[KATARIBE 30792] [HA21N] 小説『蛟〜暗喩の章』

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Date: Mon, 12 Feb 2007 00:45:08 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30792] [HA21N] 小説『蛟〜暗喩の章』
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2007年02月12日:00時45分07秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜暗喩の章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんつかこー、自分の手元の話がどんどん膨らんでます。
……きけんだきけんだ(えうえう)

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小説『蛟〜暗喩の章』
===================
登場人物
--------
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見、操る能力者。多少不思議系。
 今宮 昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 薬袋 隆(みない・たかし)
   :タカの母、紗弓の弟。相手の過去を見る異能者。
 薬袋光郎(みない・みつろう)
   :薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
 みやま(−)
   :タカに常に伴っている鴉。時にタカの母の姿をとる。

本文
----

 

 その家は、とても暗く、広かった。
 薄い靴下に、板張りの廊下はひどくつるつるとして冷たかった。
「ひゃっ」
 足元がつるっと滑って転びそうになったけど、手を伸ばした先に、もう父親
は居なかった。

 そのことがひどく……ひどく悲しかった。

             **

「ああ……来て下さったんですか、今宮さん、タカ」
「一応この子の、血の繋がった祖母だからね」
「そう、ですね……」
 一年前と同じ……いや、少し頬の辺りのやせた叔父は、少し寂しげに笑っ
てタカの頭を撫でた。
「びっくりした?」
「……うん」
「こちらのおばあちゃんは、見たこともないものね」
「…………………うん」

 傍から見ると奇妙な二人連れである。年齢から考えて父と子、しかし男は子
供に手も出さず、子供は子供で肩に鴉を乗せている。けれども一年振りに会う
叔父は、不思議そうな様子を微塵も見せなかった。

「でも、多分母も……あのおばあさんも嬉しいと思うよ」
「……そかな」
「一緒に……顔だけ、見に来てくれる?」
「うん」
 ひょい、と、何のてらいもなく手を出すから、やっぱりてらいもなくタカは
叔父の手を握る。
 握った手は、ひんやりと乾いていた。
「お義兄さん……宜しければ僕の部屋に。通夜には二人ともお出にならないで
しょう」


「隆おじちゃん」
「ん?」
「つやってなに?」
「ああ……今日の夜にね、おばあさんのことをいろいろ思い出して話したりす
る時があるんだよ」
「……タカ、おばあちゃんって知らない」
「うん、だから、お父さんもタカも、出なくていいと思うよ」
 隆叔父。亡くなった母親の弟にあたるこの人は、やはりどこか母親に似てい
る。
「ただ、夜のご飯とかあるから。タカもおなかすいてない?」
「…………すいてる」
 だよね、と、叔父は笑った。
「だから、僕の部屋で食べてって貰ったらいいなって思うんだよ」

 黒い服に、黒い髪、そしてタカのそれに似た、虹彩と瞳が同質の、深い黒の
目。優しげな笑みを浮かべて、彼はタカのほうを覗き込んだ。

「一年会わないうちに、タカのお母さんに似てきたね」
「……え?」
「ほんとうに……よく似てる」

 黒い、優しいそうな眼。
 でもそこから、何かどす黒くて粘るようなものが、どろどろと流れてきてい
るようで……

「……っ」
「ああ……あ、ごめん」
 ひょい、と、顔を遠ざけて、叔父は苦笑した。
「そんな、お母さんに似てきたって言われても、困るよね」
「……うん」
 実際はそこに困ったわけではない。けれど。
(おじちゃんから黒いものがこぼれてるって……言えないもの)
 繋いだ手は、やっぱり冷たくて、さらさらとしている。
 
『おばあちゃん』の顔は、一目だけ見て終わった。
「隆様、こちら一体」
「ああ……うん、それ僕がやろう。早苗さん、この子にご飯あげてくれる?」
「あら、今ですか?」
「うん。忙しいなら空いてる部屋に、お膳だけ用意して……駄目かな」
「それでいいなら……いいのかな?」
「うん」
 最後の質問は自分に向けてだ、と解釈して、タカは頷く。黒い服に白いエプ
ロンのおばさんは、苦笑して頷いた。
「じゃあ、用意しますよ。いらっしゃい」


「失礼」
「あ、いや……タカは?」
「今、別の部屋でご飯を食べています……いや、ちょっと待って下さい」
 座っていた椅子から立ち上がりかけた昇を、隆は片手で押しとめた。
「お義兄さん、こういう時にって言われるかもしれませんが……中嶋という画
家をご存知ありませんか?」
「中嶋?さあ」
 苛々と答えた昇に、けれども隆は相変わらずのペースで話を進める。
「ずっと、自分の息子を題材にして絵を描いていた画家なんですが……その息
子さんが難病で亡くなりましてね。一時期絵を描いていなかったんです」
 それが何か、と、言いたげな顔に向かって、隆は微笑んだ。

「その彼が、今、また、息子を描き出しましてね」

 その意味を、数瞬の間推理させる。まさか、という顔になった昇に、隆は口
元をほころばせた。その表情は彼の顔を、亡き姉のそれにぞっとするほど似た
ものに変えた。
「これがその人の画集なんです。お義兄さんならこの人の絵が気に入るかと思っ
て」
 差し上げますよ、と渡された画集を無意識にか握り締める。その様子を見や
ると、隆はにこっと笑った。
「ねえ、お義兄さん」
「……何か」
「一年見ないうちに、タカはほんとうに……姉さんに似てきましたね」
「……何を、いまさら」
 小さな頃から自分より、妻に似ていると言われた子だ。大きな黒い目も、そ
の色合いも。
「いや、突然見たからちょっと吃驚しましたよ。あの子が怖いくらいに薬袋の
顔をしていたから」
「…………」
 その言葉に、思わず昇が顔をあげる。その先で、やはり妻によく似たその弟
は、にこにこと笑っていた。
「今日は折り詰めなんです。お義兄さんはこちらでどうぞ。タカがご飯を食べ
たら、こちらに連れてきますよ」

              **

 多くの人の気配。ざわざわと何やら話す声。
「……なんだろーね、みやま」
 台所の近くの小さな部屋に、おばさんは机と折り詰めを出してくれた。入っ
ているのはお刺身や煮物に玉子焼き。確かに美味しいのだが。
(ハンバーグとかのほーがいいのになあ)
 それでも玉子焼きはつやつやと綺麗で、甘みも丁度いい。
(おじちゃん、この玉子焼きなら好きかなあ)
 最近、玉子焼きに凝っている姉貴分を思い出す。大量の玉子焼きに、流石に
うんざりしていた片桐の顔を思い出して、タカはちょっと笑った。
(おじちゃんもおねえちゃんも、ご飯食べてるかなあ)
 そう考えてしまうと、美味しい筈のお弁当もなんだか味気ない。
「みやまは、食べる?」
 いつの間にかテーブルの上に載っていたみやまは、つい、とそっぽを向いた。


「ごはん食べたかな?」
 急に声をかけられて、タカはぴょん、とはねた。
「ああ、ごめんね、びっくりさせて」
 叔父の表情は柔らかい。
「お父さんがね、そろそろ帰ろうって言ってるよ」
「……うん」
「残した?そしたらもって帰る?」
「うん」
 じゃあ、と、叔父は、折り詰めを包んであった紙で、また包みなおした。
「ねえ、タカ」
「ん?」
「この鴉の名前は?」
「みやま」
「……ふうん?」
 つい、と伸ばした叔父の手を、みやまはふいっとすり抜けた。
「おやおや」
「だめなの。みやまってあたしにしか来ないの」
「……ああ、そうだろう」
 折り詰めを包みなおして、叔父はまた笑った。
 優しい、笑顔だった。

「そうだろうと、僕も思うよ」

            **

(さて、どうするかな)
 皿を洗いながら、光郎は考え込んでいた。
(どうするかなと言っても、答えはあるんだけど)
 隆は相手(それが人であろうとモノであろうと)の過去を見る。故に自分が
どのように隠しても、その過去を辿り隠した先を知る可能性は高い。
 で、あるならば、隆に対抗できるだけの実力と、内容を知らず、その関連を
知らないと言い切れる相手が必要となる。預かっているものの正体を知らない
ならば、預けていても大丈夫。そう隆が油断するだろう相手。

 そういうあては、光郎は一人しか持たない。

「……仕方、ないのだろうな」
 ぽつり、と呟く。しかし呟きがそれ以上漏れないように、彼は口を閉じた。

 仕方が無い。
 
(淡蒲萄に……頼むしか、ないか)


解説
----
 一年ぶりの叔父、隆との会話、やりとり。
*****************************************

 てなわけで。
 ただ、一応、覚書として、隆の『過去を見る異能』は、現実にどう動いたか、の
範疇にとどめます。
 つまりそのときどう考えていたか、は見えないわけですな。

 であであ。
 


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