[KATARIBE 30780] [HA21N] 小説『蛟〜朔の章』

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Date: Fri, 9 Feb 2007 22:22:33 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30780] [HA21N] 小説『蛟〜朔の章』
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2007年02月09日:22時22分32秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜朔の章』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
時系列をかけないほど、のんちゃんと進む話です。
一応、でも、このシーンは、1月の終わりから2月のはじめ、と思ってます。

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小説『蛟〜朔の章』
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登場人物
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 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見、操る能力者。多少不思議系。
 今宮昇(いまみや・のぼる)
   :タカの父。妻の死後、子供との交流はほぼ一切無し。
 薬袋光郎(みない・みつろう)
   :薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
 みやま(−)
   :タカに常に伴っている鴉。時にタカの母の姿をとる。

本文
----

 薬袋の一族は、『見鬼』の一族である。
 その能力は血縁を通して伝播するが、その順序は規則的ながら多少変わった
ものである。
 薬袋の一族同士の間に生まれた子供は、大した能力を持たない。しかし外部
の血と交わる時に、その能力は爆発的なものとなる。しかし、その能力者が続
けて外部の人々と交わると、その子供には能力は伝わらない。但し、その子供
が本家もしくは分家と交わると、爆発的には至らぬまでも、或る程度の能力を
保持することが出来る。
 その原則に従い、能力を維持することで、薬袋の一族は奇妙な均衡を保ちな
がら、異常なまでには血を濃くすることなくここまで続いてきたと言える。
 ……ここまでは。

                **

「……タカ」
 さび付いた錠前を、やはり錆びた鍵でこじ開ける時のような声。
「ほえ?」
 夕刻。そもそもこの時間に普通この人は居ないほうが多いのに……と、それ
らの疑問が形になる前に、相手のほうが先に口を開いた。
「ようやく帰ってきたね」
 部屋の奥から、声が聞こえる。何ヶ月ぶりかに自分に向けられた声。
 崩れてしまった半分に、お酒と孤独と闇を染み込ませて、腐食させてしまっ
たような声。
 タカは何度も瞬きした。その声を発する相手の顔をはっきり見ようとした。
 でも、何度目を擦っても、そこには顔の輪郭と、そしてそれ以上にぎっしり
と闇に塗り込められた顔しか見えない。
 輪郭だけの口元が、動いた。
「タカ、お前のおばあさんが亡くなったよ」
「えっ」

 最初にタカが連想したのは、いつも来てくれる祖母。偶にはちゃんとした格
好をしないと駄目よ、と言いながら、ぎゅうぎゅう着物を着せてくれたりと、
毎度有り難いばかりではないけれども、一月に一度くらいはやってきて、タカ
の服と父親の服を、出来る限り調えていってくれる。
(タカちゃん、おせんたくだけ教えておくからね)
 お父さんのシャツはクリーニング屋さんに。スーツやズボンもタカがしなく
ていいから、と。
 時折その顔から、濁ったような緑色の不審や、どこか鋭い黄色の恐怖が流れ
てくるとはいえ、タカにとっては充分『やさしいおばあちゃん』である。
「いや、違う違う」
 タカの表情で分かったのだろう、父親は流石に苦笑交じりに答えた。
「お母さんの、お母さんだよ」

 ほえ、と、タカはぼんやりと口を開く。

「おかーさんのおかーさん」
「そう……お前は行かないといけないからね」
「おかーさんのおかーさん……隆おじちゃんのおかーさん?」
「そう、だね」

 それでもタカは首をひねる。

「その人……しらない」
「だろうね。お前は会ったことないから」
「そんでも?」
「お前のおばあさんだからね」
 さあ、着替えておいで、と、父親は静かに言い、タカの質問をそこで押し留
めた。


 黒い服。黒い靴。
 いつもの服じゃ駄目?と尋ねると、父親は、もっと良い服を、と言った。
「……みやま、どれだろ」
 肩の上の鴉はこつ、と軽くタカの眉間の辺りをつつく。ぐらぐらと極彩色の
流れが、すうと薄れる。
「これ?」
 黒の、ハンガーにかかったままのワンピース。白い靴下。
(特別の時に着る服よ)
 まだあの時は元気だった母親と、一緒にピアノの演奏を聴きに行った時の服。
流麗に流れるピアノの音はとても綺麗で……よって最終的に、タカは相当ぐっ
すり眠ってしまったのだけど。
 襟の部分のレース。黒いリボン。
(こぉら、タカ。そうやって腕をぶんぶんしないの。どうしたの?)
(おかーさんこれ、なんか手が出てこないよー)
(ちょっとまだ大きいわね。でもタカはどんどん大きくなるから)
 あの頃はボタンで長さを調節していた袖も、今は手首のところまで。
 一年のうちに、確かに自分の背は伸びている。

