[KATARIBE 30693] [OM04N] 小説『糸を切りたる話』

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Date: Sun, 28 Jan 2007 01:12:09 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30693] [OM04N] 小説『糸を切りたる話』
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2007年01月28日:01時12分09秒
Sub:[OM04N]小説『糸を切りたる話』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
頑張ってます(ぐっ)

あやかし草紙、第二の話、かまいたち。
その……いわば、ふきらんの書いた話の前の話。

******************************
小説『糸を切りたる話』
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登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 

本文 
---- 

 市の立つ日に、お兼は買い物に行く。その後必ず、片付けながらどんどんと
話をしてくれる。都の話、噂、あるやんごとなき姫が鬼に食われた話、など。
千差万別、お兼の集めてくる情報の量と幅には毎度驚かされる。
「市で売り買いするからですよ」
 と、お兼は飄々と言うが、それでも自分が市に行って、これだけ色々情報を
得ることが出来るかというと、それはかなり無理だと思う。
「今日はそれでも……ちょっと深刻な話を聞きましたよ」
「おや」
 手に入れてきた糸を並べ、その後に大根と里芋を並べる。そしてお兼は、ふっ
と表情を、噂話のものからもう少し真面目なものへと変えた。
「こんな、話なのですけど」


 つまり、糸を切るモノが居るのだという。

「いやあ物騒になったよ、このあたりもよ」 
「っていうと?……あ、おじさんその色を三かせばかり」 
 淡い、明け方の空を思わせる糸を指差す。男はこれはいい色だよ、と、いつ
ものお愛想を付け足した。
「あいよ……いやね、なんか糸を切ってゆく奴が居るようなのさ」 
「糸を?」
「うむ。……ほれ、そこにそうやってつかねてるようなのの、一番上のをさ、
ばさーっと」
 指差した先には、かせになった糸が積み上げられている。
「……盗むわけじゃなくて?」 
「おおよ。ただ一息に切ってゆくのさ」 
 布は無論のことだが、糸もまた高価なものである。それを盗むものは結構居
るかもしれないが、しかしそれをただ切ってしまうというのは解せない。折角
紡いだ糸が使えなくなるだけである。
「なんだろうねえそれは」 

 糸を切る現場を見たものは、確かに居ないらしい。
 ただ、周りを調べても、糸を斬るような者が近づいた気配はない。刃物を持っ
て糸の周りをうろうろしていたら、無論売り手は警戒するし追い出す。それほ
どに粗雑な商いはしていない、と、男は言ったという。
「俺のところだけじゃないよ。ほかにもやられたところがあるさね」
「おや」
 今のところ、その被害もさまでひどくはないらしい。しかし。
「こう……ばさっと斬られているのが怖いのよ。あれだけ斬る奴なら、人だっ
て斬れる。そうなったらほれ、この市なんかだと」
「大変ですね」
 確かに怖い話である。
「陰陽寮に話してみれば?」
「……それは、ええけどよう……」
 うーんと男は頭を抱える。
「あそこはほれ、貴族さんやらえらい人ばっかが多かろうよ。糸が切れました、
おおそうか下々のことじゃからのう、なんてやられたら、俺はいやだよ」
「大丈夫ですよ、おじさん」
 本人そうとは言わなかったけど、この時ばかりは多分お兼も大得意で言った
と思われる。
「私の仕えている姫様は、陰陽寮の為に働いているのです。ちゃんとひいさま
からそのように伝えて頂けますよ」

 そして…………

「全部を二割引き?」
「宜しいでしょう?」
 相手はどう思ったかは、ちょっと謎なのだけれど。
「でもお兼。確かにそれは陰陽寮に言ってしかるべきことだと思いますよ」
 
 人がやっていることかもしれない。けれど……例えば糸屋に恨みがあったと
しても、色々な店で、何回もというのはちょっと不自然だ。

「……でもね」
「はあ……」
 お兼が買出しに行ってくれている間に、仕上げた狩衣を取り上げる。これも
また、出来るだけ早くに仕上げてくれと頼まれていたものである。
「そのことは、お兼が伝えてくれたほうがいいと思いますよ。これを届けてく
れたらそのついでにでも」
「え」
「今の話を、そのまま伝えれば、ちゃんと動いてくれると思います」

 それに、と、これは口に出さずに思う。
 陰陽寮の面々のことを考えると……私が行くよりも、多分お兼が行くほうが、
絶対に効果があがる。これは必ず。

「…………はあ」
 何となくしぶしぶ、お兼は狩衣を受けとって頷いた。

            **

「……という話があるのですよ」 
「ほう」 

 結果として……後からやっぱりお兼がしぶしぶ話してくれたことによると、
やっぱり彼女に頼んでよかった、と思ったものである。

「単なる悪戯ではないのかね?」 
 陰陽寮きっての理論家がそう言うのに、お兼は首を竦めて応じる。
「悪戯にしては……高価な糸をぷつぷつ切るのは解せませぬよ。盗んだのを隠
すわけでもないのですし」 
「うぅむ……」
 腕を組んで唸る相手に、お兼は言葉を重ねる。 
「下働きの娘が言うのですけどね、誰も触っていない糸が、ぶつっと切れて、
ざっと散った、と」 
 彼女一人が言っただけなら、確かに見間違いであったりするかもしれないが、
なんといってもその前に、やはり何回か糸を斬られていた為に、男はそれを信
じたという。
「悪戯にしたって、解せないし悪すぎましょ?」 
「……うむ」
 そこで止めておけば、とりあえず人に嫌われないのだろうが……しかしちゃ
んと付け足してしまうのが、お兼であるともいえる。
「女子のあやかしやら、河に引き込むあやかしやら、妙な話をたんとこさうち
に持ち込んでおいでじゃありませんか」 
 むう、と相手が渋面になるのも構わずに。
「こういう時には、ちゃっちゃと助けて頂きたいものです」 
「それは頭に直に言ってくれ」
「何を仰います。御頭と言えば親兄弟も同然でございましょうに」
 いやそれは……多分、時貞殿も勘弁してくれと思われたとは思うのだが。
「とにかく、糸売りの者は相当迷惑しているとか。ひいさまにあやかし避けの
刺繍を頼まれるのですから、そのくらいは助けて下さっても宜しいでしょう?」 
 口八丁手八丁。とてもとても敵うものではない。
「……分かった。とりあえず、調べてみる」 
 溜息交じりの返事に。
「お願いいたします」
 ぺっこりと頭を下げて。
 そしてお兼はにっこりと笑ったという。


「……やはりお前に頼んで良かった」
「そうですかね」
 むーと唇を尖らせて、お兼はぼやく。
「そうよ。どちらにしろ糸を売る人達は迷惑しているのですから」
「……そうですけどねえ」
 はーっと溜息をつくと、お兼は伸びをしたが。
「そういえば、また、何かお願いしたいものがあると言っておりましたよ」
「おや。何を?」
「聞かずに参りました」
 お兼は肩をすくめる。
「あそこは何かというと、『早く早くできるだけ早く』ですもの。つまりはど
うせ、急いで欲しいだけなのでしょうから」
「……お兼」
「はい?」
 小柄で、それなりに可愛らしい顔立ち。黙っていれば今の年頃なら、幾らで
も相手がいそうものなのだけど。
「お前、その口がなければ、幾らでも背の君が見つかりそうなのに」
「厭でございますよっ」

 そんなところまで、こちらに似なくても……と思うのは。
 これは私の身勝手かもしれない。


解説
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 『かまいたちを捕らふ話』の前。糸を斬る怪異の話。
**********************************************

 てなもんです。
 ではでは。
 
 



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