[KATARIBE 30929] [HA21N] 小説『還ってくる者〜月の無い夜(下)』

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Date: Tue, 27 Mar 2007 01:01:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30929] [HA21N] 小説『還ってくる者〜月の無い夜(下)』
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2007年03月27日:01時01分21秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜月の無い夜(下)』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
ログがある割に苦労苦労です。

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小説『還ってくる者〜月の無い夜(下)』
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登場人物
--------
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 みやま(みやま)
   :タカの肩に常に止まっている鴉。正体は不明。
 安西志郎(あんざい・しろう)
   :整体処・解し屋店主。触手使い。眼鏡着用。

本文 
---- 

 闇を背景にひきゆがんだあの人の顔を見た時に……思い出した。

『おかあさまがわたしをころした
 おとうさまはわたしをたべてる』

 ……それは何年前かに買ってもらった本に載っていた詩。

             **

 それは地図の上では、単なる空き地として描かれている。
 確かによく見ると、単なる空き地にしては広い。また道路や周囲の建物、等、
微妙に妙な具合に建っているらしいことも分かる。
 但し、それは最初に疑いを持った上で探して、初めて分かるものではあるが。


「紗弓……また会える」
 小さな呟きを、タカは夢うつつの間に聞いた。
 とてもとても嬉しそうな声だった。

 くるり、と、何かを滑り降りる感覚。そしてそのまま抱き上げられる。

「…………ある意味で、これで正しいのかもしれないね」
 
 小さな声はとても穏やかで、どこにも反論の余地が無くて。
(正しいんだ)
 ふう、と、どこかで深く頷いている自分が居る。
(……正しい、んだ)
 頭の芯が麻痺したように、その言葉を繰り返している。

「だから」

 支えている腕が持ち上がるのが分かる。微かに反動をつけられているのも分
かる。
 目が、開かない。

「だから……」

 目を開きたくないのかもしれない、と、どこかタカはぼんやりと考える。
 何が起こるのか、ちゃんと分かっているような気もした。

 

「タカ!」 

 こめかみを鋭く刺激されるような感覚。
 抱きかかえていた腕が、がくりと下がるのが分かった。

「アンタ……タカを、どうするつもりじゃ!」 
(おじちゃん……?)
 あれえ、と、何だか妙に呑気に思う。あれえおじちゃんどうしてここに……
と、その思考が自分でも変だと思うくらいにのんびりで。

「……どう?」 
 頭の下、膝の下。支えている腕がかたかたと震えるのが分かる。
「この子の為に、紗弓は命を縮めた。だからこの子が紗弓をつれもどす」 
 優しかった声が、言い切る言葉。
 その全ての単語が、まだ半覚醒の頭に刻み付けられてゆく。意味がまだどこ
か分からないまま、けれども何となくタカは頷いている。
「どこにも矛盾は無い。どこにも異論はない」 
 くるくると、繰り返される言葉。その無惨に過ぎる言葉を、飲み込むように
聞き入れて。
「……お前には関係ないっ!」 

 そして、ふわり、と。
 タカの身体は宙に浮いた。


 頬を鋭く撫でる風。

『おかあさまがわたしをころした
 おとうさまはわたしをたべてる』

 そこからのことは、実はタカも良く覚えていない。ただ、怖ろしいほどはっ
きりと、投げかけられた言葉の意味が『分かった』……分かってしまった。
(この子の為に、紗弓は命を縮めた)
 その、意味。
(ごめんね、タカごめんね)
 謝り続けた母親の声。
(いえ、奥さんの場合は……先例の無いもので)
 父と向き合いながら、首を傾げていた医師。

 ああ違う、あの詩は全く逆なんだ、と、ふと思う。
『おかあさまをわたしがころした
 おとうさまをわたしはたべてる』
 
 てにをはを組み替えるだけで浮かび上がる、突き刺さるような事実。


「タカっ!!」 
 悲鳴のような、片桐の声。ぎゃ、と、短く叫ぶ父親の声。
 肩の上の食い込むような痛みと、馴染みのある軽い重み。
(――――操れ!)
 その言葉はこめかみから、まるで貫くように流れ込んできた。
 同時に、操るべき『何か』も。

 ばしゃん、と、その声に重なる音。
 音はどこか引き伸ばされたように間が抜けて聞こえた。
 目の前に重なっている淡い銀の波を、くるくると自らの周りにめぐらせる。
肩の上のみやまも包むように、くるくる、くるくると。

 さゆみ、と声が聞こえた。
 さゆみ、さゆみ、と、繰り返す声。

「タカ!!」
 ぐい、と、両腕を引っ張られた。一瞬とても痛かった。
 そして……ぎゅっと一度、抱き締められる感覚。
 煙草の匂いがした。少しだけいつもと違う匂いだと思った。
「タカ!タカ!しっかりせえ!」

             **

 その人に最も近いものを『水』に投げ込めば、その人は還ってくる。その話
を片桐も聞いていたし、決して疑っているわけではなかったが。
 それでも。

「……お前には関係ないっ!」 
 叫んだ声と同時に、小さな体が宙を舞う。突き刺さるように鴉が飛びつき、
その肩を掴む。その鴉ごと、一瞬だけ、タカが水面下に没した、瞬間。

(…………!!)

