[KATARIBE 30921] [HA21N] 小説『還ってくる者〜月の無い夜(上)』

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Date: Fri, 23 Mar 2007 01:04:03 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30921] [HA21N] 小説『還ってくる者〜月の無い夜(上)』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2007年03月23日:01時04分03秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜月の無い夜(上)』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんかもうてけとです。
ごーなんですごー。

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小説『還ってくる者〜月の無い夜(上)』
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登場人物
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 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 みやま(みやま)
   :タカの肩に常に止まっている鴉。正体は不明。

本文
----

 最初は、書類。集まってきた、まだランダムな情報の山。
 意味合いはそれだけでははっきりしないもの。
 ……観測者によって、その意味を見出されるべきもの。

 故に。

『対象者:中嶋和人』
『接触者:亀有正巳、首藤弘毅、今宮昇、里中都……』

 ――――今宮昇?

         **

「もし、消えたお母さんが戻ってくるとしたら?」 
 
 静かな、けれども確信に満ちた声。
 流れてくる……優しい、涙ぐむような波動。

「タカは、手伝ってくれる、かな?」
「うん!」 

 やさしい、やさしい声。
 だから、タカは頷く。
 
「何したらいいの?」
「何でも、してくれるんだよね……」
「うん」
「……ありがとう、タカ」

 ほんのりと笑う父親の、後ろの窓の外には。
 
 そと、には

 がつ、と、耳元で音がした。
 同時に、ばさばさと羽ばたきの音。
 そのまま……タカの視野は、闇に塗りつぶされた。


          **

 抱き上げた娘を、タクシーにそっと乗せる。
「お嬢ちゃん寝てるんですか」
「仕事が遅くなっちゃってね、待ってるうちに寝たらしい」
 ことさらに目立つように、コートを隣に置いて。
「で、お客さんどちらまで」

 地図で丁寧に調べた地名を言う。住宅街の中、中嶋と約束した場所に。

(……そう、ここまでは来て下さい)
(後は御一緒しましょう……私もその時を見届けたいので)
 ちょっと笑って、中嶋は付け足した。
 

 還ってくる紗弓を、水から引き出す時のことを思う。ただただ期待だけがこ
み上げる。
(紗弓が)
 夢のように、あの優しい笑顔が。
(戻ってくる)
 
 

「ありがとう」
「どうも……おやすみなさい、お嬢さんも」
 タクシーをちょっと見送って、それから歩き出す。
 方角の見当をつけようと、ふと空を見て……苦笑する。
 月が出ている筈もない。

 タカを昏倒させた時に、四六時中肩から離れなかった鴉が逃げた。ばさばさ
と、耳元で羽ばたく音はかなり威圧的で、攻撃されるかと退いたのだが。
(所詮は鴉、か)
 ばさり、と、耳障りな音と共に、丁度開いていた窓から飛び出していった。
一瞬追おうとしたが、暗闇にその姿はするりと溶けてしまい、結局は諦めた。
(捕まえたところで……唯の鴉に何が出来る)

 それにしても、と、今宮は辺りを見回す。約束していた筈の相手の姿が見え
ない。
(どうしたろう)
 今更彼が自分を騙す、とは思えなかった。何より彼は自分と同じ願いを持っ
ているのだ。
(何か……起こったのだろうか)
 少し神経質な仕草で、今宮は空を見る。無論月の無い空では、時刻の見当を
つけることも出来ないのだが。
(……仕方ない)
 新月の夜。出来るだけ月の無い時、と思うと、その期間は決して長くは無い。
少なくとも中嶋を待つ必要も無いし、待つほどの心のゆとりも無い。
(紗弓)
 一番確実な時に、この子を投げ込めば。
(戻ってくる)
 背中の上で、子供の体温はほんわりと暖かい。その温かみが彼には、まるで
紗弓のそれに思えた。

 道は、聞いている。
 何度も繰り返し、指示を確かめ思い出したから間違うことは無い。
(このまま行こう)
 もうすぐ。もうすぐなのだ。
 背中で、微かに身動きする気配があった。
(いけない)
 そっとゆすり上げて、そのまま歩を進める。明らかに急いでいるように見え
ぬよう……しかし出来る限り急いで。
 一歩一歩、進む。
 住宅街の間を埋める空は、地上の灯をも吸い取るように暗かった。

            **

 今宮昇。
 今宮、という姓は、そう稀でもないだろうが、かといってそうそう頻出する
苗字でもない。
 今宮昇。
 今宮……タカ。

『おとーさんね……前のおとーさんみたいなの』
『あのね、とーさんがね、おととい、月を見て『下弦の月か、もうすぐか』っ
て言ってたの』

 これまでばらばらだったパズルのピースが、一度に正しい位置に集まってゆ
くような感覚。
 発想し連想する。それらの思考がきちんとした形を取る前に、不安と恐怖の
色だけを鮮明にしてゆく。

『今宮昇:住所……』
 少女の足でとことこやってこれる距離。その距離が如何にも長く……そして
また、その距離はある意味では無限であった、ともいえる。

「……っ」
 時刻はまだ、夜半前。電気の一つもついていておかしくない筈の家は、しん、
と真っ暗だった。

「……タカ」

『ご飯食べたか、とか、お風呂入ったか、とか、もう寝たほうがいいとか』
『寝る前に頭ぽんぽんって』

 涙ぐみながら、それでも笑ってそう言っていた、顔。

「タカ!!」

 踵を返し、駆け出そうとした片桐の目前に、ざぁっと風を切る音。
 夜の中から、産み出されたような鴉。

「……みやまっ」 
 きろり、と、鴉は琥珀の目を片桐に向ける。
「タカは、タカはどうした!?」
 せっつくような片桐の声が、一瞬、止まった。

 闇の中の鴉。それがくるり、と、頭を胸に巻き込むようにまげて。
 そして一瞬の間の、メタモルフォーゼ。

「緊急事態です」

 白い、どこか妖精じみた顔。吸い込まれそうな大きな黒い目。黒々とした髪。
 明らかにタカとよく似た女性は、早口に、でも淡々とした声で告げた。

「今宮がタカを、紗弓を戻すために、霞ヶ池に捧げようとしています」 
「!」

 ばらばらになったピースが形をとり、その上から完全に確定された、ように。
 それはひどく納得できる言葉であると同時に……ひどく恐ろしい言葉だった。

「位置は」

 やはり淡々と、血の気を感じさせない声が語る位置を、把握する。
 住宅街から入り込んだ場所。表通り……というか、車の通る道を行くとする
と、かなり遠回りになるが、走ってゆけばさほどでもない。

「ついてきてください」 
 無表情のまま女は言い、ざあ、と、流れる風に長い髪を舞わせた。
 一瞬の闇。そしてそこに居る闇の色の鳥。
「わかった!」 

 琥珀の目の鴉は、ざあ、と飛び立つ。
 闇の中、それでもその姿は燐光を放つようにはっきりと捉えられる。

「タカっ!!」 

時系列
------
 2007年3月19日

解説
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 そしてDead Lineな夜のこと。その壱。
******************************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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