[KATARIBE 30738] [HA06N] 小説『睨』

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Date: Sun, 4 Feb 2007 22:32:49 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30738] [HA06N] 小説『睨』
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2007年02月04日:22時32分49秒
Sub:[HA06N]小説『睨』:
From:いー・あーる


てなわけでいー・あーるです。
自己満足で続けます(えうー)

 てなわけで。
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小説『睨』
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登場人物
--------
 形埜千尋(かたの・ちひろ)
  :吹利県警総務課の大御所。噂話とそれからの推測については異能並み。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヤク避け相羽の異名もち。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。人間戦車。

本文
----

 そして翌日。昼頃……と思しき頃に。
 県警内部に、小規模ながら強烈な竜巻が立ち上った。


「形埜さん、大変です!」
「どうしたの、何事」
 総務課に駆け込んできた、まだ勤めだして2年かそこらの若手の女性は、ぜ
えはあと息を吐いた。
「あの、あの、江坂さんが、相羽さんにっ!」
「……あーやったかっ」
 そこまで聞けば大概理解できる。
「どこそれ」
「休憩室のとこですっ」
 背中でその答えを聞いて、千尋は駆け出した。

              **

 最初から見ていた面々によれば、事態は次のように推移したという。

「相羽さん、おはよーございまーす」
 それは……公平に見れば、単なる挨拶であった、という。多少なりとその声
に媚やら何やらがあったとしても、まあ彼女の場合……良きにつけ悪しきにつ
け、そんなもんだと皆から思われている。
 が。
(あれは…………傍で見てても怖かったです)
 証言者が、思い出しながらぶるっと身を震わせるくらいには、対する相羽の
視線は恐ろしいものだったようである。
 但し……彼をある程度知っている面々は、別に驚きもしない。
(そりゃあさ、ヤク避け相羽だもの)
 道を歩くだけで、強面のヤクザが顔色を変えてこそこそと逃げる。そういう
奴が本気で睨み据えたとすれば……まあそれくらいのことにはなるだろう。

「…………あ、あの、なにかっ」
「……ああ、うちの嫁のことだけど」 
 必死に返そうとする彼女に対して、ゆっくりと相羽はその言葉を放つ。
(途端に体感温度3度は下がったよね)
(逆鱗ってああいうものかと思った。いやしみじみ)
「…………あ、はあ」
 一瞬。
 何でばれた、とでも言いたげな表情が、彼女の頬の辺りに宿る。しかし次の
瞬間には、ふっとそれが解けて、まるでわけがわからないとでも言いたげな…
…そう、毒も何もないものに変わった、らしい。
(……さっすが)
 多少の追求で自分の非を認めるようでは、彼女のような行動は取れまい。
 が。

「余計なこといわないでくれる?」
 とりあえず、それくらいで騙される相手ではないのも、確かである。にっこ
りと……本当ににこやかな顔で、相羽は言い、少し首を傾げた。
 ちゃんと理解できた?と、念でも押すように。
「………………よ、よけいなって……」 
 ただ。
 笑うという表情と、目の示す剣呑さには全く関連が無い、というかもしかし
て逆比例してないかってくらいに剣呑さが上昇していたりするわけで、結果と
して江坂女史は、通路の壁にぺったりと張り付く格好になってしまった。
「あ、たしは、なにもっ」
「ふぅん」
 にやり、と、相羽の口元が、上向きにねじれるように上昇した。

            **

「……あーらら」
 時間にして恐らく2分かそこら。だというのにすっかり人が集まってきてい
る。
「野次馬多すぎ」
 その一人であることを一切無視して、千尋が肩をすくめた。
「で、でも、大丈夫でしょうか江坂さん」
「あーだいじょぶだいじょぶ。多分そろそろ止めが入るから」
「え?」
「ってああ……それもまずいなあ。あそこは奥さんが相羽君とこほど大人しく
はなさそうだし、職場でガチンコってすげー怖いし……」
 は?と、傍らの女の子が首を傾げるのにかまわずに、千尋はちょっと首を伸
ばした。
 期待していた状況打開者は、そこにいた。

             **

「そんな、奥さんに何をあたしがっ!」 
「へぇ、自覚ないんだ」

 必死な、如何にも真実な声に、しかし相羽の声はこ揺るぎもしない。にやり、
と、黙って睨むよりも余程怖い笑顔で相手の言葉に対峙し、流石の江坂の目元
に涙が一杯に溜まった時に。