 白い、どこか妖精じみた顔。吸い込まれそうな大きな黒い目。黒々とした髪。
 タカに良く似た、けれどそれ以上に似た顔を、片桐は見ている。

(みやま)

 小柄ですらりとしたその女性は、ひどく無表情のまま、水面にふわりと立ち
上がった。
 還ってくる……もっとも近しいものを代償にして。
「タカっ!!」 

 男を突き飛ばす。同時に手を伸ばし、タカの手を掴み取る。小さな手は全く
濡れてはいなかったが、それを不思議に思う間も無い。
 ぐい、と引っ張ると、存外容易く小柄な少女の身体はこちらに戻ってきた。
同時に、淡く浮かび上がっていた女の姿は、溶けるように掻き消えた。
 消えた、と思った。
 と同時に……どういう状況だったか、腑に落ちるように実感した。
 一瞬、震えが来た。

「紗弓、紗弓」

 熱に浮かされたような声が繰り返しているのを、どこか遠いもののように片
桐は聞く。それよりも腕の中でぼんやりとしている少女のほうが気になった。
「タカ!タカ!しっかりせえ」 
「あ…………」 
 ぼんやりと、少女の唇が動く。同時に小さな手が、片桐を押しのけるように
動いた。否、押しのけるとすら本人は意識していないかのように。
「……おとーさん」 
 小さな声に、ひたり、と、うわ言のような言葉が止まる。ぼんやりとした目
を、それでも相手に据えるようにして、少女ははっきりと言葉を放った。

「やっぱり、タカが、おかーさんを殺したの?」 

 息を呑む気配があった。
 
 黒の服に黒のコート。そのどれも水に濡れた気配すらない。かたかたと、け
れどその背中は小刻みに震えている。肩の上の鴉ごと、少女は小さく震え続け
ている。護るように手を伸ばし、その背中を支えてやりながら、片桐は今宮を
見やった。

「……そうだね、タカが殺したと言ったら、それは不公平だ」 
 がたがたと震える声と、身体。しかしそれは……娘を水に投げ込むためらい
でもなく、ましてそれが見つかった恐怖でもない。
 震えるほどの、興奮と……失望。
 
「……アンタ、取り戻したかったんか」 
 片桐の声もわずかに震えている。多少の恐怖と……それどころではない憤り
の故に。
(娘を犠牲にしてか……っ)
 怒鳴りつけたい衝動を、唇を噛み締めて堪える。流石にタカの前で、そんな
ことを言いたくはない。
 が。
 その声に、今宮のほうは、震えを止めて片桐を見据えた。
「……タカの、異様な視力を抑えるために、紗弓は死んだ」 
 だからこの子供を殺すというのか。
「……そのカミさんが、命を縮めてでも護ってやりたかった子を」 
 かたかたと、掌から伝わる震えが大きくなる。薄い背中を何度も撫でてやり
ながら、片桐は目の前の男を見据えた。
「アンタは!」 
「当たり前だ!」 
 びしり、と、微塵も揺るがない声。それがある意味……今宮からの答えであ
るようだった。
「その子が居る限り、紗弓の命は!」 
 思わず……手が出た。

 タカの背中を支えていた手を離す。伸ばした手で今宮の襟首を捕まえる。
 振り下ろした拳は、今宮を跳ね飛ばした。

「……だが事実だ!」
 がつり、と厭な音がしたところを見ると、相当強く飛ばされたのだと思う。
しかし男は、口元に滲んだ血を拭いながらも、言葉を止めようとはしなかった。
「この子が紗弓の命を縮めるんだ!!」 
 こめかみから血の気が引くのが分かった。それくらいの怒りだとどこかで思
いながら、片桐は手を伸ばし、今宮の襟元を掴みあげた。
「アンタはっ!」 
「あんたに何が分かる!」 
「わからんわい!ただ、タカがどんだけ辛いかくらいはわかるわい!」 
 本当かどうかは、実のところ分からない。けれども実の父親から殺されかけ、
あまつさえ母親の生命を縮めたのはお前だ、と断罪されたら。
 それは。
「……仕方ない」 
 男は、目だけをぎらぎらと光らせながら片桐を見ている。微かにかすれる声
が、けれども毒を仕込んだ楔のように耳朶を打つ。
 
「あれは、草食動物から生まれた肉食動物だ。殺さなければ食われる」 
 微塵も動かない事実であるかのように確信をこめて。
「善意も悪意も、全く関係ない!」 
「……それが、自分の娘に対する言葉かい!」 

 言い放った後、男の全身から力が抜けたようだった。虚ろな目で片桐を見る。
 どのような断罪も、どのような攻撃も、今の彼には通じまい。

「タカは、アンタに渡せんわ……」 
 掴んでいた襟元から手を離す。くたくたと崩れるように座り込んだ男を、片
桐はもう見やることもなかった。
「……アンタにも、タカにも……そうせんとあかん」

