[KATARIBE 30969] [HA06N] 小説『可能不可能』

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Date: Mon, 16 Apr 2007 23:15:28 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30969] [HA06N] 小説『可能不可能』
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2007年04月16日:23時15分27秒
Sub:[HA06N]小説『可能不可能』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
寒かったり暑かったりです。
へれりへれりと書いてます。

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小説『可能不可能』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 いわゆるSPAMメールというのが来るんだ、と相羽さんは言った。
「……うん、うちのPCにも来るけど……」
「名前が同じなんだよね」
「へ?」
「真帆から来る」
「……へ?」


 考えてみれば真帆って名前は決して珍しくないし、そういうメールの差出人
には向いてるのかもしれない(と考えると何かイヤだけど)。
「どんなこと書いてあるの?」
 緑茶と一緒に和菓子を出す。抹茶で淡い緑に染められた菓子は、どこかしら
水仙の葉を思わせる。
「旦那が旅行に行くのに置いていかれたって」
「…………」
 それはまた、どこの真帆さんだろうなあ。
「そんで寂しいんだって」
「……はあ」
 まあ、相羽さんの携帯に来てるメールなんだから、出会い系のメールだろう
し、それはそれで気を引くような話を作らないといけないんだろうけど。
 ……ど。

「……あ、これほんとにお茶の羊羹だ」
「結構うまいねこれ」
「うん」
 何となくもくもく食べていたら、先に食べ終わった相羽さんが、ふい、と、
口を開いた。
「……やっぱ、遅いと寂しい?」 
「……え」

 何を唐突に、と……正直なところ思ったけど、相羽さんは大真面目でこちら
を見ている。
「俺はさ、ちょっとでも真帆がいないと寂しいって言うけど、どっちかという
と、俺がいないほうがおおいじゃん」
 それは確かなんだけど。
 ……だけど、今そういうこと言うかなあ……

  
 一緒に住み出してもう一年半は過ぎた。
 で、一年のうち一番忙しいのはいつか、と考えると……つまりいつでも、と
しか言いようがない。確かに年末年始、そして夏の休みの頃には事件が増える
らしいけど、だからと言ってじゃあ他の時が暇なのかと言ったら、決してそん
なことは無いし。
 ここ数日も何時に帰ってくるか分からない状態が続いてた。流石にこれ以上
やったらこの前みたいに倒れるから、ってことで、今日は休みだったけど、そ
れもいつ飛び出すか分からないってことで、いつも携帯を近くに置いてうとう
としていた。

 寂しいとか心細いとか、そういうことは考えないようにしている。実際、ベ
タ達は居るし雨竜は居るし、決してそんな深刻に寂しい、ってことは無いんだ
から。
 それに、寂しいと言ってもどうなるものじゃない。
 寂しいですから……って言って、何か変わるわけじゃないし。

 って、思ってるのに。
「正直に言っていいよ」 
 ね、と、覗き込むようにこちらを見る。
 ……この人は……っ

「…………尚吾さん」 
「うん」 
「………………寂しくないって思ってた?」 
「寂しいだろうな、って思ってる」 

 真顔で言われた途端、何だか目蓋が熱くなった。
 寂しいに決まってるのに、それを知ってるのに、どうして言わせる。

「ほら、おいで」 
 ふわり、と肩に伸びて引き寄せる手。宥めるようなその手が……何だかとて
も悔しいものに思えて。
「…………寂しいって言ったって、何も変わらないものっ」 
 引き寄せる手に、抗ってみた。
 何だかとても……悔しくて情けなくて。

 十時には帰ると言って、十時半に帰ってくるのなんて返って珍しい。あたし
も、ベタ達や雨竜だって、じゃあ帰るのは十一時を過ぎるなと判断する。
 十時って聴いて十時から待ってたら……辛いから。

「なんでそんなの訊くの……」 
 今更それを、と思うのに。
「でもさ、溜め込まないでちゃんと言って欲しいよ」 
 相羽さんは真顔でそんな風に言う。
「変わらなくても、無理だから言わなくても同じって、閉じこもらないで」 

 ……何か、涙出てきた。
 
「寂しいのなんて決まってるけど、そんなの言ったって、尚吾さん戻ってくる
の早くならないし……そんなことで早くなって欲しくないし!」 

 寂しいから早く帰ってきて。 
 前半を言ったら、後半だって口から出てきてしまう。だけど言ったってそん
なの無理だし、今だって相羽さん仕事終わったら真っ直ぐ帰ってきてくれてる
のに。
 今だって、相羽さんの精一杯の『早く帰ってくる』をやってくれてるのに、
これ以上迷惑をかけたくない。
 相羽さんの足を引っ張るようなことはしたくない。