「…………先輩」
 遠巻きに見ていた周囲から、よいしょ、と人を避けるようにして、人一倍大
きな影が前に出た。途端に周囲からも、江坂からも、安堵の溜息が漏れる。 
「えー、そこまでにしてください」 
 ちぇー、と……途端に凶悪なまでの表情から、その凶悪さが除かれる。肩を
すくめて相羽はとことこと江坂から離れる。そのまま人込みの中を通ってその
場を離れる。
 十戒の映画のシーンの如くに、人垣が割れ、そして相羽の姿が消える。
 途端に……体感温度が、先程下がった3度分ほど急上昇した。

「う…………うわあっ」

 流石に怖かったのだろう、江坂の泣き声が響いた。

            **

「う…………うわあっ」
 泣き声と一緒に、知らせてくれた彼女の肩ががっくりと落ちる。これで大丈
夫、と、思ったのかもしれないが、そこら辺、千尋の意見は異なる。
「ああ、ほら、しっかり。本当……あの人も大人げない……」 
 大丈夫だから、泣かないで、と、史久が江坂の肩をぽんぽんと叩く。
「あっ……たし、そんな、あたしっ」 
「ええと……あの人、なんといいますか……奥さんは……まさに逆鱗なんです、
はい」
「…………そん、なことっ」
「なんていいますか、あの人は……ある意味歩く危険物なんです。本当に」 
 えらい言いようなのだが、この意見には一切異議が入らない。

 ぐすぐす泣きながら、江坂がポケットからハンカチを取り出して、目元をぱ
たぱた叩く。こすらないあたり、もうすっかり習性と化しているのかもしれな
い、と、千尋は半ば感心した。
 それになにより。
(あ、やばいなあれは)
 ハンカチの影から覗いた目は、まだうるうるしながら、でも史久のほうをじっ
と見ている。その目がどうやら本気になる前に。

「……はい、そこで引き取りましょーか」 
 ひょい、と出て行くと、史久があ、と、声を上げて立ち上がった。
「すいません、形埜さん……うちの先輩が」 
 ぺこぺこと頭を下げるのを溜息混じりに見やりながら、違う違う、と、千尋
は首を振った。
「え?」
「いや、どーもこのお嬢さん、気が多すぎるついでに自意識過剰っぽいから」 
 ぽんぽん、と、少し手を伸ばして、肩を叩く。ぐすぐす、と、泣き止もうと
しながら、江坂の視線は一度千尋に向かい、そしてまた……史久に戻った。
「僕からも釘をさしておきますから、泣かないで」
(なーんでそうやって、自分から波乱を起こそうとするかなこの人は)
 はあ、と溜息を一度ついて、千尋は向きを、史久のほうに向けた。

「…………本宮君、ちょっとそこまで」 
「はい?」 
「こんだーこの子が、貴方の奥方の耳元で、『あの奥さん有能だけどつんつん
してて、可愛げないわよねー』とか言い出すわよ」 
 わかってねーなあ、と付け加えた横で、江坂が小さく息を呑んだ。
 かなり……図星であったらしい、と、千尋は改めて憂鬱になる。
 
 やれやれ、と、怒るよりは呆れた顔になって、史久が頭を振る。
「ってわけで、はい、県警で不倫目論んで、奥さんが居るのを確認して悪口言っ
てた子は仕事に戻る!」 
「ええっ?!」 
 江坂の表情が、流石に引きゆがむ。あまりに唐突に……その本心を言い当て
られたのだ、と、周囲にはっきり分かるくらいに。
 はあ、と、史久が溜息をついた。表情は納得から呆れへと変わる。
「机の上に書類たまってるわよ。さっさと片付けてくる!」 
「…………っ」
 息を呑むと、今度こそ江坂はぱたぱたと走っていった。

「……流石ですね」 
「一緒にお茶して、ついでに真帆さんの悪口を聞かされた子の中に、真帆さん
の贔屓がいてね」
 ちょん、と、肩をすくめる。
「先に教えてくれたのさ」 
「……………なるほど」
「でも、これで相羽君には手を出さなくなると思うけど……どうもあの子、割
合年上好きらしいからなあ。相羽君でしょ、史久君でしょ……次は東君?」
「怖いから止めてください」
「……まあ、あそこは奥さん美人だからね」
 二人を並べてどちらを取る、と言った場合、8:2でかをるさんのほうが勝
つ、と千尋は踏んでいる。そういう相手には、ああいった子は手を出さないだ
ろうと思われる。
「まあ……これで少しは大人しくしてくれるといいんだけどね」
「そうであって欲しいですよ」
 しみじみ。
 県警の情報通と、県警一の良識人、との評の高い二人は、こればかりは同時
にやれやれ、と溜息をついた。

時系列 
------ 
 2006年12月はじめ。 

解説 
---- 
『予測されたる弾劾文』の続き。先輩狼、全力で相手を倒してます(汗)
***********************************************

 てなもんです。
 ではでは。
 


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