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Date: Sat, 10 Feb 2007 19:14:06 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30783] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜拡散』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2007年02月10日:19時14分06秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者 〜拡散』:
From:久志
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小説『還ってくる者 〜拡散』
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登場人物
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男 :怯えている。
片桐壮平(かたぎり・そうへい)
:吹利県警巡査。通称・世話焼きギリちゃん。捜査零課専任。
河村深雪(かわむら・みゆき)
:検死医のお姉さん。
怯える男
--------
吹利、すっかり日の落ちた夜の道。
一台のワゴン車を運転する若い男。
額に脂汗が浮かび、ハンドルを握った手にはじっとりと汗がにじんでいる。
時折、ミラーに映った後部座席をちらちらと見ながら荒い息を押し殺すように
何度も深呼吸を繰り返している。
ミラーの向う、後部座席にはグレーの毛布に包まれ幾重にもビニール紐で縛
られたものが無造作に転がっている。
「ちくしょう」
震える手でハンドルを捌きながら、何度も同じ言葉を繰り返す。
「ちくしょうちくしょうちくしょう、なんで」
歯の根がかみ合わない、じっとりと滲んだ汗が額から頬へと絶え間なく滑り
落ちる。
ゆれる車内、後部座席に転がった毛布が時折上下する。
「ちくしょう」
震える手でハンドルをきる。
程なくたどり着いた湖畔で車を止めて、辺りを見回しながら後部座席から毛
布に包まった何かを抱え上げる。
「くそっ」
湖畔のボート乗り場から一隻のボートを運び、肩に持ち上げた毛布を乗せる。
汗で滑る手を拭って、オールをこぎ始める。
「……ちくしょう」
大分、岸から離れた位置でビニール紐でいくつも縛りつけた鉄アレイのつい
た毛布を抱えあげる。辺りは暗く、遠く湖畔の向うからかすかに街頭の明かり
がちらちらと光っているのが見えるだけ。
「ぐっ」
息を吐き出すのと同時に毛布でくるんだ体を湖面に放り投げる。
澱んだ空気を震わせて響く水音、大きく揺れる湖面、ぶつぶつと浮かび上が
る気泡、そのままゆっくりと沈んでいく影。
肩で息をしながら、踵を返すように荒い息もそのままにオールを漕いで岸へ
と戻っていく。
暗い水面は、ただ静かに揺れている。
「……あのクソアマが悪いんだ」
誰に聞かせるともなくうわごとのように呟きながら、ボートを元の位置に戻
し、しきりに辺りの様子を伺いながら車へと戻る。
荒い息を吐きながら、震える手でキーをひねり振り向きもせずその場を去っ
ていく。
音
--
明かりの消えた部屋、膝を抱えたまま隅で震える男の姿。
「大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ」
唇をかみ締めて、眠ることもできずに呟き続ける。
外はまだ夜も明けない時間。ただ、一人震えながら。
カタン
玄関のほうから響く物音。
目を見開いて男が体を震わせる。
カタン
カタンカタン
何かが当たる乾いた音。
(な、なんだなんだなんだ)
男の背筋に冷たいものが走る。
恐れ、怯え、罪悪感、吐き気、後悔。
カタン
(何もない、何もない、ばれてない、ばれてないんだっ)
カタン
断続的に響く音。
「……ちくしょうっ」
怯える心を刺すように響く音に、男は震えを押さえきれぬまま立ち上がり、
近くにあった空のビール瓶の首を片手でつかんで、そろそろと玄関へと向かっ
ていった。
カタン
「……誰だ」
精一杯、どすを利かせた声に何の反応もない。
やめておけと何度も心の中で叫ぶ自分と裏腹に、唾を飲み込んでそっとドア
ノブに手をかける。
そこに。
澱んだ瞳の女が立っていた。
ついさっきまで濡れていたかのようにその髪から体から服から水を滴らせて、
その細い首にはくっきりと痣が残っていた。
「ひっ」
男の手に今でも残っている、締めた女の首の感触。
青白い女の唇が動く。
何かを話そうと。
「ひぃぃぃぃ!!」
女が何を言おうとしたのか。
男にそれを確認できる余裕はなかった。
振り上げるビール瓶。
振り下ろす。
振り下ろす。
何度も、何度も。
県警にて
--------
吹利県、吹利県警。
「……こらあ、ひどい」
遺体見ての片桐の第一声。
傍らに立った女性検死官が答えるように深く頷く。
「そうね、頭蓋骨が完全に陥没して、まったく見る影もないわ」
白衣に銀縁眼鏡、長い髪を邪魔にならないようにアップにまとめた、いかに
も出来る女といった風情、もっとも印象だけでなく優秀な検死官であり、片桐
も何度となく助けてもらったことのある相手でもある。
「痴情のもつれで殺害、か」
「ええ……ただ」
僅かに言いよどむ。
「……ただ?」
答えを知っててあえて聞くという風に片桐が続ける。
「頭部を滅多打ちにされて……でも、直接の死因は殴打によるものじゃないわ。
死因は絞殺」
腕を組んで台に乗せられた遺体を見つめる。
「ほう」
「それも、服や皮膚、髪から検出された水。彼女は一度殺害されて湖に捨てら
れている……」
「そうじゃな、供述でも……死んだ女が還ってきた、と」
ぼそりと、片桐が呟く。
「これ以上は、私が立ち入れることじゃないんでしょう?」
横目で片桐を睨みつつ、少しきつい口調で。
「そうじゃの」
肩をすくめて軽く両手を挙げて降参のポーズ。
「……すまんのう、深雪ちゃん。色々まとめたもんをもらえるかの」
「ええ、そうね。いつも都合のいいときばかりこっちに仕事を山と押し付けて、
肝心な所はちっとも話してくれない。食事はあなたから誘ってくれてもいつも
ドタキャン、でも文句のひとつも言いませんから、お気になさらず」
「……ホンマ、今度こそ埋め合わせする、絶対。いつも感謝しとる。頼むわ」
首を竦めて、女性検死官の機嫌を損なわないよう礼をする。
「還ってくる者、か」
ため息混じりに、呟きながら。
時系列と舞台
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2007年1月
解説
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ある夜の日、殺したはずの女が、還ってきた。
還ってくる者 http://hiki.kataribe.jp/HA/?Revenant
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以上。
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