[KATARIBE 30697] [HA06N] 小説『約束』

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Date: Mon, 29 Jan 2007 23:01:22 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30697] [HA06N] 小説『約束』
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2007年01月29日:23時01分21秒
Sub:[HA06N]小説『約束』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
温泉話の、これで最後。
ひさしゃんがごろごろ転がっていたので、多分なんとかなるでしょう。
やれやれ……これで前に進める(号泣)

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小説『約束』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く


本文
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 考えてみたら、もう9ヶ月ごしの約束。
 9ヶ月の間、ちゃんと叶わなかったってのもどうかと思うけど。

 ……でも、そもそも相羽さん覚えてる、のか、な。

          **

 起きたくないなって思った。
 だから、薄目を開けて、まだ相羽さんが寝てるの確認して……またこっそり
寝たふりした。
 
 チェックアウトは、今日の11時まで。
 あとは家に帰って…………そしてまた明日から、普通の日になる。いや、多
分、これだけ長いこと休んだら、また相羽さんずっと仕事が忙しくなるし。

 静かな、寝息。

 そういえば、と思う。こうやって去年のクリスマスも、眠ってるこの人の横
で、こうやって丸くなってたような気がする。本当は休む、と言ってたのに、
結局仕事が入っちゃって、相羽さんあの時もすっとんで出てっちゃったし。
(あたしと仕事と、どっちが大事なのっ)
 そういう台詞を、時折テレビやら大衆小説やらで見る。もし、そういう問い
を発したら……相羽さんならどう言うか。
 ……比較することじゃないんだよ、って言いそうな気がする。

 この人は、優しいから。
 とてもとても……何度重ねても足りないくらい、優しいから。

 手を伸ばして、頭を撫でてみる。
 そしてそのときに。

「…………っ」

 忘れていたことを、思い出した。

                **

(……わ、忘れてるのかな)
 とてとてとて。
 もうすぐ帰る、と判ってか、ちびさん達が走り回ってる。畳の上をぱたぱた
と、軽い足音が跳ね回る。
(忘れてるなら……それはそれで、いいのかな……) 
 もともと大した荷物なんか無いから、帰る準備はもう出来ている。
 相羽さんは、ぴょこたこ飛ぶベタ達の鰭を、指先でちょんちょん突付いてい
る。
(……うん、忘れるくらいのことなんだから、いい、んだ、多分、うんっ) 

 というか、あたしも今朝まで忘れていたのだ。多分この人も、この分なら忘
れててくれている……と思う。
 思う、けど。

「ん?どしたん」 
 不意に相羽さんがこちらを向く。全く含みの無い、楽しそうな顔で。
「え、あ……いや、なんでもないですっ」 
 思わず、慌てて答えてしまったけど。
「そお?まあ、久しぶりに真帆とゆっくりできたしね」 
 さらり、と、髪の毛を撫でる手。
「…………うん」 
 相手が忘れているからって、約束を破るのはいいことなのか。
 無論……良くないに決まっている、のだけど。
 だけど。
(で、でも、忘れるくらいのことだもんっ。大したことじゃないんだもんっ) 

 約束した。
 もし、相羽さんがちゃんと休みを申請して、貰えて。
 そしてずっとその休み中、呼び出されずに一緒に居られたら。

「ん?」 
「な、なんでもないですっ」 
 やっぱりきょとんと相羽さんがこちらを見ている。
 思わず声が裏返る。
「どしたん?」 
「…………」 
 返事をする前に、相羽さんの手が伸びる。
 額をするりと撫でる手。
「………………」
 
 ほんの少し心配そうに、こちらを見る目。
 何度も何度も、頭を撫でる手。

 忘れてるからって……約束を破っていいものですか?
 それも自分から言い出した約束を。
 これだけ長期の休み、確かにそりゃ、貰って当然だって、あたしは思う。体
調崩した後も充分休めてないし、そう考えたら当然って。
 でも。
 やっぱりこうやって仕事を休んだら、また帰ったら忙しくなるだろうし。
 それはもう充分、この人判ってて、でも休み貰って……

 なのに、忘れてるからって、約束破るのって……
 ……あまりに、卑怯、かな……って。


「…………相羽さん、は」 
「何?」 
「……おぼえて、ます?」 
「……なにを?」
 もごもご言ってたら、まるで覗き込むようにして。
「あの……」
 一瞬、不思議そうな顔をした、と思った。
 でも次の瞬間……ふわっとその表情が変わって……髪から手が離れた。

 思い出した、んだ、と。
 なんか咄嗟に……判ってしまった。

「あの、忘れてたならそれでっ」 
 ああ言わなければ、とか、なんか咄嗟にわっと頭の中に来てしまって。
 あわあわしてたら、相羽さんがぽつんと言った。

「お前さんの意思だしね」 

 その一言が……刺さった。

 約束した。それはそう。
 だけど、それ以上に……あたしはここに一緒に来れて嬉しかった。
 相羽さんと一緒に居られて、本当に嬉しかった。
 今だって帰りたくない。出来ればずっと、この部屋の中でぼーっとしていた
い。ずっと一緒に座って、ただ黙って。

