[KATARIBE 30719] [HA06N] 小説『横恋慕の試み』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 1 Feb 2007 23:48:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30719] [HA06N] 小説『横恋慕の試み』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200702011448.XAA15607@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30719

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30700/30719.html

2007年02月01日:23時48分21秒
Sub:[HA06N]小説『横恋慕の試み』:
From:いー・あーる


 ども、いー・あーるです。
 06補完計画発動中です(うそばっか)

 というわけで、以前チャットでやった、こういう風景。

**************************************
小説『横恋慕の試み』
===================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 

本文
----

 一番最初に、義妹が相羽さんを見た時の感想を、時折思い出す。

(多分女性にもてる顔なんだけど、怖い顔の)
 あの時は、確かに……不機嫌だったろうから、それは怖い顔にもなったろう
けど……でもそれでも義妹にも、女性にもてる顔って認識されたんだ。

 うまくいえないけど。
 自分にとっては、相羽さんは、顔と中身と全部一つで、かけがえのない人な
んだけど。
 でも、中には、顔だけで……決める人も居るんだろうな、とか、そのときは
思った。
 
 ……顔だけしか見てないって、思うのも……もしかしたらあたしのひがみか
もしれないけど。

                  **

 これだけ大量の本が毎週出版されているとどうしてもそうなるのだろうけど、
普通の街中の本屋さんは、ある程度特色を持った品揃えになる。ゲームソフト
のお店の隣では攻略本が充実していたり、駅構内の本屋なら新刊が揃ってる、
みたいに。
 そういう意味で、県警に割と近い本屋は結構あたしのとっての品揃えが良い
店である。どうも店長さんは国内外のミステリのファンらしく、ミステリ系の
本の揃い方が尋常じゃないのだ。
「これ、お願いします」
「はい」
 だから、ミステリの新刊を買いに行くのは、大概この店である。何よりこの
店は県警に近い。無論相羽さんにこの店で会うことなんて無いけど。

 でも。

「では、ご注文繰り返します。カプチーノとアップルパイで」
「はい」

 注文を取ったウェイトレスが去ると同時に、こちらは今買った本を鞄から引っ
張り出す。コージーミステリでは有名な著者は結構出版速度が速いのだけど、
この話に関しては、実は翻訳者の方が癌で亡くなって……そのせいでかどうだ
か、出版までに相当間があったし、だからこちらもとても楽しみな本で。
 グラスに氷を浮かべた水を、少しずつ飲みながら最初のページをめくる。
 相変わらずの、リズムのある訳文に頬が緩む。

「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

 並べられたケーキと珈琲をもう一度並べて。
 ここのアップルパイはシナモンが利いていて、結構好きだ。特にパイの耳の
部分、中身の入ってないとこまで、ほんのりと林檎とシナモンの味がするとこ
ろが。
 フォークを持って、刺そう、とした時に。

「へーここ?」
「うんそう」
 数人の、まだ若い女性達の声。いらっしゃいませ4名様ですか、ではこちら
に、と、流れるようなウェイトレスさんの声が、丁度あたしと背中あわせのボッ
クス席へと彼女達を誘導する。本に目を落としたままだったけど、確かに4人、
ゆっくりと横を通り過ぎるのが判った。

(?)
 ただ、ふと。
 その中に一人、どうもこちらをじっと見ている視線があった……ような気が
した。
 気のせい、だろうけど。

「ご注文は?」
 その声が合図になったように、ひとしきり何を頼むこれがおいしい、と、明る
い声が背中の後ろで飛び交った。

「ねえ、ここ慣れた?」
「うん、だいぶね」
「ヘンないじめとか無いから、いいんだよね、ここ」
 わきゃわきゃ、と、これは多分同じ職場の人なんだろうな。もしかしたら県
警の子達かな……なんて、パイを食べながら思ってたら。
「あとさあ、目の保養になる人多いよねっ」
「そーそー、本宮さんとか相羽さんとかっ」
 そこで確信した。要するに彼女達、県警の職員だ。多分総務か何か。
「あたしは豆柴君が一番だなー。可愛いじゃん」
「えーでも、あの人ロリコンじゃないの?すっごく若い奥さん居るし」
「年齢は実は30過ぎてるってよ?」
「でもほら、見たとこがロリコンならロリコンじゃない?」

 …………なんかこう、どう反論すべきか、って気分になるんだけど。

「あたしは別の人だな」
 妙にはっきりとした声が、そう告げる。
「って誰?」
「相羽さんなんかいいなあ」 

 正直。
 一瞬……どきっとした。
 いや、無理は無いと思う。あの人もてるし。

「えーでも奥さんいるよー」 
「そうそう、噂では、毎日愛妻弁当を作って持ってきてるっていう」
「何かあると、電話をかけまくってる、むちゃくちゃ仲のいい奥さんらしいよ」
 まるで畳み込むような声に、でも、そのはっきりとした声は動じなかった。

「だって、地味で冴えなくて、ついでに相羽さんより年上な女なんでしょ?…
…つまんなーい女」
 
 つまんない、おんな。
 傷つかないとは言わない。文句もいいたい。
 でも……でもどこかで、うんそうだよなって思ったりする。

「つまんないってあんたねえ……」
「あたし、一度屋台で会ったけど、結構感じのいい人だったよ?」
 ってことは、あの人は……風春祭の時に会った新川さんかな。たしなめるよ
うな声に、でも最初の声は負けてなかった。
「だって、ちょっとあたしも見たことあるけど、魅力ないしあの人」 
「ちょっとちょっと!」
「相羽さんと一緒に歩いてたわ。多分買い物だと思うけど……黒っぽい服着て、
黒っぽい靴履いて」
 確かにそれはあたしだ。他の誰でもない。
「見てたけど、ぜんぜん釣り合ってないもの。横に居て全然魅力とか無いし。
あんなんなら来年にはどうなるか判ったもんじゃないって思わない?」
 
 ……そんなことないです、来年も一緒に居ます……って。
 思う、けど。

 けど。

「あんたねえ……」
 呆れた声がたしなめるように響く。
「そりゃうちの職場はさ、相当もてそうな人居るし、ファンなんかも居るけど、
だけど単にファンなだけだからね?」
「あら、あたしだってそーよ?」
「それじゃあ、奥さんに失礼なこと言うのは無しよ。相羽さんとこって、大体
すごく仲良いんだから」
「そりゃあそうでしょうよ」
 華やかな声が、頷く声。
「あの奥さんにしたら、他に捕まえるのって難しそうだし」
「何莫迦言ってるのっ」
 
 もう、こんな話やめようやめよう、と、誰かが言った。だから話はそこで終
わった。
 開いた本は、どこかのっぺりとして、そこに書いていることが頭に入り難い
と同様に、淡々と何も語らないように見えた。

 ああいけない、休み時間が終わる、と、わたわた皆が席を立つ。背中の後ろ
でお会計やら何やらと声がする。
 慌てて顔を伏せて、本に向き合う。わたわた、と、移動する気配、そして。
 
(え)

 こちらを見る、気配。

 思わず顔を上げる。と、その先にはこちらをまともに見ている顔。
 美人、と、咄嗟に思った。最近あちこちに貼ってあるポスターの、誰だか知
らないけど、いつもにっこり笑っているアイドルの顔に良く似た。
 その顔が、にっ……と笑った。
 笑ってそのまま、肩を揺するようにして、出て行った。


 多分最初から、彼女はあたしがここに居て、多分聴いているって知っていた
んだと思う。だからこそあれだけはっきりものを言って。
 だから。

 自分でも、相羽さんと並んでたら、似合わないだろうなって思う。そんなこ
とは自分でも知ってる。相羽さんはよく手を繋いで歩こうとするけど、それが
どれだけ似合わないことか、自分でも判ってる。
 
(仕方ない、よ)
 自分だって時折そう思うものを、まして相羽さんを好きな子が思わないわけ
がない。
(うん、当然なんだし、そういう人が居て) 
 何というか……最初の話題が話題だったし、それ以降も全く女扱いされなかっ
た期間が結構あって、だからあたしもあんまし気にしなかったけど。
 多分相羽さんという人は、女性にとって魅力のある人なんだと思う。潜入捜
査でホストになった時は、そこの一番の売れっ子よりも売れたらしいから。
(仕方ないよ。そういう人なんだし)

