[KATARIBE 30945] [HA21N] 小説『還ってくる者〜喪月』

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Date: Tue, 3 Apr 2007 01:15:02 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30945] [HA21N] 小説『還ってくる者〜喪月』
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2007年04月03日:01時15分02秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜喪月』:
From:いー・あーる


どんもー、いー・あーるですー(ぐて)
ぐてぐてっすー

というわけでながすっす(まともな日本語をしゃべれっての)

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小説『還ってくる者〜喪月』
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登場人物
--------
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 安西志郎(あんざい・しろう)
   :整体処・解し屋店主。触手使い。眼鏡着用。
 薬袋 隆(みない・たかし)
   :タカの母親の弟。薬袋家の現在の当主。過去見の能力者。

本文 
---- 

 水面の月を掬おとしたが
  指から零れて掬われぬ

 水面の月を掬うは唯一度
  逃せば二度とは触れられぬ

           **

 池は闇に深く沈んでいる。
「つまり、噂を聞いてこうやって実行した者の記憶を消す、と?」
「そのほうが歪みが無くなる」
 淡々とした声に、今宮はゆっくりと首を横に振った。
「…………私の記憶を消したいのなら、お門違いだ」 
 池の端に崩れるように座りながら、彼は相手を見上げた。
 タカを抱き上げた男は消え、目の前に居るのはどこか静かな顔立ちの若い男
である。能面のような無表情、銀縁の透明な眼鏡が、光の加減なのか目の表情
を覆い隠してしまっている。得体の知れなさを感じながらも、今宮は言葉を止
めなかった。
「消えれば……何度でも、あの子を水に叩き込む」 

 一瞬、池の中から立ち上がった紗弓の姿。
 肌の色も目の色も昔のまま……そしてそのまま、ふわりと消えた姿。

 彼女の姿を忘れることなど無い。
 そして、この顛末を自分が忘れ去ったとしたら、自分はまたタカを捕まえて
この水に捧げようとするだろう。

「それさえ消えたらどうかね」 
「どこから消す積もりかね?紗弓の存在から?」 
 もう何も得るものはなく、何も得られることはない。ある意味この男が消せ
るものなどない。今宮はそう思い、少し笑った。 
「…………私も、そこまで捨て鉢じゃない。人形と引き換えに、あの子を水に
捧げるつもりはない」

 得られないものの為に娘を捧げるつもりはない。けれど、もし得られる可能
性があるなら、自分はそのために何でもするだろう。
 紗弓はもう戻らないと言う。
 ならばもう……惜しいものはない。

「それでも消すなら……勝手にするがいい」 
「そいつは何よりだ」 
 素直に怒るとは思っていなかった。しかし「何より」という返事も予測から
はずれている。不思議そうに見上げた今宮に、若い男は言葉を返した。

「勝手にさせてもらうとしよう」 
「な………っ」
 瞬間、今宮の目前に、異様なまでに鮮やかな幻が立ち上った。


『勇!!』
 突き刺さるような悲鳴と、必死に突き出される腕。
『勇!勇!』
 青ざめ、やせこけた男が、顔をひきゆがめて叫んでいる。
『ゆうっ!!』
 
 伸ばした手の先で、崩れてゆく、少年。
 虚ろな顔。崩れてゆくことさえ認識していないのではと思われるほどの。
 
「……………っ」 

 ぼろぼろと、少年は崩れてゆく。
 全く知らない相手であっても、無惨、と目を逸らしたくなるその光景を、目
前で見、悲鳴を上げているのは。

『うわあああああああああ!!!』
(中嶋さん)

 崩れる。崩れてゆく。

(なんてことだ)

 胸が悪くなるような光景に、目を逸らそうとして……果たせない。
 はっと顔を上げると、若い男はやはり黙ってこちらを見ている。幻というに
はあまりにはっきりとした幻影の後ろで、しかし彼はじっとこちらを見ている。

「そして」
 あまりにも穏やかにそして禍々しく。
 男の口が、動く。

「こう、なる」

 ……そして。

 地獄の一丁目とはこういうことか、と、右の後頭部のどこかで考えていたよ
うな気がする。
 ぼろぼろと崩れ、消えていった少年の代わりに、目の前に立っているのは紗
弓。どこか虚ろな、けれども視線の先を自分にひたりと据えたまま。

 泥のような瞳。

 紗弓の目は、虹彩と瞳の色がとても近い。深い……一番黒に近い鳶色の目が
こちらを見ていると、まるで引き込まれるような気分になったことをよく覚え
ている。
 けれど。
 紗弓の顔、紗弓の髪。
 けれどもその目は、全く異なる。全く何も無い、ただの。

(人形)

 だけれども。

(紗弓)