 感謝、とか。
 嬉しかった、とか。
 何か……そう、何かどうにかして、この人に伝えたかったから。
 それだけだった、筈。

 だから。

「……休み、ちゃんと取れて、すごく嬉しかったです」 
 それが、最初。それが根本。
「忙しいのに……」 
 黙ってこちらを見ていた相羽さんは、そこで初めてにっと笑った。
 離れていた手が、もう一度頭に伸びる。
「あの、ほんとに嬉しかったからっ」 
「わかってる」 

 お礼、じゃない。
 お礼なんかじゃなくて……ただ、本当に嬉しかったから。

 相羽さんはいつも自分から手を伸ばす。
 本当にいいのかな、いいのかな、と迷っている間に、その迷いを全部無効に
してくれるように。
 だから、いつもあたしは誤魔化している。本当は伸ばしたい手を伸ばす勇気
が無い。それだけなのに。

 座り直して……少しだけ腰を浮かせると、丁度相羽さんと目の高さが同じに
なる。
 両肩に、手を置いてみる。
 相羽さんは黙ってこちらを見ている。
 静かな……笑うわけでもない、でも静かな、表情。

 いつも、どうしてたかな。
 いつも、相羽さんは……どうしてたかな……って。

 両手で、頬を包む。何だかもう、それだけで手が震えて……

「……なんで、相羽さん、平気でいられるのかなあ」
「……なんで?」 
 多分、ものすごく情けない顔をしていたと思う。でも、相羽さんは笑いもせ
ず、ただ不思議そうに首をかしげた。
「だ、だて、緊張する、し」 
「慣れない?」 
 こつ、と。
 いつの間にか相羽さんの手が伸びて、こちらの頬を包んでいる。そのまま額
をくっつけて。

 何度も、もう何度も。
 こうやって、相羽さんからは手を伸ばしてもらっているのに。

「……笑わない?」 
「笑わないよ」 
「…………あの」
 自分でも、莫迦みたいな問いだとは、思うんだけど。
「どうやって、ちゃんと、口の位置がわかるの?」 
 聞いた途端呆れ返られても仕方ない問いだ、と、自分だってつくづく思った
けど、でも相羽さんは少し考えただけで、笑いもせずに静かに答えてくれた。
「……直前で目閉じればいいと思うよ」 
「直前、で」
「うん」

 だけど、この目でじっと見られてたら……って思うと。
 
「…………あの、相羽さん」 
「何?」 
「目、つぶってて」 
「うん」 

 こくり、と頷くと、相羽さんは目を閉じた。


 両手で頬を挟んで抑えて。
 目を閉じているって判ってても、でもどうしても一瞬こちらが目をつぶりそ
うになる。
 至近距離に、尚吾さんが居る。

 何でこんなに緊張しないといけないんだって、どこかで思う。
 一緒に暮らして一年以上経ってて、もうすぐ籍入れて一年が過ぎる。ただい
まの声と一緒に相羽さんが戻ってきて、一緒に御飯を食べて、一緒に眠って。
 慣れてる筈なのに……手が震える。
 
 手で挟んだ頬は動かない。
 閉じた目はそのまま開かない。
 静かな……本当に静かな表情のまま、相羽さんは黙っている。

 微かな呼気が、唇に触れる。
 直前、なのかどうか、判らないけど。

 目を閉じると同時に、唇が重なったのが判った。

 
 もし、約束なんてしてなくても。
 一緒に居ることができて、嬉しいって……それだけなのに。
 一緒に居たい。触れていたい。
 言葉以上に気持ちを発信する方法。

 嬉しかった。
 ずっとここに居たかった。
 もう、それだけで…………


 ゆっくりゆっくり、唇を離す。

「……あの、ありがとうございます」
 相羽さんがゆっくりと目を開く。なんだかその目をまともに見れなくて、思
わず下を向いてしまったけど。
「ほんとに……嬉しかった」

 くたくたになるまで一週間、家にも戻らないで。
 帰ってきたと思ったら、悪夢からあたしを助ける羽目になっちゃって。
 そして二日置いて、研修って……もう、いい加減にしろって言われても仕方
ないけれども。

 でも、嬉しかった。
 一緒にここで過ごせて、嬉しかった……


 ふと。
 ふわん、と、頭に手が乗っかった。

「かえろっか」
 一度、二度、頭を撫でて。
「お家に」

 相羽さんは笑っていた。
 ほっとするような顔で……笑っていた。

「……はい」

 もうそれだけであたしはほっとして……最後に残っていた、籐で編んだ籠の
蓋を大きく開いた。

「はい……帰ろ、みんな」



時系列
------
 2006年9月初め

解説
----
 温泉、最終日。そしてこの話の最後。
*******************************************

 てなもんです。
 ではでは。

 
 


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