[KATARIBE 30884] [HA21N] 小説『蛟〜分岐の章』

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Date: Thu, 8 Mar 2007 23:58:01 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30884] [HA21N] 小説『蛟〜分岐の章』
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2007年03月08日:23時58分01秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜分岐の章』:
From:いー・あーる


 てなわけで、いー・あーるです。
 蛟の章、ここで分岐して、中嶋父の話へと合流してゆきます。
 しかし一方、光郎とかのほーは、蛟の話のほーに進む……予定です。

 よって分岐点。ちょっとだけ。

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小説『蛟〜分岐の章』
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登場人物
--------
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 薬袋 隆(みない・たかし)
   :タカの母、紗弓の弟。相手の過去を見る異能者。


本文
----


 厭な絵だと思った。
 同時に、強烈なまでに惹きつけられる絵だと思った。

 守られて頑是無く眠る赤子。
 優しげな、どこかあどけない少年。
 笑う顔。眠る顔。

 
 手渡された画集には、個展の薄い案内状が入っていた。
 にっこりと、人懐こい隆の笑顔が目の前に浮かぶようで……そしてそれが、
ひどく酷薄な色を帯びているようで、今宮は思わず頭を振った。

 自分の息子を題材にして描いていた、と、言う。
 さまざまな年齢と、さまざまな表情。様々な手法と様々な色合い。けれども
紛いもなく、彼はたった一人の息子を描き続けている。

(その息子さんが難病で亡くなりましてね)
 一度は折った筆を、けれども。
(その彼が、今、また、息子を描き出しましてね)

 
 紗弓のことを、ふと思う。
 掠めるように思い出し……その思いは瞬時に、切り裂く白刃ほどの鋭さと共
に蘇る。
 苦笑する顔。
 困った顔。
 泣いた顔。
 振り返って……黒目がちの目を細めて、微笑んだ顔。

(……っ)

 娘の顔を見るのも辛いのは、そのせいだと思う。まだまだ幼い娘は、それで
も日に日にその母にそっくりになるように思う。
 笑う顔も、不思議そうにこちらを見る顔も。
 焼き付くように……そのことが、辛い。 

(その彼が、今、また、息子を描き出しましてね)

 年を追うごとに、少年の表情は透き通り、そしてどこか寂しげになってゆく。
まるで自分の短い生涯を、予感しているかのように。
 そしてその父の筆も、いよいよ鮮やかに透き通るように、その少年を写し取っ
てゆく。先の無い姿を、欠片でも現世に残そうとするかのように。
 強烈なほどの魅力。そして同時に……嫌悪。
 少年に対する、傍若無人なほどの愛情を、彼は絵の中にあまりに露に示して
いる。その愛情は時に魅力的であり、また同時に凄まじいほどの嫌悪を、今宮
のなかに沸き起こすのである。

(その彼が、今、また、息子を描き出しましてね)
 どうして。
 これだけ愛していた相手が目の前より取り去られて、筆を折る。そのことは
今宮にとってみればごく当たり前のことに見える。そのことは少しも不思議で
はない。だが。

 今また息子を描くという。
 どうしてそんなことが可能だというのか。

 微かに紗弓を思い出すだけで、喪失の虚ろさに立ち行かなくなるというのに。
 どうやって。
 

(お義兄さんならこの人の絵が気に入るかと思って)
 隆の顔が、目の前にちらつく。
 いったい……どういう皮肉なのだ。


 最後の……そして最期の一枚の絵の前で、今宮は足を止めた。
 胸が痛むほど明るい光と、深い深い蒼。
 その前に立つ、少年。

(…………紗弓)

 年齢も性別も、顔立ちも何一つ似ていないこの少年の絵は、けれども否応無
しに彼の妻を思い出させる。
 既に死の足音を聞き、けれどもなおぎりぎりまで……微笑み続けた人の顔を。

(紗弓……っ)

 微笑む必要など無かったと思う。
 ぎりぎりまで死にたくない、と、泣いてくれて欲しかったと思う。
 残される者のことを思い、最期まで笑おうとしてくれる、そのことが。

 辛くて、辛くて。


「……すみません」
 会場を出て、息を吐く。
 背後からかけられた声の主に、何故か今宮は疑いひとつ持たなかった。
 名乗る前から、その名前を知っていた。

 そんな、気がしたのだ。

「私は、中嶋和人と申します」
 穏やかな、少しやつれた顔は青白い。
 ごく当たり前の顔の、どこかにくすぶる様に……否ねじり込まれるように残
る、狂気。

「絵を……あの絵を、ごらんになっていましたね……」


 そうして。

 ……今宮は、惹き込まれた。

          **

 男は、上機嫌だった。
 古くから資産家の家に生まれ、それを運営してゆく方法を学びとる。決して
面白いばかりではない作業を、今日は鼻歌交じりに行うくらいに上機嫌だった。

(さあ、頑張って、義兄さん)

 一度は手を離したもの。離す以外に喪わないでいる方法が無かったもの。
 それを……形こそ違うものの、手に入れるための一歩。

(さあ、頑張って)

 示唆したことは確か。押すべき方向を間違えたとは思わない。
 けれど……尚更に彼が上機嫌になるとおりに……彼の示唆をそれと指摘出来
る者はいるまい。すべての事件が起こり、完了した時には。

(あの人は……手放すより仕方なくなるだろう)

 黒目勝ちの、大きな瞳。
 どこか、小妖精を思わせる白い顔と、目の上でふっさりと切られた髪。
 まだ、そして本当の年よりも幼く見える、けれどもどきりとするほどに『似
た』面立ち。

(そうすれば)

 男は声をあげて笑い……そしてふと、考え込んだ。

(だけど)

 暗い部屋で、もごもごとご飯を食べていた姪の、その背後の過去にある姿。
 ぎりぎりでいかつい、といい損ねる顔立ち。

(おじちゃん)
 姪の、明るい声に振り返る、姿。


(あれは……)
 
 ふ、と、男の目が細まる。

(あれは)

 細めた目を……しばしの後、また彼は、少し和ませた。
 ゆっくりとゆったりと、椅子に座りなおす。
 ゆっくりとゆったりと……これまで彼が待ち続けた日々のように。


解説
----
 タカの祖母の葬式の後、隆に誘われるように或る個展に向かった今宮。

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 ここから、一連の話は、『還ってくる者』のほーになるかと思います。
 であであ。
 


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