[KATARIBE 30672] [HA21N] 小説『古き音・水の音』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Wed, 24 Jan 2007 00:38:25 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30672] [HA21N] 小説『古き音・水の音』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200701231538.AAA30622@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30672

Web:	http://kataribe.com/HA/21/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30600/30672.html

2007年01月24日:00時38分25秒
Sub:[HA21N]小説『古き音・水の音』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
今日仕事場で聞いた音。
そして昼休み、書き留めたこういうおのまとぺ。
ひさしゃん、とよりん、ねこやさん。皆さんお借りしましたー<おい

****************************************
小説『古き音・水の音』
=====================
登場人物
--------
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
     :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 淡蒲萄(うすえび)
     :夜を跳ね回る女子高生。実は吸血鬼
 弘原海まな(わたつみ・まな)
     :泳ぐ少女、楽園の泉の巫女?
 今宮タカ(いまみや・たか)
     :流れを見て操る少女。多少不思議系。

本文
----


 ころぼきころろん くるるんちゃらん。

         **

 いつ来てもいいといったせいか、風邪の時に面倒を見たせいか、片桐はすっ
かり今宮タカになつかれたらしい。
「おじちゃん、カップラーメンもってきたよー」
 言葉遣いもおそらく精神年齢も、年齢より多少低めに見えるこの少女は、け
れどもこういう気遣いはきっちりやってのける。ビニール袋は近所のコンビニ
のもの、いかにも『思いついて近くにあるのを買ってきた』的な風情なのだが、
それでも3つ入っているあたり……1つでもなく、2つでもないあたりは、コ
タツにもぐりこんでいた淡葡萄がよしよしと頭を撫でるだけのことはあるかも
しれない。ただ無論、11歳という年齢故に、気遣いに欠けはできるわけで、
「なんであたしのはないのーっ」
「だあってまなちゃん、いつもはいなかったりするんだもんっ」
「あ、わかった、タカちゃんってばあたしが居ないほーがいいとか思うから忘
れちゃうんだ、そーなんだっ」
「ちがーうもんっ!」
「いや、まな、一緒に食べようこれ」
 ひとしきりきゃーきゃー言いあった挙句、カップラーメンをお椀に分けて食
べるなんて光景になったりもするのだが。


「おじちゃん、おみず貰っていいですか」
「おう、そこにコップあるからな」
「うん」
 よいしょ、とコタツから出ると、まなが電気ポットのプラグを抜いて差し出
した。
「ごめんタカちゃん、これ、お水入れてきて」
「いーよ」
 カップラーメンでお湯を使い果たしたポットは、思った以上に軽かった。

 肩の上のみやまと一緒に、ぺらぺらの扉を開けて、閉める。
 ビルの上の違法建築すれすれのプレハブ。それでも一応は水道は通っている
し、中に仕切りもあって、丁度台所のようになっている。作りつけの(という
より、まあ場所があるから作っておこうか、みたいな)台の上には不揃いのコッ
プが幾つかと茶碗と皿。それが適当に積み上げられている横に、何のまじない
だか針金の巻きつけられた蛇口と、スチールウールで何度も磨かれて白く濁っ
たようなステンレスの流し(兼洗面台兼以下略)がある。
 無論床には、マットなぞというものは無い。
「ひゃっ」
 こぼれていた水がタイツの先から染みる。冷たさに妙な声が出た。

 蛇口からそのままの、でも冬のこの時期歯に染みるほど冷えた水をカップに
一杯飲み干して。
 カップを洗おう……として。
「おじちゃーん、洗剤とかタワシとかないよー」
「……ないんじゃ、まだ」
「手で洗うだけでいい?」
「それでいい、それでいい」
 
 それでいーじゃなぁいー、と、二色の声がほぼ同じ内容を告げるのを聞きな
がら、冷たい水でコップを洗って。
「よいしょ」
 まだポットに少し残っていたお湯を、流しにあける。びしゃん、と一度跳ね
た水は、いちどきに排水溝に押し寄せて。

 そして。

「?!」
 
 ころぼきころろん くるるんちゃらん。

 そう……タカの耳には、聞こえたのだ。


 古い水道管の中を、水が転がり落ちてゆく音。
 こぼしたお湯こそ、今回は綺麗だったものの、水道管の中は綺麗かどうかは
大いに謎。
 だけど。

(おいで)
 こっそりと、水道管の中の水を呼び戻す。
 もう一度だけ、と思いながら、そしてまた水を落とす。

 くるるるころりりん。

 恐らくは錆や汚れの詰まった水道管を落ちてゆく水の音は、それでも奇怪な
ほどに音楽的だった。


 ころぼきころろん 
 (耳の中を何度も行きつ戻りつする音)
 くるるんちゃらん
 (ひどく透き通って)