 その顔が、ふと柔らかい笑みを浮かべる。まごうかたなく紗弓自身の笑み。
「紗弓」
 思わず、伸ばした手の先で。

「……あ……」

 崩れる。崩れてゆく。
 白い指。すらりとした喉元。長めの髪。柔らかく微笑んだ頬の線。
 それらがぼろぼろと崩れてゆく。
「紗弓……っ」
 ぼろぼろ、ぼろぼろと。
 紗弓の表情は変わらない。張り付いたような笑みは妙にリアルで、だけに崩
れてゆく様は尚更に惨くて。
「紗弓、紗弓……っ」
 伸ばした指に、唯一傷一つなく残った左手がふわりと乗った。
 柔らかな、暖かみの残る指、それが一度だけ今宮の指をきゅっと握って。

 ……そして一斉に、崩れて落ちた。

「…………………うぁああああああああっ」 
 
 必死で握り締めた手の中に、残るのはべとべととした土くれとも腐った肉と
もつかない何か。その中の、細く白いものは……骨?
「ああああああああっっ」
 思わず跳ね飛ばした細い骨は、そのまま地に溶けるように消える。
「ああああっ」
 身体ががくりと揺れる。と同時にまるで投げ出されるような衝撃。額の左側
に、ざりっと土がこすれる感触。
「……さ、ゆみ……さゆみいいいっ!!」
 額を土に擦り付けて、悲鳴を上げ続ける今宮を、若い男は眼鏡越しに、ひや
りとした目で眺めている。その目が少しだけ細められた。

 紗弓。
 
 笑う顔。恥ずかしそうにした顔。あどけない顔。驚いた顔。ふくれた顔。
(女の子なんだって)
 ふわりと、まだろくに膨らんでも見えない腹部に手を置いて、本当に嬉しそ
うに笑っていた顔。
(どっちに似てるかしらね)
 お前に似ているほうがいい。その、自分の言葉に、とても嬉しそうに……そ
して半分恥ずかしそうに首をすくめて笑った顔。

 ……紗弓。
 …………紗弓。

 崩れる偽者であっても。
 でも、もう二度と会えないよりは。
 
 二度と…………

「……ぁぁああああああっ!!」
 改めて、その喪失の大きさと深さに、打ちひしがれるように倒れこんだ今宮
を、若い男が黙って見ている。何やら動く気配と共に。
 
           **

 水面の月を掬おとしたが
  指から零れて掬われぬ

 水面の月を掬うは唯一度
  逃せば二度とは触れられぬ


「……紗弓」
 叫ぶ声も尽き果て、涙も枯れ果てる。ごろり、と、半ば死体のように転がっ
た今宮の頭上から、冷ややかな声が聞こえた。

「口車に乗せた相手は『視』せてもらった……そっちをどうにかするとしよう」 

 そして、少し湿った土を踏む、足音。

「………………さゆみ」 

 ぼんやりと、今宮はその名を呼ぶ。

(クチグルマニノセタアイテ)

 虚ろな頭のどこかに、その言葉が木霊する。

(くちぐるまにのせたあいて)

 少しずつ、それが形を取って…………

              **

 コツ、コツ、と、小さな音に片桐は顔を上げた。
 プレハブの壁に嵌ったガラス窓。そのガラスを小さく指でノックする音。

「ん?」 
 なんじゃい、と片桐が視線をやった窓の外には、薄い笑みを浮かべた若い男
が立っている。燻した銀色の縁の眼鏡の奥の目が、どこか面白そうにこちらを
見ている。
「……なんじゃ、アンタかい」 
 泣き疲れてぐっすりと寝入ったタカの手から、そっと自分の手を外す。窓を
あけてやると、相手は少し笑った口元のまま、タカのほうに目をやった。
「始末を押し付けて、良いとこ取りだな」 
「……悪かったのお、こっちも色々、な」 
「もてる男はつらいようだ」 
 視線の先で、すうすうとタカは寝入っている。涙でぐちゃぐちゃになった顔
はまだどこか半分泣いているようにも見えた。
「……大きなお世話じゃい」 
 肩をすくめた片桐に、若い男……安西は淡々と言った。
「おやじさんには、『事実』を『視』せた」 
 無言で視線を向けた片桐に、相手はくくっと笑って言葉を継ぐ。
「あれで転ぶなら、たいしたタマだ」

 事実。
 還ってくる者は……必ず崩れてゆく、というその事実。
 
「……趣味の悪い……いや、それも必要かもしらんな」 

 もし効き目があると思えば、多分何度でもあの父親は娘を水に叩き込む。
 それほどに惚れた妻であったのだろう、と……そう、どこかで分かっている。
 分かってしまう。

「けしかけた相手が居るようだ」 

 闇を背にして、その表情は良く見えない。しかし言葉のどこかに、ぴんと鋭
いものが混じったのが分かった。
「こんな顔でな。嫁さんの弟らしい」 
 眼鏡を外す。と同時にするり、と顔が変わった。

 タカに似ている、というのが第一印象だった。
 黒々とした髪。線の細いやさしげな顔。
 そして何より、虹彩と瞳の色の均質な、どこか飲み込まれるような目。
 その口が開き……柔らかな声をこぼした。