「さあ、行こう」
 着替えて靴を履こうとしたタカに、父親はコートを渡した。
「ありがとう」
 受け取って着よう……として、ふと気がつく。
 父親は、じっと肩の上のみやまを見ている。
「……ほえ?」
「その鴉を連れてゆくのか」
「うん。みやまだよ」
「みやまは知っている。それを連れて……」
 苛々とした声が、ふと弱くなった。
「……いやいい」
 まるで、それ以上のことを聞きたくないとでも言うように。

             **
             
「……やれやれ」
『はいむ』は、ちょっと極端なくらいの防音装置と、その中の静けさが特徴の
店である。昼のランチの時間に暫く開店するが、本来は夜の店(一応バーなの
だからそれも無理はない)なので、始まりは遅い。だから普通、薬袋光郎の朝
は決して早くない。
 が。
(眠れるもんじゃない)
 溜息をつきつつ、光郎は昨日の夜のことを思い出す。
 ろくでもない……本当にろくでもない、話のことを。


「それで……千沙子さんが亡くなったということは、あの破片は」
「2枚を残して全て焼かれました」
「それはまずいな」
「まだ……抑えはことたりておりますが」
 琥珀の玉めいた目が、きろりと光郎のほうを見る。
「あとの二枚は」
「はい、左目と逆鱗が、鬼海の家に」
「……そういう意図か、あれは」
 憮然、として光郎が呟く。
 みやまの表情は変わらない。
「あれだけ引き裂いてしまえば、そのうちの2片ほど無くとも分かるものでは
なかろう、と」
「で、それを鬼海に戻したか」
「もともとは、あの家に薬袋が加担したことですゆえ」
「……絵を預かる役目を、無理矢理に我が物にしたとかいう逸話が残っている
筈だがね」
「仕方が、ありません」
 きろり、と、機械じみた目が動く。
「意地や見栄で片付くことでもありませんので」
「……正論だ」
 溜息混じりに、光郎は呟いた。

 そう、確かにもう、あれは意地は見栄でどうこうできるものでは、ない。

「それで、貴方の手元のほうは」
「今はまだ無事だが」
「お気をつけ下さいませ、本当に」
 能面のような顔から、やはり能面のような声で言うには、尚更に似合わない
言葉ではあった。
「もしも腕ずくで奪おうとすれば、難しいことではございませんでしょうし」
「……確かに」

 無論、普通の家よりは防犯設備も整っているが、あの男が送り込むとすれば、
それ以上の面々であることは間違いがない。

「それに、元々は私の分を取られても、何とか出来るようにするのじゃなかっ
たかね」
「それはそうでございます。今でもその積りです」
「その為に、タカを利用する……?」
「はい」

 一切の感情の篭らぬ声に、光郎は流石に鼻白んだ。

「何をさせる積りなんだ」
「ご存知なのですか、彼女の異能を」
「千沙子さんが一度だけ話していたよ」
 引き取ることの無かった、ある意味でもう縁もゆかりも無い孫のことを。
 きろり、と、琥珀の目が、くるりと回ってこちらを見た。

「あの子の異能が、鍵となると思います」
「……なんだって」
「あの子の……そう、後はどれだけ抽象化を可能とするかが問題ですが」
「抽象化?」
「はい」
 淡々と、彼女は頷く。
「あの子は流れを見て、それを操ります。目に見える流れだけではありません。
心の流れ、感情の流れ、波、流、の言葉をもって表されるものならば」
「見えるのか」
「私が見せます」
 
 薬袋の家は、『見る』家。
 見えぬ筈のものを、確実に見る家。
 時にそれは正常な……普通の人間の視野を完全に占領する。人の目に見えぬ
もののほうが確実になってしまう。
 だからこそ薬袋の者達は、幼時からその能力を制御し、対処する方法を学ぶ。
 狂気に、陥らぬように。

「……大丈夫なのか」
「さて」
 全く湿度の感じられない声に、光郎が顔をしかめる。
「あんたの子供じゃないのか」
「私は既に形代です。そのような表現は無益です」
「そうは言うがなあ」
「何より、あれが放たれれば被害はタカ一人をどうこうなど言っておられぬほ
ど大きくなりましょう。何より」
 スツールに座る娘の言葉はさらさらと細かい砂のようにこぼれてゆく。
 心の声は、そこには無い。ぶれることの無い声は、故に光郎の耳にはひどく
はっきりと届いた。
「それが薬袋の家の、今まで続いてきた理由なのですから」
 
 琥珀の目を真っ直ぐに光郎に向けて、みやまと名乗る女は言い切った。

「蛟を、このまま解き放ってはなりません」
 

解説
----
 タカの祖母が亡くなって、動き出した様々。
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 てなもんです。
 であであ。 
 
 


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