[KATARIBE 30962] [HA21N] 小説『還ってくる者〜狂気の片鱗』

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Date: Fri, 13 Apr 2007 01:00:51 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30962] [HA21N] 小説『還ってくる者〜狂気の片鱗』
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2007年04月13日:01時00分50秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜狂気の片鱗』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
もう題名がなんんも思いつきません。
えうえうです。

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小説『還ってくる者〜狂気の片鱗』
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登場人物
--------
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 
本文
----


 理由を話したい、と、電話があった。
 無論、と、答えた。



「ちょっと出てくるわ。後頼むな」
「うん、大丈夫」
 タカと白橡。二人の少女を淡蒲萄に預けて、片桐は家から出た。
「さて……」
 部屋の隅で座り込んだまま動かない白橡。泣き疲れて眠り込むまで、片桐の
手を離そうとはしなかったタカ。理由は全く異なるが、どうしようもなく傷つ
いた二人の少女は、それでも黙って狭いあの部屋に居る。

『隆は、行ったか』
 タカに良く似た顔立ちの若い男。彼の訪れから暫くして、電話がかかってき
た。
「来た」
『どう……なった』
 その言葉に含まれる不安は、決して偽りや紛いものではなく。
「タカは、うちにおることになった」
 その答えに、大きな溜息の音が聞こえる。その安堵もまた、本物で。
「そう言えば、裏があると」
『ああ、ある。私も話しておきたい』
 必要最小限の言葉で紡がれる約束。



「どうぞ」
 決して流行っては居ない店の、奥の席。そこに座っていた男は、ぺこり、と
頭を下げた。
 一見しただけではタカとそっくりとは言えない。しかしこちらを見る目の表
情や肩の動きに、やはり血の繋がりを感じさせるものがある。

「先日、あの後、隆が来た」
 何となくやる気のなさげな店員が注文を取り、水を置いてゆく。彼が去った
後、唐突に今宮は口を開いた。
「あの後?」
「あの後、あの場所に。……娘を水に投げ込むとはどういうことか、と、薄笑
いしながら責められたよ」
 どこか人懐っこい笑みを浮かべていた顔が記憶から浮かび上がる。あの顔が
薄笑いしながら目の前の男を責めている、という風景。
 それは奇妙に現実味が無いようでいて、しかし確固たる事実なのだろうとも
思えた。
「……どういうことじゃ」
「文字通りに」

 安西から解放され……というより見放され、ただ水の傍らで座り込んでいる
だけの今宮の元に、やってきた隆のこと。
 タカはどこです、と問い詰めた声。
 ひどいことをする、僕の姪に、と、口では言いながら……笑っていた顔。

(貴方の次にあの子に近いのは僕です)
(あの男じゃない)


「あの男はね。タカが生まれてすぐにうちに来て、紗弓とずっと楽しそうに話
してた」 
 やってきた珈琲は、熱くて苦いだけで、妙に風味が無い。カップを手の中で
くるくると動かしていた今宮は、ふと口を開いた。
 ある意味唐突な文章は、けれど次の言葉で、今までの話題の上にすとんと着
地した。
「……一度たりとも、タカには、目もくれずに」 

 面白いものだよ、と、今宮は笑った。
「彼は、私には一度も……敵意を表したことはない」 
 本来ならば一番嫌われる筈の立場なのに、と、言う。それについては片桐も
ある程度は賛成する。
「でも、彼は多分……タカだけは、心底憎かったのじゃないかな。あの姉さんっ
子を紗弓から引き離す子だから」 

 では何故、と思う。
 では何故、あそこまでタカに執着し、手に入れようとするのか。

 偽善かな、と、呟く声がする。
 珈琲碗を何度も揺すりながら、彼はぽつりぽつり、と、言葉を紡ぐ。
「でも、貴方にタカを引き取ってもらったほうが、私はほっとする」 
 会えないし会いたくない。それでも、と。
 
「……ワシは、なんだかのう、他人のワシがいうのも変じゃが」 
「……」 
「タカを不幸にしたくない」 
 ほっと……溜息が返答に先立った。
「…………そう、言ってくれるならば……紗弓も喜ぶ」 

 迷惑になるよ、と、あの男は繰り返した。
 何度も何度も、泣き出しそうになったタカに、それでも繰り返し。
「……あの男の望みが本当にタカ自身であるなら、それをタカが受け入れるな
ら……それもあるのかのうと思った」 
 実際、言っていることは正しい。父親とうまくいかないのだから叔父が引き
取る。ごく自然なことであるし、もしタカがそれを望むなら、それはそれで良
いとは思っていた。
「……だが、そう思えんのじゃ」 

 正直なところ、何故、と思う。
 本当にタカを引き取ろうとするなら、隆は相当下手なやり方をしていると思
う。あれだけ怯えているのだから少しは宥めるなり……せめて『どうして怖い
のかな』くらい尋ねてやればいいのに。
 怯えるのは当たり前であるかのように、彼は平然とそれを見過ごした。


