[KATARIBE 30965] [HA06N] 小説『虎の礼参り』

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Date: Mon, 16 Apr 2007 01:15:53 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30965] [HA06N] 小説『虎の礼参り』
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2007年04月16日:01時15分53秒
Sub:[HA06N]小説『虎の礼参り』:
From:久志


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小説『虎の礼参り』
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登場キャラクター
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 本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警刑事課巡査。のほほんお兄さん。またの名を昼行灯。
     :2003年当時、29歳
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター
     :2003年当時、31歳
 寺脇虎雄(てらわき・とらお)
     :ヤクザに雇われてた凄腕用心棒、通り名は牙虎(きばとら)
 卜部奈々(うらべ・なな)
     :吹利県警刑事課警部課長補佐。史久の婚約者。
     :2003年当時、27歳

史久 〜いいニュース
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 2003年1月の終わり。
 昼食時から少し外れた時間のせいか、少し人のまばらになった県警食堂で、
僕は一人うどんをすすっていた。
 相棒である相羽先輩はいない。あの人のことだから、大方どこかいかがわし
い場所であやしいネタの匂いを追いかけてるんだろうけど。

 仕事が少ないのは、いいことだ。
 年末から年始にかけての猫の手も借りたい多忙な時期もひと段落して、今は
つかの間の待機時間を満喫している最中だった。まあ、それでも待機には変わ
りないから休みというと微妙なところだけど。

 ナルトをつまんでぼんやりと息をつく。
 この所、お互い多忙というせいもあって一緒に住んでいる奈々さんとも殆ど
まともな会話もできていない。いや、厳密にいうと会話をするとか顔を見ると
かいうのは県警にいればできることだけれど、お互い職場ではあくまで上司と
部下という関係でいるという約束があるし、未だ僕らがそういう関係であると
いうことはほんの僅かな人間にしか知られていない。

「はぁ」

 僕のほうはつかの間の空き時間とはいえ、奈々さんは書類仕事や会議でまだ
まだ仕事は山積みで。こういう時、お互いの仕事を分かっている同じ職場とい
うのは難しい。

「いよう、史」

 ふと、音も無く背後から感じる気配。

「先輩……」
「どーした? 人間戦車が浮かない顔で」
「誰が戦車ですか」

 背後に立っている、何かを含んでそうな笑顔を浮かべた先輩の顔。

「まあ、史。いいニュースがあるぞ」
「なんですか、先輩」
「『牙虎』が吹利に戻ったらしいぞ」

 思わず、うどんを手繰る手を止めた。
 『牙虎』その呼び名には覚えがある。

「……寺脇虎雄のことですか?」
「他に誰がいるよ」
「あの人ですか……」
「あいつ、お参りにくるんじゃないの?」
「かもしれませんね」

 お礼参り。
 まあ、いわゆる刑を終えて出所した人が、自分を告発した者や密告した者、
または捕まえた警察官に仕返しをすること。ほとんど逆恨みにすぎないけれど。

 寺脇虎雄。
 正直いうと、彼には恨まれてもしょうがない。


史久 〜そもそも
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 僕が牙虎こと寺脇虎雄と会ったのは今から三年ほど前。
 当時、僕と先輩が追っていた暴力団組織の用心棒として雇われていた。

「なかなか凄腕らしいねえ」
「……用心棒、ですか」
「寺脇虎雄、牙虎とか名乗ってる男だよ。かなり腕の立つ男らしい」

 表に出ない水面下での暴力団の暗躍の中で、気性が荒く凄腕と名高い牙虎は
捜査を続ける中でも、少々厄介な相手でもあった。

 そこで、僕が打った手、というのが。
 まあ、今から考えても卑怯というかなんというか。


 夜、吹利アポロレーン。
 静かな賑わいを見せる地下一階の屋台通り。

 目指す一軒の店へと、足を踏み入れる。

 薄暗がりの部屋の片隅、常連であるらしい牙虎こと……寺脇虎雄が鞘に収め
た刀を片手に胡坐をかいてちびりちびりと酒をあおっている。噂にたがわぬ、
というか。取り巻く空気は確かにそこらのチンピラとは格が違う。

 背後から無造作に近寄っていくと、残り二メートルほどの距離で背を向けた
まま牙虎が刀で軽く床を叩いた。

「誰だ、貴様」
「どうも、はじめまして牙虎さん……でしたっけ。さすがは聞きしに勝る、な
かなかの腕をお持ちのようですね」
「御託は聞きたくない、俺に何の用だ」
「いや、少々お話をしたく……いえ、お力を試したいというのが本音ですね」
「ほう、何者だ貴様。只者ではないようだが」
「なに、僕はしがないドブネズミです」
 じろり、と鋭い目が睨む。
「ドブネズミに用はない。試したいならば、斬られる覚悟を決めろ」
「ただで斬られるつもりはありませんがね」
「いい度胸だ」
 静かに沈み込むような殺気。
 下手に動けば、その首を薙ぐ気充分といった風情。