 水の音。
 細い管を落ちてゆく、水の音。
 それはどれほど水が濁っていても、まるで鈴を振るような音で。
 いや、それ以上にどこかまろやかな、優しい音で。

(くるるるころりりん)

 耳に残る音。

 
 どろどろと、大気の中を流れる目に見えない水の流れ。いつも息が詰まりそ
うなくらいに濃厚な……しかし決して液体にはならないその流れ。穢れの詰まっ
ている筈のその流れもまた、こうやって液体として凝って、細い管を流れるな
らば。

(くるるるころりん)

 そう、自分達がどれだけ生きても100年くらいなのだ。タカにはそれでも
無限の長さに思えるけれども、お話の中では千年も生きる人が出てくることさ
えあるのだ。
 でも。
 水の音は、多分、その千年を超えるもっと昔から。

 とても、とても。

 とても綺麗で…………



「たぁかぁあっ!」
「ひゃっ」
 肩に置かれた手に、慌てて振り返ると、少し高いところに優しい赤い目があっ
た。
「どうしたんじゃ、タカ」
 そして、もっともっと高いところから。

「……あのね……」

 目は、まだ追っている。
 ころころと天来の音楽を奏でながら水道管を落ちてゆく水が、やはりころこ
ろと流れてゆく様を。
 コンクリートの壁も、一切妨げにはならない。

 ころころ。ころころころ。
 
「あのね、人間ってね、生きてもまだ1000年くらいだと思うのねっ」
 淡蒲萄と片桐が、一瞬ぎょっとした顔になる。けれどもタカはそれでも言い
募った。

「でもでもね、水の音はもっと前から綺麗」

 うんとうんと昔。タカは無論おらず、お父さんも居なかった頃。100年ど
こじゃない、もっともっと前。
(ジュラ紀、デボン紀)
 どこかで聞いた名前を、ふっと思い出す。


 そして、それは多分、幻視のようなもの。

 多分、この建物のあった場所に、小さい恐竜がちょんと立って居るくらいの
時代。ちょんと立った恐竜が、目の前の細い水路を流れ下る水の音を目を丸く
して聞いている。
 まあるいまあるい、タカの目とそっくりな…………


「あのねあのねっ」
 ぴょんぴょん跳ねながらタカは言葉を継ぐ。
「あのね昔ね、きっとここにちいちゃな恐竜が立ってね、細い水路に流れ込む
水の音を聞いてうわあ綺麗って思ったんだよ」

 はい?と、淡蒲萄が目を白黒させる。何よそれ、と言わないのは、流石に年
の功……と言っていいのかどうなのか。

「水の音ってね、恐竜達の頃からずううっと綺麗なんだよっ」


 どれだけ汚れたように見えても、多分水の音は綺麗。
 どれだけ穢れているようでも…………

 ……あの、どろどろとした気色悪い色の……あの水も?



「はいタカ、さきにおこたに戻っていいから」
 気が付くと、淡蒲萄が電気ポットを受け取って水を汲んでいた。
「……あれ、あー……ごめんなさいおねーちゃん」
「いいからいいから。ここ寒いから風邪ひいちゃうよ」
「……うん」

 おこたでは、まながちょっとぶすっとして座り込んでいる。
 コタツに足を突っ込んで、初めてどれだけ寒かったか、タカは実感した。

「はい、しばらく待つー」
「えー、あたし紅茶のみたーい」

 電気ポットの頭に赤い小さなランプが付く。
 頑張ってますよ、待っててね、とでも言うように。

「……おじちゃん」
「なんじゃ」
「ほんとに、そう思ったんだよ」

 説明の見事に足りない言葉に、けれども片桐はうんと頷いた。

「綺麗で綺麗で……うんとうんと昔から綺麗だったねって」

 ほんの一瞬奏でた音を、どれだけ真似ても、真似などできないように。

「ここに恐竜が居た頃から」


 なにーそれーとまなが笑い、ちょっと難しいなあと淡蒲萄が苦笑する。
 いいんだもん、と、下を向いていたタカの頭を、ぽんぽん、と、軽くあやす
ように叩く手があった。

「綺麗じゃったか」
「うんっ」
「……そりゃ、良かった」

 しみじみと言った言葉に、タカは深く頷いた。

「うんっ!」

             **

 それはおまけのようにくっついた、屋上の水道の、水道管を落ちる水の音。
 何の芸もなく、何のてらいもなく。
 けれども、だからこそ……不思議に響き渡り、耳に残る音。

 小さな恐竜だったタカが、目を丸くして聞くような。

時系列
------
 2007年1月

解説
----
 霞ヶ池の水。穢れを含む水。しかし穢れとは何か……と。
 日常の中の、小さなぱらだいむしふともどき。
*****************************************

 てなもんで。
 ではでは。

 
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30600/30672.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage