もっとも、木刀も折られたし、大した能力もないんだけどな。
 ナコトの言葉には自嘲が少し混じっていた。

「うん、わかってる。ありがとう……。あと、アヤラを助けてくれて」

 気がつくと、寮の前に着いていた。
 道のりの関係とはいえ、自分が送っていくべきなのに、と。ナコトは軽く自
己嫌悪に陥る。淡蒲萄がそういうことに無頓着なのは、よく知っているけれど。
 角を曲がるところで、淡蒲萄が振り向いて小さく手を振る。

 姿がうっすらと漂う霧の向こうに消えていく。
 淡蒲萄の姿は、その能力とは裏腹に、小さく、弱くナコトには映った。

「校舎を一つ崩す超能力者が、瓦一枚割れない人間に負けることだって、そう
珍しいことじゃない。俺は、あんな化け物揃いの学校にいるから、その事が良
く分かるんだよ。淡蒲萄さん……」

 歩み去っていく恋人の背中に、ナコトは一人呟いた。


時系列と舞台
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4のつづき。


解説
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ナコトくんは淡蒲萄さんが心配でならない。

ハントサークル
http://hiki.kataribe.jp/HA/?HuntCircle

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Toyolina 



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