[KATARIBE 30900] [HA21N] 小説『還ってくる者〜毒牙』

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Date: Tue, 13 Mar 2007 23:09:57 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30900] [HA21N] 小説『還ってくる者〜毒牙』
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2007年03月13日:23時09分56秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者〜毒牙』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
還ってくる者、こちらのパート書いて見ます。
とーちゃん、ここでは頑張ってます。

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小説『還ってくる者〜毒牙』
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登場人物
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 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 中嶋和人(なかじま・かずと)
   :画家。妻とは死別、一人息子も不治の病で数年前他界。



本文
----

 振り向いてはいけない、と思った。
 捕らえられる、と思った。

 いつの間にか、あたりに人の姿はなかった。

 くく、と、かすれるような、笑い声。
 
 くすんだ色のトレンチコートに青ざめた顔。目の下には青黒いくま。ある意
味で先程の絵の一群の作者にふさわしい顔立ちの男は、ふっと口元をゆがめた。
 隣には、白いコートをまとった少年がいつの間にか立っている。不自然なほ
どに白い顔と澱んだような目から、今宮は思わず目をそらした。

「驚かれましたか?」 
 男の口元が歪む。それはぎりぎりで笑顔になり損ねて、口元に溜まった。
「あ……いや」 
 口ごもった男を、少年が虚ろな目で見る。その澱んだ、どうやっても奥の見
えない目に、思わず今宮は引き付けられた。
「……呼んだんですよ」 
 ぽつり、と、呟く男の声に、今宮は瞬きをした。
「……え」 
 少年に思わず向いた視線が、その声に父親にふり戻される。視線の先で、男
はにやりと笑った。
「心の底から、抉り出されるような痛みの中で、ただ、ひたすら……」 
 厭だ、と、思った。
 言葉も、その響きも、そして何よりその表情も。

「……還ってきてほしい……と」

 邪悪である、という認識は何が原因なのだろう、と、ふと思う。しかし理屈
を幾つ唱えても、それは自分の今触れている……目の前にしている邪悪さの否
定にはならない。
 今宮の足が、一歩後ろに下がった。
 彼の声は、彼の絵と似ていた。
 恐ろしいほどの嫌悪と……同等の、その魅惑。

「……貴方も、叫んだでしょう……」 
「…………なんの、ことですか」 
 乾いた声に、男は張り付いたような笑みを浮かべてすらすらと言葉を続けた。 
「悲痛なほどに……何を犠牲にしてもいとわないくらいに」 

 少年はじっとこちらを見ている。
 その少年の隣に居て、初めて男はどこか透き通るような表情を見せる。
 透き通るような……そう、自分の欲望に。

「もし」 

(もしその欲望が、濁りではなく透き通るような愛情に基づくものであるなら)

「呼び戻せると、したら?」 

(その愛情に、嘘が無いとしたら)
(したら)


「ば……かなことを」

 声がかすれるのがいまいましかった。
 そんな見え透いた誘惑に、易々と陥る自分が情けなかった。

「人はね、神を真似る猿なんです……そう、ばかなことをと、知りつつも……」 
 いつしか男は、手に持った平べったい包みを今宮の目の前にかざしていた。
絵を包んだ布が、彼の手の一呼吸の動きで取り払われる。

「……っ」 
 それは、奇妙な絵だった。
 白いパネルに、細かいペンの線を重ねた絵。色合いは殆ど群青の濃淡である
筈なのに、そこには澱んだ湖の水が満たされていると見えた。
 時刻は宵から夜に変わる頃。空が闇に侵食されるように染まり行く頃。
 そして……その二つの闇の間に浮かぶ、細い、少年の背中。
 腰まで水に浸された、どこか頼りない。

「呼んだんですよ……ただ、ひたすらに」 

 それは目を近づければ、細い細い線を重ねただけのもの。
 なのに、その絵の中、水の中には何かが蠢いていた。
 満ちてゆく空の闇には、禍々しい力が渦巻いていた。
 細い少年の背中を掠めるように、風が絵から吹き出すようにも見えた。
 その風の、たてる、音……

「…………くっ……」 

 それには形が無かった。
 それには実体も無かった。
 けれども……確かにそこに在った。
 彼を、貶める……落としめるもの。

「貴方にも……いえ、貴方だけはわかるはずだ……」 
 甘美な毒を含む声、と言えばあまりに皮相な表現かもしれない。甘美という
より、逆棘が生えてそのまま自分の心に突き刺さり、引っ張れば引っ張るほど
奥深く刺さるような。

「…………わ、わかるつもりは」 
「だからこそ、貴方にも教えてあげたいと思ったのですよ」 
 目を細めて男は言い募る。 
 耳をふさぎたいと思った。
 それでも耳は聴こうとする。教えてあげたいと男が言う、その言葉をどうし
ても知りたいと思ってしまう。
 どうしても、どうあっても、聞こうとしてしまう。 
「……それでも、望まずには……いられない。わかるでしょう?」 
 静かな、けれども勝ち誇るような……男の声。

「…………もう、いいっ」 
 もぎ離すように、顔をねじる。後ろを向いて帰ろうとする、その背中に。

「……ならば、どうして」 
 ささやくような声が……しかし耳元で。
「貴方はその場から動けないんですか?」 

 
 アスファルトに縫い止められたような足を、必死で持ち上げる。
「……嫌味を言いたいだけならば、自分一人で言ってくれたまえ」
 かすれた声で、それでも必死で言い返す。
「関係ない者を巻き込むな!」

 吐き出すような声が、何とか自分の足を前に進める。物理的にと勘違いする
ほどの、濃密な空気の中を、それでも何歩か進めたときに。


「彼女に近しい品を」 
 その背中に語りかけるように。 
「……水に、沈めなさい」 
 巫女の託宣にも、似て。


「……水」 
「そう」 
「……み、水……そこらの水にかっ」 
 馬鹿にした積りの声が、完全に上ずって響く。
「……この子の最期の絵の元になった、私の今の絵の元となった……場所です
よ」
 相反するように、男の声は、淡々と静かに続く。
 静かに静かに……語りかけてくる。 
「……な、なんのことか……っ」 
「……還ってくることを、願いながら……」 

 帰って……否。
 還って、くることを。

   (紗弓)

「……もう……もういいっ」

 みっともないような悲鳴になる声を抑えて、足を速める。かつかつと、最初
はアスファルトに粘るような気すらした足が、それでも速まり、最後には駆け
足になる。
 
(還って来ることを)
(紗弓)

 白い白い顔。肩を越すほどに伸びた髪。
 
(紗弓……っ!)

「信じなければそれでいい……ただ、願うのは……ただひとつのはずでしょう」 
 笑い声が、耳に、背中に、粘り付くように響く。
 地鳴りのように。
 吐き気を催す……笑い声が。
 笑い声が。

(紗弓……)

 耳を押さえて。必死に目をつぶって。

(……紗弓…………っ!)


時系列と舞台
------------
 2007年1月終わりから2月前半のどこか。

解説
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 今宮父、中嶋の父に誘惑される。

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 てなもんで。
 であであ。
 


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