[KATARIBE 30907] [HA21N] 小説『還ってくる者〜下弦の月』

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Date: Fri, 16 Mar 2007 23:49:03 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30907] [HA21N] 小説『還ってくる者〜下弦の月』
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2007年03月16日:23時49分03秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜下弦の月』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
また2日ほど居なくなる……前に、ちょっとだけ蛇足ながら。

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小説『還ってくる者〜下弦の月』
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登場人物
--------
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。

本文
----

 さらさらと日が流れる。
 一ヶ月は短いようで長く、長いようで短い。

 月は丸くなり、そしてまた欠けてゆく。
 一旦薄れた闇はまた……その夜の中、濃くなる。

(おとーさん)
 昔と変わらない笑顔。以前、仕事から帰るたびに、見せていた笑顔。
(おとーさん)
 だから。
 ……だから。

 タカは、目を逸らす。
 優しい目の目尻からどくどくと零れる藍紫のどろりとした波から。

(おかーさんが戻ってくる)
 そうなったら、この人はどんなに喜ぶだろう。自分もまたどんなにか幸せだ
ろう。
 どんなにか……そう、どんなにか。

 だから……タカは目を逸らす。
 逸らした目に、窓の外の月が映る。

 いい加減な寒さの夜に、その月はひどく白い。

               **

「とーさんっ」
 愛情が足りないと、子供は育たないのだろうか、と、時折今宮は考える。
「とーさん、ごはん作ったよっ」
 明るい声をあげる娘の頭を撫でる。さらさらと指の間を零れる、柔らかく癖
の無い髪。
 この2月に11歳になった娘の頭の位置は、けれども変わらない。この一年、
この子は背が伸びていないのかもしれない。
 ある意味不安なことが……今は幸運にすら思える。
「そうか、ありがとう」
 
 この子は、変わらない。
 この子は、変わろうとしていない。
 紗弓が……居なくなってしまったあの夜から。

 それはとても……良いことに、思える。
 ふっと笑った途端……しかし今宮は凍りついた。
 タカの肩の上に乗る鴉。琥珀の無表情のままの瞳が、今は突き刺さるように
こちらを見ている。

「電気……つけてなかったのかい」
「うん。あのね、お月様綺麗だったから、電気消してた」

 それは紗弓の、と、言いかけて今宮は口を噤む。
 部屋の電気を消して、窓から親子三人月を眺める。紗弓がとても好きだった
時間。

「……下弦の月か」
 その紗弓の好きな月の、出ていない夜。
 それが彼女の戻る日……と考えると、ほんの少し皮肉にも思えた。
 ほんの、少しだけ。
「もうすぐか」
「ほえ?」

 呟きに、娘が顔を上げる。なあに、と訊きかえすのに、笑って誤魔化す。

 この子には、少し申し訳ないのかもしれない。
 けれども……この子も、最終的には喜ぶだろう。
 喜ぶだろう……母親が戻るのだから。


「あとね、おとーさん」
「ん?」
 子供子供した声が、嬉しそうに弾ける。
「クッキー焼いたよ」
「クッキー?」

               **

「おじちゃん」
 年が明ける頃を境に、霞ヶ池の水の騒動は、言わば四方八方の勢いで広がり
つつある。中でも真越誠太郎からもちかけられた一件は、どうやらかなり無残
な様相を示す可能性があるようだった。
 それでも家に戻った途端、待ち構えていた小さな子供がわーいと飛びついて
きたものだ。
「おじちゃんに、クッキーをあげまーす」
「……は?」
「今日は、ほわいとでーだから、クッキーあげるんだよ」 
 子供、と言うが、まあ一応なりと女性である。一般にいうところのホワイト
デーとは、ちょっと逆ちゃうんか……と片桐としては思うのだが、だからといっ
てタカが嬉しそうにしているのを止める積りもない。
「……おう、そうか。じゃあワシのと交換じゃの」 
 だから買ってきた飴を、手渡す。
「わーいっ」 
 可愛らしくラッピングされた袋を、タカは大喜びで受け取った。
「じゃ、おじちゃんに、はいっ」
「おう、ありがとな」
 こちらはどうやら書類用の紙袋(但し新しいのだろうとは思われる)に入っ
たクッキーを受け取る。覗くと、まん丸なクッキー(それも端っこが微妙に焦
げた)が入っていた。
「あとね、これね、うーねーちゃんと、まなちゃんの」 
 よいしょよいしょと、手提げから袋を二つ取り出す。以前カップラーメンを
一つ買ってこなくて喧嘩(?)になってから、必ずと言っていいほどタカは彼
女達の分も忘れずに持ってくる。

「おじちゃん、食べていい?」 
「おう、ええぞ」 
 ぽむぽむと頭を撫でる。子供特有の温かみが、掌を通して伝わってきた。 
「いただきまーす」 
 ぱくん、と、大きな飴を一つ口に放り込んで。
「……おいしいです」 
 もごもごしながら、嬉しそうに言う。肩の鴉が無表情にその様を眺めている。
「おう、ワシももらうぞ」 
「うんっ」 
 
 紙袋からクッキーを取り出して、齧る。
 少し固めではあるが、それなりに美味しい。

「タカが作ったんか、これ」
「うんっ」
 頷かれて、片桐は改めてクッキーを見る。
 無論、とびきり美味しい……とはとてもいえないわけだが、十分食べること
ができる。それなりに上出来の部類である。

「……あのね、とーさんにもね、クッキーあげたの」 
「そうか」 
 そらよかったんじゃろな、と、片桐は頷く。何よりタカが嬉しそうにしてい
るのだから、何よりのことである。
「とーさんがね……うん、ありがとうって。もったいないからゆっくり食べる
よって」
「よかったのう」
「……うん」
 くすぐったいような、でもそれはそれは嬉しそうな顔のタカを見やる。最初
に感じた、逆棘が抜けないような感覚は消えることはなかったが、それでもタ
カが喜んでいることも……確かなのだ。

「……そいえば、おじちゃん」 
「ん?」
「下弦の月って、知ってる?」 
「欠けてく月のことかいの」 
「あ、そーなんだ」 

 もごもご。
 変わり玉、というのだろうか、舐めていると色の変わる飴の大玉を舐めなが
ら、タカは少し首をかしげた。
「あのね、とーさんがね、おととい、月を見て『下弦の月か、もうすぐか』っ
て言ってたの」 
「ほう」
「なあにって聞いたら、笑ってた」

 まあ確かに、ある程度の人は知っている言葉だが、それ以上ではない。

「月さんあるじゃろ、だんだん欠けてって新月になってまた満ちてくんじゃ」 
「ふーん。じゃあ、お月様が無い日が近いんだ」 
 もごもご。
 ようやく口の中で、それなりに動かせるようになったのだろう。先程よりは
普通の声で、タカが笑った。
「……満月なら、タカも待ち遠しいのになー」 

 どんどんと月は小さくなる。
 出る時刻も遅くなる。

「あ、いけない、遅くなったらまたとーさんが心配する」
「おう、気をつけて帰れ」
「うん」

 うーちゃんおねーちゃんとまなちゃんにあげてね、と、最後に言い置いて、
タカはぱたぱたと帰ってゆく。 
 紙袋からもう一枚クッキーを出して齧りながら、片桐は調書に目をやった。

時系列
------
 2007年3月14日あたり

解説
---- 
 クッキーをはさんでの、ちょっとした会話。だんだんと話は切羽詰ってます。
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 てなもんです。
 であであ。
 


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