 何となく、手慰みのように読んでもいない本のページを繰っていたのに気が
付いて、何ページか元に戻す。
 仕方ないんだから、うん。
 目の前の珈琲は、いつのまにかすっかり冷めていた。

           **

 確かに、相羽さんという人は刑事さんで、恐らく充分に優秀な人で。
 ……だからってその能力を、こちらに使用しなくてもって思う。

「……どしたの一体」
「へ?……って何も?」
 帰ってきて、コートを脱ぐなりそう尋ねるし。
「あ、あのね、今日面白い茸があったから買ってきたよ。ネットで」
「真帆」
 いいかけた言葉を、ぴしゃりと止められる。
「何が、あった?」
 
 言い付けるなんて絶対に厭だと思った。それこそ、彼女曰くところの魅力も
何も無い女が、そんな言い付け口たたくなんて、もっと……卑劣な気がして。
「真帆」
 御飯食べようよ、と言い掛けたのをやっぱり封じるように、相羽さんはスー
ツのまんま座り込んで……そしてくるんと手をあたしの周りに回した。
「……え」
「言ってよ」
 ぐい、と引っ張られて膝の上に抱きかかえられて、わたわたしてる間に、声
が耳元で……
 そういう色仕掛けはどうかと……ってっ。
「ほ、ほんとに何にも無かったしっ」
「…………ふうん」
 信じてません、って顔で、相羽さんはこちらを見て……不意に視線をテーブ
ルのほうに移した。
「ああ、あのミステリ買って来たんだ」
「…………え」
 そ、そういえば、昨日の夜、そんな話をしたっけ。相羽さんは相羽さんで、
本を買いたいなあなんて言ってたけど。
「あのカバーは、うちの近くの本屋の奴だよね」
「……え」
「真帆はそんなに何度も出かけるわけじゃないし、この家で何かあったとも思
えない。ということは、買い物に行った時で……それは県警に近い場所」
 手を緩めてくれるのはいいんだけど……でもそうやって向き変えて、こちら
の顔がよく見える位置に動いて。
 そういうことを、一つ一つあたしの顔見て言わないで欲しい。
「ああ……そしてあの喫茶店に行って来たんだ」
「え?!」
「マッチがある」
「…………う」

 無論タバコなんて吸えないけど、結構お香とかは好きで、それに火をつける
為についマッチとか貰ってきてしまう。あそこの喫茶店のマッチは、デザイン
も好きで、ついつい取ってくる……んだけど。

「……真帆」
 じっと見る目。多分あたしの表情なんかお見通しなんだろうけど……でも。
「そこで誰に会った?」


 約束して、って言った。
「なに?」 
「絶対……怒らないで?」 
「うん」 
 あんまりあっさりそういうから、かえってちょっと不安になって。
「約束してくれる?」 
「ん?」
「……ゆびきり」
 指を出すと、相羽さんはくくっと笑って、うん、と頷いた。
「…………あのね」

 ゆびきりして、だから話した。
 正座しなおして、出来るだけまっすぐに、相羽さんと目を見合わせられる位
置で。
 相羽さんは……嘘をつかないから。約束は破らないから。

 ……なんだけど。

「だから、相羽さん、怒らないって」
「怒ってない、よ」
 それ絶対嘘だ。
「……だけどね、当然だと思うんだよ」 
 今の自分が出せる限りの、冷静な声と表情で。
 相羽さんは、ふう、と溜息をついた。
「だからね」
 ふわり、と、肩に回る手。 
「俺はお前の半分だっていったよね?」 
「……うん」 
 思わずうつむいたけど、指がぐっと顎を持ち上げる。
「お前さんが自分自身を……低く見るってことは」 
 視線の先で、相羽さんはどこか厳しい……でも、どこか哀しそうな顔をして
いた。
「俺のことを落としてるのと、同じだよ?」 
 それは…………突き刺さった。

「俺のこと、貶めたい?」 
「……そんなこと、絶対無いけどっ」 
 そんなこと、考えただけで涙が出てくるのに。
「お前がそこで自分がダメだって納得しちゃうのはそういうことだよ?」
 違う。そうじゃないって思う。
 だけど……そう言ったら、じゃあ、半分じゃないのって言われそうで。
 言われたら……いや、言われたくない、そんなこと。
「…………でも、それとは別の話として、相羽さん女性にもてると思うし、以
前からそうだったんだし」 
 いいかけて……思わず黙る。
 相羽さんは、そういう目を……していた。

