[KATARIBE 30698] [HA21N] 小説『焦燥』

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Date: Tue, 30 Jan 2007 01:02:57 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30698] [HA21N] 小説『焦燥』
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2007年01月30日:01時02分57秒
Sub:[HA21N]小説『焦燥』:
From:久志


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小説『焦燥』
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 蒼雅西条(そうが・さいじょう)
     :霊獣使いの蒼雅家の一人。モモンガの霊獣を使役する。
 蒼雅梓(そうが・あずさ)
     :蒼雅家の長女。婚約が決まっていたが、巫女として勤めることに。
 蒼雅巧(そうが・たくみ)
     :蒼雅家の現当主。霊鷹秋芳を使役する。

記憶風景
--------

 記憶の中、夢の中。
 ちりちりと焼けつくような日差しの中、あの人の姿はまるで幻のように儚く
手を伸ばせばするりと消える逃げ水のようだった。
 むせかえるような熱気の中、あの人は単の白い着物を身にまとい流れる水に
足を浸し、傍らに座った小さな狐の背を撫でていた。

 ――さま。

 眩しい日の光を受けて、ちらりと金に光る長い髪を揺らして振り向く姿。

 あら、西条。
 ほおら、涼しいですよ?

 ぴしゃん。
 水の跳ねる音。
 すらりと伸びた白い足先から飛び、光を受けて散る水の飛沫。

 揺れる水面。

 ちりちりと焼けるような日差しの下、密かにさざめいていたのは、己の心。


堕ちゆく男
----------

 吹利県近鉄吹利、鎮守の森に囲まれた中にある小さな神社、御霞神社。
 社務所にて、一人の青年が静かに座したまま目を閉じている。年の頃は若い
が、どことなく落ち着いた雰囲気を漂わせている。
 蒼雅巧。盟約より御霞神社の守護を任された、霊獣使い蒼雅一族の当主。

 閉じた障子の向こう、低い男の声が響く。
「失礼いたします、西条です」
 座したまま巧は目を開いて、答える。
「入れ」
「はっ」
 微かに軋む音を立てて障子が開き、巧より年上の男が一礼して部屋へと入り、
戸を閉める。

「西条か、どうした?」
 自分より年上の相手に毅然とした雰囲気を崩さず言葉を続ける。
「は、若様……いえ、当主さま」 
「若でよい、まだ当主には至らぬ身だ」 
 一瞬答えに窮した西条に、軽く微笑を返して巧が頷く。
 居住まいを正して、西条が手にしたいくつかの封書を巧の前に差し出す。
「……は、先日から続けている調査の件でご報告にあがりました」
 封を開き、中の書状を一つ手に取り目を走らせる。読みすすめるうちに徐々
に巧の眉根が寄せられていく。
「……やはり、あちこちで綻びが起きているのか」
 溜息交じりに小さく俯いた巧に答えるように西条が口を開く。
「はい、危険と破滅を知りつつも、己の望の為に霞ヶ池の水を得ようとするも
のは……後を絶ちません」 

 霞ヶ池。
 すべての境界を曖昧にし、侵食するもの。
 誰も制御しえないと知りつつも、望みの為に手を出す者達。

 そして巧や西条らが守護する御霞神社は、かつて霞が池を鎮めた者の一人が
祭神として伝承されているという。霞ヶ池封印のかなめ石的存在であり、巧の
姉である梓が巫女としてその身をもって鎮め封じる役目を担っている。

「そのような輩からかなめ石を守るのが姉上の……姉上を御守りするのが我ら
の役目だ……命に代えてでも」
 少し諦めたような笑顔を浮かべて巧が目を伏せる。
 言葉をかけようとして、止まる西条。
 何かに耐えるような、怯えるような、何かを押し隠すような。

「西条、引き続き調査を続けてほしい。私はここで姉上を……かなめ石を狙う
者から御守りせねばならぬ」 
「はっ、わかりました」
 深々と一礼して、退出する。

 部屋を出て、廊下を歩き、ふと西条は足を止めた。
 形のいい眉をしかめ、苦悩の表情を浮かべて一度だけ部屋を振り返る。
「……若様、梓さま……」 
 搾り出すような声でつぶやくと、頭を振って歩き出した。


愚者
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 境内を歩きながら、西条は顔をあげた。
 頬に吹きつける冷たい風。染み入るような寒さが手から足から体を冷やす。
 視線を上げた先、巫女である梓が身を置く社。

「……私は……愚かだ」 
 西条の願い。
 浅ましく、生々しい、不純な願い。
「若様を裏切り、梓さまを欺き……それでも……私は」

 夏の日差し。
 照りつける日の下で微笑んでいた姿。

 あら、西条。
 ほおら、涼しいですよ?

 そのすらりと伸びた白い足、日を受けて時折金に光る淡い色の髪、小首を傾
げて微笑む顔。

「……梓さま」
 目を開く。
 あの夏の日は遠く、ただ頬を切るような冷たい風が吹きつけるのみ。

 ちぃ。
 西条の肩の上、しがみつくようにちょこんと乗ったモモンガを指先で撫でる。
「飛遊」
 指先に鼻先を押し付けて擦り寄ってくる。蒼雅の霊獣とは互いに命を分け合
う対、小さな体をすり寄せて精一杯西条を慰めようとする姿に微笑む。
「ありがとう、飛遊」


「悩み顔だな。」 
 突然、西条の背後からかけられる声。
 一瞬びくりと体を震わせて、振り返る。

「……唯鋼殿でしたか」 
 唯鋼鉛鈕。
 青鉛色の髪の男と見紛うすらりとした若い女。蒼雅家とは縁のある唯鋼一族
の一人にして、蒼雅の任の手伝いの為、御霞神社へと詰めている。
「わたくしに、何か?」 
「知人が浮かない顔をしている時、声を掛けるのに他の理由が要るのか、
蒼雅西条」
 どこかつっけんどんな物言いだが、西条を案じているということはわかった。
「それは、気を使わせてしまって申し訳ない。少々……考え事を」
「そうか。……悩むのは良いことだと私は思う。」
 じっと西条を見上げる目、何かを含んでいるわけでもなくただ見つめている。
「……唯鋼殿」
 誰とも無く、ぽつりと西条がつぶやく。
「なんだろうか。」 
「自分の生まれ、というものをどう思われるか?」 
「ふむ。生まれか。」
「……わたくしは、蒼雅の家の傍流に生まれ……それゆえに霊獣を与えられ、
お家を支えてまいりました」
「そうか。」 
 蒼雅家。
 霊獣使いの一族として、古くから地鎮の為にその力を振るってきた。
「そして、蒼雅は……吹利の地鎮の為……人身御供として巫女を差し出す御家。
今まで、数多の娘が差し出され……命を落として参りました」
「……そうだな」
 微かに鉛鈕の声が低くなる、西条の胸に秘めた何かを察するように。
「お役目が誰にも変えられぬ大切なものというものは理解しております」
「ああ……成程。蒼雅巧や蒼雅梓、彼らが犠牲になること、その家柄について
悩んでいたのか?蒼雅西条」
 得心がいったとばかりに、頷く。
「……青さでしょうね。どうして巧さまは梓さまが捧げられねばならないのか、
その事を考えると……なんともいえない想いを感じます」
「その想い、大切にすべきだぞ、蒼雅西条。」 
「…………ええ」
「青い、か。いいものだ。だが、見失うものがないように、な……」
 目を細めて小さく頷くと、私の言うべきことは言ったとばかりに鉛鈕は踵を
返して歩き去っていった。

「……見失う……」 
 ぽつりとつぶやく。
「……見失っているのか、私は……」 

 脳裏に浮かぶ女性の姿。
 白い単の着物を着て、水に足を浸していたあの人。

 二年ほど前、吹利の陰陽師の家である弧杖家長男との縁談がまとまり、行儀
見習いとして梓は婚約者の元へいくことになり。西条の長い物思いは終わった。
 はずだった。

 何故あの人なのか。
 諦めたはずの、あの人なのか。

 立ち尽くしたまま、唇をかみ締める。
「飛遊」
 ちぃ、と。肩にのったモモンガがひょんと跳ねた。
「行け」
 言い終わらないうちに、近くの木に飛びつき登ってゆく。そのまま一番高み
から身を翻して滑空する。
 飛び去る姿が消え、西条はがくりと膝をついた。

「……梓さま……私は」 


時系列と舞台
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 2007年01月頃。
解説 
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 蒼雅西条。想い深い故に、裏切りの道へと。
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以上。



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