「私も……決して普通であるとは言わない」 
 憑き物が落ちている。
 苦笑しながらそう言う今宮を見て、片桐はふとそう思う。
 何が憑いていたのかと問われれば少し困る。しかしそれでも、あの時彼が縋
るようにして握っていたものから、今は……少しかもしれないが……手を離し
ているのだな、と、そのことが分かる。
「だが、多分、隆は……私以上に紗弓に固執していたんではないかな、と思う
ことがあった」 
「…………」
 
 たとえそそのかされたとは言え、実の娘を、その母親を取り返す為に『水』
に捧げようとした父親である。妻に対する執着の度合いは、相当である、と、
言い切って間違いではない。
 その、彼以上に執着していたという……のだろうか。
 一瞬絶句した片桐を、今宮は皮肉っぽい笑みと一緒に見やる。
「愛憎というのは、紙一重だと私は思うが……あの男もそうじゃないかな、片
桐さん」 

 いつの間にか珈琲は冷え切っていた。
 適当にぶち込んだクリームが、表面で妙な具合に凝っていた。

「今でも私は、タカを見ると辛い。紗弓を思い出して辛くて仕方が無い」 
 ある意味身も蓋も無いことを、この父親は淡々と言う。
「だが、それでも……タカに、幸せになって欲しくないわけじゃないんだよ」
 その言葉に嘘は無い。ある意味溜息をつきたくなるほど嘘が無い。
「ああ……ただ、あんたは……そんだけそのかみさんのことが……大切やった」 
「…………」 
 そう言った片桐をぎりっと睨んで、しかし今宮は瞬くようにして頷いた。 
「そのあんた以上に、執着してると言うんか」
 質問半分、確認半分のその言葉に、今宮は単純に頷くだけでは留めなかった。
「……考えて、みてくれ。紗弓を私に一度は取られ、その後、タカが原因で亡
くなるってことを……あの男は私より前に知っていた」 
 タカの異能を抑えるために、紗弓が限界までその能力を使うだろうこと。そ
もそも今宮は、妻の異能についても良く知らず、まして娘の異能なんて、妻が
亡くなるまで知らなかったのだ。
 それら全てについて、今宮に教えたのは……隆なのである。
「その、タカ以外に紗弓に似ている者は居ない。そう隆は繰り返していたよ」

(タカは僕が引き取ります)
 そう、何度も繰り返していた男。

「私はタカを、紗弓を思い出しては辛くて見ていられなかった」
 ぽつり、ぽつり、と、男は呟く。 
「まして隆は……タカをどう見ているのだろうと思うとね」 
「……到底理解できんが……それほどの想い、と、言うことなんじゃろな」 
 だが、その思いは……怖い。

「想いをね、率直に吐き出せればそれはそれでまだましなんだと思う」
 ただ、と、今宮は吐き出すように言う。 
「彼の思いは、多分どの時点でも、率直に吐き出す先を持たなかったろう」 
「……確かに」

 姉に対する、異常なほどの執着。
 その姉にそっくりの娘は、その姉の命を縮めた原因であり、しかし同時に、
姉が命を縮めても惜しまないほどに愛していた娘でもある。
 姉への想いを語るわけにもゆかず、姪への感情も恐らくは表に出せるもので
はなかったろう。
 紗弓、紗弓、と、目の前の男は泣き叫んでいた。その心情をどうこう言うこ
とは出来ない。でも彼は少なくとも……叫ぶことは出来た。
 
 その叫ぶことすら、出来なかったとすれば。

「心情は分かるが……ね」 
「……わかるが、理解はしとうないな」 

 何が何でも引き取りたい、と、言い張った言葉。
 けれども同時に、タカが怯えることすら利用しようとばかりに、散々責め立
てた。
 細い細い正気の綱の上を、ゆらゆらと綱を揺らしながら歩いてゆくような姿。

 そして同時に思い出す。
 背中に張り付くようにして、かたかたと震えていた少女。
 隆が出て行って後……まるでたがが外れたように、わんわんと泣いていた声。

「……ワシのエゴじゃ」
 タカを見ていると思うことがある。もしも自分に家族というものがあるなら
ば……と。
 本来、家族であるこの男や隆から、引き離していること自体がエゴでしか無
いのかもしれないが。
「ただ……あの男にタカは渡せんと思う……何がっちゅうわけでもなく、ただ、
そう感じる」 

(おじちゃんごめんなさいっ)
(……でもタカ、ここに居たい……っ)
 父親から繋がりを絶たれたタカにしたら、最大限の蛮勇を奮っての言葉だっ
たろうと……見当はつく。
 それならばそのことを、叶えてやりたい。

 ふ、と。
 今宮は椅子の上ですっと背筋を伸ばし、膝に手を置いた。
 そのまま深く頭を下げる。

「そう、言って頂けると、私は嬉しい」 
 下げたままの姿勢で、はっきりとその声が聞こえた。


時系列と舞台
------------
 2007年3月20日夜。片桐家からそんなに遠くない喫茶店にて。

解説
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 今宮昇による、薬袋隆の説明等。とりあえずギリちゃん応援しますな位置に>今宮父。
***********************************

 てなもんです。 

 であであ。
 


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