「俺がね、他のお姉ちゃん100人にもててようが、お前がいい」 
 静かな声が、静かに、そう言い切る。
「これは、かわんないよ?」 
 今まで何度も、相羽さんはそう言ってくれた。沢山のおネエちゃんを相手に
してきたから、だから一杯比較対象が居るよね、そんな憎まれ口を叩くあたし
に向かって、何度も何度も。
(信じられない?)
 その言葉も、そういう相羽さんのことも……信じて、いるんだけど。

「相羽さんをね、信じてないわけじゃないの」 
 それについては、あたしは自信を持って言える。どれだけ真正面から目を合
わせられても、そこだけは全く揺るがない。

 だけど。

「そんでも……それが判らない人には、そう見えても仕方ない、から」 
 
 あの女の子の目には、あたしがつまらなく見えた。
 相羽さんには、あたしは……多分、とても価値があるものみたいに見えるん
だと思う。どうしてかな、とは思うけど、でもとにかくそれはそういうものな
のだ、と。
 だけど、それだからといって、あの女の子にあたしがつまらなく見えないっ
てことは有り得ない。
 それは、もう……仕方ないことだと、思う。
 だから。
「…………仕方ない、なって」 


 不意に、ぎゅっと手を握られた。
 そのまま引っ張り寄せられる。バランスを崩して半ば倒れこんで。
 背中に回る手。ぎゅっと……少し痛いくらいに抱きしめてくる手。
 本当に微かに……腕が、震えてる?

「手、離さないでよ」 
「……え?」 
「俺の」
 どういう……こと? 
「……離してない、よ」 
「だったらさ、納得しないでくれる?」 
 声の端々が、やっぱり震えて。
「……俺から離れていくかと思ったから」 
「…………それはっ」 
 それだけはない。そんなことは無い。
 あたしからは絶対にこの人の傍を離れたりしない。
「……でも、相羽さんがどう思っても、そう思う人は……いる、から」 
「だめ」 
 まるで小さな子供が、頑として譲らない時のように、本当に間髪居れずに声
が返った。
「そんな他の奴なんか知らないもん」 
 怒ったように……悔しくてならないように。
「そんなしょーもないこという奴なんかジャガイモだと思ってればいいよ」 
 その言い方のどこかしらが、むきになっているようで……でも、なんだか急
にジャガイモとか言うから、ついつい……可笑しくて。
「…………じゃがいもにしては、可愛かった」
 笑った途端に……必死で堪えていた涙が、こぼれた。
 泣き笑いの、自分でもなんて変な顔になってるだろうな、って思うような。
「…………ごめんなさい」
 手を伸ばして、背中に回す。無茶を言ってる自覚はあるから。
「あやまらなくていいよ」 
「でも相羽さん……約束だから」
「え?」
「……怒らない、でね?」
 ほんの半拍ほど返事が遅れた……と思ったのは、気のせいだろうか。
「怒らないよ」
「……ほんと?」
「うん」

 背中に、手を回して、出来るだけ撫でてみる。
 この人の背中から、怒りや苛立ちが噴出しているような気がして。

「相羽さん……なんか怒ってる」 
「……怒ってないよ」 
 返事は淀みが無くて、だから尚更に……何かまだ怒ってるなって。

「……あのね、あたしは……怒ってないから」 
 もし、あたしが相羽さんの立場だったら……多分それでも怒ると思う。それ
は判ってる。無茶を言ってる自覚はある。
 でも。
「相羽さんも……怒らないで」 
「うん」 
 優しい声。見上げたら、少しだけだけど、笑っている顔。

 ……だけど。
 だけど。

「真帆」
「あ、はい」
「ごはん、食べよっか」
「あ……あ、ごめんなさいっ」

 ぽんぽん、と、頭を撫でるように叩いて、そして相羽さんは笑う。
 穏やかに、いつものように……
 ……でもどこかに、物騒極まりない色を隠したまま。

時系列
------
 2006年12月はじめ。

解説
----
 なぜか女を惹きつける:3、な先輩です故、自分の意思が全く無くても、こ
ういうことはあるだろうなという……

***************************

 てなもんで。
 ではでは。
 
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30700/30719.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage