[KATARIBE 30908] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜呼び声』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 18 Mar 2007 22:42:42 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30908] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜呼び声』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200703181342.WAA22467@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30908

Web:	http://kataribe.com/HA/21/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30900/30908.html

2007年03月18日:22時42分41秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者 〜呼び声』:
From:久志


-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説『還ってくる者 〜呼び声』
==================================

登場人物
--------
 中嶋和人(なかじま・かずと)
     :画家。妻とは死別、一人息子も不治の病で数年前他界。
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
     :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。

水の底
------

 男がいた。
 一人、ただ一人。
 落ち窪んだ目、こけた頬、青ざめた顔。全身から生気そのものを失ってし
まったかのような屍のような姿。

 死とは暗い穴。
 心に空いた穴の奥。
 虚無と絶望の満たされた穴の向こう。
 その奥に。

 潜って

    沈み込んで

        果てしない寒さと虚無と狂気と

            たどり着いた先は

「……勇」
 愛おしげにイーゼルにのせられた白いパネルの表面を撫でる。
 ごつごつと骨の浮き出た手に握られたペンを近づけた。
「……勇」
 その目は既にこの世のものではないなにかを見ていた。

 引っかくような音を立てて、ペンが走る。
 短く、細かく、何度も何度も。
 幾重に折り重なった線が次第に形を作っていく。

 夜の空、吹き溜まる風。禍々しい何かが満ちているような澱んだ空気。
 静かに水を湛えた湖。その内に何かが蠢いているように揺れる水面。

 とり憑かれたようにペンを走らせる、何度も何度も。
 その魂すら塗りこめんとばかりに。
「……還っておいで」

 人は神真似る猿。

 男は、人のあるべき境界を越えようとしていた。


近しい
------

 その男に目を引いたのは、偶然ではなかった。
 いや、むしろその男の声に呼ばれたとも言っていい。

 締め付けられるような痛み。
 言葉にし尽くせない、叫びだしそうな程の苦しみ。
 それはかつて中嶋自身が誰よりも深くその身に感じたものでもあった。

 そして、中嶋が望む願いを叶える為には不可欠の想いだった。

「……見つけた」

 髪を撫でる、母親譲りの少し色の薄い細い髪。傍らに立つ息子の髪を撫でな
がら、中嶋は笑みを浮かべた。
 その視線の先、食い入るように勇の最期の姿を刻み付けた絵を見つめる男を。


「……すみません」
 無防備な背。
 だが、既に互いにその存在を知っていたかのように男の動きは自然だった。
振り向いた男は驚きもせずに中嶋の顔を見た。
「私は、中嶋和人と申します」
 それでも微かに男の手が震えるのを見逃さなかった。

「絵を……あの絵を、ごらんになっていましたね……」

 もうこの時点で男の行く道は中嶋には見えていた。


積もりゆく
----------

 ひとつ、想いを積み上げる。
 またひとつ、想いを積み上げる。

 願いとは無為なのだろうか。
 想いとは無駄なのだろうか。

 どれほど願っても、どれほど想っても。
 切な願いは通じることなく、悲痛な想いも虚しく、もっとも大切な者は中嶋
の手から奪い去られた。

 何故か?

 人は言った。
 宿命と。
 運命と。
 天命と。

 何故か?
 天が決めたものがあるというのなら。
 手の下しようもないものがあるとしたら。

 天すら、崩してしまえと。


「……呼んだんですよ」
「……え」
 訝しげな目。
「心の底から、抉り出されるような痛みの中で、ただ、ひたすら……」

 願った。
 叫んだ。

 ただ一つ。
 奪い去られたたった一つのかけがえのないものを。

「……還ってきてほしい」


 さらさらと冷え切った水の中に沈んでいった、白い粒子。
 揺らぐ水の底からゆっくりと浮かび上がってきた影。

 還っておいで

    還っておいで

        還っておいで

『……勇』

 その為ならば。
 もう二度と手放さない、その為ならば。


「彼女に近しい品を」
 背を向けた男の肩が小さく震えた。
「……水に、沈めなさい」
「……み、水……そこらの水にかっ」 
 上ずった声が搾り出すように。
「この子の最期の絵の元になった、私の今の絵の元となった……場所ですよ」

 思い出の眠る場所。
 全ての悲しみが沈む場所。

「……還ってくることを、願いながら……」 

 去ってゆく背中が小さく消えていく。
 傍らの息子の頭をいとおしげに撫でて中嶋は歪な笑みを浮かべた。
「……そう、もっと必要なんだよ……」
 ぬらりと見開かれた目はもはや正気の光を失っていた。
「……もっと……」 

 想いを。
 重ねた想いを。
 より強く結びつきを強める為の……切な想いが。

 低く響く声。
 引きつったように中嶋は笑っていた。

時系列と舞台
------------
 2007年1月
解説
----
 還ってくる者 http://hiki.kataribe.jp/HA/?Revenant
 http://kataribe.com/IRC/HA21/2007/03/20070309.html#230000
 歪んだ想いに捕らわれる中嶋、今宮昇に道を示す。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30900/30908.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage