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Date: Thu, 22 Feb 2007 01:09:56 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30838] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜神真似る猿』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200702211609.BAA99663@www.mahoroba.ne.jp>
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Web: http://kataribe.com/HA/21/N/
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2007年02月22日:01時09分56秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者 〜神真似る猿』:
From:久志
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小説『還ってくる者 〜神真似る猿』
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登場人物
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真越誠太郎(まこし・せいたろう)
:西生駒高校、化学教諭。不治の病の息子を持つ。
中嶋和人(なかじま・かずと)
:画家。妻とは死別、一人息子も不治の病で数年前他界。
ニンギョウ
:M∴F∴C構成員。不死者。照真教の書類上の代表。
才能
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背筋が凍るような、感覚。
貫くように湧き上がってくる、圧倒的な存在感と、引き込まれる魅力。
しかしそれは決して不快なものではなく、むしろどこか安堵や不思議な懐か
しさを感じ、描かれた線の一筆一筆から溢れ出てくるような言葉に尽くせない
何かに、ただ、声もなく魅入られていた。
それが、中嶋和人の絵を初めて見た時の真越誠太郎の正直な感想だった。
吹利新本町駅から近鉄吹利線に乗り込み、電車に揺られること三十分ほど。
人でごった返す大阪の梅田駅に誠太郎が降り立ったのは、昼もとうに過ぎた
時間帯だった。普段からさほど出歩く性質でもなく、また吹利では中心街とい
えど人で埋め尽くされるというほどの混雑はなかなかないというせいもあって、
慣れぬ人並みに揉まれながら押し流されるように目的の場所へと歩を進めた。
細い路地にでてやっと一息つく、手にした葉書には宛名の下に個展の場所を
記した地図と是非おこしくださいという一文が添えられてる。宛名の裏を返す
と、何度か今までの個展で見た絵が印刷されている。
中嶋和人。
誠太郎にとっては古くからの知人であり。また、同じ病気を持つ子の親同士
でもあった――六年前までは。
駅から細い路地へと入り込み、おおよそ二十分弱程歩いた場所にある画廊。
入り口に出された看板には筆書きで『中嶋和人個展』と達筆で書かれ、受付の
周りには贈呈の色とりどりの花が所狭しと飾られ、入り口の少し手前で足を止
めた誠太郎の鼻先にまで百合の甘い香りが漂ってきていた。
今まで何度となく開かれた個展、だが中嶋自身がこの場に現れる事はない。
既に彼の書いた数々の作品はその手を離れ、管理と展示については絵の所有
者にすべて委ねられている。
一歩、中に足を踏み入れる。さほど広い画廊というわけではないが、個展を
開くには随分とゆったりスペースをとった立派なものだった。
駅前の混雑とまではいかないが、画廊の中も週末の展示最終日ということも
あり、男女問わず年齢もバラバラの多くの人が展示された絵を鑑賞しながら、
小声で感想を囁きあう者、ただ言葉もなく感嘆する者、目を見開いて見つめる
者、様々だった。
展示された絵の数々、その全てに描かれているのは中嶋の亡き息子・勇の姿。
ゆりかごの中、小さな手を握り締めて眠る幼子。
水辺を歩きながら、振り返るようにこちらを見上げる小さな姿。
遠く彼方を見透かすような、寂しげな横顔。
細いペンを何度も走らせた緻密な線画。
いくつも淡い色を塗り重ね、透けるような色合いを作り上げた水彩画。
荒々しい筆遣いと、細かな技巧を尽くした油絵。
今まで数々の個展で何度も見たことがあるはずの中嶋の絵は、幾度見ても、
最初に見たときに感じた湧き上がるような何かを失うことはなく。誠太郎はた
だ言葉もなく見上げていた。
僅かに熱くなった目を軽く押さえつつ、溜め込んだものを吐き出すように、
深く息を吐く。
これほどの才を持っていながら。いや、才を持っているからこそなのか。
あるいは、その宿命ゆえに得た才なのか。
妻を早くに亡くし、最愛の息子も逃れられぬ短命の病という宿命を背負い。
ただひたすらに息子の姿を描き続けてきた中嶋。
誠太郎自身、絵に関して深い造詣があるというわけではない。だが中嶋の絵
を見て体中から震えを抑えられなかった。
絵を通じて感じる中嶋の咆えるような慟哭と願いと切な祈り。
人は、その才とは。
画家にとって絵とはなにか、そして描くとはなにか。
その身に降りかかった苦しみが、その才能を開花させたのだとしたら。
彼は、果たして今の成功を望むだろうか。
『真越さん。人はね、神を真似る猿なんですよ』
『え?』
『全知全能、万物の創生主たる者。神を真似て足掻く者』
かつて中嶋が語っていた言葉。
『あらん限りその腕を伸ばし、永劫に届かぬ天を望む愚かな猿』
『中嶋さん……』
『だが、それでも神の猿たる者ならば、望まずにはいられないんですよ』
中嶋の見つめる先、誠太郎の息子・倫太郎と手を繋いで笑う勇の姿。
生まれ持った病ゆえに、短命の宿命を背負った子を見つめて。
『……それでも、望まずには……いられないんですよ』
足を止める。
目の前に展示された一枚の絵。
キャンバスにのびのびと描かれた真夏の日差しとさざなみ立つ水面。
その傍らに立ち、こちらを振り向く少年。
心臓を鷲掴みにされるような、感覚。
それはもう、半分この世ではないどこかに向かってしまったかのような透き
通るような体。どこか憂いを残しつつも、目前に迫りつつある死を受け入れた
かのような聖者のような穏やかな顔、その背後に広がる幾重の色をたたえた湖。
『湖畔の少年』
中嶋の最高傑作と呼ばる、最後の作品にして勇の最期の姿。
誠太郎は思わずコートの胸元を掴んできつく握り締めた。こみあげてくるも
のを必死に抑えながら、歯をかみ締める。
絵の良し悪しの薀蓄を言えるほど、芸術に深い造詣があるわけではない。
感じるのは、ただ、魂を震わせんばかりの悲痛な叫び。
「……中嶋さん」
この傑作を生み出したのは他でもない中島自身の感性と、自らの死期を悟り
それを正面から受け止めた勇の姿。
最期に残した、生きた証。
「素晴らしいですね」
ぽつりと、呟く声に誠太郎は現実へと引き戻された。
いつの間にか隣に立っていた一人の青年。
「あ、すいません」
慌てて脇に避けて場所を譲る。
「ああ、いえ、お気になさらず」
誠太郎に気にした風もなく軽く頭を下げて絵を見やる、少し影の薄い印象を
受ける中肉中背の男。
じっと絵を見つめる横顔を何とはなしに眺めながら。
「……辛いですね」
染入るように、呟く。
その言葉の奥に潜む、青年に似つかわしくない暗い感情。
「ええ、喪うのは……辛いですね」
喪うことへの恐怖と絶望。
どうすることもできない無力感。
「あなたは……いえ、すみません」
問いかけの言葉を飲み込んで、踵を返す。
中嶋の絶望。
青年の想い。
言葉にせずとも感じ取れる、ある種の共感。
誠太郎には痛いほどに理解できた。
時系列と舞台
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2007年1月
解説
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還ってくる者 http://hiki.kataribe.jp/HA/?Revenant
事件の前、中嶋の個展へと足を運ぶ誠太郎。
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以上。
ちょっぴりニンギョウさんをスパイスにお借りしたのこころ。
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