[KATARIBE 30931] [HA21N] 小説『還ってくる者〜掬月』

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Date: Wed, 28 Mar 2007 00:38:59 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30931] [HA21N] 小説『還ってくる者〜掬月』
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2007年03月28日:00時38分58秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜掬月』:
From:いー・あーる


てなもんで、いー・あーるです。
へれへれです。

訂正とかお願いしますー(ぴー)

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小説『還ってくる者〜掬月』
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登場人物
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 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。

本文
----

『おかあさまをわたしがころした
 おとうさまをわたしはたべてる』
 
 まるで肉食動物が、草食動物を食べるように自然に。

 タカが殺したといえば不公平だ、と、あの人は言った。
 けれども、タカのせいで母は亡くなった、と断言した。
 『おじちゃん』もまた……否定はしなかった。

 誰も否定できないような真実。

              **

 泣きもせず、わめきもせず。
 ことり、と置物のようにタカは座り込んでいる。
 狭い家の、炬燵の前。時折板張りの床で、握り締めた拳を擦り付ける。板と
板との隙間にひっかかるのか、曲げた指の関節部分は、既に擦り切れて血が滲
んでいる。
 それでもタカは泣かない。
 片桐の家に戻るまで、タカは何度も何度も片桐に拳をぶつけ、身をよじった。
まるで辛くて辛くてならないことを、せめてそうやって散らそうとするように。

 泣き声さえあげられない、そういう辛さを。

(タカはワシが預かる)
(異存はないな)

 立ち去る寸前に、そう投げかけた言葉を、今宮は黙って聞いた。
 あの家に今帰すわけにはいかない。だから自分の家に連れてきた。その判断
は決して間違えていないと思う。
 それでも。
 タカは、ことり、と、座り込んでいる。
 
                **

 あれ、どうしてだろう、と、どこかで思っている。
 どうして泣けないんだろうと思っている。

 でも、同時に。
 泣く権利なんて無いのかな、とも思っている。


 ……大好きな大好きな母親を、殺してしまった子供には…………っ

                **

 細い細い糸のような声に、片桐は振り返った。
 頬の辺りをわずかに引きつらせて……けれどもタカは、やはり何も言わない。
 
 すぐ傍に座って手を伸ばす。柔らかな細い髪をくしゃりとかき回すように撫
でて。
「タカ」

 焦点の、やはりずれたままの目が、それでもぼんやりと片桐のほうに向けら
れた。

「…………おじちゃん」 
 ひどくよわよわしい声が、ゆっくりと言葉を綴る。
「タカは、死んじゃったほーがいいのかな」 
「そんなことないわい」 
 何度も何度も頭を撫でる。掌に、不自然なほどの熱が伝わる。 
「おとーさんもおかーさんも殺しちゃう子なら」 
 訥々と、細い声が綴る。
「死んじゃったほーが、いいのかな」 
「殺したんとちがうわい」 
 繰り返し、少女は呟く。繰り返し、片桐は否定する。
 それでもタカの声は、奇妙に乾いたままである。

「……おとーさん、おかーさんが戻ってくるって喜んでた」 
 小さな体が、ゆらゆらと前後に揺れ出す。泣き叫ぶ代わりのように。
「外いったら危ないよって言ってた」 
 どこで掛け違いがあったのだろう、と思う。
 母親が戻ってきて欲しい、と、願いは一緒。本当に二人とも、そう願ってい
たのだろうに。

「タカの母ちゃんはな、タカを助けたかった。父ちゃんはお母さんにもう一度
会いたかった」
 今も、タカの肩の上で、器用にバランスを取りながら静かに止まっている鴉。
それが昨日、変じた姿。
 どのような理由があろうとも、タカの母親はこの子を傷つけようとは思って
居なかった筈なのだ。
「……そのことにタカはなんの責任もないんじゃ」 
 言い切った片桐を、タカはぎりりと見据えた。
 睨むような強さだった。
 
「…………でも、おじちゃん!」 
 小さな顔が引き歪む。
「タカがおかーさんを殺しちゃったよ!!」 
「違うわい」 
 叫ぶような声を、その一言で封じる。タカは黙って、ただせいせいと息を吐
きながら片桐を見上げた。
「タカの為に死んでしもうたのかもしれん、だが、それはタカの罪とはちゃう」 

 草食動物を食べる、肉食動物に罪がないように……?