「牙虎さん」
「怖気づいたか?」
「いえ、お話があるんです」
「なんだ?」
「稼業の話はおいて置いて、それとは別に僕ときっちり決着つけませんか?」
「ほう」
「刑事としてでなく男として、ね。正直、僕はあなたのような人を見ていると
ちょっと血が騒ぐんですよ」
「ふっ、なるほどな」
「あなたも同じじゃありませんか?」
 口元が笑みを作るのが答え。

「是非とも、ね。本気で手合わせしてみたいなと……あなたにならお分かりい
ただけると思いますが?」
「ああ、わかる。どうやらお前も俺と同じ穴のムジナのようだな」

 なんというか。
 こういう、自分が強いか相手が強いかですべてを計る人というのは、往々に
して思いっきり単純だったりする。こういうタイプには、ちょっとツボになる
所をつついてやれば意外な程に騙せてしまうことがたまにある。

「いかがでしょう、いい死合いができそうじゃありませんか?」
「面白い」
「僕の申し出、お受けいただけませんか?」
「わかった、いいだろう。その死合い、受けてたつ」
「では、場所と時間の指定は僕がします。よろしいですか?」
「ああ」

 しかしまあ、こんなにうまくいっていいのかなあ。


史久 〜うまくいきました
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 そんなこんなで。

「しかし、今日は随分手ごたえない踏み込みだったなあ」
「ですね。でもそれが一番ですよ」
「まあ、子飼いの凄腕の用心棒ってのがいないってのがでかいねえ」
「……ええ」

 こきこきと肩を鳴らしながら、ちらりと僕のほうを見る。
 うん、まあ、うまくいってよかった。

 牙虎。
 たぶん律儀に待ってるんだろうなあ、そういうとこ真面目そうな人だし。
 まあ、なんというか、僕は剣客でも武士でもないただの警察官なんですよね。
卑怯と思われるかもしれませんが、これも戦略。悪く思わないでくださいよ。
 おかげでスムーズに一斉検挙できたことだし、ね。


牙虎 〜律儀メン
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 本宮史久。
 一見、穏やかで茫洋とした、だが寸分の隙も無い男。
 
「あの男……」

 あの男、宮本武蔵を気取るつもりか?

「あの男……なぜこない!?」


史久 〜虎激怒
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 あれから二日後、約束の場所に足を運んで。

「本宮史久……」
「おや、牙虎さん」
「貴様ッ……貴様という男は……」

 ああ、怒ってる。まあ当然だろうけど。

「すみません、二日ほど遅れました」
「ふざけるな!」

 まあしょうがないか、僕のせいで君の面目丸つぶれだもんね。
「一応、こちらも準備万端できました」
「貴様、貴様はっ」
 まあ、僕もそのつもりできましたし。
 安全靴と指先に穴のあいた手の甲と手首を守るための防刃グローブをはめて。
グローブは指先は切って動きやすいように、元々これは手首と甲を守るための
ものだし。

「では、お相手しましょうか」
「貴様、俺をおちょくったことをあの世で後悔しろ!」

 そんなに頭に血昇らせてるとあぶないですよ。
 あとは先輩にお任せかなあ、なんて。


相羽 〜狙撃手
--------------

 さてさて、怒りの虎ちゃんお出ましだねえ。

「虎ちゃん虎ちゃん、牙虎ちゃん」

 スコープを覗く。
 距離よし、照準よし、目標よし。

「虎ちゃん虎ちゃん、牙虎ちゃん」

 奴が体を沈めた瞬間が合図。
 引き金に指をかけたまま、集中する。

「虎ちゃん虎ちゃん、牙虎ちゃん」

 狙いを定める。

「牙がなけりゃあ、仔猫ちゃん」


牙虎 〜時の向こう
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 茫洋と目の前に立つこの男。
 よほどの余裕なのか、構えもなく無造作に立ってこちらを見ている。

「いつでもどうぞ、牙虎さん」
「おのれ、どこまで俺をおちょくるか!」

 刀を抜く。
 同時に奴体を低く沈める。
 振り上げた刃が月の光にぎらりと光った。

「死ね!」

 刃は正確に奴を捕らえた。そのまま、奴の体を真っ二つに……

 と。

 刀を握った両手に衝撃が走る。

「え?」

 右手に握った柄だけが残っている。
 刃が、消えた?