「……そうやって、さ。言いたいことちゃんといってよ」 
「…………言いたくないっ」

 言いたくない、本当に。
 寂しいなんて絶対言いたくない。言ってどうなることじゃないのに。
 言えば言うだけ……相羽さんの『仕事だから』には、あたしは負けるって分
かるだけなのに。
(仕事とあたしとどっちが大事なの)
 そういう問いが、どれだけナンセンスかは知っている。両方、全く違う基準
で『大事』なんだろうと、それくらいは分かる。

 でも……多分。
 もしあたしが入院する羽目になっても、あたしは相羽さんには仕事を優先し
て欲しいと思うし、多分相羽さんもそうするだろうと思う。
 居て欲しい。そんなのは決まっている。
 だけど。

「………………いいです、もう」
 どうしてわざわざそんなことを訊いて。
 どうしてわざわざ辛いことを確認して。
 どうして。

 立ち上がって自分の部屋に戻る。伸ばされる手を、絶対見ないようにして。
 扉を、閉じる。

「真帆」 
 真っ暗な中で、でも声だけが聞こえる。
 膝を抱えて、真っ暗な中座り込む。
「……真帆」
 ぽつり、と、また呼ぶ声。
 情けなくて悲しくて……涙がこぼれた。

 寂しい寂しいって何度言ったって、相羽さんが家に居られるわけじゃない。
 言ってそのせいで、仕事切り上げて帰って来るなんて、絶対相羽さんしない
けど、でも万が一そんなことが起こったら、あたしは申し訳なくて立ち行かな
いと思う。
 寂しいけれど、言うだけ……だから無駄なのに。
 言いたく、無いのに。


 かたん、と、扉が開く音がした。
 顔を見たくなくて、膝の上に顔を伏せた。

「真帆」 
 ふわっと頭の上に載っかる、手。
 暖かくて優しくて……それだけに泣きそうになるのが悔しくて。
「…………寂しいに決まってるじゃない」 
「……うん」 
 撫でていた手がそっと背中から肩にまわる。
「居て欲しいし、休んで欲しい。無茶しないで欲しい」
「わかってる」 
「……でもそんなの言いたくないのにっ」 
「……うん」 

 言えば言うだけ辛くなる。
 黙っていれば我慢できることなのに。

 背中に回った手に、丸めた手足ごと包み込まれる。
「こうして一緒にいるときは、さ。たくさん甘えていいから」 
「…………っ」 

 仕事については、守秘義務があるという。
 部署の移動も、噂では話せないと言う。
 どんな危ない仕事をしてるのか、それを訊くことも出来ない。

「…………帰ってきてよ」 
「うん」 
「一緒に居て」 

 口にすれば、それはあんまりにも無茶な話。

「…………そんなの無理って知ってるけど、一緒にずっと居たい」 
「俺も、一緒にいたいよ」 

 宥めるような声が、余計に辛い。

「…………言うだけ、辛いのにっ」

 言いたくない。ごねたくない。
 この人の足をひっぱりたくない。
 黙っていれば、目をつぶっていれば、そんなものだ、で済むことなのに。
 ……だのに。

「おいで」 


 テレビのニュースが怖かった。
 ひょいとつけたテレビで事件のことが報道される度に、思わず酒瓶に手が伸
びた。
 尋ねても返事は来ないし、それは言えないよって言われるのが怖かったし、
結局帰ってくる相羽さんを笑って出迎えるしか出来なくて。
 時折思う。比べるのは絶対おかしいけど。
 でも……未だに本宮さんほどにも、役に立ってない……って。
(どうしたらいいんですか)
(どうしたら、貴方は喜んでくれるんですか)

 莫迦みたいに泣いてた。
 その間ずっと、宥めるように抱きかかえられてた。
 ほっとして、安心すればするほど涙が出た。迷惑だって思うと尚更に情けな
くて、何だか自分でも、自縄自縛だと思ったけど。
 いいよ。泣いていいよ。
 言われて、何だかもう安心して泣いてた。


 何度も何度も頭を撫でる手。
 こんなに甘えていいのかなって思うくらい、寄りかかってもたれかかって。
 とろとろと、何だか半分眠りながら。
「…………知ってるもの」 
「ん?」 
「それでも、相羽さん、仕事する」 
 仕事が好き、というのとは少し違う、と、言っていたことがある。そういう
ことじゃない、ただやらなければならないことなんだ、と。
 その感覚は少しだけど分かる。そういうものだとも思う。
 だから。
「だから……訊かないで」 
「……うん」 
「言わなかったら、我慢できるから。平気だから」 
 寂しいとか、そりゃ言えば幾らでも言えるけど、でもそんなことは家族にな
るって決めた時にもう分かってたことだ。
 そんなことは、幾らでも平気なこと。そう思ったからこそ、あたしはここに
居るのだから。
「いくらでも……待ってられるから」 
 出来ることなんて限られてる。ご飯作ってお風呂たいて、笑って迎えるしか
ない。他に何も出来ないけど、そのことだけは出来るから。

「帰ってくるよ」 
 ふっと、耳元で声がする。
「お前のとこに」 
 時折自分が、どれだけこの人に大切にされてるんだろうって思う。泣きたい
くらいにそう思う。
「俺の帰るとこ、ここしかないもん」 
 言葉と一緒に、こめかみに触れる感触。
 
 何でもしてあげたいと思う。出来ることがあるなら、この人が喜んでくれる
なら、この人の役に立つのなら。
 そう、いつもそのことを思う。この人にとって、あたしは役に立ってるのだ
ろうか、それともただただ、甘やかされているだけなのだろうか。
 泣きながら……そんなことを考えてても、どうしようもないのだけど。
 
             **
 
 帰って来てから相羽さんに尋ねた。ちゃんと寝ましたか、ちゃんと休めまし
たか。
(うん、一応、真帆が寝てから一時間くらいは寝たよ)
 それ、ちゃんとにならないと思う……。

 とにかく。
 そのまま、ふと気がつくと眠っていて。
 朝起きたら……相羽さんが居なかった。

 あとで尋ねたら、暫くして電話が来て呼び出されたのだという。
 起こしてくれれば良かったのにと言うと、とても心外だ、みたいな顔をされ
た。曰く、しがみついて寝てから、そのまま電話を取って話した。だけどちっ
とも起きなかった。
(寝てないからそうなるんだよ?)
 そう、言われると……他に言葉が無くて。
 かろうじて覚えているのは、布団に寝かされて、上からふわりと布団をかけ
てもらったこと。ぽんぽん、と、肩の辺りを軽く叩く手の感触。
「おやすみ」
 そして、小さな声。

 起きて……あわてて周りを見た。
 枕もとのメモには、明日の夜には帰るから、とあった。
 
 かなしくて。
 かなしくてかなしくてかなしくて。
 どれだけ手を握り締めても、その痛みがどれだけにも足りなくて。
 ただ、泣いた。

 なんにもできない。 
 助けにもならない。
 起こしても貰えない(当たり前だ。起きないんだもの、使い物にならない)。
「……厭だ…………もう……っ」
 何一つ役に立たない。安心さえ差し出すことが出来ない。
 子供みたいに甘えることしか出来ない…………っ

「……きゅぅ」
 気がついたら、雨竜がおずおずと近づいてきてた。
 その後ろからは、赤と青のひらひらとした尻尾だけがついてきてて……つま
り、このちいちゃな雨竜の後ろに隠れてるんだな、と思ったら、ついついおか
しくて。
「きゅぅっ」
 くすりと笑ったら、雨竜が飛びついてきた。

 時折、思う。
 自分が何一つ出来ないことも含めて、多分あたしは相羽さんの半身なんだろ
う、とは。
 だけどそれでも、役に立ちたいと思う。
 どうやったら役に立つんだろうと思う。
 本音を言っていい、と、相羽さんは言う。
 本音を言えば言うほど……役に立たない自分がここに転がっている。
 
 どうしたらいいんですか。
 どうやったら役に立てるようになるんですか。
 耳をふさいで目も閉じて、平気な顔が出来たらいいのかと思ってたのに、貴
方は本音を言えって言う。

「…………役に、立たないよ……」

 声に出した途端、悲しくて悲しくて……

 きゅうきゅう、と、ひじの辺りでする声をどこかで聴いていた。
 そこに反応できない自分が、どれだけ最低かって、どこかで思ってた。

         

 お風呂を洗ってお湯を張る。
 ご飯の用意をする。
 尋ねたいと思う。知りたいと思う。お仕事どうなんですか、しんどいですか。
 その、詳しい内容なんて要らない。でも。

 訊くことは許されないなら、あたしは黙るしかなくて。
 出来ることは、笑って相羽さんを待つしかなくて。
 情けなくて涙が出た。何度も何度も泣きそうになった。だけど泣いてたらご
飯まずくなるし、お風呂洗いそこねそうだったし。
 用意して、掃除して。
 どれだけ泣いても、泣きつくせないくらい……悲しかった。


 かたん、と音がする。
 同時に……やっぱりいつものとおりに、雨竜とベタ達が玄関に殺到する。
 目薬をさして、絶対泣いてたのがばれない顔なのを確認して、後についてく。
「おかえりなさい」
 お疲れさま、と、言う、前に。

 どうしてって思う。背中に回った手。少し冷えた外套の温度。
 悲しかった。
 眠ったまんま、貴方を見送れないままだった自分が情けなかった。
 そうしたほうが良い、と、判断させてしまった自分の未熟さが辛くて辛くて。

「ただいま」
「……お疲れ様でした」 
 だけど、だから。
 笑った。もう出来る限り笑った。
 
 疲れて帰って来るこの人に、できることはそれしかないから。

「ただいま、飯たべよか」 
「…………はい」 


時系列
------
 2007年1〜2月

本文
----
 相羽家の、ある日の様子。

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 てなもんで。
 であであ。  
 
 


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