[KATARIBE 30690] [ON04N] 小説『うぶめの顛末』

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Date: Sat, 27 Jan 2007 01:57:38 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30690] [ON04N] 小説『うぶめの顛末』
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2007年01月27日:01時57分38秒
Sub:[ON04N]小説『うぶめの顛末』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
ええと、一応なんつかかけたので、流してみます。
最後のほう、時ちゃんを借りたので、ふきらん、訂正お願いします。

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小説『うぶめの顛末』
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登場人物
---------
  妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。
  お兼(おかね)
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。
  秦時貞(はた・ときさだ)
   :鬼を見ることのない陰陽師。やっかいごとの後始末が回ってきやすい人。

本文
----

 風のようにと言うけれど。
 正に風のように、粗末な帷子の裾を翻し、走ってきた女の姿が、己の記憶か
らは消えることがない。

            **

「大丈夫、お兼?」
 確かに速度は風のそれではあるものの、勢いは嵐に相当する。小脇に若君を
抱えて女が戻ってくるまでに、さて一体どれほどの時間がかかったのだろうか。
「いえ、どうやらこれで重さは一杯一杯のようでございますよ」
 案外平然として、お兼は赤子を膝の上に乗せている。
 赤子は相変わらず微塵も動かない。艶のある黒い目が、じっとこちらを見る
ばかりである。
「このお子……あの女に似ておりますね」
「そうだったかしら」
 こう、改めて考えると、憶えているのはざんばらに垂れた長い髪と、その間
から覗く悲痛なほどに哀しげな目の色だけである。ただ、確かに目の形や口元
は、端正に整っていたようにも思う。
 色好みであるという、その若君ならば……無理もないことなのかもしれない
が。

 多分。
 若君が、この子供を一度でも可愛い、我が子と抱けば、あの女は納得するの
だろうと思う。
 元々が貴族の若様と、市井の娘だ。真っ当な形で妻となれよう筈も無い。け
れども一言、これは我が子、と言われれば、結構娘は納得し、そのまま一人で
……無論親兄弟の助けを得つつ……子供を育てていたのではないかと思う。
 ただ。

(興醒めじゃ、と申されたそうな)
 ここに来る前に、お兼は様々な人を訪ねた。この娘と子の話は、近隣ではか
なり有名でもあり、また若君の無情に皆腹を立てていたこともあって、結構皆
口が軽かったという。
(なぜ女はああやって腹ぼてになるか、見苦しい、と、聞こえよがしに)
 貴族の家、特に位の高い貴族の娘を得ようとする者が、これは我が子にあら
ず、ということならば……まあむごいが珍しいとまではいかない。しかし、こ
の若君は、自分の子であることには、微塵も疑いを持たなかったのだ。
 持たずに……切り捨てた。
(そりゃあ、卑しい身分の娘、そんなのは己の子じゃないと言うなら、まだ判
りまさあ。惨いけど、そんな奴なら幾らでもいる。でも)
 女の姿がみっともないから。
 子供など要らないから。 

 ああ心配だ、つれてきたところでその性根が叩き直されているとはとても思
えない……と、思っているところに。
「あ」
 遠目にも判る。白い帷子の裾をはだけ、長い黒髪を残像のように後ろに流し。
 竜巻のような勢いで、女が帰ってきた。
「……うわぁ」
 思わず、声に出してしまう。細い、どこか折れそうな細い女の腕に、しかし
がっしりと抱え込まれているのは。
 あれは……問題の若君ではないか。


「さあ、若様」
 ざんばらの髪の間から覗く目は、ぎらぎらと期待に輝いている。
「どうしても……どうしても、お見せしとう御座いました」
 あの髪をかきあげ、綺麗に梳き、結い上げれば確かに都の御曹司が振り返る
だけの美貌ともなるだろう。
「この……子を」

 お兼が、ぐい、と子供を差し上げる。
「父上を、待って待っていた子でございますよ」
 そう言いながら、ずい、と差し出す。若君をやすやすと片手で引き据えた女
が子供を大事そうに受け取り、そしてまるで宝物のように若君に差し出した。
まるで……そう、小さな子供が、自分の持っている一番の宝物を、母親に差し
出す時のように。

 だと、言うのに。

(……ああ)
 思えず知らず、顔が引きつるのが自分でもわかる。

 その瞬間の。
 若君の表情。


 嫌悪厭悪。一見すれば普通の子、いやむしろ標準よりも愛らしいその子を、
まるで唾棄すべき化け物のように……いや、もう、そんなどころでない、無け
ればどれだけ良いだろう、みたいな顔で。

 ……だめ、だ。
(お逃げ下さい若様)
 言いたいが、言えない。言えば多分若君はそのとおり逃げるだろうが、逃げ
ようとした途端に、恐らくは女が若君を……
(ああでも、このままじゃ)
 逃げようとしなくても……それなら、どうしたら、と思っていた、時に。

「いや、じゃ」
 細い細い……けれども、逆鱗に触れるどころか逆鱗を叩きのめすような声。
「いやじゃいやじゃ……そのような化け物」
 段々と大きくなる声が、最後は絶叫となって。