「では、いきます」

 奴の声。
 何が起こったんだ、一体!?

 次の瞬間、俺には時が見えた。


史久 〜連携
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 さて、と。

「いよう、お疲れさん」
「すいませんね、先輩」
「まあ、うどん一週間分で手をうとう」
「……わかりました」

 ちゃっかりしてるなあ、もう。


史久 〜哂う悪魔
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 お礼参り、か。
 まあ確かに恨まれてはいるだろうけど。

「では、お先に失礼します」
「おう、お疲れ」

 あの一件以来、あの牙虎が裏の世界で生きるすべはもうないわけで。

 県警を出て帰路を急ぐ。
 奈々さんはまだ遅いかな、少し遠回りして買い置きとかを済ませてから帰ろ
うか。

 こまごまとした日用雑貨や消耗品を買いこんで、帰宅する。
 奈々さんはまだ帰ってないっぽい。

「ただいまー」

 まだ会議が長引いてたのかな?
 結構あれこれ買い物で時間をとったはずなんだけど。
 居間の明かりをつけて荷物をテーブルに置く、と。

 一枚の紙に気づいた。


『お前の女は預かった』


 一瞬。
 時間が止まった。

 癖のある文字の横に書かれた、牙の印。

 牙虎。


 なるほど、そう来たか。
 全身の血が泡立つような、奇妙な高揚感。そう根っこからの悪党ではないと
思っていたけど、僕の見当違いだったようだね。

 そちらがそう出るなら、こっちも相応のやり方をさせてもらう。

 己が強いか相手が強いか。

 ああいう単純な手合いにきっちりカタをつけるにはどうすればいいか。
 その方法はたった一つ。


 真っ向正面から徹底的に叩き潰す。
 これしかない。

 口元が歪む。
 体の底から湧き上がってくるもの、どす黒い何か。

 駄虎が。
 僕を怒らせるな。


牙虎 〜硬直
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 あまりいいやり方ではないことは自覚している。
 だが、あの男に対するには一番の策だ。

「来たか、本宮!」

 振り向いて、そのまま凍りつく。
 以前の茫洋とした雰囲気とはまったく違う、全身にまとった……殺気。

「きたぞ」

 背筋が凍る。
 足が動かない。

「牙虎」

 震えが抑えられない。

「覚悟はできてるな」

 足が、動かない。
 かちかちと歯の根が合わない。

 まるで射竦められたかのようにその場で縫いとめられて、動けない。

「地獄を見せてやる」

 悪魔が哂った。


相羽 〜虎回収
--------------

 卜部女史が帰宅途中で何者かに連れ去られた、という情報を察知したのが、
つい二時間程前。
 あいつと連絡が取れなくなったのが一時間程前。
 まあ、速攻だったねえ。

 虎ちゃん、生きてっかな?
 まあ、あいつはぶち切れてても冷静だから、殺しはしないとは思うがね。
まあ、当分再起不能ぐらいにはなってそうだけど。

 ぼろ屑のように転がってる虎ちゃん一匹。

「虎ちゃん、生きてる?」
「うう……ああ……」

 ああ、こりゃまた手ひどくやられたもんだね。
 虎ちゃんも決してヘタレじゃないってことぐらいわかるけどさあ、状況が悪
すぎるよ。絶対怒らせちゃいかん相手をわざわざぶち切れさせて正面からぶつ
かるってさあ、おばかさん?

「竜ってさ、あごの裏のあたりだっけかな、逆さに生えた鱗があるわけよ。い
わゆる逆鱗ってやつね」
「あぅ……」
「そいつに触れちまうとなあ、こう、もう大暴れなわけよ」
「うぅ……」
「しかしまあ、わざわざ逆鱗触れて正面衝突ってさあ……おばかさん?」

 俺ら、虎ちゃんが凄腕って知ってたから、わざと正面衝突さけて狡い手使っ
て足止めしたわけだよ。
 虎ちゃん、この世界向いてないよ。まっとうに生きなさいな。
 そんなんじゃ長生きできないよ?警察、甘くないんだからさあ。

「哂う……悪魔が……」

 はいはい、お医者さんくらい連れてったげるよ。
 手間のかかる仔猫さんだね、こりゃ。


時系列 
------ 
 2003年2月頃 
解説 
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 『牙虎』の異名を持つ男。かつて自分を出し抜いた史久への礼参りの為、
 婚約者奈々を人質にとるが……逆に地獄の底へ叩き落とされる羽目に。
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