『ねえ、お義兄さん。一年見ないうちに、タカはほんとうに……姉さんに似て
きましたね』

「……!」 
 ぎゅっと目を細めた片桐の表情を確認して、その誰かは手をあげ、つるりと
顔を撫でる。撫でたところからその顔は、元の安西のものに戻っている。 
「まぁ、気をつけることだ」 
「おう……助かったわい」 
 くく、と笑うと、安西は窓辺からくるりと身を翻し、立ち去った。
 まだ少し寒い窓からの風に、タカがくるりと小さく丸くなった。はずみで跳
ねのけた格好になった布団をかけなおしてやり、窓を閉める。

「……簡単には終わらんらしいのう」

 微かに目を細め、腕を組む。
 幾重にも入り組んだ現在から、過去の因縁を見透かそうとするように。


            **

「…………誰だ」
 軽い足音。それがふと自分の傍で止まる。
 今宮は顔を上げた。
「誰……」
「タカは?」
 そこに見出した顔に、今宮は息を呑んだ。
「タカはどこです、義兄さん」
 白い、やさしげな顔。黒い髪。虹彩と瞳の均一な色調のためか、どこか引き
込まれるような目。いつも穏やかな表情を浮かべているそれらに、今はひどく
苛立った色を浮かべて。
「どこに行きました」
「……どこ……って」

 どうして。
 なんで。
 どうしてここに。
 なんでタカのことを。

 全ての問いが喉から零れる前に……蒸発した。
 それほどに、隆の視線は険しかった。

「……誰だその男は」

 荒々しい声が、そう呟く。そして彼はふいと顔を上げ、わざとらしい笑みを
浮かべて今宮を見た。

「義兄さん、ひどいことをするものですね」
「な……」
「僕の、大事な大事な姪に」

 どうしてそれを。
 なんでお前が。

「こんな池に放り込むなんて親の所業じゃないですよね」

 非難の言葉が、どうしてこのように……嘲笑うような響きを帯びているのか。

(口車に乗せた相手は『視』せてもらった)

 焼きつくように、眼前に示される、その言葉。

(くちぐるまに)
(のせて)

 そして今ここでわらっている……

「……!!」
 見開いた目の先で、義弟は笑っていた。
 紗弓と良く似た顔が浮かべている表情は、はじめて見るもので……しかし同
時に奇妙に白い顔に似合っていた。

 白い顔を歪ませる、その邪悪とでも言いたくなる笑み。

「貴方の次にあの子に近いのは僕です」
 笑みを浮かべた口元が、動く。
「……あの男じゃない」
 やさしげな顔が、ひどく下卑た色を浮かべる。
「だから、僕が、タカを引き取ります」

 瞬時。

(中嶋という画家をご存知ありませんか?)
(一年見ないうちに、タカはほんとうに……姉さんに似てきましたね)

 その言葉から放たれた意図が。

「…………隆っ!!」

 この、男は。
 いったい、なにを

「タカの為もあります。警察に告げるとかはしませんよ、義兄さん」
 くくっと笑う声は、今宮の直感をそのまま裏付ける。
「だから……邪魔をしないで下さい」
「邪魔?!」
「僕はタカを引き取ります」
「……必要ない」
 理由は不明。その根拠も不明。ただ。
 紗弓と引き換えにだったら娘を水に何度でも投じると思う。それでも。

 そんな、父親である自分でも。

「あの子は、片桐さんに預けた」

 一つだけ分かる。この男にタカを渡すわけにはいかない。
 それは許してはいけない。

「何で、です?」
「タカが、望んでいたから」

 今宮の言葉に、一瞬隆は黙った。ひどく不快そうな表情が顔を覆った。

「…………いいでしょう。タカに尋ねてみます」
「なにを」
「僕のところに来るか、その片桐さんのところに残るか」

 言葉をつむぐうちに調子が出たのだろう。彼はにっこりと笑って今宮を見た。

「僕は、諦めません」
「…………隆」
「ねえ、義兄さん」

 ざく、と、柔らかな足音を一度だけ止めて、彼の若い義弟は笑った。

「タカは本当に……姉さんに似ていますよね」

 その、声。


 ざくざく、と、軽い足音が去ってゆく。
 胃の腑の底まで冷え切るようなおぞましさに、今宮は暫く沈黙する。

 それでも。
 例え、殺そうとした娘であっても。


(あの男の手元に、置くわけにはゆかない)

 
 毀たれた月の光は、もう二度と手には戻らない。
 タカとの関係も、恐らくは二度と戻らない。

 ……それでも。

「……伝えなければ」
 ゆるゆると、今宮は立ち上がる。最後に残ったその思い一つの故に。

 伝えなければ……あの片桐という人に。


 
時系列
------
 2007年3月19日

解説
----
 壊れた先に見えた、或る歪み。
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 てなもんです。
 隆君、1日後に片桐家来襲です。

 であであ。


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