[KATARIBE 30904] [HA21N] 小説『還ってくる者〜近しい者』

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Date: Thu, 15 Mar 2007 00:55:40 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30904] [HA21N] 小説『還ってくる者〜近しい者』
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2007年03月15日:00時55分39秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜近しい者』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
へれりです。
昨日の続き、流します。

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小説『還ってくる者〜近しい者』
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登場人物
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 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。

本文
----

 薄い画集の中に、場所は明記されていた。
 手元に残っていたのは、一束の遺髪のみ。それをとことん悩んで二つに分け
た。
 遺骨は手元にない。
 どのような経緯であるにしろ、今は安らいで眠っているだろう紗弓の墓を、
そのようなことで暴きたくはなかった。
 何より彼女の骨を、そうやってもう戻らない場所に、投げるなどということ
はとても出来なかったのだ。

(2月、18日)

 インターネットであっという間に、新月の日は分かった。
 なんでそんなことだけ、あっさり分かるのだろうと思った。
 

 嘘だと思う。絶対にそんなことはありえないと思う。

(……還ってくることを、願いながら……)

 嘘だと思う。絶対に嘘だと思う。
 ……ならば何故、自分はこうやって紗弓の遺髪を手に持ち、この水のほとり
に立っているのだろうか。
 月の無い空。どこかどろりとした大気。
 すぐそこに住宅街が在る筈なのに、ここは奇妙に人気を感じない。

 闇の中の闇の池。


 時刻を確かめる。丁度夜中、そろそろ日付が変わる頃、手の中の髪の毛の束
を確認して。
(何を……やっているんだか)
 微かに唇が、歪む。

 今だって信じているわけではない、と、今宮は思う。
 静かな、それでいて粘つくようなあの男の声。あの声を振り払いたいだけだ
と思う。
 あの言葉がどれだけ嘘か。早く確かめて、嘲笑ってやりたいのだ。

(呼んだんですよ……ただ、ひたすらに)

「……呼んで、どうなる」
 かすれる声が、唇を離れる。
 呼んだ。何度も呼んだ。諦めないでくれ、まだ生きることを諦めないでくれ。
 だが。

(ごめんなさい、あなた)

 何度も。何度も何度も。

(ごめんなさい……)

 生きたいと駄々をこねられるほうが嬉しかった。
 何で一人で、と、泣かれるほうがマシだった。
 一人で……たった一人で、覚悟を決め、全てを終えて逝ってしまった。

「…………っ」
 白い、顔。
 眠るようにと人は言うけれども、そして彼女は確かに眠るように逝ったのだ
けれども。
 どうしてその身体に命はもう宿っていないと、分かってしまうものか。


 ゆらりと、闇は濃くなる。
 腕時計の針は、12の文字の上で重なろうとする。
 そろそろ、なのか。

 指の間を流れる、柔らかな遺髪の感触を、もう一度だけ味わってから。
 それを

 池の、中に。

「…………紗弓ぃ………っ!」
 
 心のどこかが、破裂したような痛み。呼ぶだけで、名前を口にのぼせるだけ
で、痛くて辛くてならない名。
 ちゃぽ、と、頼りない音がした。
 やっぱり嘘か、と、苦笑をのぼせようとしたかしないか、の、時に。

「…………!!!」

 白い影に、それは似ていた。
 微かに水面を渡る波紋。その中心に静かに立ち上る白い影。
 その輪郭。

 長く裾を引く衣。細い背。華奢な肩から伸びる手。いつも肩の辺りを過ぎる
くらいにさらさらと伸びた髪。細い手がその髪をちょっと後ろに払う。癖とす
ら思わなかった、それくらいいつもの仕草。
 白い顔の中の、大きな黒い目。どこか吸い込まれそうなその目が、確かにこ
ちらを一度向いて。
 
「…………さ」
 ゆみ、と、声を発する前に。
 その細い肢体は、さらさらとまた水へと溶けた。
 まるで……雪のほどけてゆくようにも。


 嘘だと、思っていた。
 悪質な……自分も苦しんだから、同じ苦しみを持つ相手をはめてやれ、と思
う程度の。
 ……だけど。

「…………紗弓」

 夢ではない。気の迷いでもない。
 確かに彼女が

 でも

「何で……何で!!」

 一瞬、まるで夢でしかないかのように。


 ふと、思い出す。
 彼の横に立っていた、少年。
 あれは。
(まさかと、思っていた)
(そもそも、子供が亡くなったと言った、隆の言葉が間違いなのだ、と)

 あれほどに確かに、戻ってくるのか。
 あれほどに確実に、紛いようもないほどに。

 ……どうやったら。

(彼女に近しい品を)
 
 まるで彼の中の悔しさや疑問に答えるように、その声がふとよみがえる。

(……水に、沈めなさい)

 彼女に近しい品。

「……沈めたじゃ、ないか」
 ぐ、と、唇を噛み締める。彼女が遺した彼女の欠片。彼の手元に残る、今と
なってはあと半分を残すのみの、唯一無二の。

 唯一、無二の…………?

(ねえ、お義兄さん)
 ふ、と。
 静かな、穏やかな声が耳元に聞こえてくる。
(タカはほんとうに……姉さんに似てきましたね)

 その、声。

(タカはほんとうに……姉さんに似てきましたね)

 何度も、同じ言葉を何度も何度も……耳鳴りに変じるほどに何度も。
 耳元に、繰り返す。

(タカはほんとうに……姉さんに似てきましたね)

 彼女の、欠片。
 墓の下で小さな壷に押し込められた彼女の遺骨よりも、もっと大きくてもっ
と生き生きとしている……

 紗弓の、欠片。


 何度も頭を振った。莫迦な考えだと繰り返した。何を考えているのか、紗弓
が自分の命を縮めてでも助けたいと願った我が子を……と。

(莫迦な)
 親として、否、人としても間違えたことだ。考えることすらいけないことだ。
何度も頭を揺さぶって、考えたことを全て落とそうとした。
 ……なのに。

 暗闇に、やはりひんやりと立つ家の扉を、あけようと鍵を取り出した、時に。

「あれ、とーさんだ」
 開いた扉の向こうから、子供子供した声が響いた。

「とーさんどこいってたの?」


 かつてある男が願をかけた。その願いの代わりに、家に戻って一番最初に目
にしたものを捧げると言って。
 家に戻って、一番最初に目に入ったのは……一人娘だった。
 願いは叶い……男は、その娘を捧げたという。

 古くは旧約聖書に、そして幾多の御伽噺の始まりにある、そういう設定。
 子供らしい、多分年より幼い声に、今宮はその話を思い出し。

 そして…………呑まれた。


「……タカ」



時系列と舞台
------------
 2007年2月18日。新月の夜。

解説
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 今宮父、一つの誘惑に屈する。

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 てなもんです。
 であであ。
 


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