[KATARIBE 30976] 小説『春待ちの霧雨夜』

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Date: Wed, 25 Apr 2007 01:10:50 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30976] 小説『春待ちの霧雨夜』
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2007年04月25日:01時10分49秒
Sub:小説『春待ちの霧雨夜』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんかもそもそ書いてます。
そろそろ解説も題名も種切れです。

***********************************
小説『春待ちの霧雨夜』
=====================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----


 さふさふと雨の降る夜に。
 ふっと相羽さんに会いたくなった。
 


 連絡が無い時は大体これくらいに帰ってくるだろうなって、そういうことも
分かるようになった。
 ご飯の用意して、あとはもう、つぎわけるか暖めなおすか、まで用意した時
に、ふっと。
「……ねえ、ちょっと外行こうか?」
 わあい、と、勢い良くベタ達が飛んでくる。とてとて、と走ってきた雨竜は、
そのまま用意していた鞄の中に頭から飛び込む。
 多分おなかすいたーというだろうな、と、買っておいたゼリービーンズの袋
を鞄に落とし込む。
「行こうか」

 
 さふさふ、さふさふ、と雨が傘にあたる音。
 鞄の口から、雨竜がこっそり頭を覗かせる。
 ベタ達は傘の中、くるくると飛び回っている。
「……傘の周りから出ないようにね」
 バスの通る道から一本入ると、人通りは案外少ない。特にこんな雨の日の夕
食時には、この路地を通る人も居ない。
 きゅぅ、と小さく鳴いて、雨竜が肩の上に昇ってきた。

 この道をずっと歩いてゆくと県警に着く。無論、別の道だってあるだろうけ
ど、少なくともここから暫く歩いた場所、路地と路地(といっても少し大きめ
の)の交差点は、必ず通る筈。

 ふ、と、両方の首の辺りを軽くつつかれた。
「……ん?」
 ふと見ると、今までぴゅんぴゅん飛び回っていた二匹のベタが、首の両側に
ぺったりくっついてた。
 そのまま、こちらを少し上目遣いに見やる。
 少しくすぐったくて……少しおかしい。

 時刻は……流石に定時は遥かに過ぎているけれども、まだ普通は相羽さんが
帰ってこない時間。
「……こんな時間じゃ、まだ尚吾さん戻ってこないよね……」 
 もそもそ動くベタ達をそっと撫でてやる。困ったように赤いベタがこちらを
見上げる。
 困らせる積りは、なかったんだけど。

 大根の皮を剥いて、水菜を切って。
 夕ご飯の準備が終わった途端、なんだか唐突にさみしくなった。
 さみしくて、さみしくて……少しでも近くで待っていたくて。

「…………帰ってこない、かなあ」 
 どこかでは思ってる。莫迦みたいなことしている。家で待ってたら電話だっ
て来る。そんなここで待たなくても……って。
 でも。

 さふさふと雨が降ってくる。
 細い絹糸のような雨が。


 どれくらいそこにぼうっと立っていたろうか。
 ふ、と、声が聞こえた。
 小さな、というより遠いからまだちゃんと聞こえない声。
 でももう、それだけでも聴き間違えることのない声。
「しょ……」
 声をかけようと思った。
 だけど。

 近づいてくるその人は、とてもとても見慣れた顔で、けれどもいつもと全く
違う表情のまま、ゆらりと歩を進める。
 にやり、と笑った顔が少し斜めになって、後ろを歩く本宮さんを見る。本宮
さんもやはりにやりと笑って相羽さんを見ている。
 
 怖い、とは思わなかった。
 たとえ今あの人の前に出て行っても、そしてそれが邪魔なことであっても。
 怒られることはあるかもしれない。でもそれを怖いとは多分思わない。
 でも。

 笑っているけれどもその顔はどこかひどく異質で。
 それは確かに、見たことの無い尚吾さんの顔で。

(狼)

 立ち入るな、と、言葉にならない声で言われている気がした。
 いや……そもそも立ち入る隙も無い気がした。

 ゆっくりと二人は歩いてゆく。何かを静かに話している声がする。
 意味は、やっぱり分からない。
 声はどうやっても出ない。
 どうやってもあの間には、入れない。

 ゆっくりと、ゆっくりと。
 そして県警への道を歩いてゆく。

            
           **

 あとで聞いたら。
 やっぱり相羽さんは県警から家に電話をかけたという。
「居ないからちょっとびっくりしたよ」
 いつの間にかあたしは家に居るのが普通で、待っているのが普通で、それを
不思議と思わなくなっていた。
 そのことが何だか……静かに不思議な気がした。


「…………きゅぅ……」 
 ふい、と、耳元で声がして我に返った。
 どれだけぼんやりしていたか、ほんとに分からなくなってた。
 差していた傘の、向きが悪かったのか何なのか、髪の毛がだいぶ濡れている。
気がつくと同時に、身体の奥が冷え切ったような気がした。

「駄目だね。帰ろうか」
「……きゅぅ」
 こっくり頷いた雨竜は、やっぱりきゅうと呟きながら、おなかを押さえる。
「おなかすいた?」
「きゅ」
 首のあたりではたはたとはためく鰭。べた達も同感なのだろう。
「これ、一つずつ食べる?」
 鞄の中からゼリービーンズを三つ取り出す。きゅうと鳴いて雨竜が一つ取り、
手の上にベタ達が舞い降りる。つくつく、つくつく、と、せわしなくつつくた
びに、ゼリービーンズの周りの硬い部分が減ってゆく。

「……寒くなっちゃったね」 
 もごもご、と、雨竜はゼリービーンズを口に押し込んでいる。
「一つだけだよ。帰ったらご飯だからね」 
「きゅうっ」

 片手で傘を差して、片手にゼリービーンズを二つ。
 手の上には二匹のベタ。
 肩の上には水の色の竜。
 可愛らしくて、いとおしくて。
 笑った途端に……涙がこぼれた。

 何しに来たんだろう。
 邪魔になるだけなのに。どうせ立ち入ることなど出来ないのに。

 こつん、と爪先に小石があたる。
 こつん、と石は跳ねて、そのままころころと転がった。

「……きゅぅ?」
「なんでもないよ」
 
 怖いとは……思わなかった。
 でも多分、あの時あの人の前に出ていっても、まるでこの小さな石のように、
こつん、と跳ね飛ばされるような気がした。
 善意でも悪意でもなく、ただの無関心で。

 はたはた、と、ベタ達が掌から舞い上がった。
「ん、もういらない?」
 はたはた、はたはた。
 くるくると傘から飛び出しそうな勢いで、紅と蒼の魚は宙を舞う。
「……どうしたの?」
 青いベタが、ふわり、と頬のあたりを掠めた。

「真帆!」 
「……え」 
 振り返った先のその人は、もうすっかりいつもの顔で。 
「尚吾さん……」 
「真帆、出かけてた?」 
 いつもの声といつもの笑顔のまま近寄ってくる。

「……報告、終わったんだ」 
「え?」 
「…………さっき」 
 一瞬迷う。仕事してる時の尚吾さんを見たって、言っていいのかどうか。 
 でもそうやって迷う間に。
「見かけた?」 
「……うん」 
「なら、一旦声掛けてくれればいいのに」 
 ふわり、と、伸びた手が頭を撫でた。

 声なんてかけられませんでした。
 怖いというより。
 怖いのじゃなくて。

 相羽さんが自分の傘を閉じた。ひょい、とあたしの手から傘をとりあげる。
もう片方の手が、ふわりとまた髪を撫でた。

「かえろ、か」 
「……うん」 

 ひょい、とさしかけられる傘の丸い範囲で、ベタ達がはたはたと飛び回る。
 寄り添うように近くにいるのに、相羽さんはそれ以上は手を伸ばさない。何
度も外では駄目と言ってきているから。それを知っているから。

(一番ずるいのは)

 そっと、上着の裾を握る。分からないようにと思ったけど。
「……」
 ちょっとだけ笑って、そのまま傘を持たない手を肩へと廻す。
 コートと背広の厚い布地を通して、でもその手はふんわりと暖かかった。


              **

「冷たいね」
 部屋に入った途端、ふわりと抱き寄せられた。
「大分外に居た?」 
「…………うん」 
「どした?」 
 少し離れて、相羽さんは顔を覗き込む。やっぱりそうっと頬を撫でる手が、
それでもやっぱり暖かい。
「……なんか会いたかったから」 
 理由も何もない。たったそれだけ。
「行った」
「嬉しいこと言ってくれるね」 
 こつん、と、額をくっつけてくる。じっとこちらを見る目は、ほんとうにい
つものとおりで。
 だから余計に。
「……でも、邪魔だった?」 