「…………いや」 
 何度も何度も、タカは首を横に振る。何度も何度も、手を振り回す。壊れる
寸前のからくり人形に似た仕草。
 だから。

 抱きしめる。
 壊れてしまう前に。
 これ以上、傷つく前に。

「いやああああっ」 
「タカのせいちゃうわい」 
「タカのせいだっ」
「違う!」

 ばしり、と、断ち切る強さで放たれた声に、タカは一瞬息を呑んだ。
 そして。

「…………ぃやああああああっ」

 喉の奥から、搾り出すような悲鳴だった。
 切り裂き続けるような声だった。
 小柄な身体の全てを吐き出すような……泣き声だった。


 いやだ、いやだ、と、タカは繰り返した。
 悪うない、タカは悪うない、と、だから片桐も繰り返した。
 今宮の家に降りかかった災いの、全ての理由にされてしまった子供。親から
無惨なまでに棄てられた子供。
 何かから逃げようとするかのように、タカは何度も身をよじる。まるで。

(まるで自分自身から逃げるように)

 何度も何度も頭を撫でる。叫びたいだけ叫ぶまで。泣きたいだけ泣くまで。 
(どこで、何が……ずれてしもうたんかのう)
 二人とも、亡くなった母親をとてもとても愛していた。だから会いたかった。
ただ、それだけなのに。

 そのやりきれなさに、片桐は、何度も何度も頭を撫でる。
 何度も……何度も。



 声がかすれ、そして泣き声が少しずつ小さくなる。
 
「……おじちゃん」 
 しゃくりあげる声の合間、それでも一所懸命に泣き声を止めようとしながら、
タカは片桐のほうを向いた。
「なんじゃ」 
「ほんとにほんとのこと、いって」 
 涙でぐちゃぐちゃになった顔を、一度だけ拳でぬぐって。
「タカがいなかったら、おかーさん今でも生きてたのかな」

 その答えは、恐らく誰にも分からないことだろう。
 どれだけ否定してやりたくとも。

「……それはワシにもわからん」
 ぐ、と、タカの口元がへの字に曲がる。泣き出す前に、だから。
「ただ、ワシはタカが生きとってよかったと思う」 

 それは、確信を持って言える言葉。
 揺るがない言葉。

 ぐう、と、小さくタカの喉が鳴った。
「……おじちゃんは、死なないよね」 
 がたがたと、おこりのようにタカの身体が震える。
「おじちゃんは、タカのせいで、死なないよねっ!?」 
「おう、死なんわい」 
 
 間髪入れない返事。一瞬たりと迷うことなく、それだけは肯定できる言葉。
 一瞬の間。そしてタカは顔をくしゃくしゃにした。

「うわあああああああっ」 

 しがみついて、タカは泣く。辛さの中の一筋の安堵にすがるように。
 しなないで、ぜったいしんじゃだめだよ、と、吼えるような泣き声の合間に、
そんな言葉が聞こえる。

 しなないで。
 (わたしはしらないうちにあなたをころしてしまうかもしれませんから)
 ぜったいにしんじゃだめだよ
 (それでもおねがいですから、わたしのためにしなないでください)

 貴方は死なない人だから、絶対に死なない人だから。


 泣き声がゆっくりと、小さくなって。
 途切れ途切れの声の合間に、静かな長い呼吸音が挟まるようになって。
 抱き上げていた腕に、重みが増すのがわかった。

 涙で汚れた顔をそっとタオルで拭いてやって、ベッドに寝せる。掛け布団を
そっとかけてやって、何度か襟元を軽く叩く。

「…………おじちゃん」 
「……ん?」 
 掛け布団から伸びた手が、片桐の手を掴む。少し痛いくらいにぎゅっと。
 握り返してやると、タカはいやいやをするように首を小さく振った。

「いなくなっちゃ、やだっ……」 
「いなくなったりせんわい」 
 
 それでもどこか、不安そうな顔で、タカは手にすがりつく。額をそっと撫で
てやると、それでも少しだけ、ほっとしたような顔になった。
 そのまま、目を閉じる。じきにゆっくりとした呼吸音だけが、部屋の中を満
たした。

(紗弓ぃっ)

 静かな中で、ふとその声が蘇る。
 惨いほどにあの男はタカのことを見返ることもなく、ただ妻の名を呼ぶだけ
だった。
 妻が生きている時には、あの男もタカを可愛がったことだろう。一切の打算
無く、いとおしみ育ててきたのだろう。

 ……それでも。
 彼が呼ぶ名は、唯一つでしかない。

 片桐は、少しうつむく。
 タカに対する点については別である。しかし、妻の名を呼び続けるその心情
は、その心情についてだけは。
 否定することなど、出来ない。
 

 すうすう、と、タカは眠っている。
 握る手は少しだけ緩んだものの、けれどまだしっかりと片桐の手を握り締め
ている。

 
 どこで食い違い、どこで道を間違ったのか。
 答える者は……居ない。


時系列
------
 2007年3月19日

解説
----
 壊れかけたタカを繋ぎ合わせ留める。願いはやはり壊れたままに。
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 てなもんです。
 であであ。
 
 



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