 そうだ、タカ。

 視線の先で、小さな少女は、そろり、と立ち上がるところだった。まだふら
ふらする足元を、それでも何とか抑えるようにして。
「……タカ」 
「………………おじちゃん、ありがとです」 
 ぺこん、と、少女は腰を折るように深々と頭を下げた。奇妙に幼い仕草だっ
た。
「でも、おとーさんの言うの、多分正しかった」 

 ふらり、と。
 まるで水に惹かれるように、小さな体が揺らいだ。

「……タカ、お前」 
 両肩を掴む。少女の顔がひきゆがんだ。がたがたと、また震えだす身体を抱
きかかえて、頭を撫でる。
「…………おかーさんを殺したのあたしなんだ」
 がたがたと、小さな身体が震える。吼えるような……泣くことすら出来ない
ような声が、断罪するように響く。
 断罪する。自分自身を。
「……お前に罪はないんじゃ」 
「タカは、居ないほうがいい子なんだっ!」 

 無闇矢鱈に、手足が動く。ばたばたと握った拳が片桐の肩を何度も叩く。
 それでもタカは、泣いていない。
 大きな目は乾いたまま、どこか……中空のどこかを睨み据えているようにも
見える。
 泣くことさえ出来ない、ように。

「……ワシを、ここへ呼んだのは……たぶんな、タカの母ちゃんじゃ」 
「っ」 
「タカを助けてくれ、とな」 
 見据えるような目に、少し笑うようにして、告げる。
「……タカによう似とったぞ」 
 かくかく、と、小刻みにタカの首が動く。
 肯定するように……同時に否定しているように。
「とーさん言ってたように……?」
 恐怖、とは言えない。恐怖の果て、絶望の寸前まで追い詰められた苦しさの
ままに、タカの両手両足がばたばたと動く。
「……おかーさんが帰ってくるって」 
「それは、本物ちゃう」 
「…………っ」 
 小さな手が、ぽかぽかと片桐を叩く。何度も何度も、もうそれしか出来ない
というように。
「……死人に似せた人形じゃ」 
 苦しげに、タカが身をよじる。そっと頭を撫でてやると、もう一度片桐は彼
女の父親のほうを見やった。

「今宮さん」 
 虚ろな目が、のろりと片桐のほうを向いた。
「……アンタがしようとしたことは、死んだカミさんを穢すのと同じことじゃ」 
「…………なぜ」 
「死者は還らん、これは……どうしようもないんじゃ」 
 諦めと絶望、しかしそれ以上に……贄を奪われたくすぶるような怒り。
 その源に向かって、片桐は断言する。
「死者の人形に囚われとるだけじゃ」 
 
 今宮の口がわずかに動いた。そんなことは、と言おうとしたのだろうか。
 けれども、その口は……ふと、悔しげに引きゆがめられた。

「……アンタにとっても、カミさんにとっても、タカにとっても……不幸にし
かならん」 
「…………だ、だが」
 ぐう、と、喉の奥でこすれるような音と共に、今宮が口を開いた。両手で身
を起こし、詰め寄るように片桐に向かって怒鳴る。
「私が待っていたのは人形じゃない、還ってくると!!」 
 中嶋さんが、と、言いかけた言葉を遮り……そして完全に途切れさせたのは、
片桐の次の言葉だった。

「……ワシが見た人形は、すべて……崩れた」 
「!?」 

『還って、くるんですよ』
 青褪めた顔から発せられる言葉。ずっと彼を支え続けていた言葉、を。
『すべて……崩れた』
 相反する、その言葉が。
 砕いた。

「……あ……」
 へたへた、と、今度こそ身体中の力が抜けたように、今宮は崩れた。
「…………紗弓」 

 何度も何度も身をよじらせる少女の身体をしっかりと抱き締めながら、片桐
は唇を噛んだ。

 自分の過ちを、彼は認めた。
 認めたうえで……しかし彼の口からは、一度も娘の名は出なかった。

 一度も、その名を呼ばなかった。

「紗弓……紗弓」
 いとおしむように、懐かしむように。
 そしてどうやっても切れない未練を言葉にしたように。

 月の無い空の闇は、水面を平らかに撫でているように見える。
 しんとして、その水は……動く素振りすら、無い。

 男の顔が、ひきゆがんだ。

「紗弓ぃぃっ!!」 
 
 腕の中で、少女がしがみつくのが分かった。
 何度も何度も頭を撫でてやりながら……片桐はふと視線を動かした。

 細い縁の眼鏡に、恐らく近くの街灯の光が反射している。どこか底の知れな
い表情と言動の若い男は、ちょっと指先を動かして、タカを示し……そして、
ちょい、と、その指を動かした。
 その子をここからつれてゆけ、と、どんな言葉よりも雄弁に伝えながら。

(ここからつれてゆけ)
(見せないほうがいい)

 一つ、頷いて。
 片桐は黙って歩き出した。



時系列
------
 2007年3月19日

解説
----
 全てが壊れてしまった夜の顛末。今宮も、タカも。
******************************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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