 この人の全てを知っているとは思わない。仕事のことはやっぱり立ち入って
はいけないと思うし、そういうことを問いただすとか、そういうことは考えて
いない。
 だけど。

「ううん、そんなことないよ」 
 それでも答えには、微塵も嘘がない。
 何だか本当に……ほっとした。

「でも、風邪ひかないようにね?」 
「……うん」 
 何度も頭を撫でる手。最後にそっと頭から頬へと宥めるように撫でて。
「んじゃ、メシにしよか」 
「はい」
 笑って答える。それしかあたしにはできないから。

 この人の中に立ち入ることの出来ない場所がある。
 それはもう仕方のないことだから。

 台所のほうに行きかけて、相羽さんはちょっとこちらを見た。
 心配そうな目に、だから笑いかけた。

(大丈夫。全部大丈夫)

「今暖めますから」
「うん」
 ぱたぱたと、全員が走ってきた。

 
 やっぱり外で長く立っていたせいか、ちびさん達はご飯を食べると早々にお
布団に入ってしまった。
 寒かったのか……まだ寒いのか。

 お菓子を食べてから、相羽さんは新聞を読んでいる。
 すぐ横に座って、でもなんだか辛くなった。

 手を伸ばすに伸ばせないところが、この人の中にはある。
(今は?)
 新聞を読んでる、今なら?

 手を伸ばして、片方の手に触れてみる。
 相羽さんはひょい、と新聞から目をあげて……そして結局新聞を下に置いた。
「あ……ごめんなさい」
「いいから」
 伸ばした手を、相羽さんの手がくるむように握る。
「おいで」
 ひょい、と、頭を抑えられる。あ、と思った時にはもう、相羽さんの膝の上
に頭がのっかっていた。
「……あの」
「いいから」

 ごめんなさいと言うつもりだった。
 いいです、疲れてるのに、と言うつもりだった。
 だけど。

 仕事してたから声かけられなかったって、それだけのことなのに。
 何でそれがこんなにさびしいんだろう。

 片方の手は握ったまま、もう片方の手が何度も頭を撫でる。
 握った手を握り返す。
 さびしくてさびしくて。
 撫でる手が暖かくて、一瞬身震いした。
 芯まで寒かったんだ、と、ふと思った。

「俺はずっと居るよ」 
 ぽつん、と、こぼれるように相羽さんが言う。
「お前の傍に」 
 その声があまりに優しくて、だからついつい甘えてしまう。
「…………狼の顔してる時も?」 
 撫でていた手が、ふと止まった。
「怖い?」 
「…………ううん」
 ただ。
 一瞬近寄れないと思ったから。
 そのことがとてもとてもさびしくてかなしかったから。

「お前にだけは勝てないよ」 
「……え?」 
 膝の上でちょっと顔を廻して、見上げる。
 視線の先で相羽さんは、やっぱりじっとこちらを見ていた。
「俺のことへこませられるのは、お前だけってこと」 
 
 この人がいなくなったらどうしようと思うことがある。
 帰らない夜に。戻らない日々に。

「…………へこまないで」 
「その為にもね、お前がへこまないでいてくれることが、大事」 
「…………」 
 涙がこぼれた。

 強くなりたいと思う。そんなことで心が動かないようになりたいと思う。
 それくらいで…………

 ふっと両目を覆うように、相羽さんの手が伸びた。
 そのまま、そっと手が動く。ぽろぽろこぼれだしていた涙を止めるように。

「ごめんなさい」
「謝らんでいいよ」
「……ごめんなさい」

 さびしくて、さびしいと思う自分が情けなくて、涙は幾らでもこぼれた。
 ふんわりと目を覆う手が暖かかった。

 ふっと、思い出す。
 こんな霧雨の降る日のこと。

 涙は幾らでもこぼれた。
 ふんわりと……その手はずっと暖かかった。


時系列
------
 2007年2月頃、夜。

解説
----
 家族であっても立ち入れない部分。そして霧雨の夜。

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 てなもんです。
 であであ。 
 
 



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