「その様な化け物、近づけるでないっ!」


 
 目をつぶっていて正しゅうございましたよ、と、後でお兼がしみじみと言っ
た。あのようなもの、見るものではございませぬよ、と。

「……腐りましたもの」
 あの、気丈なお兼が流石に顔色を青くしつつ、そう言ったものである。
「腐った?」
「子供と……あの女が」

 
 腕の中の赤子は、笑ったのだという。
 どろり、と、皮膚がとろけ、濁った緑や不気味な紫に変わる、その一瞬前に。
「業なぞ無いと言ってましたけどね、あれは多分……子供のことが判っておら
なかったのでございましょうよ」
 子供は、母親の腕と、拒絶する父親との間で……笑ったのだという。
 にやり、と。
 どれほどの恨みがあるのか、と思うほどに……


「……無理無いと、思うわね」
「私も……あの人を責める気はございませぬよ」

 女が、その一瞬怒り狂って、男を打ち殺しても……あまり気の毒とは思えな
い話で。
 でも、流石のお兼が、『あれじゃあ足りませんよ』とは言わなかったのだか
ら、それはそれで、相当に壮絶だったのだろう。

(ひいさま、そのままっ)
 憶えているのは、そう言って、手を引っ張ってくれる……お兼の声。
 狂うように高く笑う、女の声。


 そして。

 目を、上げたときには。
 

             **

「存じ上げませんよっ」
「……とはいえ……」
「知り申し上げませんのでございます!」
 慇懃無礼という言葉にふさわしく……と言いたいが、そう言い切るには多少
なりとも勢いがありすぎではないかと思う。お兼はそういうと、ぷい、とそっ
ぽを向いた。

 やたらに重い赤子を抱いて立血続けてきた女だけあって、その膂力はすさま
じかったという。どうやら若君を連れ出す際に、部屋の柱を一本引っこ抜き、
ぐわらぐわらと揺すって……そして追っ手を振り切ってきたという。
(そこまでされたら、若君が危ないって家の者にも判るはずじゃあございませ
んか)
 それは……まあそうかもしれないけど。
(それで助けない、家の者が悪うございます!)
 ……いやちょっとそれは、違うような気がするのだが。

 とはいえ、この話をこちらに回したのは陰陽寮であり、どうやらそのせいで、
若君の家が怒鳴り込んできたらしく……とは言え、そもそも何でこんな話がう
ちに来たかというと、恐らく陰陽寮で相手にしたくなかったから、と思われる
のだが……とりあえず、めぐりめぐった挙句に。
(こうやって選ばれてくるのだから気の毒に)
 
「大体、あれでは助けようがございませんでしたよ」
「……うむ……」
「ちょっとでも……嘘でも良かったのですよ。可愛い、これが我が子か、と言
えば、あの女は納得して子供と共に眠ったことでしょうのに」
 それは、そうだと思う。
「なのに…………」

 綺麗な娘を見て、それを我が物にする。
 その子が身ごもる……その子を人(=子供)と分け合うことも、嫌がる。
 無論、娘に飽きたらそのまま。

 それでは、この結果もやむを得まい。


 気が付くと、女も子供も消えていた。
 若君は…………口の端に泡を吹いて、倒れていた。
 
 あれ以来、正気に戻ることはないらしい。
 死するのが良いか、こうやって現世に残るのが良いか。
 ……とりあえず、親族の面々には色々な意見があるらしい。


「一理あるのは、確かだが」
 相手は陰陽寮でも随一の理論家であるだけに、言葉が重い。
「それにしても父君が、たかが下賤の女を一人捨てたくらいで、と」
 うるさいのだ、と言おうとされたのだろう、が。

「……失礼ながら、その父君に申し上げ頂きたく」
 にんまりと笑うお兼の表情が、しかしそこで激変した。
「下賤の女一人、やんごとなき身には踏み潰しても大差はなきこととは思いま
すが……しかし、下賤の女は鬼にもなりましょう」
 きらきらと、お兼の目が光る。
「鬼を捨てれば、災厄の一つや二つ、頭上に落ちることもありましょうほどに」

 ころころと笑いながらそこまで言ったお兼は、不意に表情を引き締めた。
「そのようには……思われませぬか」

 凛とした表情である。
 己の損得は別として、きちんと理を通そうとする者の……表情である。

「時貞殿」
 その心情は、自分にも共通する。故に。
「彼女はまだ、怨霊ではございませんでした。関係無きものにも祟る格好になっ
たとは言え、求めていたのは若君一人でありました」
 ふむ、と、陰陽師は小さく頷く。
「あれが怨霊となり、無作為に人に祟るようになっては……やんごとなき家も、
その血脈も全て立ち消えることにもなりまする」

 だから。
 
「それよりは……このようになるほうが良かったのではございませんか」

 返事は、無かった。
 ただその代わりに、終始冷静なこの陰陽師は。

 一つおおきく、溜息をついた。



解説
-----
 あやかし草紙『うぶめ』終了。
 というわけで……ええ、死亡してないですからだいじょぶです!<こら

******************:

 てなもんです。
 ではでは。
 


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